12月。 全世界的に12月である。 ふと気がつくと、足音が聞こえてくる。 何の足音が? それはもちろん、クリスマスに決まっているのである。 そして、この世界とて、それは例外ではなかったりする……。 〜〜〜〜〜 「そんなの、困るもんっ」 いつものごとく呼び出された瑞佳が、いつものごとく押し付けられた突然の頼みに困惑の表情を浮かべる。 「……まだ何も言ってませんが」 瑞佳の正面に立つ、あかねはそう言うが、瑞佳にはしまいまで聞かずとも、ねこたちが何を言わんとしているのかの察しがついてしまうのだった。 もっとも、そんなふうになってしまったのも、今のような日常に慣れてしまったが故の、悲しい性であったりするのだが。 長森瑞佳、高校3年生。ふだんはふつうの女の子。ただし、時々『ねこの世界』に無理矢理呼びつけられるのが、たまにきずだったりする。 『ねこの世界』。 それは、ずっと昔にこの世界からいなくなってしまった人間たちに変わって、ねこが人間の文化を引きついだ世界である。 ねこといっても、普通の猫から進化した彼らの今の姿は、頭にいわゆる“ねこ耳”がついているなどの違いの他は人間とほとんど変わりはない。 (ただし、いくつかの猫の時の習性が今も遺伝的に残っているようであるが) そういったわけで、今回もまた呼び出されていたりする瑞佳である。 「とにかく、クリスマスの日は友達との約束があるんだから、呼び出されたりしたら困るんだよっ」 「……そんなこといわれても困ります」 ふたたび、ねこの世界の住人である、あかねが瑞佳に頼んでいたが、瑞佳はなるべく耳を貸さないように努めようとしていた。 「クリスマスが近づくにつれて、あいつの機嫌が悪くなって困ってるのよっ」 と、これはその場にいたもうひとりの住人である、ななせの言葉である。 ねこたちの言うところによると、悩みのもととなっている人物たるところの浩平いわく、 『長森は来ないのか? クリスマスに』 と、不機嫌そうにのたまった、とのことであるということらしい。 「……そういうわけですので、お願いします」 みたび、あかねは瑞佳に懇願する。 そこまで言われてしまうと、さすがに瑞佳も心情としては多少いたたまれない思いを抱かずにはいられない。 しかし、だからといってそうそういつものように、自身の日常を振り回されるというわけにもいかない、瑞佳である。 「そ、そんな顔したってダメだもんっ……わたしにだって自分の生活があるんだよっ」 「…………」 あかねの恨みがましい(ように瑞佳には見えた)顔にもめげず、瑞佳はきっぱりと告げるのだった。 ……結局、ねこたちによる幾度もの頼みにも瑞佳は首を縦に振る事はなく、ねこたちは困り果てることとなってしまったのであった。 「……どうしたものでしょう」 あかねが、深刻そうな声で(表情はぜんぜんそんなふうには見えないのだが)呟く。 すっかり葉の落ちた街路樹が立ち並ぶ街の通りを、あかねとななせは、これから先のことを思いながら、重い足取りで歩く。 「そんなこといっても、あいつの機嫌がこれ以上悪くならないようにするしかないわよ。あたしなんて、これまでだって何度もあいつにひどい目にあわされてるんだから……。これだから、人間てのはどいつもこいつも……!」 こちらは見た目にもそれとわかる、不機嫌そうな表情と声で、ななせが苦言を呈しているのであった。 「長森が来るのを嫌がっている?」 「……はい」 「ちゃんと説得したのか? おまえら」 「したわよっ、ちゃんと」 あかねとななせの予想通り、ふたりが浩平の住み処となっている建物へと足を運び、事の経緯を話した時点での浩平の機嫌は、とても芳しいとはいえないのであった。 折原浩平は『ねこの世界』において今の所ただひとりの、普通の人間の住人である。 彼がここに来ることになったいきさつについては、まあいろいろあるのだが、今は(当人にとっては)だんだんどうでもよくなっているようである。 ただ、普通であれば割と不幸な境遇かもしれないこれらの状況において、あまりそうは見えないようなふしであるのが、彼らしいと言えば彼らしいところなのかもしれない。 もっとも、それにより多大な迷惑を被ることになる、瑞佳やねこたちにしてみれば、少しはその境遇をおもんばかって、おとなしくしてくれてた方が、苦労が無くて済むのだと、瑞佳などは常々思ったりするのだが……。 ま、それはさておき。 「…………」 しばらくの間、無言であさっての方を向いていた浩平だったが、やにわにきびすを返すと、そのまま建物の奥へと引っ込んでいった。 「?」 浩平が特別何の反応も示さなかったことに、不思議な面持ちのまま、ふたりが立ち尽くしていると。 ……みゅーーーーーっ ぱたぱた、と言う足音と共に、何かの鳴き声(?)にも似た声が、浩平の引っ込んでいった方から聞こえて来る。 すでにその声が聞こえた時点で、ななせは、げっ、といった表情に変わっている。 「みゅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」 彼女らの目の前に現れたのは、短い髪のこねこであった。あらためて確認するまでもなく、それはふたりもよく知っているこねこ、まゆであった。 とっさにななせは、自分の髪の毛をかばうよう構えを取ったが…… 「ぎゃーーーっ!!」 ……まゆの方が一足早かった。 「イタイイタイイタイーーっ!!!」 毎度のごとく、ななせの悲鳴がこだまする中、まゆはお下げにしがみついて、いやぶら下がっているのであった。 あかねはその様を無言で見ていたが(止めたらよさそうなものだが……)不意に、自分の髪の毛が引っ張られているのを感じ、そちらに目をむける。 「……何をしているんですか? みお」 そこにはいつからいたのか、あかねの三つ編みの一方にじゃれつき、一所懸命何かをしようとしている、頭に大きなリボンを付けたこねこ、みおが立っていたのだった。 「…………」にこにこ。 いつも変わらぬ無邪気な笑顔で、みおはあかねを見上げる。 『新しい編み方覚えたの』 スケッチブックに書かれた文字で、みおが答える。 『斬新な方法で試してみるの』 「……それは、嫌です」 あかねが即答する。 みおの言う斬新な方法とやらを誰が教えたのか、聞かずともだいたいはわかったが、いずれにせよ、まゆといい、みおといい、おそらくはどちらも同じ人物の指図によって行動しているのは、間違いないところであろう。 「…………」うんしょ、うんしょ。 あかねの返答を気にすること無く、三つ編みをほどいて一生懸命“斬新な方法”とやらを始めるみおに、あかねはそれ以上かまわず(ななせほどに特に実害は無いので)思策にふける。 「……困りました」 「困ってるのは、こっちの方よーーーっ!!」 とりあえず戻って来たあかねとななせは、他のねこたちも集めて(ちなみにまゆとみおもいる)今後の対策を練ることにした。 「まったく、何でこんなしょうもないことで、あたしたちが悩まなくちゃならないのよっ」 「……このまま放っておいたとしても被害が出ることにはかわりありませんから」 そう言われてしまうとその通りなのだが、ななせからしてみれば、わざわざあんな人間のためにこんな苦労をしなければならないということが、どうにも腹立たしいことこのうえないのである。 ねこたちの中で、ななせが特に人間について良い印象を持てないのも、無理らしからぬことであろう。 (ほとんどはある特定の人物のせいでもあろうが……) ともかく、どうにかする方法が無いものか。 「それなら、やっぱりクリスマスのバーゲンセールでパーっと安売りして大騒ぎするのが一番だねっ」 と楽しそうに言うのは、しいこである。 「じゃあ、そのあとで花火をばんばん打ち上げて、サンタクロースに巨大なケーキを届けさせるんだね」 と、これはみさき。 「で、ケーキの中から現れたミス・クリスマスが祝福のキスをする……とでも?」 と、言っているのは、ゆきみである。 「……おそらく、そんなところでしょう」 と、あかねが各自の意見をまとめる。 確かにひとつひとつの意見については間違ってはいない(はず)なのだが、この場合は、それぞれがピントのずれた方向で合わさってしまっている事に気付いていないところに、問題があるような気もする。 (まあ、ねこたちらしいといえば、らしいのではあるが……) 当のねこたちはといえば、無論その事に気付くことはなく、次なる問題へと話を進めていた。 誰がケーキの中から現れる役をやるのか、ということである。 …………。 おそらく、どう考えても積極的にやりたがるものなど皆無であろうが…… 「……嫌です」 「ぜっったいに嫌よっ!」 「とりあえず嫌だって言っておくよ」 「ふえ?」 「…………」ほえ? 「あたしは、やめておくよ」 「……お断りさせてもらうわ」 予想通り誰も彼も、当然と言えば当然のことながら、一様に拒否したのだった。 (一部意味不明の返答も混じっていたような気もするが) そんなわけで、その後も、みゅーみゅー、なのなの、だよだよ、もんもん、うにゅ、はえーっ、うぐぅ(?)、ねこーねこー(?)だのよくわからん議論がえんえんと繰り広げられたわけであるが、けっきょく結論の出ぬまま、ただ時間だけが過ぎていったのであった。 で、あっという間に、クリスマスの日。 華やかな飾り付けが施されたパーティー会場に、たくさんのねこたちが、これもまた華やかな装束に身を包んで立ち並んでいる。 男のねこたち(生物学的には雄ねこと呼んだ方が正しいのかもしれないが)がタキシードなどで正装する姿がいくつか見え、女のねこたち(同じく雌ねこ)は、色とりどりのパーティードレスで、きらびやかに会場に華を添えている。 もちろん、いつもの面々もその中にいた。 「あ、あっちの方からもおいしそうなにおいがするよー」 純白のドレスに身を包んで会場内を食べ物を求めさ迷い歩く? みさきの声がする。 「みさきーっ、あまりあっちこっちうろつかないのっ!」 肩口が大きく露出した漆黒のイブニングドレスを着ているゆきみが、みさきを追い掛け回している声も聞こえる。 「…………」うにゃ? 別の場所では、リボンとお揃いにした爽やかな空の色をしたワンピースを着ているみおが、綺麗な色をした液体の入ったグラスを見つめて、不思議そうな顔をしている。 その姿を見つけた露出が少ない落ち着いた菫色のドレスに身を包む、あかねが声を掛ける。 「……それはお酒です、みお」 「…………」はにゃ〜っ? しかしすでに澪はグラスの中身のカクテルを飲んでしまったらしく(一杯だけではあったが)すでに顔が赤くなっているようであった。 「やっほ〜、あかね、楽しんでるぅ〜?」 別の方向から、こちらはすでに酔っ払っている口調の、灯りに照り映えたガーデニア・カラーのドレスを着た、しいこがおぼつかない足取りであかねに声を掛けていた。 「…………」 ほんの少しだけ、あかねがみじかくため息をつく。でもその表情は呆れているというよりは、ほんの少しだが楽しそうな感じにも見えた。 「みゅ〜★」 また別の場所では、平原に咲き誇る菜の花を模した色のブラウスを着ているまゆが、普段あまりお目にかかれないようなご馳走を前に、嬉々としてそれらを頬張っていたのであった。 「こらこらっ、服が汚れてるじゃないのっ」 そういって、まゆのブラウスのシミをハンカチで拭いているのは、見るものを惹きつけるような鮮やかな真紅色のドレスを纏ったななせであった。 「まったくもう……ほらっ、じっとしてるっ……こらっ、髪の毛引っ張るんじゃないっ!」 髪の毛を引っ張られないよう、繭の額を手で押さえながら、なかなか落ちない汚れを一所懸命に拭き続けるななせが、深くため息をつく。 ……とまあ、それぞれ、それなりに楽しんでいるようではある。 パーティー会場に、黒のタキシード(ねこたちが浩平用に作っている中にあったものらしい)を着た浩平の姿が現れたのを、あかねが見つける。 「……クリスマスおめでとうございます」 「ああ……」 挨拶するあかねに、素っ気無く浩平が応じる。どうやら、まだ、不機嫌な様子は続いているらしい。 しばし、和やかに時が流れる. 様子を見計らって、あかねはシャンパンのグラスを手に持って適当にそこらへんをたむろしている浩平の場所へと近付く。 「……パーティーは楽しんでいますか?」 「まあな」 来た時とほとんど変わらぬ不機嫌さで、浩平が答える。 言葉とは裏腹に、あまり雰囲気を楽しんではいないようであった。 仕方ないので、あかねは頃合いを見てパーティー会場全体に向かって告げる。 「……ではここで、サンタクロースからの巨大ケーキのプレゼントです」 そう言い終わると同時に、パーティー会場の入口から、3段重ねになった、たくさんのローソクをまわりに立ててある巨大なケーキが、姿を現わした。 「みゅーっ」 「…………」ふにゃ〜っ。 ケーキが運ばれてるその前には、サンタクロースの格好(普通のような下がスボンではなく、スカート状になったもの)をしたみおと、トナカイ(着ぐるみ)の格好をしたまゆが、そろって歩いていた。 どことなく、みおはまださっきのお酒が残っているのか、足取りがおぼつかないようにも見えた。 ともかく、まゆとみおに引き連れられ、ケーキが会場の真ん中に設置される。 「……まさかとは思うが、ミスなんたらの祝福のキスですとか言って、中からねこが出てきたりしないだろうな」 ケーキを見ての浩平の鋭い指摘に、ななせたちがギクッ、といった表情になる。 (ちょっと、あれ、本当にだいじょうぶなんでしょうねっ) ななせが小声であかねに耳打ちする。 (……たぶん) あかねの答えは限りなく頼りないものだったが、表情はいつもと変わっているようには、やっぱり見えないのであった。 (でも、いったい誰がケーキの中にはいることになったの?) と、みさきが耳打ちする。 (そう言えば、ここにはあらかた、いるように見えるけど……) (……結局誰もやりたがりませんでしたので……) (ので?) (最後の手段をとりました……) その時、会場内の照明が落とされ、スポットライトを浴びたケーキが暗闇に浮かび上がる。 ドラムロールが鳴り出し、しばらく打ち鳴らされたのち、ぱっと、止まる。ひとりの人間と、たくさんのねこがかたずを飲む中、巨大なケーキのてっぺんから、ミスなんたらのねこは……現れなかった。 「?」 会場がざわめく。と、ケーキがごとごと、と揺れる。何が起こっているのか、わからぬままじっとケーキを見つめるねこ(と浩平)たち。 バリッ、と大きな音がして、ケーキの、いやケーキの形をした、中が空洞となっているつくりもののケーキの横が、内側から破れた。 そして、中から出て来たのは…… 「ん〜っ! ん〜っ!!」 さるぐつわをかまされ、縄でがんじがらめにされた、瑞佳であった。 「…………」 「きょうはぜったいぜったい、ダメって言ったのに〜っ!」 拘束から解放された今年の(無理やりにやらされた)クリスマスガールの少女は、案の定、怒りを露としていた。 その様子を遠くから眺めているななせが、もの問いたげな目で、あかねを見る。 「……無理にでも来てもらうために、やむをえずの処置をとらせてもらいました」 平然と言い切るあかねに、ななせはそれ以上、質問する気を無くしていた。 「ま、来てしまったものはしょうがないだろ。ゆっくりしていけ」 浩平が、怒っているのやら、嘆いているのやらわからない瑞佳をなだめた。さっきよりは、機嫌の良くなった表情で。 パーティー会場の片隅で、瑞佳と浩平はふたり、人ならぬねこの群れから離れ立っていた。 「はあっ……どうせこうなるんじゃないかって気はしてたもん……」 ため息と共に、今や悲観論者真っただなかである、瑞佳が呟く。 「そんなに卑下することも無いさ」 浩平が再度、瑞佳をなぐさめる。 「それに……」 「?」 言い辛そうにしている浩平の態度に、瑞佳が首を傾げる。 「去年は、ちゃんとクリスマスできなかったからな」 「あ……」 言われて、瑞佳も思い出す。去年のクリスマスのこと。あの時の自分と、浩平のこと。そして……。 「はいっ」 「?」 「ちゃんと用意しておいてよかったよ。クリスマスプレゼント」 そう言って瑞佳が、リボンで飾りつけられている綺麗に包装された箱を、浩平の前に差し出す。 浩平はしばしそれを見つめて、瑞佳の手からそれを受け取った。 「……べ、別におまえがくれるって期待してたわけじゃないからなっ」 照れ隠しなのか、浩平が瑞佳に背を向けて、そんなことを言う。そういいながらも、浩平は瑞佳のプレゼントの包みを開こうとしていた。 そして、浩平が開けた箱の中に入っていたのは…… 「これは……最近できたお菓子か?」 「ちがうもんっ」 「じゃあ、こういうかたちをしたポットか?」 「そんなんじゃないもんっ。普通の目覚し時計だよっ」 瑞佳の言う通り、箱の中に入っていたのは、お菓子でもなく、ましてやポットなわけもなく、ごく一般的に誰もが考えるところの、いわゆる目覚し時計であった。 「私が起こしにいかないんだから、浩平がいつまでも寝ていたりしないように、ね」 「別に学校があるわけじゃないんだから、早く起きなくたっていいだろうが……」 瑞佳の言葉に、浩平は何やかやぶつぶつと言いながらも、それほど嫌そうなわけではないようであった。 「あ、そうだ」 パーティーの輪の中に戻ってから、瑞佳は、みんなの分もあるんだよ、と浩平にあげたのよりは小さ目の箱をいくつか取り出す。 「みゅ〜っ」 「……すみません」 「あ、ありがとう」 「…………」にこにこ。 それぞれの感謝の表現で、プレゼントを受け取るねこたちであった。 「で? これなんなの?」 「なんなの? といわれても……」 「……首輪、ですね」 瑞佳のねこたちへのプレゼントは、鈴のついた首輪(普通の猫用)であった。 「…………」 「……だから、人間ってのは……」 「なるほど。じゃあ今度は、これにひもを付けて歩かせることに……」 「すなっ!!」 そんなこんなのクリスマス。 いつの時代であろうと、どこの世界であろうと、誰であろうと。 等しく、楽しく、クリスマスはやってくるのであった。 おしまい