はぐれ三匹【恋愛編】 投稿者: YOSHI
住井の場合〜その5〜


「ハウンドの三番隊隊長だと?」
「ま、昔は当然別の名だった。俺を倒して名をあげようって、やつらが多かったんで顔も出さなかったしな」
俺のから見ても今の森は明らかに焦れていた。実力のわからない相手を相手にすることほど恐ろしいことはない。
「もし、それが本当なら…………」
耐えきれなくなったか間を詰めてくる森。
「俺が倒して名をあげてやるさ!」
まず、右の手刀で顔面を狙ってくる、を軽くかわす。フェイントだ。
「はぁっ!」
そして、左のボディブローが本命、ではない。肘でブロックする
本命は続けてくる足払いだ。俺は容赦なくその足を踏み抜く。

ぼぎぃっ。

「がっ!」
足の甲を狙ったので骨は砕けている。俺は一気に間合いを詰め、森の鳩尾に拳を当てる。

バンッ!!

全身の筋肉をフルに使い一歩、踏み込む。寸打、俺の得意技の一つだ。
為すすべもなく吹き飛ばされ背中から床にたたきつけられる森。俺はさらにその鳩尾を踏み抜く。
森が白目をむき昏倒したのを確認すると振り返り声をかける。
「寝たふりはやめろ、柚木」
「ばれてた? やっぱり」
笑いながら起きあがる。全くダメージも何ともないように見える。
「起きてたんなら手伝えよ、お前」
「そう? 手伝わなくても大丈夫だと思ったから寝た振りしてたんだけど」
邪気のない笑顔で答える。全く、食えない奴だ。
「でも、七瀬さんは本当に気絶しているみたいだから背負っていってね」
「俺がか? って当然だよな」
柚木に手伝ってもらい七瀬を背負う。うむ……………………。なんというか、見た目通りだ。
「うら若い男子高校生にはちと、………いや、かなり強い刺激だな」
「なに馬鹿言ってるの。行くわよ」
俺達は階段を上り走り出す。



目を開ける。蛍光灯の光がまぶしく感じられ俺は身を起こす。体のあちらこちらに鋭利な傷が走っているが心配するほどのものではない。
あのとき、住井が部屋に入ってきた直後、俺は住井を投げ、押さえ込んでいるときに言った。

「俺を吹っ飛ばしてさっさと行け!」

むろん盗聴器なんかがあったら面倒なので小声であるが。しかし、手加減してくれるかと思ったら…………。
俺はぼろぼろになった服をみる。ひどいもんだ。気を失うほど俺を壁にぶつけやがって。
俺は傷の痛みに顔をしかめながら立ち上がると目の前のドアをにらみつける。
1……2人か? 足音がしたのだ。本当はもう少し転がっていようと思っていたが住井のためにもがんばらなくてはならない。
俺が足止めをかけて時間を稼ぐのだ。そうこうしているうちに足音が近づきドアの前で止まる。
やがてドアが開き…………あれ?
「南、生きてたか!」
「南森? いつの間に七瀬オプションなんかつけたんだ?」
「アホなこと言ってないで状況を説明して!」

俺は里村が捕まったこと、住井が中崎に一人で挑んだことを手短に説明する。

「でも、隣からは物音一つ聞こえないわよ」
「防音か、さもなきゃ隣の部屋は大きなエレベーターだとか」
「南森、それは怪人二十面相だ」
俺達は目の前のドアを見つめる。木でできている、普通の扉に見えるが………。俺達は顔を見合わせる。
「開けましょう、南君」
「開けるか、南」
「………俺に何故まかせる」
言いつつ俺はノブに触る。

バヂィッ!

「ぐあああッ…………!!」
吹き飛ばされる俺。
「危なかったな、下手に握っていたら感電死だ」
「でも、まあ南君は頑丈だからいいだろうけど」
「どうやって開けるかだな…………」
待てぃ、おまえら。俺を無視したまま話を進めるなぁ! しびれて口の利けない俺。
「あんたが蹴り開けるってのは?」
「扉に鉄板でも仕込んであったら骨折もんだろ?」
「だめかぁー。良い考えだと思ったけど」
なあ、頼むから大丈夫か、しっかりしろ、とか何とか言ってくれ。
「仕方ないわね、爆弾使うわ」
「いいのか?」
「下がって、結構威力あるわよ!」
待て〜! 待て待て! 俺を動かせぇ! このままだともろに爆風がぁっ!

ちゅど〜〜ん!

「踏み込むぞ、柚木!」
「そうね。って南君は大丈夫っ?」
「あ、わすれてた…………」
2人の視線が注がれるのを感じる。そしてその額に汗が流れるのを俺はしっかりと目にする。
「くっ、南! お前の犠牲は無駄にしないぞ! 俺達が活躍するのを天から見守っていてくれ!」
「これで細かいこともクリアねっ!」
「死んでねぇよ! 俺はッ!」
俺の抗議を無視して2人は部屋に踏み込む。そしていぶかしげに辺りを見回す。
「…………誰もいないわよ」
「ああ、気配もしない」
確かに………誰もいない? そんな馬鹿な!
「俺が気を失う直前に住井がドアを開けてたんだぞ! 誰もいないなんて……」
誰もいない。がらんとした部屋の中ぽつんと取り残されたような机。時を刻む柱時計。
「夢でも見てたんじゃないか?」
「それに、これしかドアはないし…………」
「そんな馬鹿な…………」
夢のはずはない。あれは現実のはずだ。夢なんかじゃないはずだ。

きえてしまうんだよ。

誰かの声が聞こえたような気がした。



…………狭い通路。裸電球の明かりに照らし出され累々たる死体。
「念のために言っておくけど殺してはいないよ」
氷上君が言う。今さっき監禁部屋を出てからずいぶん歩いたが累々と人が転がっているのは不気味とも言える。
「…………何で住井くんの所に案内するんですか?」
「友人だからさ。彼が目指すところもわかっているしね」
今度は階段を上がる。
「そう、忘れるところだった。長森さん」
「はい?」
「君がさらわれた理由を教えていなかったね」
階段を上がりきると非常扉のようなものがあった。
「理由その1。君のことを住井が好きで、さらに住井が君に告白までしたことだ」
「告白されたんですか?」
「…………あうぅっ……」
どうやら事実のようだ。ただただ長い廊下を歩く私たち。
「………理由その2、はなんですか?」
「それは長森さん自身に原因がある」
「わたしに?」
先頭を歩く氷上君は振り返り説明し始める。
「昔、と言っても70年くらい前、ある女性が世紀の発明をしたんだ。歴史の表側には出なかったけどね」
こんどはらせん階段を上ることになる。
「人間の脳に働きかけて何かしらの、常識外の、人間以外の『能力』を発露させるものだったんだ」
「……それは、確かこの前テレビの特番でありました」
「あんなつまらない代物じゃない」
彼は強い口調で言った。再び説明を続ける。
「それは確かに大した機械じゃなかったんだ。原理は単に強い退行催眠をかけてさらに視覚、そして聴覚から刺激を送り込み続けるだけなんだ」
それは確か…………。
「日本でも研究されていた分野だよ。二次大戦中にね」
「………それが何で長森さんがさらわれる理由になるんですか?」
「その機械で目覚めた能力は遺伝するんだ。例外なく、100%」
その言葉に長森さんとわたしは顔を見合わせる。
「1代目はこれも例外なく短命だ。でも、2代目は力の安定性が高いんだ」
「……それを狙って、ですか?」
氷上君は無言でうなずく。
「1代目は力との均衡をとることのできない自滅型の死亡率が高い。2代目以降はまず起き得ない」
「わたしは、なんにも…………」
「わかってる。そんな力はない、って言いたいんだろ? わたしは化け物じゃないってね」
長森さんは下を向いている。氷上君はその肩が震えていることに気づいていないんだろうか?
「でも、君のお父さんが二十年前、実験を受けた記録が残っている」
長森さんが涙を浮かべた瞳をあげる。
「現れる力はまちまちだ。でも、実験を受け君のお父さんは早くに亡くなっている。変死しているとでも言うべきだね。残酷だけど…………」
その瞳から涙が落ちる。

「これが、現実なんだ」




住井の力が南を吹き飛ばす。
「ぐあ…………」
「くっ…………」
切り裂かれた部屋。ズタボロになった南と膝をつき荒い息をする住井。
次が最後の扉のはずだ。住井は立ち上がりドアノブをにぎり、ひねり、そして押す。
「久しぶりだな、住井」
「中崎………」
ふらつきながら部屋に入る住井。それを悲しい目で見る中崎。
「とうとうくるべき時が来たみたいだな」
「長森さんはどうした?」
金色に光る目の住井が問う。
「部下には好きにしろ、って言っておいたからわか………」
中崎の後ろの壁が巨大な爪にえぐられたように破壊される。中崎はため息をつく。
「中崎ぃ…………」
しかし中崎は住井の怒りも気にしないかのように続ける。
「まあ、お前をおびき寄せるためだけだったからな。長森さんのことは。俺の目的は」
「JCP862のキーと暗証番号にチップ…………か」
「お前が長森さんを見捨てる可能性も高かったんで作戦を変更したんだ」
住井は今度はナイフを数本取り出すと中崎に投げつける。
「甘いな。昔の俺とはだいぶ違うつもりなんだが」
「………………」
投げたナイフ全てが中崎の手の中に現れていた。中崎はゆっくりと立ち上がる。
「お前がS・S・Nを去ってから、苦労した。実質、氷上の力で持っていたようなもんだったしな。
俺が何をやっても、誰もついてきてくれなかった。みんなお前を見ていたんだよ、住井」
「だから、何故こんなことをやる」
「お前がS・S・Nを再び乗っ取る、と言う噂が流れたんだ。それはひびが入った組織には致命的な打撃だった」
近づいてくる中崎に力を放つ住井。

どがぁっ!

しかし、それは中崎の後ろの机が吹き飛んだだけだった。
「俺は恐怖すると共に絶望したよ。残った連中の多くは金で動く庸兵みたいな奴らだけだ。氷上も、あまり顔を見せなくなった。
俺は力が欲しかった。いや、力が欲しい。そのためにはJCP862を完成させなくちゃだめなんだ」
近づいてくる中崎に対して住井は動けずに両手をつきうずくまっていた。
床が揺れている、動いている、頭が割れる、目の前が赤に染まってゆく、血の色に………埋め尽くされる。
「君は俺をを助けたいがために力を得てくれた。だが、俺は自分自身のために完全な力を手に入れる」
「………………」
住井の体が大きくのけぞる。
「まあ、最悪でも君の死体でも手に入れれば良かったんだし。目的は達成できそうだ」
自分ののどが出したとは思えない引き裂かれるような、声。

「さよなら、住井」

まるでその言葉が引き金になったかのように、それは起こった。

ブシッ。

血が吹き出る。そのもはや金色でない目から鮮血が流れる。空気が渦巻き制御できない力が住井をもてあそぶかのように彼を破壊する。
中崎は住井に背を向け椅子に座る。その前で破壊は終わらない。体のあちこちから吹き出した血も渦を巻く。
その中心で住井が踊るかのように、倒れることもできず破壊され続ける。命の尽きるまで。

バンッ!

そのとき、勢いよくドアが開かれた。


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残り1話で納めたいところ。無理っぽいけど。

今年はたぶん作品はアップできないので、みなさまよい御年をー。

感想ありがとうございました!

1998,12/27