……その兆候が最初に現れたのは、とある場所からであった。 付近で頻発する、謎の飛行物体の目撃例。 周辺で起こる、原因不明の地震。 そして、暗躍する怪しい人影と、怪音源の噂……。 しかしそれらは、これから中崎町で起ころうとしている事の前触れにすぎなかった……。 :第一話 :一次的遭遇 :12時40分(昼休み) 2A教室 みーんみんみんみんみーん。みーんみんみんみんみーん。 屋外から聞こえるセミの声が響く教室で、生徒たちは思い思いに昼休みを過ごしている。 多くは教室の外に行ってしまっているためか、教室の中に残っている人数は少ない。 それでも、昼休みが残り10分程度となった現在、生徒は徐々に教室に戻りつつある。 そんな中。 「毎日、これだけたくさん買ってくるけど、ほんとに全部食べれるの?」 「うんっ」 教室へと戻ってきたのは椎名繭を連れた長森瑞佳である。 とはいっても、ふたりは購買からの帰りのようなので(中身はいつものように大半がハンバーガーであった)、 これから昼食を食べるところであった。 :12時45分 食堂 ぱくぱく。ぱくぱく。 「おいしいよー」 川名みさきが、いつもの様に何杯目になるかわからないくらいの量の、カレーを食べている。 横に置かれた皿の数は、周りにいる彼女の噂を知らない生徒達を唖然とさせるのに、 すでに十分な高さに積み重ねられていた。 ガシャン!! 「……!」 別の一角では、トレイをひっくり返して上に載っていたものの中身を頭から被るはめになった生徒に、 ひたすらぺこぺこと頭を下げている上月澪の姿があった。 :12時50分 2A教室 「……ごちそうさま」 廊下側の席に座る里村茜は、他の人よりも幾分遅めの昼食を終え、小さ目のランチボックスの蓋を閉じ、ハンカチに包んだ。 「…………」 窓側の席に目を向けると、すでに昼食を食べ終わっていた七瀬留美が、窓の外に顔を向けていた。 その姿を、彼女の後ろの席に座っている人物が目撃したら、また何かちょっかいを出してきそうなところだろうが、 幸いに、その人物は食堂にでも行っているのか、今は見当らない。 そういう訳で、七瀬は誰にも邪魔されること無く、ひとり、憂鬱そうに(他者からはそう見えるらしい)外を眺める事が出来た。 だが、そうではなかった。 当の七瀬は、本人言うところの“乙女にしかなせない技”のために外を見ているわけではなかった。 彼女の視線はずっと、そこから見える学校の中庭に釘付けとなっていた。 ずっと、そこだけを見つめていたのである。 今、その付近で見ることの出来るものと言えばボール遊びに興じる生徒の姿ぐらいであるのだが、 彼女が見ているのは、それではない。 何故かはわからないが、そのさまはまるでその場所に“何か”が存在するのを見ているかのように、見えたのであった。 :13時50分(5時間目終了) 同教室 「え?」 「……空を飛ぶ奇妙な物体、ですか?」 「そう……。信じる?」 七瀬からいきなりそんな話を聞かされた瑞佳と茜は、突然の突拍子もない話に、咄嗟に言葉が出せなかった。 「……信じてあげてもいいです」 「別に何もおごらないわよ……」 「……ワッフルが食べたいとまでは言ってません」 「今言ってたでしょっ!!」 「……冗談です」 「……え、えっと、う、うん、七瀬さんがそう言うんだから、わたしは信じるよっ」 「別にいいわよ、無理に信じてくれなくても……あたしだって信じられないんだから」 「……一週間ぐらい前に気がついたんだけど、中庭に向かって何体も何体も“それ”が降りてくるのよ」 半信半疑のままの瑞佳と茜に向かって、七瀬は詳細を語り出す。 「それで何となく外を見ていたんだけど、ここんところ毎日毎日そうなのよ」 「……でも、それでは変です」問い返す茜。 「え? どうして?」瑞佳が聞き返す。 「……もし本当に七瀬さんの言う通りだとしたら、いくらなんでもその時中庭にいる人たちが気付くはずです」 「それが……、誰もいない時にしか降りてこないのよ」 「えっ?」 「……都合が良すぎます」 「でも、ほんとなんだってばっ!!」 どう考えても信憑性に欠けた七瀬の話に、ふたりはますます困惑を深める。 「とにかく、中庭に何かがあるのは間違いないのよっ!」 ことさら強調するように七瀬が声を張り上げる。 「今にきっと、何かとんでもない事が起きるに違いないわ……」 「……深刻に考え過ぎです」 :15時05分(放課後) 昇降口 授業が終わり、多くの生徒がひしめき合う下駄箱で、茜は靴を履き替え校舎の外に出る。 「里村さん!!」 と、出し抜けに、名前を呼ばれて、茜は立ち止まる。 周りを見回すが、声を掛けたらしき人物は見当たらない。 「ここ! ここ!」 そう言われて声のした方向をよく聞いてみると、校舎の上の方からである事に気が付く。 校舎の方向に目をむけて窓のひとつひとつを目で追ううち、 声を掛けた人物、七瀬が3階の窓から顔を覗かせているのを確認する。 「図書室よ! すぐ来て!」 茜が答えるのを待たず、七瀬は叫び続けていた。 (いったい、何なんでしょう……) 再び下駄箱で靴を履き替えながら、茜は七瀬が自分を呼び止めた理由についていろいろと考えを巡らせていた。 :15時16分 図書室 扉を開けて、茜が入ってくるのを、七瀬は声を掛けられるまで気が付かなかった。 彼女の視線はずっとあるものに釘付けになっていたからである。 「……どうしたんですか?」茜が問い掛ける。「……七瀬さん?」 「……これが、コピー機の近くに落ちていた……らしいんだけど」 そう言って、七瀬が手に持っていた紙片を茜に見せる。 「……らしい?」 「みさき先輩が拾ったんだって」 「うん、そうだよ」 といって七瀬が顔を向けた先に、みさきが立っていた。 そして、その横にもうひとり。 『あのね』 澪が一緒にいることに、茜は気が付いた。 『こんにちは』 澪は、いつものようにスケッチブックを使って茜に挨拶をする。 「本を返しに来た時に、足元に何かが落ちていたようだったんで、拾ったんだよ」 と、その時の状況をみさきが説明する。 (コピー機の近く、というのは後から聞いたらしい) 「……それで、澪は?」 みさきと一緒にいることに対しての茜の問いかけに、澪はスケッチブックを見せて答える。 『あのね』 『部長をさがしてたの』 澪の言うところの部長、というのは彼女の所属する演劇部の部長である、深山雪見を指しての事である。 みさきの話によれば、澪が校舎内のあちこちを探している途中で、図書室の辺りまで来た時にみさきの姿を見つけ、 雪見の居場所を知っているかどうかを聞こうとした、と言う事だそうである。 ただ、残念ながら、みさきも雪見の居場所は知らなかったのだが。 「……でも、どうして七瀬さんがそれを?」 「それを話そうとしてたのよ」と、七瀬が話を元に戻す。 七瀬がたまたま近くを通りかかった時(といっても部活巡りをしていただけであるが)、澪からその紙片を見せられたのである。 「周りの人に見せてまわったんだけど、何だかよくわからないんだよ」と、みさき。 『難しいことが書いてあるの』 澪も、そのことについて触れる。 「それで、七瀬さんに見せたんだけど……」 その後、七瀬が茜を呼んだ、という訳である。 「……それで、何か書いてあったんですか?」 「とにかく、見て!」 そう言って、七瀬はその紙片を茜に渡す。 「…………」 紙片を受け取った茜がざっと目にしたそれは、何かの図面のように見えた。 学校らしき建物が書かれてあり、その地下(としか思えない場所)に、何やら複雑な施設であるとか、妙な物体が置かれた場所などが、記されている。 そして、上の方に大きくこう書かれてあった。『秘密基地見取図』と。 「…………」 「…………」 「……これは……」 茜が何かを言い出そうとした時。 「あっ」 入口の方から、声がする。 「すいません、それ俺のなんです」 そう言って、ふたりに近寄ってきた人物。 それは、サングラスを掛け、頭にヘルメットらしきものを被った出で立ちという、 どう見ても胡散臭い風体の男であった。 「いやー、コピーとったのはいいんだけど、原物を忘れちゃって、そそっかしいったらないねー」 そう言って、その男は、茜の手にあった紙片を持って、立ち去ろうとした。 が。 「……沢口君」 「え?」 「……沢口君ですね?」 突然、茜がその怪しい風体の男に向かって言い放つ。 「……そうですね?」 「ち、違うっ!」 更に追求する茜に対し、その男は(明らかに動揺しながらも)否定する。 「……なら、ひょっとして(自主規制)ですか?」 「ぐわあっ!!」 「それとも(自主規制)で(自主規制)ですか?」 「ぐをおっ!!」 立て続けに男を問い詰める茜の言葉に、何故だか男はとても苦しんでいた。 (七瀬は茜のその言動に目を丸くしていたのだが) 「……不潔です」 「……違う」 「汚らわしいです」 「違うっ!」 「動物以下です」 「違うんだあーーーっ!!」 しかし、容赦ない茜の詰問は続いていた。 「俺は……俺は、南だあーーーーーーーーっ!!!(絶叫)」 その過酷な精神攻撃(?)に耐え切れなくなった男が、口を滑らせる。 「……って、え? 南君?」 黙って聞いていた(というより聞いているしかなかった)七瀬が、意外な男の言葉に我にかえる。 「そ、そうだっ!! 断じて沢口じゃないぞっ!」 「……嫌です」 「不潔だね」 『けがらわしいの』 「……動物以下です」 しかし、茜の詰問はさっきと全然変わる事はなかった。 (おまけに、何故かみさきと澪までそれに参加していた) 「うううっ……、俺は、沢口じゃないいいーーーーーーーーーーっ!!(号泣)」 その(魂の叫びともいえる)言葉を残し、怪しい風体の男は走り去っていった。 「…………」 男の去った図書室には、呆然としている七瀬を含めた、四人が残された。 「……泣いてましたね」 表情ひとつ変えずに、茜がぽつりと洩らす。 あれだけ自分で追い詰めておいてよくもそんなことが言えるものだ、と七瀬は思ったのだが、口には出さないでおく。 「……と、とにかく」気を取り直して、七瀬。 「これで、あたしたちの知らないところで何かが起きてることが明確になってきたわっ!」 あれだけの事柄で、どう考えたらそういう結論になるのかは謎であったが、 とにかく、七瀬は今の出来事によって自分の推測に対する確信を深めたようであった。 :15時21分 某所 ……どことも知れぬ場所で、数人の人々が集まって討議を行っていた。 「なに?」 「見られたって?」 「迂闊だね」 「いや、でも、ここコピー機置いて無いから……」 「いいわけは見苦しいわよ」 「ううっ……」 「……となると、私たちの存在や計画も明るみになってしまった可能性があるわね」 「どうかな? まだそこまで状況は悪化してるとは限らないよ」 と、その時。 「……とりあえず」 それまでずっと口を閉ざしていた人物がおもむろに言葉を発した。 それを聞いた途端、それまで討議を行っていたその場にいる者全員が話すのを止める。 「作戦実行のペースを上げるわ。それと、念のため口封じの別働班を向かわせる。いいわね」 「わかりました」 その言葉に、了解の意志を告げる声が答える。 「……結構。じゃあ、整備を急がせるよう、伝えてちょうだい」 「……はい……」 返答の声が、少し離れたところから聞こえてきた。 「……司令部より伝達。整備班は、発進準備を急いでください……繰り返します……」 ……命令が伝えられたとある場所。 巨大な空間の中で、多くの人々が忙しく動き回っていた。 そして、それを見下ろすかのように、巨大な影のように見える物体が聳え立っていた……。 :同時刻 渡り廊下 「みゅーっ」 こちらに向かってくる声に振り向いた瑞佳は、そこに思った通りのぱたぱたと走ってくる小柄な姿を見つけて、立ち止まる。 「繭? どうしたの?」 そのまま瑞佳のもとに飛び込むような格好で、繭が止まる。 「みゅーが、みあたらない……」 「浩平が?」 瑞佳は大抵の日は部活に出なければならないので、あまり繭と一緒に帰ることは出来ない。 だから、普段繭は浩平と一緒に帰るようにしている。 繭はどうやら、その浩平を探していたようであるが、見つからず瑞佳のところに来たようであった。 「教室にはいなかったの?」 「うん」 「う〜ん、わたしも教室を出たかどうかはわからないし、もう帰っちゃったのかな……」 「みゅーっ……」 「……わかったよ。いっしょに探してあげるから。ね? 繭」 「うん……」 繭が頷くのを見て、瑞佳は歩き出す。 ドギャ 「……?」 その時、瑞佳は異様な音を聞いた。 ドギャ ドギャ 再度、その音が聞こえてきた。 しかも、それがこちらに近付いている。 ドギャ ドギャ ドギャ 「みゅっ?」「え?」 繭が振り向いた方を見た瑞佳は、そこに信じられないものを目撃した。 この渡り廊下からは、瑞佳らが近道に使う裏山を見ることが出来る。 その裏山の方向に、奇怪な音を立てて歩く奇妙な物体を見たのである。 ドギャ ドギャ いや、奇妙であるといっても、それが全く見たことの無い物体であるというものではない。 ある意味、よく見るような代物であるという言い方も出来る。 しかし、それが現実に動いている姿など、あまりにも想像の範囲からかけ離れていた。 それは。 「……ロボット?」 ドギャ 立ち尽くすふたりを尻目に、そのロボット(とでも呼ぶべき物体)はそのまま裏山を背に歩いて行き、 やがて校舎の影に隠れ、姿を消した。 「……みゅー?」 「今の、何……?」 瑞佳は、それだけを言葉にするのがやっとであった。 :アイキャッチ (後編に続く)