星の数ほど…(お題「天体観測」) 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:7月31日(火)22時54分
 隆山温泉…
 温泉街とはいえ、田舎には違いない。
 ましてやここは閑静な住宅地。
 そして柏木の屋敷にある庭には、よけいな光源はない。
 久しぶりに見上げた夜空には、星が溢れていた。
 都会とは大違いの光景に、思わず見入ってしまった。
――ここ数日、そんな余裕なんてなかったしな。
 まったく、怒濤の1週間だった。



 12月のある日。
 年末年始は、隆山で過ごすことにした。
 で、そのことを電話で知らせたときに…
 何気なく、千鶴さんに聞かれた。
『せっかくだから耕一さん…
 軽く、鶴来屋のお手伝いをしてみませんか?』
「……バイト代は出るのかい?」
『そうですねぇ…
 じゃぁ。お年玉、少し弾んじゃいます!』
「お、ほんと?!」
 千鶴さんから、お年玉かぁ…
 若干複雑なものを感じつつ。
 懐の寂しかった俺は快諾した。
 旅費って、けっこうバカにならないもんだ。

 で。
 暮れの迫った隆山で俺を出迎えてくれたのは。
 初音ちゃんと、鶴来屋社長の足立さんだった。

 ふたりとも、鶴来屋のはっぴを羽織っていた。
「あ、お兄ちゃ〜ん。お手伝い、してくれるんでしょ?」
「年末年始の掻き入れ時、ウチも忙しいですからね…
 ありがたいことです」
「お兄ちゃん、はいこれ」
「え? え??」
 疑問を挟む暇もなく、はっぴを手渡されて。
「もうしばらくしたら、団体さんがいらっしゃいますからね。
 バスへご案内、よろしくお願いしますよ?」
「は〜い!」

 こうして、俺の『お手伝い』は始まった。

 それこそ、ありとあらゆる雑用を手伝ったさ。
 梓に蹴っ飛ばされながら、早朝から仕入れもやったし。
 楓ちゃんの指示の下、洗濯物や布団を運んで。
 初音ちゃんといっしょにお客さんの送迎をやって。
 千鶴さんといっしょに挨拶回りまでやった。
 …鶴来屋では、夕食時に一部屋一部屋回って、お客様に挨拶をする。
 千鶴さん、俺を「次期会長」なんて紹介しようとして、さすがに止められてたし。

 毎日休む暇もなく働いて。
 疲れのままにぶっ倒れて眠った。
 唯一の救いは、必ず従姉妹4人の誰かといっしょに働けたことか?
 忙しかったけど、楽しかった。
「やっぱり耕一さんがいると、お嬢さん達も余裕ができるみたいですねぇ。
 はぁ、このままずっと手伝ってもらえれば、会長も楽になるんですけどねぇ…」
 とは、足立さんの言葉だった。



 正月3ヶ日が終わってようやく、件のとおり周りを見る余裕ができた。
 屋敷の縁側から見えた夜空が、やけに綺麗で…
 誘われるように、庭の中に出ていた。

 雪の中に立って、空を見上げる。
 満天の星を見ていると、昔なにかで聞いたセリフが浮かんできた。
「星の数だけ人がいて…
 人の数だけ出会いがある…」

「耕一ぃ」
「んあ?」
 視界を振ると…梓が目に入った。
 ざくざくと雪を踏んで、俺に近づいてくる。
「こんな寒みぃところで何やってるんだ?」
 俺の虚ろな視線に顔を引きつらせながら。
 それでも呆れたように梓は聞いてきた。
「天体観測」
 それだけ答えると、俺は再び夜空を見上げた。
「……は?」
「ほら、あれが白鳥座だ」
「……出てねーよ…」
「あれが、蠍座だな」
「出ている分けないだろ?!
 だいたいそれは、夏の星座だ!」
「…………」
 風流を理解しないヤツめ。

 すぐそばで止まった足音に、上を向いたまま話しかけた。
「旅館って、すっげー忙しいのな」
「……うん、まぁな。
 余所様の休みが、ウチの掻き入れ時だしな」
 返事までの間は、溜息だったか苦笑だったか。
 気になってそちらを見たけれど、横顔からじゃ分からなかった。
 梓は、俺の隣で空を見上げていた。
 俺も、視線を空に戻す。

「こういち…」
「ん?」
「手伝ってもらって、ありがとう。
 正直、助かった」
「俺、足引っ張ってなかったか?」
「そんなことない!」

 間髪入れずに戻ってきた答えに、視線を梓に向けると。
 やけに真剣な目つきでこちらを見ていた。
「千鶴姉のあんなリラックスした顔、久しぶりに見た。
 ……いつも、無理してるから」
 何となく、想像が付く。
 千鶴さんは、タナボタのように会長になった。
 それを快く思わない重役もいるのだろう。
 ……千鶴さんにとって、会長の椅子は針の筵かもしれない。

「鶴来屋グループは、大きな会社だからな…」
「うん。足立さんが、頑張ってくれているんだけどね。
 いくら隠しても、分かっちゃうよ…」
 でも、ああいう人だから…
 妹たちに心配させまいと、振る舞うから。
 よけいに梓達は心配するのだろう。

「耕一、こっちに住まないか?
 千鶴姉を、手伝ってもらいたいんだ」
 唐突な言葉だった。
 …でも、多分。従姉妹達みんなの、総意だと思う。
「足立さんにも、似たようなことを言われたよ」

 千鶴さんの「次期会長」の言葉は、半分以上本気だと思う。
 そこまで俺のことを買ってくれているのは、嬉しい。
 でも…
「少し、待ってくれ。せめて、大学を卒業するまで…」
 まだ、俺には力が足りない。
 大事な人たちを守れるだけの。
 そして、心を決めるための時間が欲しい。

「そうか… まぁ、今すぐに返事がもらえるとは、思ってないしな。
 あたし達も、気長に待つよ」
「あぁ、頼む」
「あんまり待たせるなよ。
 4人ともみんな、あんたに告白されるのを待ってるんだからな」
「……なに?」
 何か今、もっとも目を逸らしたかったことを突きつけられたぞ?

「うー、さむさむ。あたしはそろそろ部屋に戻るよ」
 話は終わったとばかりに、梓は俺に背を向けた。
 ……俺の話は終わってないんだが、言葉にできない。
「あぁ、あたしの大学。とりあえず推薦で決まった。
 ……4月からよろしくな」
 去り際のその言葉に。
 俺は死にそーな目を向けていた。

「……4人ともに手を出すんじゃなかったよ…」