住井の場合〜その3〜 明らかになめられている。心の中で住井はいらいらしていた。柚木の存在のせいでもある。 素人でも発見できそうな罠に、あちこちにおかれた矢印。一本道なのにそんなモノをたてると言うのは おいた人間が馬鹿なのか、または相手を馬鹿にしているかのどちらかだ。この場合はもちろん後者のはずだ。 「ねえ住井、何考えているの?」 「たいしたことじゃあない」 柚木がついてくるのも住井は正直嫌だった。いろいろな意味で。 「茜に聞いたわよ。長森さんさらわれたんだってね」 「ああ」 気にせずに住井は罠のあるなしをチェックする。 「やったのは…………S・S・Nの精鋭部隊。通称ハウンド。ちがう?」 「……………………」 いつの間にか柚木の眼光は鋭いものになっていた。住井は目だけを動かして柚木を見、 慎重に柚木と距離をとる。そして懐の中のナイフを確認する。 「安心していいわよ。敵じゃないんだし。今はね」 「…………何でハウンドのことを知っているんだ?」 こいつが猟犬、ハウンドのことを知っているはずが、知ることができるわけがない。警戒を解かずに住井は言う。 「あなたと同じ。わたしもネットワークを持っているから、ね。関東圏のやくざに一目置かれるような ネットワークとは違うけど、同業者のことはよく聞くの」 もういつもの顔に戻っている。人当たりのいい顔だ。 「なら分かっているな、言わなくても」 「あなたが命を狙われていることぐらいわね」 ・ ・ ・ 「親切ね、ここって」 「そうかな?」 俺と七瀬さんは延々と歩いていた。一本道とは言うが階段もあった扉もあった。 道案内のつもりかもしれないが、何メートルかごとに矢印があるのだ。そのことを言ったのだろう。 「しかし退屈だな」 風景が変わらない。煉瓦積みの壁が延々と続く。と、手に柔らかい感触が伝わる。 「七瀬……さん?」 手を握られているのだ。以前の俺であったなら真っ白い灰と化していただろうが、今は違う。俺も大人になった。 七瀬さんは笑顔のまま静かに口を開き、言葉を紡ぎ出す。 「制服の件…………」 ビクッ。と自分の肩がすくむのが分かった。手が、ふりほどけない。脂汗が頬を伝うのも分かる。 「気にしてないから。あれは住井が悪いんだし」 七瀬さんの顔が天使に見えた。 「な、七瀬さん」 「でもね、もしあのことを誰かに言ってたら…………」 「おおおぉぉっ?!」 手の骨がきしむ、骨が、骨がぁぁぁっ!? 「ただじゃあ、すまないわよ?」 「わかっ、わかったぁ!!」 ようやく解放される。左手に感覚が全くない。ものすごい力だ。 「でも、社会的に抹殺されるわけじゃないと思うぞ。みんなの認識は確実に変わるけどな」 「それが重要なのよ」 ぐぐぅっ、と拳を握りながら力説する、七瀬さん。 「わたしが転校してきて以来築き上げてきたこの地位、乙女として守り抜かなくきゃならないのよ!」 「まあ、命を守る方が先決だと思うがな」 そこで後ろをふりむく俺達。目に入ったのは銀のきらめき。 かつ!かつ!かつ! ちょうど3本のナイフが七瀬さんの竹刀袋が受け止める。 「七瀬留美、名前は聞いている」 二人組の男。その大きい方が口を開く。 「相手になってもらおう」 そう言って男と、言われて七瀬さんは木刀を取り出す。木刀? 「竹刀じゃなかったのか?」 「袋は竹刀袋だけどね」 ま、七瀬さんお相手も決まったことだし、俺の相手は……。 「黒い男その2だな」 「妙な呼び方をするなっ!」 以外に気にするらしく語気を荒げる黒い男その2。 「気にするな、黒男その2」 「呼び方を変えるなっ!やめろと言ってる!」 そう言って男はかまえる。顔に似合わず空手のようだ。 そして、刹那。4人が動く。 ・ ・ ・ 「全く、乙女相手に手加減しなさいよ」 「なにが乙女だ!」 力任せに木刀を振り下ろしてくる。この戦い、わたしには不利ね。絶対的に力がかなわない。 わたしは冷静に分析していた。攻撃を受ける手がしびれてしまいそうだ。 「おおおおぉぉぉ!!!」 男が大上段に振りかぶると木刀を叩き付けてくる。 ブンッ! わたしは一歩下がって木刀を振りかぶりながら攻撃をすからせる。そして相手の首に木刀を叩き付ける。 「がぁっ!」 男は白目をむいて昏倒する。 「こっちは片づいたわ」 わたしは南森の方を見る。 ・ ・ ・ 速い。むろん攻撃のテンポがだ。一気にこちらを倒して七瀬の相手をするつもりだろう。 だからこんな仕掛けかたをしてくる。俺は下がりながら考える。 「この!いつまでも、にげるな!」 いい加減男もいらいらしているようだ。頃合いだ。 俺は男が繰り出した右の回し蹴りを左腕で受け、右手で相手の襟を捕まえ足をかける。 「よっと」 柔道で言うところ大内刈りだ。男と俺は一緒に倒れ込む。 「そんなもんで!」 確かに、この技には威力自体はないに等しい。当然、この技で相手を仕留める気はない。 バヂッ! 「がぁ…………」 スタンガン。空手は基本的に立ち技のみだ。倒れた状態ではなにも仕掛けることもできない。 男は見事に失神している。 ・ ・ ・ 「あんた、以外に強かったのね」 「まあ、たいしたことでもないけど」 昏倒した男達をとりあえず縛り上げると七瀬さんが言う。このロープはどうやら俺達を捕まえる気だったか、男達が持っていた。 しかし、俺達のところにこういう奴がいたということは他のみんなのところにもいっている可能性はある。 「みんなに連絡を取るべきね」 そして、トランシーバーを取り出し通話ボタンを押す。 「住井、南、聞こえてたら返事して」 ザーーーーーーーー。 「おかしいわね、壊れたのかしら?」 「まさかECCM?」 頭の中に一つの単語が浮かび、俺は携帯をとりだしかけてみようとする、がつながらない。 「圏外なんじゃない?」 「だったらいいけど……。もしかしたら電波妨害を食らっているかもしれない」 「今言ってたECCMってやつ?」 俺は無言でうなずく。S・S・Nがどれほどの組織かは知らないが、可能性はある。 「みんな、大丈夫かな?」 「わからないわよ」 とにかく先を急ぐことに決め、俺達は改めて歩を進め始める。 ・ ・ ・ 「俺にはあんたをどうにかすることはできない」 彼はゆっくりと振り向く。 「でも、あんなことはするべきじゃなかったんだ」 そこで彼はため息をつく。心底重そうなため息だ。 「最初は、S・S・Nは最初は単なる情報ネットワークだったんだ」 別に話す必要もなさそうなことを彼はしゃべり始める。 「組織化することを持ちかけたのは中崎、人を束ねたのは住井」 茜に染まる空と男。 「でも、危険なことをやったのは僕なんだ。住井でも中崎でもない」 男は2回目のため息をつく。 「僕は怒ってたんだよ、きっと。嫉妬してもいたんだろう、彼らにね」 「でも、あんたはあんなことをするべきじゃなかった」 俺は耐えかねて口を開き、もう一度同じことを言う。 「僕は彼女にも住井にも怒っていたんだ。許せなかったんだ。頭が理解していても感情が付いていかない」 彼は額に手を当てそのまま髪をかき上げる。 「分かっているんだ、彼らのせいでもないし、誰のせいとも言えない。でも、僕は…………」 端整な顔立ちが泣き笑いの表情に変わる。 「最初のドミノを押したんだ」 ・ ・ ・ 「俺が中崎を倒してS・S・Nを支配する」 柚木が一瞬びっくりした表情になり住井を見る。 「……という噂が流れているらしい」 その言葉に柚木の顔が先ほどのびっくりした表情からふくれっ面に変わる。 「それで? 中崎って誰?」 「S・S・N幹部の一人だ」 住井は指を折って言う。 「俺に中崎、氷上ってのが幹部で、他二人」 「他の二人は?」 「とりあえず関係はあまりない」 そう言ってガムを噛み始める住井。 「一週間前に氷上が行方不明になってな、正直焦ってたんだ」 「もしかして、S・S・Nの仕業?」 住井は無言で肯定する。それしか考えられない。氷上をとらえられる奴も住井はS・S・Nの人間しか知らない。 「たぶん、中崎は俺と氷上が一緒に来たら勝てないと考え、さらに俺まで亡き者にしようとしたんだ」 「例の爆発事件?」 確か2,3日前に新聞に載っていたものだ。確かガス爆発ということになってたが。 「ああ、死ぬかと思ったな。いきなりレストランで爆発だもんな」 「死者が出なかったのは奇跡とも言えるわよ…………」 客のほとんどが重軽傷を負い、さらに悪いことには火事まで起こって全焼しているのだ。 「そういえば中崎ってのはどんな奴?」 「そうだな、一言で言うなら…………」 しばし考えを巡らす住井。ややあっていい形容のしかたが浮かんだらしい。 「落ち着きがないと言うか冷静になれない奴で金持ちのぼんぼんで七瀬命の男」 「…………まあ、友達には欲しくないわね」 そこで二人は全く同時に足を止める。 「お客さんみたいだけど?」 「雑魚には引っ込んでて欲しかったんだがなぁ」 ゆっくりと二人は振り向く。 「格の違いって奴を……」 「教えてあげなくちゃね♪」 ・ ・ ・ 「で、住井を首尾良く呼び出せたのか?」 「はい屋敷の中に進入したようです」 「住井以外の奴らは念入りに足止めしろ」 男は近くにいた者に指示を与え、そして振り向く。 「餌にしたあの女はどうしますか?」 「お前らで好きにすればいいさ…………」 「わかりました」 男はきびすを返し部屋から出てゆく。革張りの椅子に体を預ける。 「目的は住井が持っているものだ」 男、中崎は深いため息をつく。 「それさえ手に入ればS・S・Nなんか…………」 「必要なくなるんですか?」 後ろから男の声がする。 「ああ、その気になればこの国の有り様を変えることも可能なんだ」 「この世界を変えれるとでも?」 中崎は無言で肯定する。 「お前にも住井以外のやつらの押さえを頼む」 「わたしは駒ですからね、承知するしかないんですよ」 同時に部屋から気配が消える。そして重い沈黙だけが部屋を支配した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 今回も時間なし。感想くれた方々ありがとうございました。 時間を見つけて感想を書きたいのですがいかんせん受験生…………。 SSの方は根性いれて書くんでこれからもよろしくお願いします。 では次回またお会いしましょう。