隆山温泉… 温泉街とはいえ、田舎には違いない。 ましてやここは閑静な住宅地。 そして柏木の屋敷にある庭には、よけいな光源はない。 久しぶりに見上げた夜空には、星が溢れていた。 都会とは大違いの光景に、思わず見入ってしまった。 ――ここ数日、そんな余裕なんてなかったしな。 まったく、怒濤の1週間だった。 12月のある日。 年末年始は、隆山で過ごすことにした。 で、そのことを電話で知らせたときに… 何気なく、千鶴さんに聞かれた。 『せっかくだから耕一さん… 軽く、鶴来屋のお手伝いをしてみませんか?』 「……バイト代は出るのかい?」 『そうですねぇ… じゃぁ。お年玉、少し弾んじゃいます!』 「お、ほんと?!」 千鶴さんから、お年玉かぁ… 若干複雑なものを感じつつ。 懐の寂しかった俺は快諾した。 旅費って、けっこうバカにならないもんだ。 で。 暮れの迫った隆山で俺を出迎えてくれたのは。 初音ちゃんと、鶴来屋社長の足立さんだった。 ふたりとも、鶴来屋のはっぴを羽織っていた。 「あ、お兄ちゃ〜ん。お手伝い、してくれるんでしょ?」 「年末年始の掻き入れ時、ウチも忙しいですからね… ありがたいことです」 「お兄ちゃん、はいこれ」 「え? え??」 疑問を挟む暇もなく、はっぴを手渡されて。 「もうしばらくしたら、団体さんがいらっしゃいますからね。 バスへご案内、よろしくお願いしますよ?」 「は〜い!」 こうして、俺の『お手伝い』は始まった。 それこそ、ありとあらゆる雑用を手伝ったさ。 梓に蹴っ飛ばされながら、早朝から仕入れもやったし。 楓ちゃんの指示の下、洗濯物や布団を運んで。 初音ちゃんといっしょにお客さんの送迎をやって。 千鶴さんといっしょに挨拶回りまでやった。 …鶴来屋では、夕食時に一部屋一部屋回って、お客様に挨拶をする。 千鶴さん、俺を「次期会長」なんて紹介しようとして、さすがに止められてたし。 毎日休む暇もなく働いて。 疲れのままにぶっ倒れて眠った。 唯一の救いは、必ず従姉妹4人の誰かといっしょに働けたことか? 忙しかったけど、楽しかった。 「やっぱり耕一さんがいると、お嬢さん達も余裕ができるみたいですねぇ。 はぁ、このままずっと手伝ってもらえれば、会長も楽になるんですけどねぇ…」 とは、足立さんの言葉だった。 正月3ヶ日が終わってようやく、件のとおり周りを見る余裕ができた。 屋敷の縁側から見えた夜空が、やけに綺麗で… 誘われるように、庭の中に出ていた。 雪の中に立って、空を見上げる。 満天の星を見ていると、昔なにかで聞いたセリフが浮かんできた。 「星の数だけ人がいて… 人の数だけ出会いがある…」 「耕一ぃ」 「んあ?」 視界を振ると…梓が目に入った。 ざくざくと雪を踏んで、俺に近づいてくる。 「こんな寒みぃところで何やってるんだ?」 俺の虚ろな視線に顔を引きつらせながら。 それでも呆れたように梓は聞いてきた。 「天体観測」 それだけ答えると、俺は再び夜空を見上げた。 「……は?」 「ほら、あれが白鳥座だ」 「……出てねーよ…」 「あれが、蠍座だな」 「出ている分けないだろ?! だいたいそれは、夏の星座だ!」 「…………」 風流を理解しないヤツめ。 すぐそばで止まった足音に、上を向いたまま話しかけた。 「旅館って、すっげー忙しいのな」 「……うん、まぁな。 余所様の休みが、ウチの掻き入れ時だしな」 返事までの間は、溜息だったか苦笑だったか。 気になってそちらを見たけれど、横顔からじゃ分からなかった。 梓は、俺の隣で空を見上げていた。 俺も、視線を空に戻す。 「こういち…」 「ん?」 「手伝ってもらって、ありがとう。 正直、助かった」 「俺、足引っ張ってなかったか?」 「そんなことない!」 間髪入れずに戻ってきた答えに、視線を梓に向けると。 やけに真剣な目つきでこちらを見ていた。 「千鶴姉のあんなリラックスした顔、久しぶりに見た。 ……いつも、無理してるから」 何となく、想像が付く。 千鶴さんは、タナボタのように会長になった。 それを快く思わない重役もいるのだろう。 ……千鶴さんにとって、会長の椅子は針の筵かもしれない。 「鶴来屋グループは、大きな会社だからな…」 「うん。足立さんが、頑張ってくれているんだけどね。 いくら隠しても、分かっちゃうよ…」 でも、ああいう人だから… 妹たちに心配させまいと、振る舞うから。 よけいに梓達は心配するのだろう。 「耕一、こっちに住まないか? 千鶴姉を、手伝ってもらいたいんだ」 唐突な言葉だった。 …でも、多分。従姉妹達みんなの、総意だと思う。 「足立さんにも、似たようなことを言われたよ」 千鶴さんの「次期会長」の言葉は、半分以上本気だと思う。 そこまで俺のことを買ってくれているのは、嬉しい。 でも… 「少し、待ってくれ。せめて、大学を卒業するまで…」 まだ、俺には力が足りない。 大事な人たちを守れるだけの。 そして、心を決めるための時間が欲しい。 「そうか… まぁ、今すぐに返事がもらえるとは、思ってないしな。 あたし達も、気長に待つよ」 「あぁ、頼む」 「あんまり待たせるなよ。 4人ともみんな、あんたに告白されるのを待ってるんだからな」 「……なに?」 何か今、もっとも目を逸らしたかったことを突きつけられたぞ? 「うー、さむさむ。あたしはそろそろ部屋に戻るよ」 話は終わったとばかりに、梓は俺に背を向けた。 ……俺の話は終わってないんだが、言葉にできない。 「あぁ、あたしの大学。とりあえず推薦で決まった。 ……4月からよろしくな」 去り際のその言葉に。 俺は死にそーな目を向けていた。 「……4人ともに手を出すんじゃなかったよ…」