わたしは、鏡の前に座っていました。 鏡の中のわたしは、少し嬉しそうにはにかんで、俯いています。 わたしは、真っ白なドレスを着ていました。 わたしの着付けを手伝ってくれている女性がいました。 「そんな不安そうな顔をしないの。きれいだよ…」 ふとわたしの顔を見つめ。 わたしの肩に手を置くと、そう言いました。 穏やかな笑みを、浮かべています。 部屋の隅には、白衣を着た男性がいました。 「幸せになるんだよ」 いつもは口元にシニカルな笑みを浮かべるその人が。 眼鏡を外して、満面の笑みでそう言っていました。 少し、目元が光っています。 コン、コン ドアが、ノックされます。 わたしの視界が、鏡からドアの方へ移りました。 「ほら、旦那様がお待ちかねよ」 「あぁ、早く彼にも見せてあげなさい」 急いで、そちらに向かいます。 ドアを開けると、わたしのご主人様が立っていました。 しばし、無言でわたしを見つめます。 「あ…あの…」 わたしの言葉に、ご主人様は微笑みと共に、答えてくれました。 「そんなに困った顔をするなよ。 あんまり綺麗なんで、見とれちまった…」 その言葉を聞いて、ずっとご主人様の顔を見つめていた視線が少し下がります。 ご主人様は、タキシードを着ていました。 「藤田さま…」 礼服を着た人が、わたし達に声をかけてきました。 「式場は、こちらになります」 どうやら、ここの係の人のようです。 「さぁ、行こうか。マルチ」 ご主人様が、わたしの手を取ってエスコートしてくれます。 「はい、浩之さん!」 わたし達は、階段を下の方へ下の方へ案内されます。 ずっと下って、コンクリートに穿たれた階段を抜けて。 重厚な扉の前でいったん止まります。 係の人が扉に手をかけて。 「新郎新婦の、ご入場です!」 その声と共に、わたし達はホールに入りました。 重い扉の向こうから、拍手と歓声で迎えられます。 小さな会場に少人数の、ごくごく内輪の披露宴。 そこには、わたしが今までに出会った人たちが。 今までにお世話になった人たちが集まっていました。 皆さん、笑顔で迎えてくれました。 でも。 わたし達が新郎新婦席に着くと。 「ごめんね、今からお料理教室なの」 あかりさんが。 「今日の夕方の便で、アメリカ行きなのよ〜」 志保さんが。 「ナイトゲーム、大阪の方なんだ」 雅史さんが。 「悪いなぁ、友達の会う約束やねん」 智子さんが。 「あとで試合、見てくれよ」 矢島さんが。 皆さん、それぞれ用事があるとかで。 「ごめん、浩之…」 「…………」 来栖川のお嬢様しか、残られませんでした。 ご主人様は、じっと唇を噛んで佇んでいました。 データ整理の完了と共に、自然に目が覚めます。 充電はすでに完了。 時計を参照…まだ、活動を始めるには早い時間です。 わたしはHM−12。 毎晩、充電時にデータの整理をするのですが… その時に、映像や音声が再生されます。 人間の方の見る夢と似たものらしいです。 先ほどまでの夢は、わたしの記憶ではありません。 システムの根幹に係わるデータ。 HMX−12マルチお姉さまの見た、夢。 わたし達は、メイドロボ。 ご主人様や人間の皆さんを幸せにするために、存在します。 人間の皆さんに使える、メイドにしか過ぎません。 だから、わたし達はご主人様達を困らせることはできません。 何故か、目の洗浄液が一筋、流れていました。