妹たちへ… 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:11月21日(水)22時03分
 わたしは、鏡の前に座っていました。
 鏡の中のわたしは、少し嬉しそうにはにかんで、俯いています。
 わたしは、真っ白なドレスを着ていました。

 わたしの着付けを手伝ってくれている女性がいました。
「そんな不安そうな顔をしないの。きれいだよ…」
 ふとわたしの顔を見つめ。
 わたしの肩に手を置くと、そう言いました。
 穏やかな笑みを、浮かべています。

 部屋の隅には、白衣を着た男性がいました。
「幸せになるんだよ」
 いつもは口元にシニカルな笑みを浮かべるその人が。
 眼鏡を外して、満面の笑みでそう言っていました。
 少し、目元が光っています。

   コン、コン

 ドアが、ノックされます。
 わたしの視界が、鏡からドアの方へ移りました。
「ほら、旦那様がお待ちかねよ」
「あぁ、早く彼にも見せてあげなさい」
 急いで、そちらに向かいます。
 ドアを開けると、わたしのご主人様が立っていました。
 しばし、無言でわたしを見つめます。

「あ…あの…」
 わたしの言葉に、ご主人様は微笑みと共に、答えてくれました。
「そんなに困った顔をするなよ。
 あんまり綺麗なんで、見とれちまった…」
 その言葉を聞いて、ずっとご主人様の顔を見つめていた視線が少し下がります。
 ご主人様は、タキシードを着ていました。

「藤田さま…」
 礼服を着た人が、わたし達に声をかけてきました。
「式場は、こちらになります」
 どうやら、ここの係の人のようです。
「さぁ、行こうか。マルチ」
 ご主人様が、わたしの手を取ってエスコートしてくれます。
「はい、浩之さん!」

 わたし達は、階段を下の方へ下の方へ案内されます。
 ずっと下って、コンクリートに穿たれた階段を抜けて。
 重厚な扉の前でいったん止まります。
 係の人が扉に手をかけて。

「新郎新婦の、ご入場です!」

 その声と共に、わたし達はホールに入りました。
 重い扉の向こうから、拍手と歓声で迎えられます。
 小さな会場に少人数の、ごくごく内輪の披露宴。
 そこには、わたしが今までに出会った人たちが。
 今までにお世話になった人たちが集まっていました。
 皆さん、笑顔で迎えてくれました。

 でも。
 わたし達が新郎新婦席に着くと。

「ごめんね、今からお料理教室なの」
 あかりさんが。
「今日の夕方の便で、アメリカ行きなのよ〜」
 志保さんが。
「ナイトゲーム、大阪の方なんだ」
 雅史さんが。
「悪いなぁ、友達の会う約束やねん」
 智子さんが。
「あとで試合、見てくれよ」
 矢島さんが。

 皆さん、それぞれ用事があるとかで。
「ごめん、浩之…」
「…………」
 来栖川のお嬢様しか、残られませんでした。
 ご主人様は、じっと唇を噛んで佇んでいました。



 データ整理の完了と共に、自然に目が覚めます。
 充電はすでに完了。
 時計を参照…まだ、活動を始めるには早い時間です。

 わたしはHM−12。
 毎晩、充電時にデータの整理をするのですが…
 その時に、映像や音声が再生されます。
 人間の方の見る夢と似たものらしいです。

 先ほどまでの夢は、わたしの記憶ではありません。
 システムの根幹に係わるデータ。
 HMX−12マルチお姉さまの見た、夢。

 わたし達は、メイドロボ。
 ご主人様や人間の皆さんを幸せにするために、存在します。
 人間の皆さんに使える、メイドにしか過ぎません。
 だから、わたし達はご主人様達を困らせることはできません。


 何故か、目の洗浄液が一筋、流れていました。