おねめ〜わく たびたび… 続き 投稿者: Matsurugi
 街の一角にある広場に、たくさんのねこたちが集まっている。
 その様子を、瑞佳は眺めていた。
 そうしている間にも、次々と他のねこたちが広場へとやって来ているのだった。
 瑞佳が来た時に、そこにはすでに集まっていた、瑞佳が知っている顔ぶれの面々も目にする事が出来た。
「んーっ、今日もいい天気だねーっ」
 と大きく伸びをしている、しいこの姿を見かける。
「…………」
 その近くには、関わりになりたくないかのように、離れた場所に立っている、ななせの姿がある。
 その時、瑞佳の来た方の反対側の通りから、誰かの声が聞こえてきた。
「みさきーーーーっ! 早くしなさいよっ!」
「待ってよ〜、ゆきちゃん〜」
「出かける前に朝御飯食べてるひまがあるなら、もっと早く起きなさいよっ」
「だって、朝ご飯食べないとおなか空いて走れないよ〜っ」
「だったら、帰ってきてから食べればいいでしょっ! 先に食べてどうするのよっ。だいたい、もっと早く起きていれば走らなくてもいいはずでしょっ」
「う〜っ、意地悪だよ〜〜っ、ゆきちゃん〜……」
 何やら言いあいをしながら、みさきがいっしょに来たもうひとりのみさきと同い年ぐらいの少女と、広場にやって来る。
「みゅーっ」
 その少し後に、母ねこらしき女性に手を引かれて、まゆもやって来た。
 まゆは、まだ目が醒めていないのか、寝ぼけ眼で足元がおぼつかなげにふらふらと揺れており、歩きにくそうな様子である。
 ぱたぱたぱたっ。
 更にだいぶんたった後、ほとんどのねこたちが集まってから、みおがようやく姿を見せた。
「…………」
 うにゅー。
 おそらく相当の距離を走って来たのであろう、早朝だというのに、その表情は疲れきっていて、肩で大きく息をしているようであった。
 瑞佳は前に、みおがよく道に迷うことがあるというのを聞いた事があるので、今日も広場に来るために、いろんなところへと迷っていたせいで遅くなったのだろう、と思った。

 ともかく、ようやく広場にはねこたちが集まったようで、瑞佳の目の前にはその一面に並んでいる光景が映し出されていた。
「?」
 いったい、これから何が始まろうしているのだろうか。
 瑞佳が見ている前で、あかねが(あらかじめ用意してあった)レコードプレイヤーにセットされていたレコードの上に針を置く。
 しばらくの間をあって、スピーカーからピアノの演奏らしき音楽が流れ始める。
 何となくどこかで聞いた事のあるような曲であると瑞佳が思っていた矢先に、
「じゃあ、はじめるよ〜」
 みさきが拡張スピーカーを手に、広場に向けて呼び掛ける。
 そして。
「手を高く上げて、背伸びの運動〜」
 それを聞いた瑞佳は、思わず漫画か何かのようにすっ転びそうになっていた。
「これって、もしかして……」
 瑞佳が、正面にいたあかねの背中に向けて、話しかける。
 あかねは、顔だけを瑞佳の方に向けて、一言こう告げたのだった。
「……ラジオ体操です」

 目の前に、ラジオ体操をするねこたちがいる。
 しかも大勢で、一所懸命に体操を行っているのである。
「みゅー(おんぷ)」
「ぎゃーーー―っ、イタイ、イタイ、イタイーーッ!!」
 ……まあ、中には、そうでないものもいるようだが。
 瑞佳は、それぞれの様子を観察してみた。
 さっきの様に一ヵ所にじっとしておらず、あちこちをうろうろしたり、ななせの髪を引っ張ったりしている、まゆ。
 まわりと比べて動作がワンテンポ遅れ気味で、必死で身体の動きを追いつかせようとしている、みお。
 寝不足なのか、さっきの会話のようにおなかが減っているためなのかわからないが、ぼーっとしながら(あるいはそれが普段からの見た目なのかもしれないが)身体を動かしている、みさき、等々。
 まあ、そうした面々はまだ比較的まともであるともいえるが、
「…………」
 大半のねこたちのラジオ体操に対する取組みの様子は、瑞佳が思わず言葉を失わずにはいられないほどであった、といえるのであった。
「……やめさせたほうがよくはないか?」
 いつの間にやら来ていた浩平がそう言わずにいられないのも無理はない。
 瑞佳の目から見ても、それはあきらかにラジオ体操と呼べるような類の運動には見えないのであった。
「とにかく、その変な踊りをいますぐやめろ」
 浩平が、あかねに向かって掴みかからんばかりの勢いで言う。
「……踊りじゃありません」
「踊りにしか見えないぞ」
「どこか、おかしいですか?」
「おかしいどころじゃないぞ……、妙過ぎだとは思わないか?」
 浩平が幾度となくねこたちに対して言っても、ねこたちはどこがおかしいのか全くわかっていないようであった。
「は〜い、こっちに並んでね〜」
 そう言うみさきの声の方に振り向いた瑞佳が見たのは、ねこたちが一列に並んで、手に持っているカードにねこの足型のスタンプを押してもらっている光景であった。



−−−−−−−−−−−−−−
  夏休み計画表

   ラジオ体操

   朝顔の観察日記

   宿題

  ×プール

   昼寝

   おやつ

   ゴロゴロ

   花火
−−−−−−−−−−−−−−


「……これが、夏休みの間の予定表です。長森さんから持ってきてもらった本などを調べて、復元してみました」
 ラジオ体操が終ってから瑞佳たちは、あかねにねこたちが作った夏休みの間の計画表なるものを見せられた。
「……なんなんだ、朝顔の観察日記ってのは」
「何だか、子供の作った予定表みたいにも見えるけど……」
「だいたい、宿題ってのは何の宿題のことなんだ?」
 瑞佳と浩平がそれに対しての変に思った点を指摘する。
「……変ですか?」
「変、かな……」
「変だぞ」
 二人が口をそろえて言う。
「…………」
 しばらく計画表を眺めていたあかねであったが、
「……ラジオ体操は?」
「それが一番変だと思うぞ」
 浩平がそう言うのを聞ききながら、瑞佳は、再度夏休み中ねこたちが世界中でさっきの様に変なラジオ体操をしている図を想像してみる。
 確かにそれはとんでもなく変だろう、と瑞佳も思わずにはいられなかった。
「……それでは夏休みが出来ません」
 あかねが、少し悲しそうな声で、浩平を非難するように言う。
「しなきゃいいだろうがっ!」
 浩平ににべもなくそう言われてしまい、助けを求めるかのように、あかねが瑞佳の方を見る。
「で、でもっ、無理やりやめる必要はないんじゃないかなっ……」
 瑞佳がそうフォローをいれるのを聞いて、
「……じゃあ、ラジオ体操してもいいでしょうか?」
「絶対に、やめろ」
 浩平もその事に対しては、譲る気はないらしい。
「でも、毎日最後まで通ったら、ノートが貰えるよ」
「みゅーっ」
『ノート、もらうの』
「んなもん、自分で買えっ」
「最終日にはマラソンもあるよ」
「みゅーっ」
『マラソン、がんばるの』
「よけい疲れるわっ!」
「賞品も出るよ」
「みゅーっ(おんぷ)」
『賞品、ほしいの』
「いらんっ!!」
 そんな会話を延々続けている横で、あかねはラジオ体操するのをとめられた事に悲しんでいるのか、うつむき加減にしていた(とはいっても表情は普段と同じようにしか見えなかったのだが)。
 瑞佳は、そんなあかねに元気を取り戻してもらおうと、別の話題を口にした。
「で、でも、花火とかは夏らしくていいと思うしっ、それに、ほかにも夏に出来る事って、ほら、いろいろあるよねっ……」
「……どんな事ですか?」
 あかねに問いかけられ、瑞佳は慌てて考える。
「え、えっと、例えば、夏祭りとか、盆踊りとか……」
 言ってしまってから、はっと、瑞佳は気付く。
 だが、すでに遅かった。
「……夏祭り……盆踊り……」
 あかねの目が一瞬、光った様に見えた。
 暗闇であったら、ほんとに光っていたかもしれない。
「ところで、このプールのところについてる×印はなんだ?」
 計画表を見ていた浩平のその問いかけに、ねこたちの動きがぴたっと、止まる。
「…………」
 しばらくの沈黙の後、理由に気付いた浩平が、
「夏休みは、やっぱりプールに限るな」
「みゅーっ……」
「…………」
 ふるふる。
「嫌だよ」
 背後から意地悪そうに囁く浩平の言葉に、傍目でもわかるくらい、ねこたちが嫌そうな顔をしているのが、見て取れた。
「…………」
 だが、その片隅で、あかねが何やら考えている様子でいるのを、何となく瑞佳は不安げに眺めていた。



 そして、それからの1週間、ねこたちは瑞佳から持ってきてもらった本などを参考にして夏祭りの準備を開始したのである。
 街の通りには復元された様々な屋台や露店などの準備が行われ、広場には大きなやぐらが組まれ、その上に祭り太鼓が据え付けられ、盆踊りの準備が整えられていった。
 そのまわりには提灯の列が取り付けられ、街のあちこちも同じように飾りつけられていった。
 ただ、どう言う本を参考にしたのか、本来瑞佳が知っているような夏祭りのような装飾とは違ったものも見られたのではあるが。
 とはいっても、瑞佳はねこたちがこうして楽しそうにしているのを見ていると、自分がそれを楽しみにしている気持ちになっていくみたいで、とても待ちどうしくなっているのであった。
 こうして、夏祭りの準備が着々と進んでいき、いよいよお祭りの当日となった。