オレがロボット開発者を目指す理由(お題:青) 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:7月31日(火)22時48分
「ばか!」パン!

 だれもいない廊下に、乾いた音が響く。
 薄暗い中、蛍光灯が白々しく点っている。
 外は、夏特有の土砂降りの雨で。

 彼女もやっぱり、雨模様のようだった。

 ……あかりがオレに手を上げるなんて、初めてじゃないだろうか?
 幼なじみとの十数年間を振り返ってみても…
 泣かれたことはあっても、ひっぱたかれたことなんて。
 廊下の窓に、ふらりともたれ掛かる。
 きしり、とアルミのサンがわずかな音を立てた。
 ふと、赤いものがグランドを横切るのが見えた。

――おーい、前見て走れよぉ…

 今朝、あかりが持っていた傘…
 その足下に茶色い水しぶきが上がっていた。
 何となく、それを目で追う。
 顔が、ぴりぴりと痛い。
 あれは、容赦ない一撃だった。

「浩之? あかりちゃん、泣きながら走ってたぞ?
 ……何かしたのか?」

 その言葉に、我に返る。
 あかりと入れ替わるように現れたのは、耕一さんだった。
 そっか、泣いてたか…
 さっきのあかりの表情を思い出す。
 あれは、明らかに怒っていた。
 ……人間、怒りすぎると顔が青ざめるってコトを、初めて知った。

「ん?
 ……ちょっと、馬鹿なことを言っちまったんですョ…」
「……そうか…
 ここじゃなんだし、食堂の方に移動しないか?」



 昼時を過ぎた食堂は、閑散としている。
 っつーか、大学の食堂なんて、昼時以外に立ち入ることは少ない。
 今は授業中だし、暇を潰すなら喫茶店の方が人気がある。

 購買で買った缶コーヒーを片手に、オレ達は隅のベンチに腰掛けていた。
「浩之、おまえ、講義はないのか?」
「えぇ、今日はもうないですね。オフです。
 耕一さんこそ、大丈夫なんですか?」
「……卒業研究には、オンもオフもないんだよ」
 さようで。



 で。
「……それは、おまえが悪い」
「……そうですか?」
「ああ、もっと女心ってのを考えろ」
 それは、耕一さんに言われたくない。

 密かにツッコミを入れつつ、オレはコーヒーをすすった。
 ……甘い。
 最近、甘いものがダメになってきている。
 コーヒーは、ブラックに限ると思う。
「おごってもらっといて、文句を言うな」
 ごもっとも。

「……まぁ、あとはおまえと彼女の問題だな。
 もうちょっと、あかりちゃんのことも考えてやれ。
 昔の女のことばっかりじゃなく、な」
 妙に実感のこもっている、言葉だった。



 昔の女、ね… 無理だよ。
 あいつの妹たちは、町中あちこちにいるんだから。
 そして、あいつとまるっきり同じ顔をしているんだから。
 いやでも思い出しちまう。

 さらに悪いことに。
 あいつの妹達は、あいつと違ってちっとも笑わない。
 当たり前だ、あいつらはそう作られているんだ。
 むしろ、高校の時に会ったあいつが、特別なんだ。
 そんな分かり切ったことに幻想を抱いて、オレは勝手に傷ついていた。
 現実から目を逸らして、周りを傷付けて、自分が不幸なつもりでいた。
 その結果が、さっきのあかりのビンタだ。

 ふと、思った。
 1人、篭もるよりも。取り戻してやろうか。
 いや、あいつらに笑顔を与えてやりたい。
 …とはいえ、とりあえず。
 まずは、大事な幼馴染みの笑顔をなんとかしないと、な。

 夕立はいつの間にか過ぎ去り。
 小降りになった雨の向こうには、色の薄くなった青空が見えた。