はぐれ三匹【FARGO編】〜その9〜
それはあまりにも甘美な幻。
人の歪みを具現させるもの。
心の奥の傷を浮かび上がらせるもの。
そしてそれを乗り越えたとき、人は【浄化】される。
・
・
・
草がぼうぼうに生えた空き地。司と最後に会った、彼が最後にいた場所。
「久しぶり……ですね、司」
「うん、元気だった?」
まるで日常の挨拶、久しぶりではないような気軽なあいさつ。空からはいつの間にか雨が落ちてきていた。
私はは手に持っていた傘を広げると司の上にさそうとする。
彼は手を振ってそれを拒否する。
「濡れますよ?」
「大丈夫だよ。茜が晴れているところに行きたいと思えばいいだけなんだから」
「司……どういうことですか?」
「うーん、そうだなぁ」
考えるときにあごに手を当てる癖も昔のままだ。何も……変わらない。
そんなことを考えていると司が私の後ろに回り込む。
「目をつぶって………」
言われたままに目をつぶる。肩に手を置かれる感触がする。何となく頬が熱くなる。
「いいかい、どこでもいいけど明確にイメージできる場所、つながりがある場所を思い浮かべて」
「でも………」
「いいから、やってみなよ」
仕方なく私はイメージする。明確にイメージできる、それでいてここ、空き地ではないどこか。
そう、公園だ。浩平とたい焼き屋を探していたときに見つけたあの公園。
詩子も誘って何度か一緒に行ったあの場所。私とつながりがある場所。
「もういいよ」
司が肩から手を離し私は目を開ける。そこはあの公園だった。そして……。
「やっほー。茜!」
そしてそこには詩子もいた。
これは私の望む光景。
いつも3人で、笑ったり泣いたり怒ったりしている。
そんな光景。
「そう、これは茜の望む世界なんだ」
「私の望む世界……」
「僕もいるし詩子もいる。3人でいつもみたいに騒いだり出来るところさ」
「…………」
「茜も司もはやくーーー!」
詩子が山葉堂の箱を振り回して叫んでいる。
「でも……私は……」
「やることがある?」
私は核心をつかれうろたえる。が、平静を装い答える。
「ええ、そうです。だから………」
「いいじゃないか」
言われて司の方に振り返る。彼は哀しそうな表情、この世界から消える直前のあの顔をしていた。
「確かにこの世界は幻さ。でも、少しぐらいならここにいたっていいだろ?」
「……でも、私は……」
「茜にいて欲しいんだ」
ずっと聞きたかった言葉だった。そして、聞けなかった言葉だった。
いや、司が言うはずのない言葉だった。
「嘘です」
「嘘じゃないさ」
「嘘です」
私の態度に本当に困った表情になる。そして彼は困った表情のまま微笑んだ。
「信じてくれないのかい?」
「はい……」
「じゃあ、無理にでも信じてもらうかな」
無理にでも? とは聞けなかった。声を出すことが出来なかったからだ。
二人の唇が離れる。
「もう一度言うよ」
私の目をじっと見据えて司が言う。
「茜にいてほしいんだ」
・
・
・
近づいてくる人影が一つ。
「なにかあった?」
「いえ何もありませんでした」
私は近づいて来た少年に静かに答える。
どちらかというとあまり信用の成らない相手だと思っているので、自分の声が固くなっているのを自覚する。
「南君はどうしたんだい?」
「まだ……戻ってきてません」
一瞬少年の表情が苦いものへと変わる。
「何かあったんじゃないのかな?」
「たぶん大丈夫でしょう。それよりも……」
「何だい? 何か聞きたいことでもあった?」
「ええ。あなたは何故生きてるんですか?」
「日頃の行いがよかったからかな?」
自分の顔が険悪になるのがよく分かる。少年もそれに気づいたのかあわてて手を振る。
「冗談だよ。ちゃんとした理由があるんだ」
「理由ですか」
「ああ。もう、実は僕らの一族にはそれほどの力がない。独自の社会を保てないから今は人間社会に混じって生きてるくらいだしね」
それは耳だった。いざとなれば彼らの一族が出刃って来るから楽に戦えると思っていたのだが……。
「そして手駒に使えるほどの奴も数少ないし、人間とうまくコミュニケーションををれたのは僕だけだった。だから無理矢理に復活させられたんだ」
「コミュニケーションと言うことは私たちとのですか?」
「その通りさ」
「でも、私たちがいたくらいじゃ……」
私が口を開いたときだった。
ドーーン・・・・・。
遠くから音が響くそして、その音の原因が何か私たちには理解できた。そして、その方向へ走り出す。
「能力者……ですよね?」
「たぶん、でもそんな気配はまったくしなかった!!」
途中で足を止め鉄筋コンクリートの壁を少年が吹き飛ばし南君がいたはずの棟を走る。
「あそこだ!!」
少年が叫び光球を幾つか出現させる。その一つ一つが私の全力の力に匹敵するだろう。
「え、あれが……?」
そこにいたのは紛れもない少女だった。年端もいかないと言う表現がぴったりのだ。
「………………」
少女がこちらを向く。その掲げた手の上には一つの光球が浮かんでいた。
「いけっ!!」
バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
少年が作り上げた光球が少女に向かってとんでいく。
しかし少女はにこりと笑い作り上げた光球を一つとばす。
「みんな……」
少女がつぶやく。そして、廊下の向こうから無数の光球、少年のそれを倍するほどの数が向かってくる。
「な?!」
「くっ!!」
少年の前に回り込んで防御に専念する。しかに少年といえども攻撃と防御は同時に出来ないはずだ。
閃光。そして視界が白濁し、痛みが体を貫く。
「よわいよ」
「だめだね」
「ふふふ」
「あはは」
同じ声が頭の中を繰り返し、繰り返し、通り抜ける。私は何とか目だけ開ける。
「あれ? いきてるよ」
「すごいね」
「でも」
「ころしちゃおうよ」
「そうだね」
そこにあった光景は……。
「おやすみ、きれいなおねえちゃん」
「おやすみ」
「ばいばい」
私を見つめる無数の顔、顔、顔。同じ顔をした女の子達がそこにいた。
「じゃあね」
それが私の見た最後の光景だった。
・
・
・
俺、南明義は情けない話だがずっと気絶していた。看護婦さんの話では少年が俺を助けてくれたらしい。
少年自身もひどい怪我、血まみれでおまけに足がとんでもない方向に曲がっていたそうだ。
彼は俺をここにかつぎ込んだ後すぐに出ていったそうだ。
「追われているんだ……」
その一言だけを残していったらしい。麻酔のせいで口が利けなかったので筆談だったが、看護婦さんは親切に教えてくれた。
まだ、誰とも連絡を取れていない。
いや、正確に言うと住井や詩子達と連絡が取れていないのだ。
携帯も通じない、自宅にもいないでは連絡のとりようもない。
こんこん。
ノックされる。今は深夜の午前一時。普通なら来客もない時間だ。
「……はい」
何とか麻酔が切れ始めた舌足らずな声で返事をしする。
そして、ドアが開けられ誰かが入ってくる。
「詩子?」
「明義ぃ……」
それは詩子だった。闇の中なのでその顔ははっきりとは見えなかったがどうやら泣いているようだった。
「どうし……がっ、ぁぁぁ!!」
突然飛びつかれ脳が受け取ることを拒否するほどの苦痛の情報が神経を駆け抜ける。
「茜がッ、茜が……死んじゃった……」
後は言葉になっていない。俺はわんわん泣く詩子を目の中に捕らえながら今更ながらにその言葉の重さを痛感していた。
『茜がッ、茜が……死んじゃった……』
里村さんが……死んだ?
・
・
・
「私はいつも後悔していたんです」
程良い日差しが降り注ぐ中、私は司と並んでベンチに座っていた。
「後悔?」
「ええ。あなたを、司を絶望から救うことが出来なかった」
詩子は柔らかそうな草の絨毯の上でぐっすりと眠っていた。
司はその様子を見てくすりと笑う。
「茜は……他にも妙なことを考えていたんだね」
「他にも……ですか?」
「僕を追いかけようなんてことを考えていたんだろ?」
言われて視線を逸らす。その通りだ。司が戻ってこないなら自分が彼の言った世界に行けば、と考えたこともあった。
「ええ、でも……」
「たしかに、そういう手段もあったね。でも、結局はそれは実行できなかったんだろ?」
「……はい」
司は私の表情を見て微笑むと立ち上がる。
「さて、時間切れかな? もう、僕は戻らないとね」
「司!!」
自分でもびっくりするような大きな声だった。たぶん今までの人生でも余り出したことのない大声だった。
「僕はここの住人じゃないからね。戻らないと」
「…………しを……」
「え?」
「私をまたおいて行くんですか?」
たぶん本当の心からの声。もう別れはたくさんだった。彼は私の言葉に驚いた様子だったが困ったように頭をかく。
「……ここは君の望んだ世界なんだよ?」
私は彼の言葉にはッ、と気づく。
「世界は君の思いのままさ。出来なかったことを実行するのも悪くないとおもうけど?」
私は……私の気持ちは……。
ワタシノキモチハドコニアルノ?
司は私の様子をみてなるほどと頷く。
「なるほど、茜が望んでいたのは3人でいることじゃなかったんだね」
司の視線の先、今さっきまで寝ていたはずの詩子の姿が消えていた。
「ここは君の作り上げた幻の世界」
彼の手には指輪が握られていた。一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
「これは契約だよ。僕と一緒にいるための」
司が私の左手をとる。
「決めるのは茜だよ。僕ともう二度と会えなくなるか、それともずっと一緒にいるか」
「私は……」
私は…………。
「司……」
私は司の瞳を見つめる。そして……。
「一緒に行きます……司と……」
司がうれしそうに私の指に指輪を通した、そのとき……。
ずぶっ。
痛みが胸を貫いた。
・
・
・
それはひどく信じられない光景だった。
「あ、……茜?!」
「え……、あ、……」
みさおを貫いたはずのナイフが茜を貫いていた。間違いなく致命傷だった。浩平は崩れ落ちる茜を抱きかかえる。
「茜!! 茜ぇぇ!!」
「こ、……っ……」
胸から鮮血をあふれさせ、もはや声を出すこともかなわない茜の唇が動く。
コウヘイ、ゴメンナサイ。
そして、その瞳から光が失われる。がくりと重くなる茜の体。
「茜? 茜っ!!」
「……………………」
返るはずのない返事を求める少年は。
「うあ……あ…………」
返事が返らないことを知ったとき。
「あ……あ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
再び絶望した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
とうとうやってしまった(^^;; ヒヤアセ
茜ファンの方々お許しをm(__)m
このシリーズまだまだ続きます。ではGW明けに。
ではでは〜。
990428