ぺったんこ(お題:餅) 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:1月13日(土)00時32分
   ――新春餅つき大会。
   来栖川邸にて毎年催されるこの行事は、数百年の歴史のある…

「何言ってんの、うちでは餅つきを年が明けてからなんて滅多にやらないわよ」
「――綾香様、せっかくのモノローグに割り込まないでください」
 ま、そういうことだった。

 企画したのは、イベント好きのHM開発室。
 セリオとマルチの関係者を集めようという企画らしく…
「よぅ、お邪魔するぜ」
「芹香さん、綾香さん、明けましておめでとうございますぅ」
 浩之とマルチの二人も、呼ばれていた。


 来栖川邸の広大な庭には、すでに餅つきの用意が調えられていた。
 庭とはいえ、整備されているのはそのほんの一部である。
 大半は木が生い茂って森のようになっている。
 洋風であるからには当然、日本のような雑木林ではない。針葉樹が主となった森である。
 そんな大きな庭の、ほんの一部のスペース…
 しかし、ちょっとしたイベントをやる分にはその一部のスペースで充分だった。
 臼と杵が2セットに、蒸籠がたくさん。
 白い石畳の小道とのミスマッチが、何とも言えなかった。

 蒸籠からは、盛大に湯気が噴きだしている。
 テラスの前に並ぶ竈。
 噴水のそばに用意された臼。
 それは圧巻というよりもむしろ…
「なんか…シュールだよな…
 マルチは、どう思う?」
「え、何がですか?」
 浩之を見上げた目は、とてもきらきらしていた。
 それは、純真な輝きと言うよりはむしろ…なにも考えてないだけのような気がして。
「…いや、いい」
 いきなり、浩之は疲れてしまった。

「そろそろ、餅米が炊きあがったよー」
 HM研の長瀬主任が、やけに仕切っていた。
 いつもはやる気のなさそうな彼も、こういうときはやけに活き活きとしている。

 長瀬主任の指示の元に、2つの臼それぞれに餅米があけられた。
 ほこほこと、湯気を立てている。
「さて、これをつき上げなければならないわけだが…」
「はい、はーい! わたしに、やらせてください!」
「お、マルチは元気いっぱいだな」
「はいっ! 予習はしてきました、餅つきはばっちりなのです!」
 長瀬主任以上に、マルチは元気いっぱいだった。
「それじゃ、これはマルチに任せるとして…
 相方はどうするね?」
「それはもちろん、決まってます!」
 そのきらきらとした目を向けられては、逆らうことも出来ず。
「分かった分かった、オレがやるよ…」
 それでも、あくまで浩之はやる気がなかった。

「お餅はデスね、最初は餅米を潰すところから始めるんですよ〜」
 ぐりぐりと杵を動かすマルチ。
「お、さすがだな。よく分かっているじゃないか」
「ハイ、昨日セリオさんにデータをダウンロードして貰いました!」
 自分で調べろよ…
 そう思わないでもない浩之だった。
「あ、そろそろお餅の形をしてきましたね。
 では、いよいよお餅つきを始めるのです!」
 その言葉とともに、杵を持ち上げようとマルチは両手に力を込めた。


「……ぐすん」
「しょーがねーだろ、マルチは力仕事苦手なんだから…
 ほれ、餅つきは杵をふるうだけじゃないんだから」
「うう、それこそが餅つきの花形なのです〜
 せっかく勉強してきたのに…」
 マルチには、杵を持ち上げることが出来なかったのだった。
 その事実に打ちひしがれ、マルチは隅っこの方でいじけていた。

「ふふふ、遂にこのわたしの出番がやってきたようね」
 その後ろから、不敵な笑い声が聞こえてきた。
「なんだ綾香、いきなりテンション高いな?」
「ふふ、マメ知識ではメイドロボに勝てないけどね…
 この程度のもの振り回すなど、エクストリーム女王のこのわたしにとっては造作もないこと!
 むしり取った衣笠とは、このことよ!」
「むしり取ったのか?」
「ええ、かなり強引に」

 昔取った杵柄じゃないのか?
 そんなツッコミも入らないほど脱力してしまい…
「…そうか、がんばってくれ。
 オレは、ちょっと疲れたから…」
 餅目当てにやってきた浩之は、そろそろ毒気に当てられたようになっていた。
 どうしても、ハイテンションなノリにはついていけない。
 ひらひらと手を振りながら、その場からの脱出を試みたが…
「どこ行くのよ、浩之?」
 しっかり首根っこを掴まれてしまった。
「え、どこってちょっとそこまで…」
「ちょっとそこって、コンコルドじゃないんだから…
 あんたには、わたしの相方を勤めて貰うわよ?」

 本当は、逃げたかった。
   楽して儲ける、スタイル
 それが浩之の理想なのだが…
「謹んで、やらせていただきます」
 バキバキと指を鳴らしながら、にこやかに迫ってくる綾香。
 いくらやる気がないとはいえ、まだ死ぬのは惜しかった。


 渋々ながら、浩之は再び臼の横に片膝をついていた。
 綾香は、すでに杵を振り上げて待ちかまえている。
「いいか? ハイって言ったら、杵を降ろすんだぞ?」
 餅つきは、1人が餅をこね、1人が杵を打ち下ろす…
 2人の絶妙なコンビネーションが、あの華麗な音を発する。
「ハイ!」

  どか!

 いきなり、この二人の絶妙なコンビネーションは崩れていた。
「い、いま、どこを狙った?!」
 確かに、杵は臼に振り下ろされていたが…
 浩之の目の前、臼の縁に振り下ろされていた。
「あれ? おっかしいわねぇ…」
 不思議そうに、自分の手元と杵の先を見比べる綾香。
「オレの腕を砕く気か?!
 しっかりやってくれよ!」
「やーね、ちょっと手が滑っただけじゃないの。
 今度こそ、大丈夫よ」
「本当か? じゃ、もう一回行くぞ?」
 手を突っ込んで、こねる。
「ハイ!」
 
  どっす!

「うわっ!」
 今度は、臼どころではなかった。
 っつーか、振り下ろした先の石畳が割れていた。
 飛び退かなければ、浩之の頭が…
「いい加減にしろよ、綾香!」
 本気で怒っていた。餅つきで撲殺されては、洒落にもならない。
「へんねぇ? ちゃんと狙ったのに…
 この杵、曲がってんじゃないの?」
「狙ったって…どこを狙ったんだよ…
 っつーか、曲がってるのはおまえの根性だろう?!」

 その言葉を聞いたとたん、綾香の目つきが変わった。日本刀のような、剣呑な光を帯びる。
「…へぇ、このわたしに向かってそんなことを言うなんて。
 浩之、覚悟は出来てるの」
「うるせぇ、死ぬところだったんだぞ?!
 もう、やってられるかよ!」
 浩之の吐き捨てるような言葉に。
「なによぉ、一生懸命やってるのに…」
 ふにゃ、と綾香の顔が歪む。
 みるみるうちに、その目に涙が溢れ…
「あれ? あ、あの… あやかさん?」
 予想外の反応に、思わず綾香に近づき。
 その顔に手を伸ばし…

「ひろゆきの…」
 手首をとられた。
「へ?」
 手を引っ張られて、体が泳ぐ。

「馬鹿!」
 脚を払われた。
「うおぅ?!」
 見事に、浩之の体が宙を舞っていた。

「バカ!」
 蹴りが入った。
「ごふっ」
 浩之の体がくの字に折れた。

「ばかぁっ!」
 正拳突き。
 吹き飛ばされた。
   ズズ〜ン
 浩之の叩き付けられた針葉樹が、轟音とともに倒れた。
(オレ…死ぬのかな?)
 薄れる意識の中、そんな言葉が浮かんだ。

 後に、関係者はこう語ったという。
「はや〜、人間の体って地面と平行に飛んだりするんですねぇ…
 初めて見ました」


 ぺったん
「ハイ!」
 ぺったん
「ハイ!」
 ぺったん

 隣の喧噪をよそに、長瀬親子は順調に餅をついていた。
「親父、なかなか頑張るじゃないですか」
「ふん、若い者にはまだまだ負けぬわ!」
 それを見ながら、幸せそうに芹香が餅を食っていた。
「お嬢様、もう一つできあがりましたぞ!」
「――芹香お嬢様、今度は安倍川餅にしましょうか」

 白亜の洋館を背景に。
 黒服の執事が杵を振るい、白衣のおっさんが餅をこね。
 メイドロボが魔女に餅を取り分ける。
 どこまでもシュールな光景だった。


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