【23】 中崎町防衛部 Vol.5 <Cパート> |
---------- :CM いつでもできたてのおいしさ! 豊富な品数御用意! つぶあん・こしあん2種類のあんパンはもちろん、 メロンパン・フライパン・カレーパン・ジーパン、 ジャムパン・ピンポンパン・ロシアパンも! お求めは今すぐワジサキパンへ!! ※このCMはフィクションです。 ---------- :EYE-CATCH :EPISODE:5-B :Be Manipulated Persons :18時07分 移動要塞内部・通路 「でりゃあああっ!!!」 気合もろとも、七瀬が隔壁をぶち破った。 頑強な構造であるはずの壁をいとも容易く粉砕し、爆砕し、塵芥と化す――というのは流石に大袈裟だが、本来格闘戦を想定していないはずの装甲服をもってしてこの威力をなさしめるその様は、(別の意味で)“乙女にしか成し得ない技”であるのかもしれない。 「次はっっ!?」 「え、えーと、次の角を右に……」 「急いでんだから、ちゃっちゃといくわよっっ!!」 瑞佳は多少怯えながら、茜は平然とした表情で(少なくとも表面上は)七瀬の後をついていくのだった。 「うりゃああっっっ! 必中吶喊っっ!!」 :同時刻 移動要塞内部・ブリッジ 「D−1、大破……戦闘続行は不可能です……」 無機質に響くみあの報告が、ブリッジに流れる。 「住井がやられたって!?」 「なんてこった!!」 「南の奴は裏切りやるし……」 「もう、ダメか……!」 下層フロアのオペレーターたちが、口々に騒ぎ出す。 「侵入者、セクタC−17を突破! T−6を現在も進行中!!」 一方で、七瀬たちに関する報告も淡々と行われていた。 「……どうします?」 佐織が雪見に対して問い掛ける。 「…………」 雪見はしばらく、自分の考えに沈んでいるように見えた。が、決断したように告げる。 「……待機中の全作業用アルジーを地上に上げさせて」 「……!」 「……はい……」 佐織が表情を強張らせる。しかし、雪見は指示を出した後も、表情を変える事は無かった。 :18時09分 町内商業地付近 ボコ……ボコボコボコ……ボコボコ……ボコ! 地を埋め尽くさんばかりに何かが地上に姿を現わした。 地の底から立て続けに木の芽が姿をあらわすように、無数とも思えんばかりの同じ姿をした物体――無人アルジーが出現したのである。 「みゅっ?」 『?』 繭と澪も驚くその光景が、他を圧倒してこちらに押し寄せんと、迫ろうとしていた。 「どうする?」 「何、こっちにだってあるさ」 だが、浩平は全く慌てる事無く笑った。 :18時11分 移動要塞内部・ブリッジ ドドドドドド……! 「!?」 遠方から響く何かの音をオペレーターがキャッチした。 「……無人アルジーの侵攻先、前方10キロに移動物体を発見……」 「!! まさか、まだ敵の残存兵力が?」 「……有効視認範囲内に目標を確認……数、多数……」 「多数? どういうこと?」 「……地を埋め尽くさんばかりの識別不明の大群がこちらに迫ってきています……」 「何ですって!」 :同時刻 町内中心部 ドドドドドドドドドドドドドドド……!! すさまじい地響きが波となって押し寄せていた。 地平線の彼方から、何かがものすごい勢いでやって来ようとしているのだ。 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!!! 地上にいたアルジーらにもし感情があったならば、間違いなく驚愕の表情を露にしたであろう。 まるで地の果てから到来したようなその正体、それは――無数のみゅーつーの大群だった! ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!!!! みゅーつーの津波のような大群により、地中から出現したさしもの無人アルジーの大群も、まるでクモの子を蹴散らすかのごとく、足蹴にされ、蹂躙され、蹴倒され、踏み潰され、蹴り飛ばされ、吹っ飛ばされた。 何せ、彼らは大勢の七瀬の分身とケンカするようなものなのである。 あっという間に町内とドームの周囲は無数のみゅーつーで埋め尽くされたのであった。 :18時14分 移動要塞内部・ブリッジ 「…………」 「…………」 「…………」 みゅーつーの圧倒的なパワーを目の当たりにして、ブリッジの人々はただ声も無く、スクリーンを見つめていた。 「そんな……あれだけの数のロボットを今までどこに……」 立ち上がっていた雪見までもが、呆然とその光景を眺めていた。 「C−21を突破されました!! L−5に侵入します!」 追打ちをかけるように、内部の状況を伝える報告が無情に響き渡る。 「どうしますか……? これ以上はもう手だてなんて……」 「…………」 佐織が告げる言葉にも、雪見は沈黙を続けたままであった。永遠とも思える沈黙の時間がしばし、流れる。 『“ほわいと・のあ”ノサイシュウボウエイシステムヲキドウサセナサイ』 「!!」 その時、沈黙を打ち破って声が雪見にほど近い所から響いた。 それは、先に防衛部が撤退した時の直後に聞こえてきたのと同じ、無機質に加工された音質の“声”だった。 驚きの表情を浮かべた雪見が思わず自分の手許のコンソールを見る。 “Y”というアルファベット1文字だけが記されたパネルが、小さな光を放っていた。 「しかし、システムにはまだ完全では……それに」 『…………』 声は無言だった。しかし、それが否を許さぬ無言の答えである事を、雪見は知っていた。 “Y”というのが誰なのか、雪見は、いやここにいる全ての人間が、全く知らない。 男か女か、あるいは人間なのかさえも、分からなかった。分かり様がなかった。 ただ“Y”という、何かのコードなのか、イニシャルを示しているのか不明であるその1文字だけによる存在感と、伝達される言葉だけが、その実在を僅かに語っているのだった。 「……分かり……ました……」 これ以上ないくらいに感情を押し殺したような雪見の口から、それだけが、ようやく絞り出された。 “Y”の指示に、拒絶は許されない。 雪見ひとりだけならともかく、ここにいる全ての人間の命運をも左右しかねない立場にある彼女には、従属するしか選択はないのだ。そう、従うしか……。 「……全システム再起動。最終防衛システム、起動準備」 「!! そんなことをしたら……」 「やりなさい」 はっきりとした口調で雪見が告げる。その言葉に雪見の揺らぐことのない意志を感じ取った佐織は、もはや何も言う事が出来なかった。 「……“コードWN”発令……“ホワイト・ノア”オールシステム、リブートスタート……FDSプログラムドライブ・プリパレーションコンプリートまで約5分……各員は速やかに作業を開始してください……繰り返します……」 静まり返るブリッジに、みあの言葉だけが、響き渡った。 :18時15分 移動要塞内部・通路 「だりゃあっっ!!!」 七瀬が、行く手を阻まんとする要塞内の警備要員を次々とちぎっては投げ、ちぎっては投げしながら排除していた。 「だ、だいじょうぶかな?」 「……いちおう死なない程度に押さえているようですから、心配ないでしょう」 それはそれでどうかと瑞佳は思ったが、茜に対してはただ頷くしかなかった。 「ダメだ! あんなんとてもかないっこない!」 その彼女らの進行方向の影で、恐怖の目で七瀬を見る者たちの姿があった。 「んなこと言ってる場合じゃないだろが! どうにかしないとここもヤバイぞ!」 「けど、どうやってあんなバケモンみたいなの相手にすんだよ! 隔壁さえぶっ壊すような連中だぞ! 俺たちだけでどうしろってんだ!!」 「それは、でも……」 「……ともかく、早いとこT−5と7の連中もこっちに回してもらうよう、伝えてくれ!」 「さっきからやってるよ!」 ……とまあとにかく、そういった理由もあって彼女らはさほど行く手を阻まれることなく先へと進んでいる、のであった。 :18時16分 移動要塞内部・ブリッジ 「フライホイール作動。DG−F始動後、NT−PA機関をサブ動力へ移行」 「セキュリティ、SVに移行。警戒シフト、Sレベルへ」 「セルフモニタリング、Lワード以下64,627の全チェックパターン、誤差許容範囲内で作動中」 「タクティカルプリファレンスモード、FCに設定。要塞内部のIDBS、通常の78%に機能低下します」 「プライマリ始動。DG−F出力、未完成につき現時点の出力は通常時の46.3%が限界です」 「AAAプロテクト解除。ED用アーカイブ内EUライブラリの2f・35・8aのファイルを回します」 「要塞内全432セクタにリンクコネクト、システムの変更を確認」 「システム内部のトラブルシュート、モニタリング機構の23.6%が不鮮明」 「セカンダリ始動。DG−F通常動作の開始を確認。出力安定、問題ナシ」 フロア全体に作業状況が克明にアナウンスされる。 「……FDSオールチェッククリアー……プリパレーションコンプリート……解除命令、スタンバイ……」 その最後のみあの言葉を受け、雪見はゆっくりとシートから立ち上がる。 「FDSプログラム発動……“ホワイト・ノア”……浮上開始」 そう告げた直後、スクリーンのひとつに“WHITE−NOAH:Drive Start”の文字が表示された。 :18時17分 移動要塞内部・通路 「……?」 通路の途中で急に立ち止まった茜の横を通り過ぎようとした瑞佳が、茜のただならぬ様子に気づいて立ち止まる。 「どうしたの? 里村さん?」 「……何か、今妙な感じが……」 「?」 瑞佳も周囲を窺うようにしばらく息を詰めていたが、何の気配も感じられなかった。 「気のせいだよ、きっと……」 「……だといいんですが……」 瑞佳に促されて再度二人は並んで走り始めたが、茜はそれでも違和感を消し去ることが出来なかった。 :同時刻 町内商業地付近 ゴゴゴゴゴゴゴ……! 町内全体を揺るがす振動が響きわたる。 浩平らと、町内の住民のほとんどが感じたそれは、町の中心部から発せられていた。 そこに鎮座する物体が、今、新たな動きを見せ始めている。 全ての人が注視する前で、ゆっくりとドームは、浮き上がり始めた。 巨大な中華まんじゅうを思わせるフォルムのそれが、派手な音を立てるでもなく、むしろ厳かに中空へ向かって垂直に上昇していた。 夕日を受け、長大な影を地上に投げ掛けながら、浩平とシュンが黙したまま見つめる中、ドームは最初からそうであったかのように、宙に浮かんでいた。 浩平は即座に行動に移った。 「南、撃てっ!」 『!!』 声に遅れること数瞬の後、南は永遠丸の主砲を空中のドームに向けぶっ放した。 ドォン!! ドゴォン! ズドォン!!! 轟音と共に無数の砲撃がドームに炸裂する。 ……しかし。 「……無駄のようだね」 シュンの言葉を聞くまでもなく、ドームは傷跡ひとつなく同じ場所に浮かんでいた。 「シールドか」 浩平も確認するように呟く。 「さて、どうする?」 「…………」 沈黙が、彼らを包んだ。 :18時19分 移動要塞内部・ブリッジ 中崎町内の光景を俯瞰で見上げるように映し出すスクリーンを見つめ、雪見は硬い表情を崩すことなくその場に立っていた。 スクリーンには、その真の姿の一端をかいま見せた要塞“ホワイト・ノア”の周囲に集結しつつあったみゅーつーが大挙して投影されていた。 それらに一瞥もくれず、雪見は指示を下した。 「アクティブ・レーザー、照射準備」 「……了解……FCSオープン……ALスタンバイ……」 みあの言葉を合図に、オペレーターらの作業の声が再び飛び交い始める。 「TFサイトオープン、AOD設定・開始値83.5から43.9」 「チャージ出力、メイン動力の30%に固定」 「照射強度不安定のため、現段階では通常の48.3%が限界です」 「初回出力は18%に設定。周回上の目標範囲は要塞の周囲2.5キロとします」 「了解。ターゲットロック、最終誤差修正……ヨシ」 「ドームの周りにいる奴を行動不能にさえできれば十分よ。発射後の再チャージも忘れないで。試射もしてないんだから、オーバーロードの危険性もあるわ。発射後の動力部他のチェックも忘れずにモニタリングして!」 「了解」 「敵全てを破壊しなくてもいいんですか?」 「とりあえずはこれで十分なはずよ……」 「……FL率設定値をクリア……セイフティロック解除……ALアクト1、レディ」 「照射!」 :18時21分 町内商業地付近 「ん?」 ドームの一ヶ所が一瞬光を放ったように浩平には見えた。 「ドーム内部から高エネルギー反応……!」 直後、飛来した一直線の細い光が、ドームの周りを取り囲むみゅーつーのひとつに命中した。 バシュウウッ!! と、見る間に、みゅーつーが綺麗な断面を描いて切断された。 光が横になぎ払われ横一文字にされたみゅーつーが、脚部をすっぱりと両断され、スライドしながら上半身にあたる部分を落下させた。 ズズゥン……! だが、それだけではなかった。 シュオオオオッ!! ドームから発せられた一条の光は、周りを一回転するようにぐるりと周回部を巡り、周囲のみゅーつーを次々となぎ払っていったのである。 数瞬のうちに、光線を食らったみゅーつーたちが切断され、真っ二つとなって地面に転がった。 ドォン……ドォン……ドゴォン……!! 光条が消えた時、ドームを囲んでいたはずのみゅーつーはあっという間に半数ぐらいにまで減らされていた。 :同時刻 移動要塞内部・ブリッジ 「……すごい」 「これほどとは」 下層フロアの人々が、感嘆の呟きを洩らしていた。 「……アクト1終了……引き続きアクト2の準備に入ります……」 フロアでは引き続き作業の指示がなされていた。 「再チャージ開始」 「各部損耗度、確認中」 「チャージ出力、現行値をホールド」 「ジェネレーターへのフィードバック値が予想よりも不足してます」 「アクト1のデータを元にチャージ時間を再度計算し直して」 「しかし、試測での最低必要量にも満たないのにこれ以上の出力での照射は下手をすればこっちがヤバくなる可能性も」 「最低限相手の兵力を無力化出来れば十分よ。必要値に足りない分も要塞内部の機能を犠牲にしてでもいいから少しでもチャージを短縮させるよういって! とにかく、1秒でもいいから早く!!」 「……了解……計測誤差修正、再計算……終了……ALアクト2、完了まで残り726秒……」 :18時23分 町内商業地付近 周囲に、攻撃によって破壊されたみゅーつーの残骸が、所狭しと転がっていた。 「残ってるのは?」 「周辺のは軒並みやられたみたい、だね」 「加減しても半数は倒せるというわけか」 「次来れば、相当危ういかもね」 「だろうな」 一見余裕に構えた浩平とシュンのやり取りだが、実際は綱渡りにも等しい状況には違いない。 「おい、南」 『なんだ?』 「おまえの機体であそこまで飛べるか?」 『ムリだ。バックパックの回路をやられてる』 「そうか……」 浩平はしばし考えこむ。 「そんなにたいへんなの?」 「まあ、今までで最大の危機、ってところかな」 浩平がみさきにかいつまんで(もいないが)状況を説明する。 「……だったら、もっと近付いて撃ったら外れないよね」 「そりゃ、まあそうだけど……待てよ」 みさきの言葉に、ふと浩平が考え込む。 「……それだ」 「何か思いついたかい?」 「ああ……作戦が決まった」 浩平の口元に笑みが浮かぶ。 それは、不敵な笑いというよりは、新しい悪戯を思いついたような、子供っぽい微笑みだった。 「近付けないなら、近付いて撃つまでさ」 :EYE-CATCH :EPISODE:5-C :Don't Chose a Purpose to an End ---------- (次回に続く) |