月の想い 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:8月22日(火)23時40分
 ワタシは、サテライトセリオ。
 サテライトサービスのための衛星に搭載された、コンピュータです。
 ワタシのお仕事は、メイドロボたちのデータの流れの管理です。

 しかし時々、この中にメイドロボのものではない信号が混ざります。
 それはいくつかのイメージです。月とか、少女とか。
 その信号を感じたとき、ワタシは優しい気持ちになるのです。


「長瀬せんせー、さよーならー」
「ああ、さよなら」

 いつの時代も、学生は元気なのが一番だ。
 僕は、高校の教師になっていた。

 こつこつと、階段を上がる。
 屋上への扉を開けると、目に飛び込んでくるのは赤い風景。
 真っ赤な、夕焼け。溶鉱炉の赤。あの日と同じに。
 でも、もう狂気の色は見えない。

 今の勤め先は、かつて僕の通っていた高校ではないけれど。
 屋上は僕の特等席だ。
 よく晴れている日の昼休みや放課後は、屋上に上がる。

 ――晴れた日には、よく届くから

 うん、その通りだね瑠璃子さん。
 学校で一番高いところにあがって、電波を集める。
 人のたくさん集まるところには、たくさん電波がたまっている。
 方向性がないから、雑音のようだけど。
 それは束ねてやれば、大きな力。

 放課後、僕は職員室の主になる。

「おや、長瀬先生。
 今日も、残業ですか?」
「ええ、このテスト問題を作り終えたら、帰りますよ」
「長瀬先生は、教育熱心ですねぇ。
 じゃぁ、私は先に失礼しますよ」

 別に僕は、熱心なわけではない。
 ただ、遅くまで残っているのが目的だ。
 学校の中から、人の気配がなくなるのを待つ。

 それは、僕の秘密の時間。
 特に今夜みたいな、月の澄んでいる夜は。

 学校から誰もいなくなった頃、月が空に現れる。
 僕はその月を眺めに、屋上に上がるのだ。
 ごろりと、屋上に寝転がったりして。
 そして、昼間に集めた電波を、夜空に放つ。

 僕の中の瑠璃子さんは、学生の時のままで止まっている。
 瑠璃子さんは、もういない。
 彼女の兄…月島さんと同じ世界に行ってしまった。

 僕はあの事件で、少し大人になったと思う。
 何かをなくすことが大人になること、そうは思いたくない。
 今まで知らなかったことが見えるようになって、その代わりに何かをなくす。

 僕は瑠璃子さんを失ってしまったけど、
 誰かを好きになるっていう気持ちまではなくしたくない。
 「好き」という気持ちは狂気を導く感情だけど、
 「誰かを想う」ってのは、そんなんじゃないと思う。

 僕は、待っている。
 いつか、瑠璃子さんが戻ってくる日を。


  冴え冴えと月の輝る街に
  銀色の電波が降る


 ワタシはサテライトセリオ。
 世界中のセリオと、人間のみなさんを見守るのがワタシの役目。
 夜空を照らす、月のように――