【109】 彼のキモチと彼女のココロ 【Side:南明義】 |
まえがき このSSは単体でもお楽しみいただけますが、この次にある『彼のキモチと彼女のココロ【Side:里村茜】』と併せることでさらにお楽しみいただけます。 どちらでもお好きなほうから読んでいただいて結構ですし、もちろんどちらか片方だけでお楽しみいただいても結構です。 ◇ 南さんちの明義くんは里村さんちの茜さんのことが好きです。 そこでラブレターを書いたのですが、返ってきたのは『……嫌です』の一言でした。 それでもあきらめずに明義くんは様々なアプローチを繰り返してきましたが、やっぱり振り向いてはもらえませんでした。 それでも明義くんはあきらめません。 何故なら、彼はあきらめると言う言葉をこれっぽっちも知らないから……かどうかはわかりませんが、ともかく明義くんは今日もまた茜さんを振り向かせるべく奮闘を続けているのでした。 「しかし、お前もたいがいあきらめ悪いよな」 ここは明義くんと茜さんのクラスの教室です。 同じクラスの生徒たちが思い思いの場所でお喋りに興じています。どうやら今は休み時間のようです。 明義くんも彼の友人たちと席を囲んで雑談を繰り広げています。その友人のひとりの第一声が、さっきのセリフです。 「……なんの事だ」 「決まってるだろ.里村の事だ」 友人が唐突にそんなことを言うのにはワケがあります。 明義くんは1週間ほど前から、茜さんにはっきりと付き合ってほしいと告白すべく一大決心を固め、放課後ともなれば下校途中の茜さんの後を追って、その機会を窺っていた……わけなんですが……。 「結局言えずじまいでそのまま別れちまうのが、日課だったりするんだよな」 「……悪かったな」 そうです。決心したはいいものの、いざとなると明義くんはどうにも告白する勇気が出なくなってしまい、結局そのまま分かれ道でサヨウナラ、というのをここのところずっと繰り返しているのでした。 「それでもまだあきらめないってんだから意地だよな、あるイミ」 もう一人の友人もそんなことを言いました。しかし明義くんはそのくらいのことは意に介していません。 「違うな。ひとえに“愛”の成せるワザなのさ」 わざわざ気取ってそんなことを言ってます。はっきり言ってアホです。バカ言ってんじゃないって感じです。友人たちも呆れて何も言い返す気も起きないようです。 「今日こそは、はっきりと、付き合ってくださいと、言ってやるからなっ!」 意気込んで言うのはいいのですが、その後で自分で言った事にテレて顔を赤くするのはやめてほしいものです。 「で、フラれてどん底に突き落とされて、二度と立ち直れなくなるってパターンだろ、どうせ」 友人の皮肉な口調での言葉に、明義くんの表情は少しヘコんだように見えます。 それでも、彼の心意気は少しも衰えてはいないようでした。というより、そんな事はすぐに忘れてしまうと言った方が正しいのかもしれませんが。 さて放課後、HRが終わると早々に教室を出ていった明義くん――もちろん茜さんに告白するために後を追っていったのです――にはかまわず、友人ふたりは教室の中で帰りにどこに寄ろうか、などの雑談をしながらダベっていました。 と、ものすごい勢いで教室の方へと向かって来る音が近付いているのが聞こえてきました。 バンッ! と勢いよく教室の引き戸が開かれ、中に飛び込んで来たのは、明義くんでした。 友人たちがそちらに目を向けるよりも早く、明義くんは彼らのもとへとやって来たのですが、乱れている息を整えようとしていたせいで、すぐには喋り出せずに喘いでいるようです。 「……早い帰りだな」 すっとぼけた口調で友人のひとりが先に声をかけるのを受けて、ようやく息の整った明義くんは意気込んで話し出しました。 「さ、さ、里村さんのそばに変な女の子が……」 「はぁ?」 ……多少興奮気味であった明義くんが語ったところによると、いつものように校門近くで茜さんの姿を見つけた彼が声をかけようとしたところ、茜さんの隣に小さな女の子が一緒にいるのに気がつきました。 大きなリボンをショートカットの頭に付けたその女の子を、誰なんだろう? と明義くんが頭の中で思った時です。 女の子がやおら手に持っていたスケッチブックを取り出すと、ペンで何かを書き始めました。 明義くんが見ている間に、女の子は書き終わったそれを、彼のほうに見せたのでした。 それを見て、明義くんはとてもビックリしたのです。 そこには『いま、この女の子は誰なんだろう? と思ったの』と書いてあったのです。 明義くんは、なぜこの女の子が自分の思っていた事がわかったんだ? とまた思いました。 すると、また女の子はスケッチブックに何かを書いて、彼に見せました。 それを見た明義くんは、さっきよりもさらにビックリしてしまったのでした。 そこには先ほどと同じように、彼が頭で思った事がそのまま書かれていたのでした。 「……つまり、その女の子がお前の考えていることを言い当てていた、ってことか?」 「多分な……」 疲れ切った表情で明義くんが語り終えました。が、友人ふたりはまるっきり半信半疑の表情です。ほとんど信じているようには見えません。まあ、ムリもない事でしょうけど。 「それで、シッポまいて逃げかえってきたってワケか?」 「ああ……」 「アホか。んなことあるわけねーだろ」 友人がバカにした口調で言い返しました。 そもそもが、他人の恋愛沙汰に首を突っ込むこと自体アホらしいのですから、このうえおとぎ話じみたことを聞かされたのでは、とても友人たちが真剣に取り合う気にもなれないのは当然でしょう。 ま、それはともかくとして……。 「どうしたらいいんだ……」 「知るか、んなこと」 至極もっともな事です。明義くんはすっかり困り果てているようでした。 「都合がいいだろ、どうせなら」 「……なんでだ?」 「その子にお前の考えを読んでもらって、お前の代わりに告白してもらうのさ。それで万事めでたしってワケだ」 友人がさもバカにしたように言いました。これにはさすがに明義くんもカンにさわったようです。 「バカモノーっ!!」 ものすごい剣幕で明義くんが怒鳴り返しました。その声の大きさだけなら、それはさぞスゴみのある言葉にも聞こえましたが、目に涙を思いっきり溜め、鼻水まで流している表情で言ったのでは、全くもって迫力に欠ける事はなはだしい限りです。 「そんなんじゃあ……そんなんじゃあ、イミがないだろうがあーっ!!」 悲痛な叫びの程はわからなくもありませんが、その前にちょちょぎれる涙と鼻水ぐらいはどうにかしてほしいものです。 「じゃあ、どうすんだ?」 冷静な友人のツッコミがはいります。 「何か、ほかに方法があるのか?」 もうひとりからも指摘されました。 「うっ……それは……」 ふたりからの鋭い追求を受けて、明義くんは黙りこんでしまいました。 「こ、これから考えてやるさ……!」 沈着さを装って明義くんが言いましたが、どうせ何も考えつかないだろうと友人たちは思うのでした。 それから数日ばかりが過ぎました。 その日の午前の授業が終わり、明義くんは友人たちに連れられて(というか引きずられて)学食へと向かいました。 多くの人でごった返す学食の中で、3人は同じテーブルに座って昼食を取っていましたが、友人たちの見たところ明義くんはぼーっとしてまるっきり心ここにあらずといった感じでありました。 「なんかいい考えでも浮かんだか?」 友人のひとりが声を掛けてみました。 「そんなのがあったら教えてほしいもんだ……」 ほとんどうわの空で明義くんが答えました。 彼がこのようにして思考の中に没頭し続けているのにはいくつか理由があります。 あの日以来、茜さんは下校時となるといつも例の考えを言い当てる女の子と一緒なため、おいそれと一緒に帰ることも出来なくなってしまったからです。おかげで、告白する機会などまったくといっていいほどありません。 かといって、明義くんにはどうしたらいいのかなどそう簡単には考えつかないのです。 (友人たちからすれば、別に下校時に限る必要はないと思うのですが、その事に彼は思い至らないようです) 「おまえ、だいたい頭脳労働なんて向いてるワケないんだから、考えるだけムダだと思うぞ……お、これ貰うな」 友人のひとりがそう言いながら明義くんのおかずを取っていきました。明義くんは気付きませんでしたが。 「そうそう、ムダムダ……あ、これいらんなら貰っとくぞ」 もうひとりの友人も明義くんのおかずを奪いながら言いました。もちろん、明義くんは気付きません。 結局、明義くんはふたりにおかずをほとんど取られたこともわかってないまま、悩み続けでその日の昼食を終えたのでした。 それからまた数日が過ぎました。 その日の授業が終わり放課後、いつものように茜さんが教室を出て帰途につく光景を明義くんは眺めて……はいませんでした。 悩み続ける明義くんは、それはもう一日中を問わず悩み続けており、周りの状況すらロクに見えていない有り様でした。 「おい南、今日どこ寄ってく?」 そんな彼の心情などお構いなしに、友人がいつものごとく明義くんに声を掛けます。 「……決めたぞ」 呟き声のようなものを友人は耳にしました。どうやらそれは明義くんの口から出た声のようです。 「たかだか思っていることを言い当てる女の子一人に俺の恋路を邪魔されていいものか、いーや、いいはずがない!」 ひとりごちる明義くんの表情は真剣そのもののようです。まあ言ってる事はわからなくもありません。 ですが、そのたかだか言う女の子のために1週間近くも無い知恵を絞って悩み続けていた事を考えれば、さして説得力がある台詞とも思えませんが。 「で、どうするつもりだ」 わざわざ聞きたくもありませんでしたが、いちおう友人が訊ねました。 「決まってる。もちろん告白するんだ。今度こそ、ハッキリとな!」 「なんにも考えてないのにか?」 「そんなもの、必要ない!」 友人の指摘に偉そうに返した明義くんでしたが、裏を返せばなんの事はない、結局何も考え付かなかったと言ってるわけですから、あんまり威張れたものじゃありません。 そして、明義くんは再び勢いづいて教室を出て行きました。少なくとも表向きは、ですが。 「……ありゃー、考え過ぎでオカシくなったな、きっと」 「なまじっかなんか考えつくよりはマシな方じゃないのか?」 「さあな。見にいくか? オモシロそうだから」 「ホっとけ。どうせ、結果はわかりきってるだろ」 「それもそうか」 本人不在の場所でそんな遠慮のない会話が行われていることなど、もちろん明義くんは知る由もありません。 そんなこんなで、友人ふたりは今日の帰りに寄っていく所の相談などをしつつ、帰宅の途についたのでした。 そして翌日の朝。 明義くんの友人のひとりが登校して来て教室に入った早々、彼の目に留まったのは、自分の席に突っ伏してさめざめと泣いている明義くんの姿でした。 そしてその様子をすでに登校して来ていたもうひとりの友人が、近づくのも嫌そうな表情で眺めていました。 「ナニやってんだ、あいつは?」 「予想通りってやつだよ。学校に来るなり、あのザマさ」 友人の台詞からだいたいのいきさつは察しがつきました。まあ、十中八苦茜さんがらみである事は疑いようもないでしょう。 「いい加減進歩しないやつだな、まったく」 「単にコりないだけだろ。どうせ数日したら忘れてるんだろうさ」 「それもそうだな」 やたらと薄情な言いざまではありますが、それもまあ長い付き合いの友人であるからこその本音なのでしょう。 暖かな日差しが教室に投げかけられる春のうららかなその日、明義くんは1日中泣き通しで過ごしたのでありました。 おわり |