ドライブ 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:10月11日(水)23時26分
 つい先日、オレは志保から車を貰った。
 真っ赤な… まぁ、スポーツカーだな。詳しくは知らないが。
 礼を言おうと思ったときには、志保はすでに国内にいなかった。

 乗ってみると、けっこういい車だった。
 若干、燃費が悪いけど…
 ま、そういうわけで慣熟走行を兼ねて、ドライブに行くことにした。

「おう、あかり。明日、海に行くぞ」
「…夕方から?」
「いや、朝からだ。ちょっと遠出をするぞ」
「えっ、明日は平日だよ?」
「オレは、休講だ。っつーか、自主休講だ」
「えー、そんなことしたら単位もらえなくなっちゃうよ…
 浩行ちゃんは、だいじょうぶなの?」
「1回くらいでどーにかなるかよ。
 それに、もう代返頼んである。
 …っつーわけで、出発は明日の6時だ」
「……夕方?」
  ぺしっ
「あっ…」
「朝の6時だ! 5時半には起こしに来いよ」

 翌朝。
 最近は合い鍵を渡してあるんで、家の前で名前を呼ばれることはなくなった。
 しかし…
「浩行ちゃん、起きて… もう、時間過ぎちゃったよ」
 耳元で「浩行ちゃん」を連呼されるのも、かなわないものがある。
 寝起きは特に、だ。
 オレは体を起こすと、焦点の合わない目であかりを睨み付けた。
「あ、浩行ちゃん、起きた?
 さ、用意して。お弁当も、…」
「おう、あかり…」
「なに?」
「こんな時間にオレを起こすとは、いい了見してるじゃねぇか…
 しかもまだ、日も差してないぞ?」
 ふらふらしながら凄んでも、様になってないかもしれないけどな。
「でも、浩行ちゃん、昨日…」
  ぺしっ
「あっ…」
「くちごたえするな!
 オレは、熟睡しているところを起こされるのは、嫌いなんだ!」
 くそっ、そういえば昨日、約束したんだった…

 ドライブは、ちょっと遠くまで…伊豆あたりにでも行くつもりだった。
 そうでなければ、こんなに早く出発したりしない。

「お、ドライブ日和だな」
 すばらしくいい天気だった。
「うん、すっかり日も高くなっちゃったね」
 ぺしっ
「あっ…」
 まだ8時にもなっていないぞ!

 伊豆。
 青い空には真っ白な雲が浮かんでいて、遠くまで青い海が広がっている。
 背後の緑との対比が、何とも言えず心にしみる。
 そんな光景が広がっている、ハズだった。
「なんでこーなるんだよ!」
「…浩行ちゃん、雨男だったんだね…」
 土砂降り。
 ワイパーがちっとも用をなしていなかった。
 灰色の空と真っ暗な海を見ても、ちっともおもしろくない。
 途中から少し雲行きがおかしくなってはいたんだが…
「せっかくお弁当作ってきたのにね」
「…食うぞ」
「え?」
「弁当を出せ。
 このまま帰ったんじゃ何しに来たかわからねぇ、弁当を食うぞ」

 全てのウィンドウは雨に滲み。
 全ての音は雨粒の弾ける音に遮られ。
 まさしく、そこは完全に外界から隔絶されていた。

「浩之ちゃん、おいしい?」
「うーん… うまいけど、なんか味気ないな…」

 しかし、いい雰囲気とはほど遠かった。
 それ以上に、意外と弁当の味は周囲の環境に左右されるものだった。
「出来れば、もっと明るいところで、いい景色でも見ながら食いたかったな…」
「しょうがないよ… それは、また今度ね?」
「ああ、また今度、な…」

 弁当を食べて終わると、もうすることがなかった。
 真っ黒な空は、当分雨をあきらめる気配がなかった。
 ふあぁ、とあくびが出た。
 腹がくちくなったせいか、瞼が重くなってきた。
 いや、ここまでぶっとおしの運転で疲れてるのか…
「あかり… オレは寝る。
 適当な時間になったら、起こしてくれ」
「うん、浩之ちゃん、ずっと運転してたもんね…
 おやすみ。…わたしも、寝ようかな?」
 あかりのその言葉を、オレはほとんど聞いていなかった…

「……ちゃん、浩之ちゃん」
 ぐらぐらと体を揺すられる。
 ゆっくりと意識が覚醒に向かう。

 目を開けると、全てが赤い光に照らされていた。
「そうか… 夕方か…」
 ずいぶんと眠っていたみたいだな…
 シートで寝ていたせいか、体の節々が痛かった。
 車の外に立ち上がって、大きくのびをする。
 けっこう風が強かった。
「浩之ちゃん、ほら、すごくきれい」
 あかりは、片手で髪を押さえて海の方を見ていた。
「もう、夕暮れなんだな」
「うん…
 わたし、夕日があんな風に沈むなんて知らなかったよ…」

 ちょうど、夕日が沈むところだった。
 朱色に鈍く光る太陽。
 下半分が、水平線に滲んでいる。
 空いっぱいの鱗雲も、赤く染まっていた。
 反対側の空から、藍色の闇が広がってきていた。
 雨上がりの匂いの立ちこめる中、あかりと二人でじっとそれをみていた。

 残り半分が沈んでしまうのは、あっという間だった。
「ねぇ、浩之ちゃん…
 また、ドライブ連れてきてね。お弁当いっぱい作るから…」
「あぁ、また今度、な」

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