悔恨への帰還 4  投稿者:Percomboy


<4日目> Who are you?

「ほらぁっ! 起きなさいよぉっ!!」

 もはやおなじみの朝の光景。そういや、高校に行っていた時も、
ずうっと同じパターンだったような気がする…。
 というわけで、毎度のように長森に叩き起こされて、二人でダイ
ニングの食卓に座り、朝食。

 オレは、そこで、うれしそうに、昨日買った羽根飾りのアクセサ
リを、長森に見せびらかす。

「どうだ、良いだろう。みさきが、このピンク色がきれいだって
言って、選んでくれたんだぜ」

 そうオレが言うと、長森は、怪訝な表情を浮かべて訊いてくる。

「一つ訊くけど…『みさき』っていう人は、私たちの高校での一つ
 上の学年だった、あの『川名みさき』っていう人のことじゃない
 の?」
「ああ、そうだけど。知っているのか? それなら話が早いな」

 別に何を思うでもなく、オレはそう応えた。

「でも、何か変だよ。あの人、目が見えなかったんだから」

 その事を言われた時、オレの中に大きな衝撃が走った。
 忘れていた重大なことの一つを、今になって思い出した。そう、
間違いなく、みさきは目が見えなかった。それも最初に出会った時
から。彼女自身から聞いたことのある話では、昔、大けがをして失
明したらしい。
「みさきは目が見えない」…その事実を思い出したことで、それま
で漠然とした疑問が、ようやく、形となってオレの頭の中に浮かび
上がった。その目が見えないはずのみさきが、夕焼けがきれいだと
言ってみたり、アクセサリの色について言ったり…。前者だけなら
彼女一流の冗談とも言えるが(確かに、そういうことを言う人だっ
た)、後者については説明が付かない。

「それに、確かあの人…あ、浩平、待って!」

 オレは、ショックを受けたという感じのふらふらとした足取りで
長森の話を振り切るようにして、外へ出ていった。とりあえず、
みさきに会ってみようと思って。

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 高校の屋上。今日の待ち合わせの場所は、ここだ。
 既に、みさきはそこに来ていた。

「あ、浩平君!」

 みさきが、オレの姿を確認すると、うれしそうな声をあげて、こ
ちらに駆け寄ってきた。
 オレは、無言でみさきを抱きしめた。

「浩平…君?」

 オレは、ただ、無言でみさきを抱きしめていた。彼女自身につい
て確かめるように。
 オレには自信を持って言える。間違い無い。この女性は、俺を救
ってくれた、大事な人。小さな頃に交わした盟約が原因でオレがこ
の世界から消滅した時、絆をつないで、オレをこの世界に引き戻し
てくれた恩人。そして、何より、オレが愛している女性。オレが、
この人を他の人と間違うはずなど無いはずだ。

「浩平君…」

 みさきも手を回してきて、お互いが抱きしめ合う形になった…。

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 しばらくして。オレは、ついに、その疑問をみさきに投げかける
ことにした。

「みさき、ひょっとして、目が見えている?」

 みさきが応える。

「うん、見えているよ。浩平君の顔も、この青空も、みんな見えて
 いるよ」
「そうなんだ」
「確かに、以前は全く見えなかったんだけどね。一昨日、浩平君の
 顔を初めて見て、こういう顔だったんだぁって初めてわかったん
 だよ」

 そう言って、みさきは、オレの胸の中に顔をうずめてきた。
 ひょっとして、新しい治療法でも見つかって、それで目が治った
のかも知れない。そんなのんきなことを、オレは考えていた。

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 夕方。今日もきれいな夕焼けだ。
 ほほえみかけながら、みさきに言った。

「みさき、今日は良かったよ」

 みさきの顔を見る。夕陽に照らされて赤くなっているのか、別の
理由で赤くなっているのか。
 たぶん両方だろう。恥ずかしそうにうつむいていた。

「浩平君の意地悪…そんなこと、口に出して言わなくても…」

 みさきが、うつむいたまま、そうつぶやいた。

 そして、また、明日会う約束をして、オレは屋上を後にした。
 やはり、みさきは、まだしばらくは屋上に残っているそうだ。