がんばれ!南君 〜演劇編その2〜
授業がが終わって、たい焼きを食べに行ったり、山葉堂で並んだり、ぱたぼ屋へ行ったりする放課後になる。
しかし、それは折原浩平の話である。
我らが主人公、南は演劇部室で一色触発の対決を観戦していた。
「ねえ、広瀬さん。なんで演劇部に入ってきたの?」
「前々から誘われてたのよ。七瀬さんと違って才能があるからって」
冷ややかに広瀬が言う。片頬を引きつらせた七瀬の右拳が力一杯握り込まれている。
南は冷静にその状態を眺めている。と言うか手出しも出来るわけがない。
夫婦喧嘩は犬も食わない……じゃなくて、そうだ、君子危うきに近づかずだ。
「ふーん、才能? そんなモノが広瀬さんにあるとも思えないけど」
「あら、力しか能がない人に言われたくもないけど?」
演劇部員もそれを止める気にもなれずに遠巻きに見物している。
保身と言う。
そんな中一人だけ何かを書きこんでいる女性がいた。そう、演劇部部長……深山雪見だ。
「深山先輩何を書いてるんですか?」
「見てみる?」
そういわれ南はルーズリーフとおぼしきものに書き込まれたそれを見て硬直した。
それを簡略ではあるが書いておこう。
【世紀の決戦!! クラッシャー七瀬 VS ν広瀬】
【クラッシャー七瀬】
その攻撃力は最強の一言! 敏捷性もあり、またスタミナもある。
しかし、腰に故障という爆弾を抱えているため(以下略)
【ν広瀬】
取り巻きファンネルに権力フィールドを持つ。またプライドの高さはエベレストに匹敵する。
演技力には目を見張るものがあり(以下略)
「深山先輩ぃぃぃぃぃぃ!!!」
「冗談よ」
「本当ですか? 嘘じゃないですよね?」
「私の予想としては6−4で七瀬さん有利ね」
「…………深山部長ぅぅ…」
「いいじゃない、いい儲けになるわよ?」
気楽に言ってのける。もしもあの二人が交戦状態に入ったときは止めれるのか?
もしも自分が深山部長にそういった疑問を口にすれば、
「当然南君が全力で阻止するのよ。それこそ命を懸けてね」
そう言われることは目に見えている。
そうなったら最後……。想像するのもいやだ。南はため息をつく。
余計なことは言わず、手出しもしない。ただただ傍観者でいること。
平凡で平和な人生だ。
そして、彼の望みは一週間の長きにわたって通ることとなる。
一色触発の状態ではあったが血の雨が降ることはなかったのである。
南が何事もない幸せをかみしめていたときある女性が動き出していた。
「つまらないわね……」
彼女の名は深山雪見。現演劇部部長であり七瀬と広瀬を同じ部活に引き込んだ張本人である。、
つまるところ彼女は刺激が欲しかったのである。南をいじめるのもそろそろ飽きてきていたし、何しろ世紀の対決が見られないのはおもしろくない。
そこで彼女はふっと微笑みここ一週間の七瀬と広瀬の闘いを思いだした。
まず、お定まりな口論から始まる。
続いて相手に向かってお茶をこぼす、足を引っかける。
部室に来ると何故か悪口が書いてあったり、椅子に座ると画鋲がある。
靴をとろうとすると底が鳥もちでくっつけられている。
しかし、しかしだ。ここで深山部長はため息をつく。
「私が見たいのはそんなんじゃないのよねぇ」
もっと血湧き肉踊るというか、そういうものだ。窓の外を見ながら憂いの表情を見せる。
七瀬が見ていれば乙女にしかできないと言って悔しがるだろう。
それほど憂いを帯びた表情だった。
「雪ちゃーーーん」
「みさき、どうしたのあわてて?」
「どうしたのじゃないよーー。上月さんの代役でヒロインを出さなくちゃいけないって……」
「あー、それね。それなら…………ヒロイン?」
みさきには見えない深山部長の顔がにやりと笑みの形を刻む。
「うふ、ふふふふふふ……」
「ゆ、雪ちゃん、こわいよぉー」
不気味に笑い続ける深山部長。そして、いつものように放課後が来る。
そして場面は演劇部室。
「えー、では先日お話ししたヒロインの件です」
神妙な顔つきで聞き入る部員達。女性部員が多くを占める、と言うか女子部員しかいないここではヒロインは
誰もが一度はやってみたいと思って当然の役である。
「主役は唯一の男子部員の南くんで決定です」
「……入部届けも出していないのに部員なんですか?……オレ」
当然南の些細な抗議などは無視される。
「あれと絡みたいという人はあまりいないでしょうから……」
「…………」
南の心を容赦なく言葉のナイフがえぐる。
「ヒロインは七瀬さん、広瀬さんの両名から選ぶことにします」
どよどよざわざわ。
突然の決定にざわめく部員達。
「静かに! いいわね、二人とも」
部員全ての視線が広瀬と七瀬に集まる。
「私に任せた方がいいと思うけど? 七瀬さん」
「そう? やっぱり広瀬さん、ここは先に部活に入った私にヒロインを譲って木の役でもしたらどう?」
二人は立ち上がり、至近距離で火花を散らす中、広瀬が口を開く。
まるで眠れる獅子の鼻の穴に割り箸を突っ込むかのように言葉を吐き出す。
「へえ、年期に頼るわけ? 自信がないの、七瀬・さ・ん」
ごおっ!
南には七瀬の背中から何故か『滅』のオーラがほとばしるのが見えた。
他の演劇部員もただならぬ気配におもわず後ずさる。
「選出方法はオ−ディション。でも………みんな血を見たくないわよね?」
うなずく部員一同。もし下手に投票したら己の生命の危機にさらされる。
ここで南は確かに見た。深山部長の顔が一瞬ではあったが笑みの形に変わるのを。
深山部長は満足そうに頷くと恐ろしいことを言ってのけた。
「今回のヒロインとの絡みをやる南君にヒロインを選んでもらいましょう」
……………………。
場が静まる。水を打ったかのように、衣擦れの音、呼吸の音すら止まる。
その中で笑みを崩さぬまま深山部長は七瀬さん、広瀬さんの両名に向き直る。
「当然依存はないわよね」
「もちろんです」
「当然です」
深山部長は満足そうに南へ、燃え尽きて真っ白い灰なった南に容赦なく死刑宣告をぶつける。
「では南君、明後日までにヒロインをきめてね」
南に明日はあるのだろうか?
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GW中は投稿できないんで次回はGW明けです。
ではでは〜〜(^^)/
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