---------- :前回までのあらすじ 中崎町の住宅地に突如として現れた巨大ロボット、アルジー。 それを迎え撃つも全く歯が立たず、逆に叩きのめされてしまう、戦車隊。 その時現れた、防衛部を名乗りロボットを操る者たちに降伏を勧告する、折原浩平。 そして再度のアルジー侵攻を阻止すべく現れた、防衛部の巨大兵器、みゅーつー。 二体の人智を超えた巨体の激突は、誰もが予測しえなかった展開により、みゅーつーが勝利した。 だが、 アルジーを操る者たちは、新たなる敵を送るべく、次の準備を進めつつあった。 中崎町に、新たなる戦いの火蓋が巻き起ころうとしている……! ---------- :16時34分 中崎町内住宅地(アルジー機能停止地点) 住宅地は、先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。 しかし、ここでつい先刻まで戦闘が行われていたことを示すように、周辺一帯のいくつかの場所に建築物が破壊された爪跡が残されている。 そこには、無数の瓦礫が積み上げられていた。 その瓦礫の一角を下敷きにして、巨大な人型の物体が横たわっていた。 先程まで、その瓦礫の山を築いた原因のひとつであった巨大ロボット――アルジーである。 今、それはその巨体に似つかわしくない、つぶらな目を見開いたまま、仰向けになっている。 「ねえ……どうなっちゃったの?」 今の状況がどうなっているのかわからないみさきが問い掛ける。 「……今のところはまったく動く気配はないようです」 問い掛けに答えたのは茜だった。 その言葉通り、横たわる無人兵器――それが人の乗っていない遠隔操作によるロボットである事はすでに確認されていた――は微動だにする事なく、その場所に斃れたままとなっている。 アルジーの周囲は、すでに同じ装束をした複数の人々が取り囲んでおり、現在浩平たちが近付く事は出来なくなっていた。 「どうやら、あれは捨て駒のようだね」 「捨て駒?」 「おそらく、こちらの戦力を確かめるつもりだったんだろうね」 シュンが、アルジーを眺めながら自らの推測を口にする。 「駒……」 「じゃあ……」 シュンの言葉を受けて、七瀬が何かを言おうとした矢先。 ドォォォォォン……! 町中に聞こえたのではないかと思われる、巨大な音が響き渡った。 それと同時に、町内のどこかの場所から煙が立ち昇っているのが見える。 「なに?」 それを聞きつけ(当然浩平たちのいる場所にも聞こえていた)、音の方向に目を向けた七瀬が叫ぶ。 「学校の方よ!」 その事に気付いた他の7名も、急いで学校の方に向かうべく行動を開始する。 ……が、茜だけはまだ横たわっているアルジーの方を見ていた。 「里村さん?」瑞佳がそれに気付き、声を掛ける。 「何してるの? おいてくわよ!」七瀬もその様子を見て、苛立ったような声をあげた。 「……はい」 しばらく経ってから返事をすると、茜は振り返り、七瀬たちの方へと小走りに駆けて行った。 「……やっぱり、持っていくのは無理ですよね……」 誰にも聞こえなかったであろう、そんな言葉を呟いて。 :16時45分 学校前 「はい! さがって、さがって」 大勢の人ごみでごったがえす中を、大声でそれを制止する男の声が響き渡る。 その男と同じ服装をした他の人々も、同じように人ごみの前に立っている。 その後方に、装甲服を着た浩平が到着した。 浩平は現況を知るべく、人の波を掻き分けて前方に向かおうとする。 が、今の装甲服姿ではさすがに思うように前に行く事が出来ず、立ち往生するはめになった。 その為に少し遅れて到着した七瀬たちの方が、先に人垣を押し分けて、人々が目の当たりにしている状況を知る事となった。 「……!」 「そんな……」 「みゅー……」 『…………』 「学校が……」 :第三話 :危機的状況 「……学校が、どうしたの?」 みさきが、問い掛けの声を発する。 しかし、その場にいた他の面々は、すぐに、今目にしている光景の事を語ることが出来なかった。 「ねえ……、どうなっているの?」 自分の問いかけに誰も反応しなかったことに、ただならぬ雰囲気を察したのか、みさきが再度、誰に向けるでもなく問いを発した。 彼女らの目の前、そこは学校の中庭に当たる場所であった。 今、そこは見る影もなく土くれの山と化していた。 中庭を含めた周囲の地面が陥没していたのである。 深々と穿たれた大きな穴は、校舎の一部をも巻き込んたようで、土砂の中には幾つかの瓦礫も混じっていた。 「危険です! さがってください!」 「さらに陥没する可能性もあります! さがってください!」 その場所の端に立ち、住民らを近付けないように立ち入りを封じている幾人かの姿が見える。 彼らは、大声を上げて人ごみの整理を行っていた。 「どうやら、連中が基地を爆発させたようだね」 七瀬らの横に立つシュンは、いつもの如く落ち着き払った態度で状況を分析している。 「…………」 「この様子だと、おそらく基地は跡形もなくなっているだろうね」 「……でも、だからといってこれで終わりというわけではないと思います」 シュンの言葉に、茜がごく冷静に意見を述べる。 「死んだフリをして、油断したところで寝首を掻くつもりってこと?」 七瀬も、緊迫した面持ちながらも、言葉を返す。 「……どう判断しますか?」 茜がシュンに意見を求めた。 「100%の安心が得られるまでは、こちらとしては一歩も引くつもりはないね」 シュンもまた、七瀬と茜の意見同様に、この状況を楽観視してはいないようであった。 「でも……もしそうだとして、あれだけの長い期間、地下で何をしていたのかな?」 そこに、瑞佳が新たな疑問を投げ掛ける。 それは、七瀬が中庭付近で飛行物体を目撃したという時期から考えた、現在までの不明僚な点のひとつでもあった。 「……そして、今どこにいるのか……」 「確かに、それがわからないのが不気味よね」 七瀬、茜も同様に、これまで疑問となっているいくつかの事柄について、考えを巡らせる。 「……なかなか頼りになりそうな人たちがいてくれるようだね、折原君」 ……その様子を眺めながら、シュンは誰に言うでもなく、そう呟くのだった。 「話が難しくてわからないよ―」 「くー」 『ちんぷんかんぷんなの』 ……本当にそうであったかは、なんともいえないのであるが。 「司令部より伝達!」 通行禁止用の縄を張ってある前に立つ隊員たちの所に、通信担当であるらしいひとりの隊員が走り寄り、報告を行なう。 「警戒態勢を解き、住民の救済活動に当たれとのこと! なお、この現場については、調査団が着くまで現状を維持するように! 以上!」 「なんだと! どういうことだ!」 それを聞くなり、報告をすぐそばで聞いていたひとりの男――あの戦車隊にいた車長の男である――が、その隊員に噛み付かんばかりの勢いで詰め寄る。 「司令部はこれで終わったと思っているんじゃねえだろうな!」 男のあまりの剣幕に、隊員は思わず後じさる。 「まさか……こっちに向かってる援軍まで帰しちまったのか!?」 「え、援軍は補給のため、東梅田で待機中だそうです……」 迫力に気圧されながらも、その隊員はやっとの事でそう告げた。 車長の男がすごい剣幕でがなりたてている場所の反対側、陥没した一帯を挟んだ向かい側に、七瀬らはまだ、かつての学校の中庭であった場所を見下ろしていた。 そこに、ようやく浩平が彼女らのもとへと到着した。 陥没した光景を、浩平はしばらく無言のまま眺めていた。 「これは……」 「浩平……」 「明日は、休校だな」 「浩平……」 「あんたねえ……」 閑話休題。 「……まあ、だいたいそんなところだろうな」 とりあえずひと通りの状況説明をシュンから聞いて、浩平もそれに首肯の意を示す。 「となると、やはり連中が、今どこにもぐり込んでいるのかが問題だな」 「そのようだね」 シュンが頷くのを見て、浩平は取り敢えず考えを纏めるかのように、装甲服の頭部ハッチを閉じて歩き出した。 ……その浩平のすぐ後ろ手に、住民らが立ち並んでいる中に紛れて、ヘルメットにサングラスをかけた、黒いジャンパー姿の人物が立っていた。 右手に小さな無線機らしきものを持って、何かを話している。 「はい……はい……」 時折頷くような、短いやり取りが聞こえてくる。 「住民の“流出”はほぼ止まりました」 周囲の人間から見れば、その行動は怪しいようにも見えなくはないが、現在の服装と場所、何よりこの状況の中では、そんな事を歯牙にかけるものは皆無であった。 その人物――南森は、ある場所と連絡を取り合っていた。 「やはり基地をつぶしてみせたのが効果的だったようです……住民らは完全に油断しきっているようです……はい……では予定通り決行ということで……はい……では……作戦終了後に……」 そんなやり取りが行なわれている事に気付く事無く、浩平らは学校前から立ち去っていく。 :16時52分 東梅田 中崎町とその境を接する東梅田では、中崎町に出現した謎の巨大物体迎撃のため先行して任務に当たっていた部隊を支援するために、急遽派遣された部隊が待機していた。 本来なら、先遣部隊が敗退した旨を知らされた時にすぐにでも駆けつける予定だったのだが、集結に時間が掛かったために、それが不可能なまま足止めを余儀なくされていた。 その間に巨大物体は、後から出てきたもう一体の正体不明の巨大ロボットに斃されてしまったため、支援部隊はここ東梅田にて補給を受けつつ、司令部からの命令があるまで待機している、というわけである。 密集した戦車の間には、命令を待つ隊員たちの立ち並ぶ姿も見える。 ズズ……ズズ…… 「?」 地面の下から響くような音を聞いた気がして、隊員のひとりが訝しげな視線を足元に向ける。 ゴオオォン……! と。直後、轟音と共に地面の底が突然盛り上がり始めた。 いや、正確には急激に何か巨大な物体が、地面を突き破って出現したのだ。 浮上してくるその物体の勢いで、ちょうどその真上に待機していた数台の戦車が、せり上がった地面ごと上に持ち上げられる。 ズボボボボボ……! 上から降ってくる土砂とずり落ちてくる戦車の車体を避けるべく、近辺にいた隊員たちが慌てて逃げ惑う。 「何だありゃ!!」 咄嗟に銃を構えようとする隊員のひとりが見たその場所に、地下から巨大なドーム状の物体が姿を現した。 彼等が見る前で、その物体のまるで卵のようにつるつるとした表面の一部に切れ目が現れ、四角形に切り取られたその部分がふたつに開き、中の様子を垣間見せた。 既に、ドーム状の物体は浮上を停止している。 その中に、彼等はシルエットになって見える人の形によく似た“何か”を目撃した。 :16時55分 某所 「住井機・南機のMkIIに伝えます」 多数の人々がせわしなく動き回るとある場所。その全体を見回す事の出来る位置に座る人物が誰かに向けて通信を行っている。 「防衛部をすみやかに中崎町内からおびき出して。作戦時間は7分。7分後には、計画はフェイズ・スリーに移行するわ」 その通信相手である二人――住井・南は、その言葉を巨大ロボット――ドームの内部に人々が見たシルエット――のコックピット内で聞いていた。 『もし、フェイズ・スリー移行時に“制圧圏内”にいない場合は、回収はないものと思ってちょうだい』 今は互いに無言のまま、緊張感を漂わせつつ、通信に耳を傾けている。 『では、健闘を祈ってるわよ』 そう言って通信が切れると同時に、両名は操縦桿に力を込める。 グォンッ! それと同時に、彼らが乗るMkIIと呼ばれていたその機体が勢いよく唸りを上げる。 「住井機、“アルジーノン”、出る!!」 「同じく南機、発進する!」 ドン、という音と共に、二体のロボット――有人アルジー“アルジーノン”は、背部のバックパックのノズルから蒼白い炎を噴出させながら、一気に上空へと飛び立っていった。 正面スクリーンでその映像を見ながら、両手を組んでいる彼女が、ぽつりと呟く。 「第二幕の始まりね……」 :16時56分 学校前 「東梅田の援軍が奇襲を受けた!?」 「ドーム型の要塞とロボットだ!」 「地下から!?」 「またあのロボットか?」 「いや、格段に動きが速い!!」 東梅田からの報せを受けて、中崎町にて救済活動を行っていた隊員たちは、状況を把握できず、一時的な混乱に陥っていた。 車長の男も慌てて通信担当の隊員に詰め寄っている。 「ドームはまた引っ込んだそうです!!」 「そら見ろ! やっぱりピンピンしてやがった!!」 そう言うと車長の男はヘルメットを被りなおし、行動を開始しようとする。 「またでたぞ!!」 そこに再度、東梅田方面を監視していた隊員が新たな報告を述べる。 「今度は川だ! 援軍が包囲されている!!」 :16時57分 中崎町郊外河川域 中崎町と東梅田の間、ふたつの地域の境界付近には、南北に流れる河川があった。 ゴボゴボゴボゴボ……! その川底から、今まさに、異様な物体が姿を現わそうとしていた。 ズザザザ……! 全身が露になったそれは、特徴ある体型を見るまでもなく、それまで出現したものと同じタイプのロボット――アルジーであった。 ただ、その外観は全身を白い宇宙服に似たもので包んでおり(おそらく潜水用の防護装備と思われた)、外側からはその部分だけ半透明になっている、特徴ある顔の部分だけが見えている。 そして、背中には長い円筒状の物体が突き出していた。 水中から不意に現れたそのアルジーの群れは、川の中を歩き上陸してくる。 「散れーーっ! 散れーーっ!」 それを目撃した東梅田で待機中の隊員が、大声で散開を指示した。 アルジー群はその部隊の近くまで接近すると、その腹部にあったハッチを開いた。 その内部から、巨大なミサイルが姿を現わす。 それを見た正面の隊員たちが、大慌てで逃走を開始する。 ズドォォォン! ドガガガガガガガ……! ミサイルが発射された。 爆発の衝撃が、逃げ遅れた隊員たちや周囲の戦車を吹き飛ばしていく。 周囲は、地獄図と化した。 :16時58分 東梅田 「でてこい、防衛部!!」 言葉と共に、住井の乗ったアルジーノン――赤一色に塗装され、頭部には突起状のものが付いている――が地上へと着地する。 衝撃で、至近に待機中であった戦車が吹っ飛ばされる。 「ひえぇ」 戦車上で待機していた隊員が、突然眼の前に現れたアルジーノンの威容に圧倒され、驚きの声を上げる。 「防衛部はどこだ!」 その隊員に、右手に構えたハンドバズーカの砲口を向けながら、住井が問い質す。 「い……いえ、知りません!」 自分に向けられたその砲口に怯えながらも、隊員が答える。 「そうか」 隊員が安堵の息。 「では、用はない」 ズン! そう告げると同時に、住井機のハズーカが戦車に向かって発射された。 :16時59分 学校前 「だめだ! 手も足も出ない!!」 「袋だたきだ!!」 東梅田方面の様子を監視し続けていた隊員の叫ぶ声が聞こえてくる。 「やはり、健在だったようだね」 その彼らと同様に、東梅田方面を観察していたシュンが洩らす。 七瀬らも遠巻きながら、その様子を見ていた。 ……その時である。 「……と、もりあがってきたところでなんだが、どうやら下校時間が来てしまったようだ」 浩平がそう言ったのと時をを同じくして、学校の時計が下校時刻を告げる午後5時のチャイムを鳴らす。 「……えっ?」 「どういうこと?」 その意味を理解しかねた七瀬が問い掛ける。 「部活動を行う時間は下校時間である午後5時までって、校則で決まってなかったか?」 「あ、そう言えばそうだね」 『確かなの』 「って、そういう問題じゃなくてっ!」 納得するみさきと澪を遮って、七瀬が言葉を差し挟む。 「と、いうわけで失礼する」 言うだけ言い終わると、浩平とシュンはあっという間にその場から立ち去り、撤収したのだった。 「…………」 取り残された七瀬たちの間を、虚しく風が吹き抜けていく。 ちょうどその上空を高速で飛び去っていくロボットの姿があったのにも、彼女らは気付いていなかった。 「どこだ……」 上空を飛行する赤いアルジーノン、つまり住井が乗るそのコックピットで独り呟く声。 その下にいた七瀬たちに気付かないまま、ジェット音を残しそのアルジーノンはそこから飛び去っていった。 :アイキャッチ ---------- (Bパートに続く)