がんばれ!南くん〜演劇編その6〜
いかにも病院の診察に見える部屋。
ほけんだよりが貼ってあるのはご愛敬。
白衣の天使、とはいえない年齢になった保険医がノックの音に気づく。
「……すいません」
「あら? またなの?」
ふらふらと保健室に入ってきた南明義を見て保険医が困った顔をする。
「で、今日はどっちなの?」
「……なんでそんなに楽しそうに言うんですか?」
「グラフにすると最近部長の伸びがいいから」
「……今日も部長です……」
「まったく……しょうがないわね」
赤くはれた頬とひっかき傷をひっさげ南がため息をつく。
しょうがない。
確かにその通りだ。
まさしく状況は最悪である。
公演まであと一週間しかないのに未だに劇が完璧に通し稽古できたことがないのだ。
本番舞台での舞台練習でもさんざんだった。
南だけが。
南明義ただ一人が未だにダメなのだ。
段取りを間違える、こける、とちる、ラブシーンでは頭が真っ白になる。
事情を知る保険医が治療をしながらため息をつく。
「で、ヒロインの方は上手くやれてるんでしょう?」
「ええ、完璧と言っていいと深山部長が」
「ま、それなら安心ね」
「そうですね」
「はい、治療終わり」
絆創膏をぺたっと貼られる。
「ありがとうございました」
それだけ言ってのろのろと南は立ち上がる。
ぱたん………。
ドアの閉じる音が聞こえると同時に保険医は額に手を当ててため息をつき、ぽつり、と言った。
「かわいそうに……」
南明義もドアの向こうでこのつぶやきを聞きながら涙した。
〜演劇部部室〜
「雪ちゃん」
「いい天気ね」
「雪ちゃんってば」
「明日も晴れるといいのに……」
「雪ちゃぁーーん」
涙目になりながら雪見の制服を引っ張りみさきが抗議する。
雪見はため息をつきつつ、仕方ない、といった感じで振り返った。
「なによ?」
「えっと……ね」
「却下」
「聞いてよーーっ」
「イヤよ。聞き飽きたわ」
「うーーっ」
「別に問題がないのはわかってるでしょ?」
「でも……」
なおも抗議しようとするみさきを小さく一瞥しためいきをつく雪見。
「だいたいそっちの問題は片づいてるのよ。今一番問題なのは……」
「南くん、だよね」
「……まったくあのままじゃ彼、刺されかねないわよ」
「…………」
無言で一筋の汗を流すみさき。
「ま、公演終わるまでの間だとは思うけど、危険なのは」
「……かわいそうだね、南くん」
「まあ、これも人生でしょ」
自分が原因を作ったというのに雪見はきっぱりと言い切る。
「南くん、一週間しかないのに公演までに演技うまくなるのかな?」
「だから私がちょ……もとい教育してあげるのよ全力でね」
「……たいへんだね……南くん」
「というわけでさっさと入ってきたら? 南くん」
一瞬演劇部室が静寂に包まれる。
…………がらがら。
かなり躊躇した様子の後、扉が開かれる。
すごすごと入ってきた南を見て雪見がにっこり笑う。
「さ、始めましょ」
南の頬を一筋の涙が伝う。
〜昼、教室にて〜
「おい、南」
「なんだ……住井か」
「ちょっと話があるんだ。廊下まで来てくれ」
「……わかった」
南が住井の後について廊下に出た。
「で?」
「おまえに聞きたいコトがあったんだ……」
「なんだ?」
「おまえMなのか?」
「……ちょっと、待て……」
「いや、柚木が言ってたんだが」
〜住井の報告による回想シーン〜
『ねえ、住井君知ってる?』
『なにを?』
『南くん……Mなんだってさ』
『……マジ?』
『だって毎日あんなに痛い目に遭ってるのに……文句の一つも言わないのよ』
『まあ、あれはきついな、確かに』
『ね、そうとしか思えないわよね。ね、茜』
『……不潔です』
〜再び廊下〜
「とまあ、こんな感じでかなりの人間に誤解されてるぞ」
「………………」
「南、不幸だな」
「………………」
「まあ、オレは信じているが……」
「………………」
「公演終わるまでの辛抱だ……強く生きろよ」
そう言って住井は教室に戻った。
約二十分後、南が教師の一人に発見されたとき彼は真っ白に燃え尽きていたという……。
〜そんなこんなで一週間後、公演〜
「というわけで公演です」
雪見が部員一同を見渡して言う。
「厳しいことも言いましたけど、今日が本番です。がんばりましょう」
雪見の話が終わると諸々持ち場に着く。
南も衣装に身を包んで何かいつもと違う雰囲気になっていた。
馬子にも衣装という奴だ。
〜舞台袖〜
本番前の緊張に南はすでに飽和状態になりつつあった。
燃え尽きていたと言っても間違いではない。
と、そんな南の肩を叩く娘がいた。
「……上月さん」
澪は後ろに回していた手を前に出すと南に一枚の紙を手渡した。
『がんばってください』
南は表情をゆるめるとため息をついて無理矢理にひきつった笑いを浮かべる。
「ありがとう……出来る限りがんばるよ」
澪はにっこり笑うとぺこりとおじきをして去っていった。
再び一人になった南はここ数週間のことを思い浮かべてみる。
「…………………………」
もっとも、涙がこぼれそうになったのですぐやめたが。
「まもなく開演です」
スタッフらしい人が知らせに来て、南は自分の配置に立つ。
本番まで数分。
ここで成功すれば……もとい、しなければ命はない。
そして、南の不幸の始まりとなった演劇部とも縁を切れるはずだ。
あくまで予定だが。
きっと、いままでがんばってきたことの報いがあるはず。
南はそう思う。
「幕が上がります」
この公演が不幸の切れ目になりますように……。
幕の向こうから拍手を聞きながら南は一歩踏み出した。
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次回完結!!
こうッご期待!
やっと四本目!
5連続張り付けも残すところ後一本!