真夏のONE Phase#7 投稿者: Matsurugi
 両手いっぱいに。
 花を抱え。
 少女が。
 立っている。
 目の前には。
 小さく盛られた。
 土と。
 そこに刺さった。
 木片。
 僅かそれだけが。
 此処で。
 死者が弔われた事を示す。
 痕跡。
 その前に立ち。
 花の中に。
 顔を埋もれさせて。
 少女は。
 眼を伏せる。



「死んだ!?」

「一ヶ月前、火事でねえ」

「…………」

 その事を聞かされた時。
 男は。
 片方の手で。
 顔を覆い隠し。
 長い間。
 無言のままであった。

「……ああ」
「でも、娘は無事だよ」

 だからあんたを呼んだんだ、と。
 近くに住んでいるという。
 中年と思しき婦人が。
 語る。

「……娘?」

 長い沈黙の後。
 ようやく。
 男が。
 それだけを。
 口にした。



 墓前に花を供え。
 真っ直ぐに。
 少女は。
 正面を見つめ。
 そして。
 不意に。
 何を。
 感じ取ったか。
 首だけを。
 後ろに巡らす。
 少女が。
 視線を向けた。
 その場所。
 遠くに見える。
 腰の高さほどの。
 草むらの。
 向こう側から。
 黒い人影が。
 少女を。
 見ている。
 その鋭い視線が。
 少女の眼にも。
 はっきりと見えた。



(冗談じゃない)

 それが。
 真っ先に。
 男の頭をよぎった事。

「私に引き取れというのですか?」
「ムリですよ、年中旅行しているのに」

「でも、あんたしか身内はいなんだろ」
「母親は死んでるそうだし」

 家だってこれ以上増えるのは困るんだよ、と。
 婦人の言葉を。
 聞きつつも。
 男が。
 婦人と。
 言い合いを続ける。
 その最中。
 外の入口のドアが。
 乱暴に開かれる。
 そこから。
 飛び込んでくるような。
 勢いで。
 幼い少女が。
 息を切らしながら。
 彼の視界の中に。
 現われる。

「おや、澪」


 澪。
 婦人が。
 そう呼んだ。
 少女は。
 視界の中に。
 一人の男の姿を。
 見つけ。
 睨み付けるような瞳で。
 だけど。
 怯えるような表情で。
 彼を見る。

「この娘だよ」
「あんたの弟さんの一人娘」

 澪、と。
 婦人が。
 あらためて。
 そう呼んだ。
 その少女を。
 男が最初に見た時の。
 出で立ちは。
 顔が泥まみれで。
 ワンピースのような衣服も。
 泥で汚れていた。

「……えーと」
「なかなか、活発的な子供のようで……」

 それが。
 上月亮吾と。
 上月澪の。
 好印象とは。
 言い難い。
 最初の出会いであった。


「じゃあ、施設とかに預けたらどうかね」

 婦人が。
 提案する。

「最近いいところできたそうだし」
「私も、誰も来なかったら」

 そこへ預けようと思ってた、と。
 婦人は。
 彼を見て。
 告げる。
 亮吾が。
 少女を見る。
 澪は。
 どちらとも。
 目を合わせず。
 何も語らぬまま。

「…………」

 暫しの沈黙。
 やがて。
 亮吾が。
 口を開く。

「どこにあるんでしょうか、それ」



 家屋の外。
 車のエンジンが。
 幾度かの。
 試行の後。
 作動する。

「よおし、かかった」

「…………」

 澪が。
 そんな様子を。
 多少不安げな面持ちで。
 見つめる。

「? 不安かい?」
「心配しなくてもちゃんと走る……」

「ああ、上月さん」

 問いかけようとした。
 亮吾に。
 見送りに来ていた。
 婦人が。
 話し掛ける。

「この子、しゃべれないんだよ」
「あんたの弟さん……この子の父親が」

 目の前で焼死したショックでね、と。
 婦人が告げる。

(目の前で焼死……?)

 突然に聞かされた。
 その言葉に。
 亮吾は。
 何も。
 言えなくなる。


 婦人が話を続ける。

「しゃべれない上」
「もともと感受性が強いらしいって……」
「医者が言ってたっけ」

 ちょっと変わった子だ、と。
 少女の印象を。
 口にする。

「父親が死んだ時も泣かないし」
「何考えてんのかさっぱり……」

 溜息と共に。
 そう言って。
 話を区切る。


「……しかし、だからって」
「顔の泥ぐらい、ふいてあげたらどうです?」

 ずっと。
 気に懸かっていた事を。
 口に出す。

「ふいても汚すんだよ、ワザと……」

 見ててごらん、と。
 手に持った布で。
 婦人が。
 澪の顔を。
 拭こうとすると。

「……!」

 その手を振り払い。
 泥の落ちた顔に。
 汚れたままの。
 袖口や手で。
 澪が。
 泥を擦り付ける。

(……確かに)

 亮吾は。
 澪の横で。
 その様子を。
 見つめていた。
 唖然とした顔で。


「遠いけれど」
「丸一日あれば着くだろ」
「じゃあ、澪」

 元気で、と。
 婦人が。
 軽く手を挙げ。
 走り去る車を。
 見送る。
 屋根の無い車は。
 排気煙を残して。
 そこから。
 走り去る。
 幼い少女と。
 その叔父を。
 乗せて。


 周りの風景が。
 遠ざかるのを。
 澪は。
 後向きになって。
 見つめている。
 その視界の。
 片隅に。
 黒い人影が。
 立っているのを。
 流れ過ぎていく。
 景色の中に。
 見止めながら。



 夜。
 欠けた月が昇り。
 空には星が。
 散りばめられる。


「やれやれ、疲れた」
「車が途中で動かなくなるなんて……」

 車を降りて。
 その脇に。
 亮吾は立つ。

「とにかく、一泊して明日ですね」

 近くに建つ。
 ホテルを見つけて。

「ここで待っててくれますか?」

 澪に言い残し。
 歩き出そうと。
 ……出そうと。

「わ?」

 と。
 背後から。
 何かに引かれ。
 バランスを崩す。

「な、何だ?」

「…………」

 亮吾の袖を。
 澪の手が。
 掴んでいる。
 まるで。
 彼から。
 離れたくないように。

「……何を、恐がっているの?」

 幼子をなだめる様に。
 言い聞かせる様に。
 亮吾が澪を諭す。

「いくらなんでも」
「こんなところに置いてきぼりにはしませんよ」

 宿が空いているか聞いて……、と。
 続けようとした。
 その途中で。
 近くの草むらが。
 葉を揺らす。
 その音に。
 澪が。
 びくり、と。
 身を竦ませる。


「どちらに行かれるんでしょうか?」

 音のした方から。
 声が掛けられる。
 そちらを向いた。
 亮吾と。
 澪は。
 そこに現われた。
 およそこの場には。
 似つかわしくない。
 華美な服装の。
 若い女性の姿を。
 見る。

「ええ、南の方へ……」

「ああ、それじゃ、ちょうど良かった」

「?」

 その出で立ちは。
 閑散とした周囲とは。
 あまりにも。
 場違いな様相。
 だが。
 それほど違和感が無い。
 雰囲気に見えるのは。
 それが。
 様になってる為か。
 そして。
 その外見とは。
 裏腹に。
 片手に持っている。
 大荷物が。
 逆に。
 違和感を感じさせる。


「途中まで乗せてってくれませんか?」
「車が壊れちゃって」

 そう言った。
 その女性が。
 深山雪見です、と。
 名前を告げる。

「ええ、喜んで……あ、私は」

 同じように。
 自分の名前を。
 亮吾が名乗る。

「…………」

 そんな二人を。
 ちら、と見て。
 澪は。
 唐突に。
 くるり、と。
 頭を巡らして。
 ホテルの方へと。
 向かって行く。

「あ、澪」

 声を掛けるが。
 止まる事無く。
 澪はそのまま。
 すたすた、と。
 歩いていく。
 その後を。
 慌てて。
 亮吾が追う。

「じゃあ、また明日」

 雪見も。
 そのまま。
 挨拶を返し。
 ホテルの方へ。
 歩き去っていく。
 

「……ん?」

 荷物を持って。
 歩き出した時。
 茂みの方から。
 物音が。
 聞こえた気がして。
 亮吾が。
 振り返る。

「……?」

 が。
 先の時と。
 異なり。
 そこには。
 誰の姿も。
 見る事は。
 無かった。
 辺りには。
 虫の鳴声だけが。
 静かに。
 響くのみ。



 ホテルの一室に。
 亮吾達が。
 部屋を取ってから。
 暫くは。
 何事も無く。
 夜のしじまが。
 流れていた。
 だが。
 突然に。
 その静寂が。
 破られる。

 
「うわああっ?」
 
 悲鳴のような声と。
 時を同じくして。
 騒がしい音が。
 響き渡る。

「何事だ?」
「どうかしたのか?」

 ホテル内にいた。
 人々が。
 騒然となる。

「あの声は……上月さん?」

 声の人物に。
 雪見は。
 気付く。

「失礼します、何か……あ?」

 大急ぎで。
 駆けつけた。
 ホテルの従業員等が。
 そこで。
 見たもの。
 椅子を振り上げて立つ。
 澪と。
 床に倒れ込んでいる。
 亮吾。
 部屋の入口に立つ。
 人々は。
 何が起こったのか。
 判らずに。
 立ち尽くしたまま。

「上月さん……! どうしたの?」

 一緒に来ていた。
 雪見も。
 その様子に。
 唖然としている。

「何でもありません」

 とても。
 そうは思えぬ。
 風体で。
 亮吾が答える。

「風呂に入れようとしたら」
「暴れ出しただけです」

 座り込んだまま。
 そう言う亮吾に。

「当たり前でしょう」
「女の子なんだから」

 雪見が。
 さも普通であると。
 いった口調で。
 返す。


 浴室から。
 澪が出てくる。

「へえ」

 身体を洗って。
 全身の。
 汚れを落とした。
 少女を。

「ちゃんと綺麗にしたら」
「キレイになるじゃないか」

 亮吾が。
 嬉しそうな表情で。
 眺める。

「…………」

 そんな亮吾の。
 表情を見て。 
 澪も。
 同じように。
 何となく。
 嬉しそうな。
 表情になる。

「じゃあ、帰りますね、私」

「ありがとう」

 礼を述べてから。
 雪見が。
 部屋を出る。


「さてと」

 亮吾が。
 ひと息入れている間。
 澪は。
 窓辺に向かい。
 外の空気を。
 取り込む。
 遠くから響く。
 鈴虫の泣き声。
 近くに見える。
 生い茂った草。
 その1ヶ所で。
 眼が留まる。
 闇の中。
 黒い人影を。
 澪は見る。
 その鋭い眼が。
 少女を見る。
 何度か。
 眼にした覚えがある。
 少女だけを。
 見つめる。
 その眼を。
 向けて。


 大きな音を立てて。
 窓が閉じられるのを。
 聞いて。

「?」

 亮吾が。
 澪の方を。
 振り返る。

「どうした?」

 窓を閉じた手を。
 そのままに。
 澪の視線の先に。
 窓際に置かれた。
 鉢植えが留まる。


「わーーーーーーーーーーーっ!!」

 静寂を破って。
 辺りを騒がす。
 今夜。
 二度目となる。
 大声。

「どうしたの、上月さん!?」
「また、何かしたの?」

 聞きつけた雪見が。
 慌ただしく。
 駆け付け。
 再び。
 部屋の入口を。
 開けて。
 見たものは。

「……澪ちゃん!?」


 部屋の中には。
 土がこぼれ出た。
 鉢植えが。
 床に転がり。
 雪見の声に。
 こちらを。
 振り向いた。
 亮吾が。
 床に座り込んで。
 澪の手を。
 掴んでいる。
 そして。
 澪の方は。
 こぼれ出た土を。
 手にして。
 半ば床に。
 倒れ込んでいる。
 その全身を。
 真新しい土で。
 泥まみれにして。


「上月さんっ、何かしたのっ!」

 洗ったばかりの。
 髪も。
 顔も。
 服も。
 ついたばかりの。
 土で。
 斑模様に。
 染まっている。

「何もしてませんよ、今度こそ」
「外を見てたら、いきなり……」

 雪見の剣幕に。
 怯みながらも。
 弁解する。
 亮吾の話を。
 聞いて。

「外?」

 窓の方を。
 暫し眺め。
 雪見は。
 澪の方に。
 向き直る。

「……澪ちゃん? 何かいたの?」

 小さく頷いて。
 肯定の意志を。
 澪が伝える。

「?」

 窓を開け。

「べつに今は」
「何にもいないようだけど」

 雪見は。
 外の様子を。
 伺っている。

「…………」

 亮吾は。
 その間。
 無言。

(そう言えば)
(さっき……ホテルに入る前に)
(人の気配を感じたのは……)

「澪」

 記憶の中の思考に。
 心を漂わせながら。

「木の枝、危ないよ」

 倒れた鉢植えの。
 近くに立つ澪に。
 注意を促して。
 手を差し伸べる。
 そんな。
 亮吾を見て。
 澪の表情は。
 安心したように。
 見える。

(まさか)

 だが。

(誰かが)

 亮吾の方は。

(澪を狙っている……?)

 心の中で。
 ふと。
 よぎった考えが。
 頭をもたげていた。



 翌日。

「へえ、絵描きさんなんですか」

 宿を発った。
 三人を乗せて。
 車が走る。
 亮吾の隣りに。
 雪見が座る。
 その途中で。
 どんな絵を描くのか、と。
 亮吾の事を。
 雪見が聞く。

「次のは、まだ描いてないんです」

 こう騒がしいとね、と。
 苦笑して。

(早くこの子を送り届けないと)
(ゆっくり絵も描いてられないな……)

 そんな事を。
 考えてると。
 隣りから。
 苦しそうな。
 声が。
 聞こえる。

「どうしました?」

 見ると。

「ちょっと、酔ったみたいで……」

 蒼ざめた。
 雪見の顔。
 車が停まると。
 慌ただしく。
 道の奥の。
 茂みへと。
 雪見が。
 口を手で押さえ。
 駆け出して行く。

「……z」

 澪は。
 後ろの座席で。
 眠っている。


「大丈夫ですかー?」

 車から降りて。
 立っている。
 亮吾が。
 その場所から。
 見えない。
 雪見の方へ。
 声を掛けた時。

「え?」

 真後ろからの。
 物音。
 振り向いた。
 亮吾の袖に。
 いつ起きたのか。
 澪が。
 しがみついてくる。
 唐突な。
 その様子に。

「……どうした?」

 また何かいたのか。
 そう。
 問い掛けても。
 答えは。
 当然。
 無い。
 だから。
 変わりに。
 胸元に。
 澪を抱え。
 安心させるように。
 抱き寄せる。
 ……ふと。
 その顔を見て。


「しかし、何で顔に泥を塗るんだ?」

 昨日の夜と同じ。
 泥のついたままの。
 澪の顔。
 それを。
 見つめながら。

(一人になりたがらないのは)
(何かに怯えてるせいだからだろうか?)

 昨日も感じた。
 少女の。
 今までの行動。
 それは。
 分らない何かを。
 感じているがために。
 そうしていると。
 云う事なのか。

「……まあ、そう怖がらなくてもいいんだよ」

 ぽんぽん、と。
 澪の頭に。
 手をやりながら。

「ちゃんと私が守ってあげるから」

 シートに。
 横になって。
 そう言った。
 亮吾の顔を。
 澪は。
 不思議な。
 面持ちで。
 見上げる。

「でも、ま、女の子ひとりで」

 自分の上着を。
 澪に。
 掛けてやりながら。

「こんなに生活が」
「びっくり箱になってしまうとはね……」

 帽子を。
 頭に乗せ。
 呟くように。
 洩らす。

「この子の男は」
「苦労が絶えないでしょうね」

 丁度戻ってきた。
 雪見が。
 亮吾の呟きを。
 労るような事を。
 話し掛ける。
 ……と。

「ん?」

 雪見の帽子に。
 何かが当たる音。
 雨、と。
 思う間もなく。
 続けざまの。
 雨音が。
 打ち付ける。
 突然の事に。
 亮吾と。
 雪見は。
 慌てて。
 雨除けの用意を。
 始める。


 横になっていた。
 澪は。
 雨の降る。
 その前に。
 亮吾の上着を。
 頭から。
 被って。
 シートの上に。
 座り込んでいた。

「…………」


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