約束 投稿者: Sasho
「オレはずっと先輩のそばにいる。何があっても、必ず最後には先輩のそばにいる」
「信じるよ。浩平君の言葉、全部」

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 学校以外の場所行った。
桜の見える公園に浩平と二人で。
そして、アイスクリームを買いに行っている間に浩平は消えてしまった。

「お待たせ、浩平君」
「ほら見て。おじさんにね、ひとつおまけして貰ったよ。新発売のヨーグルト味なんだって。」
「ね、これ私が食べてもいいのかな? はい、これは浩平君の分だよ」
そういって、バニラ味のアイスクリームを浩平に渡そうとしたが、どれがどれだかわからなかった。
「あ…えと。どっちがバニラなのかな…?」
「あはは、分からないよ… はい、浩平君が選んでね」
返事はなかった。
「どうしたの、浩平君? 早くとらないと、私が全部食べちゃうよ?」
いつもなら「先輩が言うと冗談にならない」なんて言って私のことからかうのに…。
「…そうだ。ねえ、また二人でどこかに行こうよ。浩平君、もうすぐ春休みだよね?」
「私ね、行ってみたいところがあるんだよ。いっぱいあるんだよ」
「本当は目が見えるようになったらって思ってたけど、浩平君と一緒なら大丈夫だよね」
「1日で全部は無理かもしれないけど…その時は次の日も出かけようね。次の日も、また次の日も…」
「だって、ずっと一緒にいてくれるって浩平君約束してくれたものね」
それでも、返事はなかった。
「…どうして…何も話してくれないの…」

 予兆はあった。それは漠然とした、予感のようなものだった。
しかし、それを信じることはできなかった。
学校以外にも素敵な場所があることを初めて知った。
そのことを教えてくれたのは浩平だった。
そして、これからも浩平と一緒にいろいろな場所に行き、素敵な思い出を作っていけると思っていた。

 みさきはしばらく、浩平の座っていたベンチに座っていた。
しばらくして、家のある商店街の方へ歩き出した。
(1人でもがんばらなくちゃ…)
昼過ぎの商店街は思ったよりも人通りが少なかった。
そのため、目の見えないみさきでも、進むのは困難ではなかった。
(ええっと、ここを過ぎたら次の交差点を右に行って…)
とまどいながらも、何とか学校前にある自宅に帰ることはできた。

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「………なんだよ。みさき……聞いてる?」
「えっ」
考え事をしていたみさきは突然の呼びかけに対応できなかった。
「みさき、聞いてなかったでしょ……」
「ううん、聞いてたって。えっと、確か…『超特大お好み焼きを30分以内に食べられたらタダ』のお店の話だったよね?」
「どうして私がそんな話をしなきゃならないの?」
「冗談だよ」
雪見はやりきれないような表情でため息をついた。
「はあっ…」
「本当は、考え事してて聞いてなかったんだ。ごめんね、雪ちゃん」
「別にあやまらなくてもいいって。でも、何を考えてたの?」
(そういえば、雪ちゃんは浩平君に会ったことがあったはず…。それなら……)
「ねえ、雪ちゃん」
「なに、みさき」
「『折原浩平』って後輩、覚えてる」
「う〜ん………わからないや」
「私が掃除をさぼって屋上に居て、そのとき一緒にいた男の子だよ」
「だってみさき、いつも掃除さぼってどこか行っちゃうじゃない」
「う〜っ、そんなことないもん」
わざと不満そうな顔をしていってみる。
「それよりその男の子、覚えてる?」
「…ごめん、覚えてないや」
「………そう」
がっかりとするみさきの隣では、雪見が興味津々と言った顔で
「その男の子って、もしかして………みさきの好きな人?」
みさきはちょっと照れながら、でも悲しげな表情をして
「そうだよ」
と言った。
雪見はその表情から何かあるんだと思い、それ以上言及しなかった。
「ところで、何の話してたんだっけ?」
「うーんとね、演劇部の講演の話」
「で、いつやるの?」
「3月20日。みさきはその日、大丈夫だよね」
「うん、久しぶりに学校に行ってみたいし、絶対行くよ」

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「なんだかなつかしいな」
家のすぐ前にあり、つい2週間前に卒業した学校に演劇部の講演を見るためにやってきた。
「なんだか変だよね。ついこないだまでここに来て、それで勉強して友達と他愛のない話をしたりしてたのに」
「私はまだ部活で学校に来るからあまりそんな感じはないけど、そういうものだと思うよ」
「そうだね、それじゃ最後の仕事、がんばってね。部長さん」
「悔いの残らないようにがんばってくるから」
そういって雪見は舞台の袖に入っていった。

 やがて、開演ブザーがなり幕が上がっていった。
(雪ちゃんに聞いた話では、口の利けない女の子の話だって行ってたけど…)
(私にもきっとわかるって言ってたから大丈夫だよね)
(そういえば、澪ちゃんは凄く演技が上手くなったって言ってたな…)
 そんなことを思いながらみさきは劇を聞いていた。

   生まれつき口の利けない少女
   内向的で心を閉ざし、他人との関わり合いを必要最小限にとどめて彼女は生きてきた。
   そんな彼女も成長し、恋をした。
   彼女が好きになった男の子は、明るい性格でかっこよくてみんなの人気者。
   彼女とは正反対な性格の少年。
   その彼に振り向いて貰うために積極的になろうとする。
   そのかいあってか、ひとりぼっちだった彼女にも友達が出来始める。
   そして、彼女は自分の想いを彼に告白しようと決心する
   『ずっと前から、あなたのことが好きでした。私とつきあってください』
   「ありがとう。僕も、同じ気持ちだよ。始めはいつも一人でいる君と『一緒に遊びたいな〜』
   なんて思っていたけど、だんだんと君のことが気になっていつからか君のことが好きになっていたんだ」
   ・・・これからは、ずっと一緒にいたい
   その気持ちをお互いに胸に秘め、二人は幸せに暮らしていった。

 劇が終わった後、みさきは控え室に行った。
「おめでとう、雪ちゃん。大成功だったね」
「あっ、みさき。来てくれたんだ」
「うん」
「これで私も肩の荷が下りたわ」
「そうだね。凄く上手だったよ、澪ちゃん。」
『恥ずかしかったの』
澪はいつものようにスケッチブックに書いてみさきに見せた。
「・・・ごめんね、字が見えない」
澪は一瞬「はう〜」というふうになったが、すぐにいつもの表情に戻り、みさきの手を取った。
「えっ、何? 澪ちゃん?」
「・・・こ・・こ・・・に・・・書・・・く・・の・・・・。 『ここに書くの』ね」
いつものように澪はおおきく首を縦に振って答える。「うんうん」
「解ったよ、澪ちゃん」
『うんっ』
「ところで、私と初めて会ったときのこと、覚えてる?」
そう言うと、澪は顔を赤らめて
『あのときは、こめんなさいなの』
えっ・・・あのときうどんをかけちゃったのって浩平君じゃ・・・。
「あのとき、一緒にいた男の子、覚えてる?」
澪はうーんと考えるポーズを取った後、こう答えた。
『ごめんなさい。わからないの』
「そう・・・。ごめんね、澪ちゃん。変なこと聞いて」
『全然構わないの』
「それじゃ、午後の講演、がんばってね」
『うんっ』

 やはり澪も覚えていなかった。
「浩平なんて男の子は始めから存在しなかったんじゃ・・・」
そんなことを思ってしまう。

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 その日、みさきは夢を見た。
みさきをつれだしてくれた人。そして、大好きな後輩の。
「どうして…私を置いてっ……どこかに行っちゃったの?
寂しいよっ……浩平っ…君。もうっ…限界……だよっ……」
そういったみさきの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 浩平がいない生活。
みさきは、普段と同じように生活をしていた。
いや、むしろそうするように努めていた。
そして、出来るだけ浩平のことを考えて過ごした。
浩平のことを忘れないように。

初めて屋上で逢ったときのこと。
学食で澪にうどんをかけられたときのこと。
怪しい儀式と間違われそうなクリスマス会。
年賀状を浩平に書いたときのこと。
そのあとに浩平から点字で書かれた年賀状が来てうれしかったこと。
二人でやった卒業式。
そして、学校の外にも素敵な世界があることを知った浩平とのデート。
そのすべてが大切な思い出だった。

 あの時、浩平君が言った
『オレはずっと先輩のそばにいる。何があっても、必ず最後には先輩のそばにいる』
って言葉、信じてるから。
・・・だから、絶対に私の元へ戻ってきてね。
絶対だよ。

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見上げると、強い日差しが瞼の裏を差す。
「今日は、いい天気だね・・・きっと」
こんな日を小春日和って言うのかな…。
みさきは、そんなことを思いながら去年まで通っていた高校の中庭を歩いていた。
「この先を右に行くと、昇降口」
歩みを止め、数年前に見たっきりの情景を心に思い浮かべて、真っ黒なスクリーンに投影する。
「…そして、左は体育館」
そう言い、体育館へ向かっていく。そのとき、懐かしい声が聞こえた。
「川名さん? 川名さんですよね…?」
「はい、お久しぶりです。先生」
「一年ぶり…ですか?」
「ちょうど一年前の卒業式以来です」
「元気で過ごしているようですね」
「おかげさまで」
「それで、今日はどうしたのですか?」
「どうしても送り出してあげたい卒業生がいるんです。
 私の他には誰も卒業をお祝いしてくれない、可愛そうな後輩なんです」
「…そうなの? どうして?」
「多分、日頃の素行が悪いからですね。か弱い女の子を一人残してどっかに行っちゃうような人ですから。
 ほんと、ひどい人ですよ」
そんなことを言いながらも、みさきは微笑んでいた。
「そうなんだ…。 それでは、もうすぐ卒業式が始まりますから中で待っていてくださいね」
「はい。 それでは先生、またあとで」

 そして、私にとって、本当に大切な卒業式がはじまる。
ちょうど1年前のあの時、私はあの場所に座っていた。
その時の私の中は、不安しかなかった。
だけど、そんな私の背中をポンと押してくれた人が居た。
だから私は戻ることができた。自分の世界。切望して止まなかった世界に。
そして、今、私はその場所にいる。
「…以上、卒業生365名」
…違うよ。卒業生、折原浩平。 …以上、卒業生366名……だよ。
浩平君……誰もお祝いしてくれないね…。でも、私は知ってるからね。
浩平君が私を送り出してくれたように…。私は、今ここで浩平君を見送るよ。
…「おめでとう」はまた今度かな…。浩平君の目の前で、ちゃんと言いたいからね…。
だから、今日言いたかった言葉を送るよ…
「ありがとう、浩平君」
だけど…。早く帰ってこないと、君のこと嫌いになっちゃうよ…

 そして、みさきにとって大切な卒業式が終わった。
その場所に誘われるように歩く。
初めてあの人と出会った場所へ。
その重たい扉の前に立ち、ノブを握る。
ドアを開けると暖かな日差しが迎え入れてくれた。
ここは、私の好きな場所。
「明日はいい天気だな」
(え……?)
不意にかけられた、暖かな声。好きな人の声。
「……そっ…か…。 ……今日は……夕焼け…なんだ」
その人が私の方を向く。
「夕焼け……き…れい……?」
「そうだな、65点ってとこかな」
すぐ間近で、あの人の声が聞こえる。
「結構……辛口な……」
声にならなかった。約束を守ってくれたことが嬉しくて。
「……待ってたよ。……待ってたんだよ、あの日からずっと…」
「ただいま、先輩」
「お帰りなさい…。浩平君」
そういってみさきは浩平の胸にしがみついた。大好きな人の温もりが伝わってくる。
「あはは…馬鹿だよね、私たち…。まだ昼過ぎなのに…夕焼けだって…」
「…ああ」
「アイスクリーム…もう溶けちゃたよ」
「そうか…残念だな」
「浩平君、卒業式さぼったらだめだよ…」
「うーん、ちょっと寝過ごしたな」
浩平はいなくなる前と同じ口調で返事をした。
「…ちょっとどころじゃないよ…。ずっと待ってたんだよ…。毎日待ってたんだよ」
「ごめんな…」
「そうだ。これだけは浩平君の前で言いたかったんだ」

     大切な人がそばにいる。だからその人と歩んでいく。
     今までの思い出は少しだけ…。
     だけど、これからたくさん増えていく…。
     限りのある時間を精一杯使って…。
     大切な人と、二人一緒に。

   「浩平君、卒業おめでとう」