サンタクロースのおにいさん 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:12月24日(日)00時42分
 師走も押し迫り、世間はいよいよ慌ただしさを増してきていた。
 しかしそんな慌ただしさも、一部のカップルには無縁のようだった。

 日曜。
 浩之と芹香は、今日もデートをしていた。
 あの誕生日… 芹香がパーティーをドレス姿で抜け出した日以来。
 二人の仲はほぼ公認のものとなっていた。
 最近は、セバスチャンもうるさくない。

「もうすぐクリスマスだなぁ…
 やっぱり、パーティーとか、あるのか?」
 こくこく
「……」
「イブの日は、パーティ?
 やっぱり、そうかぁ…」
「… ……」
「そのかわり、クリスマスの日は1日自由です?
 そっか、じゃ、1日中、一緒にクリスマスを祝おうな」
「……」
 こくこく
 芹香は、ほわっと嬉しそうだった。

 少し、会話が途切れた。心地よい沈黙。
 風は冷たかったけど、二人の間には温かいものが流れていて。
 クリスマスを間近に控えた町には、赤い服を着た姿がちらほらと見られた。
 サンタの格好… クリスマス商戦も大詰めのようだった。
「そういえば…
 先輩の所もさ。毎年、サンタクロースは来てたのか?」
 こくこく
「……」
 小学校を卒業するまでは、毎年プレゼントをくれてました。
「へぇ、そうなんだ」
「……」
 私、サンタクロースのお兄さんに会ったことがあるんですよ。
「ははは、先輩は夢があっていいなぁ」
「……」
 約束も、したんですよ…


 クリスマス・イブ。
 恋人達が甘い夜夢見る日。
 浩之は赤い服を着て、プラカードを持って。バイトに精を出していた。
 クリスマスケーキの宣伝。例に漏れず、サンタの格好をしていた。
 今日までに、稼げるだけ稼ぐ…
 今年のクリスマスプレゼントは、それだけのものを用意するつもりだった。

 晴れた一日の終わり、町並みが夕焼けに染まる頃…
「ひろゆきーぃ」
 目の前に止まった黒塗りの車から、声をかけられた。
「おう、綾香。元気だったか?」
「ちょうどいいところで会ったわ。
 浩之、お願いがあるの」
 綾香は、やけにせっぱ詰まった口調だった。
「おいおい、どうしたんだ? そんなに慌てて…
 しかも、ドレス姿って…ひょっとして、パーティーに行くところか?」
「それどころじゃないのよ!
 浩之、悪いけど何も言わずに、しばらくこの子を預かってくれない?」
 車から降りてきたのは、小さな女の子だった。
 小学校に上がるか、上がらないか…
 黒髪を背中に流した、なかなかの美少女だった。
 たれ目が印象的な、おとなしそうな女の子。
 ふわふわの帽子を被って、ふりふりの割といい服を着た…
 黒ずくめの格好をしているせいか、妙に大人びて見えた。
「親戚の娘なんだけど、訳アリなのよ…
 夜、迎えに行くから。お願いっ」
 浩之に黒いコートを押しつけると、あわただしく行ってしまった。
 小さな、女の子用のコートだった。

「いらっしゃーい、クリスマスケーキありますよぉ」
  とことこ。
「クリスマスケーキ、イブにこそ価値アリですぜー」
  とことこ。
「ふたりっきりでキャンドルの明かり…なんて、どうですー?」
  とことこ。
 女の子は、浩之の後ろにくっついてうろちょろしていた。
 …服の裾を握りしめて。
「なぁ、オレの服をつかんでないといけないのか?」
「はぐれてしまいそうですから」
「まぁ、いいけど…」

 年の瀬の雑踏は、流れ続けていた。
「…お兄さんは、サンタクロースさんですか?」
「ん? ああ、まぁそうなるのかな?
 バイトだけどな」
「じゃ、サンタさん。お願いがあります。
 今年、わたしはわがままも言いませんでした、いい子にしてました。
 今年はプレゼントいらないから、だから…
 だから1つだけ、お願いを聞いてください」
「…何?」
「今日一日だけでいいですから、わたしのお友達になってください」
 両手を握りしめて。一生懸命に浩之に訴える。
 やけに、必死な目つきだった。
「…ああ、いいぜ。
 でも、バイトが終わるまで、ちょっとだけ待ってくれ」
「…はい!」
 女の子は、返事をしてから、きょろきょろと周りを見回した。
 なんだか、不安そうに揺れる目。
 落ち着きなく胸元で握られる、両手。
 あの背丈の…あれぐらいの子供の視線では…
 おそらく、忙しなく行き交う脚しか視界に入らないのではなかろうか?
「…ほら」
 ひろゆきは、ぎゅっと、その小さな手を握る。
「あ…」
「ほら、迷子にならないように気を付けろよ…
 服の裾でも、手でも、にぎってていいから」
「…はい」

 今日のバイトは、終わるのが早かった。
 日が暮れたら、解放される。
「さて、飯でも食いに行くか?」
「…あれ? サンタさんは、赤い服を着ないのですか?」
 ジーパンに、ジャンパー。
「あれは、仕事の間だけなんだよ。
 仕事は終わったから、普通の格好になるのさ」
「そうですか…」
 なんだかうつむいて、ぎゅっと浩之のズボンを握る。
「なんか…がっかりしたか?」
「サンタさんの服を脱いで、お仕事が終わって…
 わたしのお友達には、もうなって貰えないのですか?」
 ああ、そうか。
 何にがっかりしたか、分かった。
「お友達に、仕事は関係ねーよ」
 え?と顔を上げる女の子。
 きょとん、と開いた目に、涙がにじんでいた。
「ほら、おなか空いただろ?
 何か食べに行こうぜ」
 女の子は、ぐしぐしと目元をこすると、満面の笑みを浮かべて返事した。
「はい!」

 まず、浩之は服飾店に向かった。
「宝石屋さんで、晩ご飯ですか?」
「言うと思ったよ。
 まず、オレの大事な人にプレゼントを用意しないといけないんだ。
 明日、渡さないといけないから…」
「今日じゃないのですか?」
「今日は、忙しいから会えないんだよ。
 だから、明日」
「そうですか…
 お友達からのプレゼント…
 うらやましいです…」
 女の子ってのは、年齢に関係なくこういうものが好きなのか?
 物欲しそうに、じっと指輪の方を見つめていた。
「はは…
 あと十年したら、指輪か何かかってあげるよ」
「じゅうねん…
 あと十年ですか…」
 指をくわえてショーケースを覗き込んでいるのを横目に、浩之は会計に向かった。

「おいしかったな」
「はい。お好み焼きなんて、初めて食べました」
 イブのレストランなんて、どこも家族連れか恋人達でいっぱいである。
 だから二人は、商店街はずれのお好み焼き屋に行った。
 さすがにそこも空いてはいなかったが、待たずに座ることができた。
 カウンター席だった。
「お店の人、上手でしたね」
「ああ。下手な人がやると、そりゃぁ悲惨だぜ」
「そうですか」
 しばらく一緒にいてみて、1つ、浩之は気になった。
 この子は、自分から「何かをしたい」ということを言わない。
「今度、やってみるか?」
「え?」
「お好み焼き、裏返すヤツだよ。
 今度一緒に行ったら、やってみような」
「はい!」

 もう、商店街を離れて住宅地にさしかかっていた。
 数十メートルおきにある街灯が、道路を照らしている。
 何軒か、ノエルを出している家があった。
 どこかの庭先から、暖かそうな笑い声が漏れていた。
「あ、そうだ」
 街灯の作り出す光の中。
 ごそごそとジャンパーのポケットを探りながら、浩之は立ち止まった。
「ちょっと、手を出しな」
「? こうですか?」
 おずおずと、手のひらを差し出す。
「おう…」
 ポケットから出した手を、小さな手の上に持っていく。
 女の子の手の上には、その手よりもっと小さな箱が乗っていた。
 かわいらしい紙に包まれ、リボンをかけてある。
「これは…?」
「おう、プレゼントだ」
「え、でも今年のサンタさんのプレゼントは…」
「これは、サンタさんからじゃない。
 お友達からのプレゼント、だ」
 女の子は、箱を両手で握りしめて、うつむいてしまった。
「…どうした?」
「嬉しい、です…
 開けても、いいですか?」
「ああ…」
 がさがさと、リボンをほどき、包みを開ける。
「可愛い…」
 中から出てきたのは、雪の結晶をかたどったブローチ。
「ありがとう…
 大事にします」
 それは、その日一番の笑顔だった。
「ああ。
 オレも、そんなに喜んでもらって、嬉しいよ」
 街灯の光が、スポットライトのように二人の姿を浮かび上がらせていた。

「ふあ… えっくしっ」
 再び歩き出すなり、浩之は大きなくしゃみをしていた。 
「サンタさんは、寒いんですか?」
「ああ、首元がどうしても、な」
 いくらジャンパーを着てもセーターを着ても、首は無防備だ。
 少し…いや、かなり夜風が気になる。
「じゃ、サンタさんが寒くないように…
 今度会うときまでに、マフラーを作っておきます。
 毎年のお礼に、今度はわたしがサンタさんにプレゼントです」
「そうか?
 オレ、楽しみにしちゃうぞ?」
「はい、楽しみにしててください」

「たくさん歩いて、疲れたろ?
 負ぶってやろうか?」
「あ… はい」
 浩之は、背を向けてしゃがみ込んだ。
 少し迷っていたみたいだが、すぐに女の子は浩之に負ぶさってきた。
  ととととと のさっ
「よっと…
 はは、思った通り、やっぱり軽いなぁ…」
「あ…」
 慌てて、浩之の首に両手を回す。
「ほら、こうすると結構暖かいんだぞ。
 うん、今日は、マフラーはいらないな」
「……」
 女の子は、浩之の背中にじっと頭を押しつけていた。
「お兄さんの声が響くのが、気持ちいいです…」

 冬の公園は、もの悲しい。
 木々がすっかり装いを落としてしまうからか?
 それとも、訪れる人が減ってしまうからだろうか。
 しかし今夜…イブの夜は、恋人達がたくさん訪れていた。
 入り口から見ただけでも…
「あちゃぁ、ここを通るのは、失敗だったか?」
 見えているところでこれだ、茂みの中で行為に及んでいるカップルもいるのではないか?
 少なくともそれは、小学生に見せていいものだとは思えなかった。
「よう、ちょっと走るからさ。
 しっかり掴まっててくれよ」
 振り返らず、浩之は背中の女の子に声をかけた。
 しかし、答える声はなく。
 かわりに、寝息が聞こえてきた。
「やけに静かだと思ってたら…」
 わざわざ起こすのも、アレだろう。
 ゆっくりと、歩いて帰ることにした。

 公園を抜けて、少し歩いて。
 自分の家の前に大きな車が止まっていることに、浩之は気付いた。
 闇に沈み込む、黒塗りの車。
 考えるまでもなかった。
「浩之ぃ」
「おう、綾香。早かったんだな」
 浩之の前に、ドレスを着た少女が降り立った。
 夕方にも、ちらっと見た姿。
「パーティーは終わったのか?」
「ええ、問題なくね」
「…先輩は、一緒じゃないのか?」
「それが、ちょっと問題」
「そっか…」
 何となく、気が付いていた。
 でも、真相がどうなのか、別にどうでもいいような気もする。
「ほら、この子。返すよ」
「あら。眠っちゃったのね…」
「結構、歩いたからな。疲れたんだろう」
 背中から、綾香に女の子を渡す。
「ありがとう、浩之」
「たいしたことじゃねぇよ」
 女の子を抱いて、車に乗り込む綾香。
 浩之の前で、バタン、とドアが閉じられた。
 それを待っていたかのように、エンジンが始動する。
 こんこんっ、と、浩之は目の前のウィンドウをノックする。
「なに?」
 ウィンドウを降ろして、綾香が顔を出す。
「1つ言い忘れてたけどな…
 メリー、クリスマス」
「そうね。メリークリスマス、浩之」
「あと、セバスチャン、いるんだろ?
 …先輩に、よろしくな」
 それに対する返事はなく、静かに車は浩之の前から滑り出していった。


 翌日。クリスマス。
 駅前で、芹香と待ち合わせの約束をしていた。
 約束の時間は9時。
 彼女は、もっと早くから待ってそうだから…
 浩之が駅前に着いたのは、その20分前だった。

「……なんでもういるんだよ…」
 駅前の街灯の下、ぼーっと芹香が立っていた。
 思わず、回りにある時計を確認してみる。
 どれを見ても、約束よりずっと早い時刻を指していた。
「せんぱ〜い」
 大きく手を振ると、すぐにこちらに気付いたようだった。
 慌てて浩之が駆け寄るのを、芹香はじっと待っていた。

「はぁ、はぁ…
 待った?」
 ふるふる「……」
 今来たところです。
「ほんと?」
 そっと芹香の頬を両手で挟んでみる。
 冷たかった。
「本当は、結構待ってたんだろ?」
「……」
「いくら楽しみだったって…
 風邪ひいたらどうするんだよ?」
「……」
 でも、待っているのも楽しかったです。
「とりあえず、どこか喫茶店にでも入ろう」

「……」
 それよりも。と、芹香は慌てて紙袋を取り出した。
「……」
 少し、腰を屈めてください。
 いわれるままに、膝に手を付いて腰を落とす。
 自分より少し低くなった浩之の首に、芹香は紙袋から取り出したものを巻き付けた。
「……」
 わたしからのプレゼントです。
 不揃いながらも、丁寧に編まれたそれは…
「…マフラー? しかも…ひょっとして、手編み?」
 こくん。
 顔を真っ赤にして、頷いた。
「ありがとう、先輩。暖かいよ」
 本当に、暖かかった。
 ただ、ずいぶんと長いのが気になった。
 浩之の首に一巻きしても、まだもう二巻き分ほど余っている。
 そして芹香は、じっとマフラーを見つめてもじもじしていた。
(ん? ひょっとして…)
 ふわ、と余っている分を芹香の首にかける。
「やっぱり、こういうマフラーは、こうだよな」
 その言葉とともに、浩之の手が芹香の冷たくなった顔を引き寄せていた。
「あ…」
「ほら、こうすれば…二人とも暖かいよな、先輩」
「……」こくん
 芹香は、浩之の肩に頭をもたせかけてぽーっとしていた。

「オレからも、クリスマスプレゼント」
 芹香の目の前に、小箱が差し出された。
 ぱくん、と蓋を開けた中には、銀細工の指輪が入っていた。
「多分、先輩のもっているどれよりも安物だけど…
 ペアリング。オレの、精一杯」
 指輪を受け取ると…
 それを両手で握りしめて、芹香は俯いてしまった。
「せ、先輩… どうしたの?」
「……」
「ん?」
「うれしいです」
 それは、芹香にしては大きい…
 彼女なりの、精一杯の声だった。
「嬉しいです。どんな指輪を貰ったときよりも…
 ありがとうございます」
 その目には、涙がにじんでいた。
「ま、まぁ…
 先輩が喜んでくれて、オレも嬉しいよ」
 少し、浩之は照れていた。

「昼、何食べようか?」
「……」お好み焼き、食べたいです。
「お、じゃぁ、オレいい店知ってるから…
 そこにしようか」
 こくん
「…ところでそのブローチ、どうしたの?」
 芹香の胸には、雪の形をしたブローチが光っていた。
「……」
 これですか? サンタクロースさんに貰ったんですよ。
 どこか悪戯っぽい目つきで返された答えだった。 


 浩之さん。わたし、あなたといて幸せです。
 わたしの、サンタクロースさん…
 

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