雨垂れ 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:5月23日(火)19時22分
 ここ2、3日、雨が降り続いている。
 こんな日は、ことさら時間の流れがゆっくりとしているように思える。
 こうして骨董品に埋もれて過ごしていると、時間もひっそりと過ぎ去るものだ。
 骨董品達の積み重ねた年月が、にじみ出しているからだろうか?
 ショーウィンドーの向こうが滲んだようにぼやけていて。
 雨がまるでヴェールのように、向かいの店を隠している。
 雨音と、時計の時を刻む音だけが響く店内。
 まるでこの店の中だけが世界から切り取られたかのよう。
 それは薄暗い店内にかけられた、雨という名の魔法。

「けんたろー!」

 そんな密やかな時間も、このお元気娘には関係ないらしい。
 スフィーにとってこの世界の何もかもが珍しいらしく(当然だ!)、何か発見がある度に
こうして俺のもとに駆けてくるのだ。
 そのたびに俺はスフィーの質問に答えなければならない。
 目をきらきらさせて話に聞き入っている彼女を見るのは、俺も嫌いではないが。

「けんたろ、お店の前に変な形したおっきな石置いてあるでしょ?
 あれ、なに? ちょうど雨垂れの落ちる位置に置いてあるよね?」

 そんな彼女に対し、俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「いいところに気がついたな、スフィー。
 あれは商売繁盛のお守りなんだ。
 あの石が、どことなく動物の形をしているのが、分かるか?
 ・・・そう、横にして見るとだな、タヌキかなんかみたいだろ?
 あれもいわれのある骨董品でな。実は魔法をかけられているんだ。
 そうそう、石化の魔法。
 その昔、悪さばかりするタヌキがいてな、村の人は困り果てていたらしい。
 そこに通りかかったえらい坊さんが、タヌキを石にして封じてしまったんだそうな。
 そのときに坊さんは一つ約束をしたらしい。
 長い年月をかけて雨垂れに打たれれば、やがて魔法は解けるだろう。
 長い年月かけて、己のしたことを反省したときこそ、おまえは自由になれる、と。
 それで、ああして雨垂れの下に置いておくものなんだそうな。
 で、そのお礼にあの石はその家に福を呼び込んでくれるんだそうだ」
「へぇー。この世界にも、すごい魔法使いがいるんだねぇ」
「・・・嘘だ」

  コケッ

 派手にスフィーがずっこける。

「おいおい、店のものを壊すなよ」
「ひどいよ、けんたろ。
 じゃ、ほんとはなんなの?」
「実はあれはな、彫刻の一つなのだ。
 ああして雨垂れで形を整えていくんだ」
「・・・けんたろ? もうだまされないよ」

 ない胸を懸命に張って、スフィーは言い放つ。

「水滴が、硬い石を削れる訳ないじゃん。
 またけんたろの、嘘なんでしょ?」
「いや、今度は本当だ。
 『雨垂れ石を穿つ』って言葉を知らないか?
 長い年月をかければ、水滴の弱い力も石に穴を開ける、という意味なんだ。
 しかもあの石は、砂岩という比較的柔らかい石なんだ。
 そういう石を、雨垂れで少しずつ削って、何かの形にしようっていうものなんだよ」
「へぇー。
 あ、でもでも、それってすっごい時間がかかるんじゃない?」
「そうだな、短くて10年、長ければ30年ぐらいかかるらしいぜ」

 それに比べて、俺達は半年しか一緒にいられない。
 スフィーが俺の所に来てから数ヶ月。
 骨董品屋も、スフィーが一緒にいたからやってこれた。
 もはやスフィーは、俺にとってなくてはならない存在だ。

「・・・ああやって、長い年月をかけて形になるものもあるんだよな」
「・・・そうだね」

 人と人の関係に、年月は関係ない。・・・たぶん。
 そっと、スフィーが抱きついてきた。
 人の世は移ろいやすく、壊れやすい。

「『年々歳々、花相似たり
  歳々年々、人同じからず』」
「なに、それ?」
「花は毎年同じように咲くのに、人間は変わっていくものだなぁ、ってこと。
 人間がいつまでも同じではないことを、嘆いているのかな?」
「・・・それは違うよ、けんたろ。
 人間は変わるから、おもしろいんだよ。
 だって、わたしずっと向こうにいたら、けんたろに会えなかったもん」
「ああ・・・そうだな」

 五月雨屋の時間は、ゆっくりと流れる。
 それは、骨董品達の奏でる、静かな魔法。