はぐれ3匹【FARGO編】 投稿者: YOSHI
はぐれ3匹【FARGO編】〜その4〜



「はじめまして。ずいぶん変わった姿ね」
女は恐怖もみせずに我々に近づいてくる。
「どうせ私のいう言葉は理解してるんでしょう?」
我々のぴったり1メートル前で止まる。
「なら、私はあなた達に与えてあげる。安息の場所を」
それは真実であり嘘でもあった。



ワッフルはほとんど並ばずに買うことができた。
「茜、よかったな」
「はい」
歩きながら器用に包みを開けストロベリーのワッフルをほおばる浩平。そのとき突然後ろから声がかけられる。
「折原浩平様ですね?」
見るからに胡散臭そうな男を見たとき浩平は明らかに不審の色を顔に出していた。
「いや、人違いだ」
そう言ってすたすたと歩いていく。初老の黒服はそれでもついてくる。
「折原浩平様ですね?」
「………………」
浩平はぴたり、と足を止める。そしてしばし虚空を見上げ何かを考えていたようだった。やがて考えがまとまったのかくるりと黒服に向き直る。
「あんた……」
「はい」
「実はオレのことが気になっているストーカーだなっ!!」
そう言われ初老の黒服は小さく笑う。
「まあ、気になってはいますがストーカーではありませんね」
やんわりと否定する。
「じゃあ、浩平に何かご用ですか?」
「はい、美しいお嬢さん。そうでございます」
そう言って一礼し、名刺を取り出し渡してくる。
「FARGO……」
「はい」
その名前を聞いたとき浩平の表情は明らかに曇っていた。それを振り払うかのように黒服に背を向ける。
「行くぞ、茜」
「待ってください、浩平」
振り向きもせずに走るように立ち去ろうとする浩平。

「待ちなさい!!」

ものすごい声だった。商店街にいた人達も何事かと振り向く。
「折原様のお母様のことでお話があります」
「……聞く義務はない!」
「いえ、あります」
いつの間にか周りに幾人かのの黒服が現れていた。逃げ場は……ない。
「力ずくでも聞いていただきます。そちらのお嬢さんが怪我でもなさったらお嫌でしょう?」
遠回しな脅迫。しかしもっとも効果的なやり方だろう。私は不安を感じて浩平にしがみつく。
「浩平……」
「わかった」
絞り出すような声だった。
「ついて行く。ついて行くしかないんだろ」
「では、こちらへ」
黒塗りの高級リムジン。そのドアを開けて一礼をする。選択肢はもう他になかった。



自分というモノが抜け落ちてゆく感覚。

喪失感。

自分という入れ物の中からいままで手に入れ続けた経験、辛苦、幸福が流れ出している。
「……馬鹿みたいじゃねぇか」
手に持ったグラスを壁に投げつける。しかしそれは割れずに床に転がる。
虚しかった。

全ては幻……。

ごろりと仰向けになって窓から見える空を見あげる。

『ほら、住井君。こうやると空が丸く見えるんだよ』

「やっぱり…………」
空は丸く見えなかった。どこまでも青い色。それは四角だった。丸くなんかない。
「何がいけなかったんだ」
いや、それには気づいていた。彼女が時折見せた拒絶、すれ違い、違和感。そして彼女は俺を見ていなかった。
「はは……ははは」
わかっていたんだ。彼女は俺を見てはくれなかった。俺を他の奴を間違えて、俺を通してそいつを見ていただけなんだと。
「ははははははは!!!」
笑うしかなかった。おかしすぎる俺、滑稽すぎる俺、涙があふれて止まらない。彼女のことを好きで必死になってた俺は単なる道化だった。
少しでも愛を得ようとして、でも、それが自分に向けられないことを知っていても。
「まるっきり馬鹿じゃないかっ!!」
床を思いっきり殴りつける、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。拳に血がにじんで痛みが突き抜けていった。
そして、ばったりと仰向けに倒れる。

もう、何もかもが嫌だった。

こんな世界なら、もう何も見なくてもいい。

見えなくてもいい。

だから目を閉じる。

幸せな夢のなかに沈んでいきたかった。

その暗闇から幸せな夢が生まれ出ることを期待して。





「ここは……」
どこなの?と聞きたかったが聞く相手がいなかった。世界は緑、見渡す限りの草原。世界は青、どこまでも完璧な空の色。

でも、それだけだった。

生き物の姿、ざわめき、それらの気配すらなかった。不気味だった。まるで、死後の世界のようだと考えて身震いする。
もしかしたら私が死んでいるのに、気づいていないだけなのかもしれない。どんどん考えは悪い方向へと進んでいく。
「ねえ」
「きゃあーーーーー!!!」
突然後ろからかかった声にあわてて駆け出そうとして、転ぶ。起きあがろうにも腰が抜けてしまっている。
「きゃあーーー、いやーー、食べないでぇーー!!」
「たべないよ、おちついて」
よくよく聞いてみるとまだ小さな女の子の声だった。私はおそるおそる振り返る。
「ひさしぶり」
「…………誰?」
「わからない?」
言われてよくよくその顔を見てみる。
「……私?」
女の子、いや子供の私はうなずく。
「うん、わたしのなまえはながもりみずかだよ。」
「でも、私は……!!」
「おねえちゃんもながもりみずかだよ」
そう言ってにっこりと微笑む。おかしい話だがその笑みだけで何となく私は納得していた。もう一人の私の存在に。
「ここはどこなのか教えてくれる?」
「えいえんのせかい、とよぶもいるかな。おわったせかいだよ」
「終わった世界?」
「なにもかわらないし、なにかがうまれることもない。でも、ここにきたひとがいるんだよ」
そう言うと同時に高校生ぐらいの男の子が現れる。その目は深い悲しみをたたえていた。
「このひとがきたんだよ」
「………………」
彼は口を開こうともしない。私の存在に気づいているのかどうかも怪しい。
「おねえちゃん。もうすぐたいへんなことがおきるよ」
「大変なこと?」
「わたしはじどうてきなの」
いつの間にか男の子が消えていたが、それに気づかないように続ける。
「おねえちゃんにくるしいことや、きけんや、なにかわるいことがちかづいてくるとでてくるんだよ」
しかし、私は彼女にあったのは初めてのような気がする。
「おぼえてないとおもうよ。とてもむかしのことだから」
「むかし…………」
意識が遠くなり始めていた。いや、これが夢であるなら覚醒しようとしているのだろう。
「どうしてもだめなときはたすけるから。わすれないでね」
そしてペンキで塗りつぶすように周りが白くなってきたときそれは聞こえた。

「えいえんはあるよ。ここにあるよ」

私は揺れている。昔ひどい風邪をひいた時みたいだった。揺れている。
「ちょっと、瑞佳!!」
浩平があのとき初めてわたしのお見舞いにきたんだっけ。
「瑞佳! 起きなさい!」
「え…………?」
目を開けると私を揺するお母さんの顔があった。揺れていたのではなく揺すられていたのか。なるほどと納得する。
「なに? お母さん」
「電話よ。柚木さんから」
簡潔に言うと子機を手渡される。そしてお母さんはさっさと部屋を出ていく。
「はい、もしもし」
「長森さん、大変よ!!」
「どうしたの柚木さん? 落ち着いて」
「七瀬さんが、大変なのよ!!」
「え?」
「ああ〜〜、とにかく来て! 場所は……」
私は急いでそれをメモすると電話を切る。でも、このとき私はまだ気づいていなかった。


この事件がまだ壮大な協奏曲の序曲にすぎないことを。





数時間。明らかに高級車が通る道ではない山道を通り、車は止まった。
「どうぞ、お降りください」
言われて私たちは無言で車を降りる。車の窓が完全に覆ってあったのでここがどこかもわからない。
ただ、見た限りでなにか建物の中ということだけは理解することができた。
「ここでお待ちください」
慇懃に初老の黒服、どうやら格が一番上らしい、が一言私たちに声をかけて立ち去っていく。
立ち去っていく彼らを横目に見ながら浩平が近寄ってくる。
「ごめんな、茜」
「いえ、浩平のせいじゃありません」
むしろ私のせいなのだ。私がいたから浩平はここに来るしかなくなった。その顔には緊張と困惑が浮かんでいた。
浩平はあまり自分の家族のことについて話そうとしないのでよくわからないが、何か思うところがあるように思えた。
「浩平。浩平のお母さんのこと聞いてもいいですか?」
「……母さんは、十年以上も前に消息を絶っていたんだ。ここ……FARGOのどこかの施設に入ったということだけはわかったんだけどな」
本当に思い出したくないことまで一緒に思い出したようだった。その表情はいっそう厳しいものになる。
「そして、あいつはみさお、オレの妹の葬式にも出なかった」
それは聞いている。浩平が永遠の世界に行くことにもなった原因。浩平の深い苦しみはそこにある。
「それが生きていていまさらどの面下げてオレに会うって言うんだ? いまさら……!」
「浩平……すいません」
私は浩平を後ろから抱きしめる。つらいことを言わせてしまった。
「あやまらなくていい」
「でも」
「大丈夫だ」
そう言って私に笑いかける浩平はいつもの浩平だった。
「……邪魔でしたか?まったく、若いということはすばらしいことですねぇ」
言われてあわてて離れる。いつのまにかあの初老の黒服が現れていた。一人でうんうんと頷いて納得しているようだ。
「さて、準備ができました。行きましょう」
「どこに行くんだ?」
そう言われ器用に肩をすくませる。
「こんな殺風景なところで話をするのはなんですから」

ビイイイィィィ〜〜〜〜!!!!

突然室内が赤く染まり、警報が鳴り響いた。あまりにも唐突だったので思わず浩平に飛びついていた。
「警報だと?!」
「ロスト体か?」
「いや、そんなはずはない」
「何事だ?」
黒服達が騒ぎ出す。どうやらここで警報が鳴るのは何か大変なことが起きている証拠らしい。
「折原様と里村様、でしたね」
その男達の中一人冷静な、私たちをここに連れてきた初老の男は近くのドアを開けると私たちを押し込む。
押し込まれた場所は長い廊下だった。長く使われていなかったらしくほこりが積もっている。
「私たちはとりあえず事態の収拾に参ります。何が起こっているかはわかりませんが……」
そう言ってドアを閉める。
「くれぐれも動かないでください。生命の保証はいたしかねます」
ドアが閉まり鍵の閉まる音が響く。うるさい警報が鳴り響く真っ赤に染められた視界。
「浩平?」
その中で浩平はぼんやりと宙を見上げていた。気の抜けた、というか感情の全て抜け落ちた瞳。
「浩平!!」
私に思いっきり揺さぶられてようやくこちらに気づく。それでもまだ、夢うつつといった表情だった。
「浩平、しっかりしてください」
「…………声がするんだ」
私の言葉に答えず遠くを見ている浩平。
「……行かないと……呼んでる」
「きゃっ!」
私を突き飛ばして廊下を奥に進んでいく浩平。あわてて追いかける私。廊下は一本道で道に迷うはずもなかった。
でも、追いつけなかった。もともと走るのはのは遅いほうだったが足が上手く前に進まない。なにかおかしい。
『あせらずともいい』
思わず足を止める。頭の中に声が響いたのだ。
「誰?」
『まずはあの男からだ。順番はすぐに回ってくる』
私の問いに答えず一方的に伝えてくる。その声は老人のものだった。



「ここは…………どこだ??」
オレは何故かとてもせまい場所にいた。体がやっと入るぐらいのスペース、まるでベッドの下のようだ。
目の前には壁、背中の方にはおそらく金属製の扉かなにかがあった。動きもしなかったが。
「それに、茜もいないし」
いたらいたでせまいと思うんだが。いや、二人密着してなんかいい感じになるだろうって、馬鹿かオレは。
『ようこそ』
「うおっ! なんだ? 誰もいないのに声が響いたぞ?!」
あわてて周りを見渡そうとするが、せまくてそれも上手くできない。それでも、この部屋にスピーカーの類がないことはわかった。
『折原浩平』
「ちがうぞ。沢口だ」
しかし、声はオレの言葉を無視して続ける。しゃがれたような年寄りの声だった。
『これより折原浩平の適正検査を始める』
「テスト?」
『目を閉じろ』
いやだ、とか言いたかったが何となく目を閉じる。世界は闇になる。いや、目を閉じて目の前にお菓子の世界があったらそれは嫌なんだが。
『開始する』
その声と同時にふっ、と重力が消える。どこまでも落ちていく感覚。しかし目を開けることはできない。
「落ちている?!」
いや、そんなわけはない。いまさっき足元には床があった。オレが落ちていくはずがない。


これは嘘だ。


オレは目を開く。目の前には壁があり足下には床がある。やはり嘘だったんだ。

ジュッ。

「うわあちぃっ!!」
あわてて右手の甲に目をやる。そこには【S−2】と文字が焼き付いていた。
『終了だ』
一方的に声は告げ、オレの後ろのドアが開く。
「おい、この手の文字はなんなんだよ?」
返事がない。ただの屍のようだ。……もちろん冗談だが。
「今さっきのはなんだったんだよ?」
って、思いっきり無視かいっ! オレは仕方なく部屋の外に出る。
「浩平……」
そこに茜がいた。やたらと不安そうな目でこちらを見ていた。
「どうしたんだよ? オレの顔になんかついてるか?」
「……今度は私の番だそうです」
唐突に口を開く。意味を取れずにおかしい顔をしていると茜は続けて言う。
「浩平も聞いたはずの、あの老人の声がそう言ってます」
そう言ってぼんやりとした表情であのせまい部屋の中に入っていく。そして、触れもしないのにあの金属製の重い扉が勝手に閉じる。
「おいっ! 茜っ!」
しかし、扉が閉じていれば声も届くはずもない。
「くっ!」
オレは扉を開けようと試みるが取っ手もなければ何かつかむ所もない。どうやって開けるのだろうかと思案し、
とりあえずドアの隙間に指を引っかけて……。

がりっ。

「ぐぉぉぉぉっ!!! つめがぁぁぁ!!」
見てみると思いっきり根本からはげている。すさまじく痛い。

ぎぃっ。

扉が開く。茜が入ってから3分ほどだっただろうか。その顔は蒼白で今にも倒れそうだった。
「茜、大丈夫か?」
「浩平、これを」
そう言ってさしだした茜の右手の甲にはオレと同じように【A−20】と焼き付けられていた。


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うむ、4つ目。
柚木「やっとだね」
まぁ、続々と謎を出しているが、収集できるのかな?
柚木「と言いつつも作品は後少しで書き終わるじゃない」
まぁね。次回は権力フィールドと取り巻きファンネルを持つ女が登場!
柚木「お楽しみに」
では、またFARGO編〜その5〜でお会いしましょう