悔恨への帰還 1 投稿者: Percomboy
 オレの名は、折原浩平(おりはらこうへい)。26歳・男。
 事の起こりは、オレが、少年期を過ごしたこの街に帰ってきたこ
とからはじまる。
 オレは、この街が嫌いだった。だが、何故この街が嫌いなのか、
わからない。街を離れることになる直前の記憶が、オレの頭から抜
け落ちているのだ。他に理由が思いつかないあたり、その辺に理由
があるのだろうと思うのだが…。

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<1日目> Invitation to the Summer.

 盆休みを利用して、久々に帰ってきた中崎町。あれから7年にな
るのか。
 連絡が行っているので、同じ歳の、長いつきあいの幼なじみが迎
えに来ることになっている。
 オレは、駅前の商店街の入り口で、夏の日射しの中に身を置いて
そいつが来るのを待っている。
 30分ほど待っていると、商店街の向こうから、一人の女がやって
きた。茶色がかった長い髪、一部を後ろに回して小さな時からお気
に入りの黄色いリボンを付けている。

「遅い!30分も待ったんだぞ!日射病にでもなったらどうするん
 だ!」

 この言葉が、オレの、その女に対しての、最初の挨拶だった。

「わぁっ、だって、浩平が早すぎたんだよ。わたしは時間どおりに
 来たんだもん!」

 オレの言葉に、そいつは反応する。思わず、売り言葉に買い言葉
で言い返す。

「せっかくの里帰りなんだ。連絡も行っているんだから、30分ぐら
 いは早く来るもんだぞ!」
「そんなぁ、無茶苦茶だよ…」

 そいつは、そう言って、はぁっとため息を付いた。
 こいつがその幼なじみ、長森瑞佳(ながもりみずか)である。

「そんなことよりも、家に帰ろうよ。合い鍵も預かっているし」
「由起子(ゆきこ)さんは、また、仕事なのか?」

 長森の言葉に対して、オレは、そう訊いてみた。

「うん。また忙しくなって、1週間ほど家に帰られないんだって」

 相変わらずだな、オレはそう思った。由起子というのは、オレが
幼少期から世話になっていた、叔母の小坂由起子(こさかゆきこ)の
ことである。両親が居ないオレは、この街にいた間、ずうっとその
叔母と二人で暮らしていたのだ。もっとも、普段から忙しい由起子
さんとはめったに顔を合わせることが無かったため、そのころから
ほとんど一人暮らしのようなものではあったが。

 二人で歩いていると、やがて、「小坂」の表札が出ている家の前
に到着した。
 合い鍵でドアを開け、中に入っていった。

「あらためて。おかえりなさい、浩平」
「ああ、ただいま」

 二人はリビングのソファーに向かい合わせに座り、あらためて挨
拶を交わした。
 目の前には、冷たい麦茶の入ったグラスが二つ。中に入ってすぐ
長森が入れてくれたのだ。

「でも、ほんと、めずらしいね。今まで全く音沙汰無しだった浩平
 が、急にそっちから里帰りするなんて言い出すなんて」
「まあ、たまには良いかなと思ってな。この夏は、特に予定も無い
 し」

 どうして帰ってくる気になったんだろう、オレは、応えながら、
そんなことを考えていた。
 今までは、極力、帰ってこないようにしていたのに…。

「あ、ひょっとして、彼女にふられての、傷心旅行だったりと
 か?」

 長森が、そんな、素っ頓狂な発想を口にした。

「そ、そんなんじゃねぇよ! だいたい、お前の方には、まだ恋人
 とか居ないのかよ!」

 あわてて、そんなことを口走る。すると、長森は、静かに応え
る。

「うん、残念ながら」
「なんで、こんなに美人で器量良しなのに。言い寄ってくる男とか
 いないのか? それとも、誰か好きなヤツでもいるとかいうの
 か?」

 オレが、ぼそっと、つぶやくように言った。

「まあ、ね…」

 目を伏せて、そんな風につぶやく長森。
 と。その時、急に長森が「反撃」に転じる。

「そんなことより、浩平はどうなのよ? そっちは好きな人とかい
 るの?」
「好きなひと…」

 そこで、オレは、言葉が詰まる。確かに、今は、つきあっている
女とかはいない。誰かに片思いをしているというわけでもないはず
だ。しかし、「いない」と言ってしまうのは、嘘を付いているよう
な気がする。何かを忘れている気がする…。

「あ、良いよ、別に応えなくても。せっかく帰ってきたんだから、
 何も考えずに、のんびりしていけば良いじゃない。たしか、1週
 間ほどこっちにいるんでしょ?」
「あ、ああ。そうするよ」

 長森が、オレの思考を中断させるかのように言葉をかけてきた。
 オレは、そこで考えるのを止めて、そう応えた。

(続く)