おねめ〜わく たびたび… 投稿者: Matsurugi
 澄み切った空に昇る太陽が眩しい夏の日である。
「さーっ、終った終った」
「……そうだね」
 テストが終わった後の学校からの帰り道を、夏の制服に身を包んだ瑞佳と佐織が歩いていた。
 晴れ晴れした表情の佐織とは反対に、瑞佳の表情は沈んでいる。
「あとは、夏休みになるのを待つだけねー」
「そうだね……」
 待ち遠しくてたまらないとった感じの佐織のその言葉にも、やはり瑞佳は暗い表情のまま答える。
「…………」
 瑞佳のその様子を見て、ふと佐織が歩みを止める。
「どうしたの? 瑞佳」
「……ううん、別にっ……」
 その言葉とは裏腹に、相変わらず表情は暗いままである。
「せっかく夏休みがくるってのに、暗いわね」
「うんっ……、期末テストの成績が悪かったらって思うと、ちょっとね……」
「そうなの? でも、別にまだ悪かったって決まったわけじゃないでしょ?」
「……決まったようなもんなんだもん」
 さっきよりも一段と沈んだ表情で、瑞佳は答える。
「これも……」
 と、瑞佳が言葉を続けようとした時。
「……あるよ」
「えいえんはあるよ」
「ここにあるよ」

 ぽんっ。

「……こんにちは」
 そう瑞佳の前で挨拶するするのは、いつものごとく、黒ずくめの服装を着たあかね、ななせ、みさきの猫耳の少女たちであった。
「はあっ、このせいなんだもんっ……」
 そして、いつものごとく、瑞佳もまたため息をついていた。
「……何でしょう?」
「元気ないみたいだね」
「……あたしは、なんとなくわかるような気もするけど……」
 それでもってまた、いつものごとく、ねこたちはそんな瑞佳の悩みなど、知る由もなかった。



 ここは、ずっと昔にいなくなってしまった人間にかわって、頭に猫耳をつけた人間の姿をしているねこたちが暮らす世界である。
 ねこたちは、人間の文明をそのまま維持して、人間になりきって生活している。
 そんなねこたちがある日、アドバイザーとして別の世界から人間を呼び出す方法を発見する。
 そうして呼び出されたのが、長森瑞佳なのであった。
「毎日毎日、呼び出されるほうの身にもなってほしいもんっ」
 ……確かに。
 まあ、そんなわけで、何かというとねこの世界に呼び出される瑞佳である。
「いいもんっ、もう慣れちゃったし……」
 いや、そう言う問題でもないと思うが……。



「……ところで」
 瑞佳が落ち着き、くつろいでいるところで、あかねが話を切り出した。
「長森さんは、夏休みというのをご存知ですか?」
「ご存知って……、もうすぐその夏休みなんだけど」
 急にそんな事を聞かれて、瑞佳は不思議そうな顔であかねを見た。
「よかった、やっぱりあるみたいだよ、夏休み」
「前に長森さんにいろいろ持ってきてくれた本に載っていましたので……」
 瑞佳は、時々ねこたちに頼まれて、家にある古い雑誌やいろんな種類の本をこの世界に持ってくるのである。
 それらを、ねこたちは人間と同じような生活を送る為の参考にしているのである。
 もっとも、以前その事で瑞佳は大変な目にあったため、それ以来めったなものは持ってこないようにしているのであるが……。
「……ひょっとして、知らなかったの? 夏休みのこと」
「そうだよ」
「……それで、さっそく夏休みを導入する事になりました」



「そうなんだ〜、何だか楽しそうだね」
 ねこたちと一緒に街へと出た瑞佳は、率直にそう言った。
「夏休みって、色々な事ができるよね」
「……できる?」
「色々?」
 その言葉に、ねこたちは何故か首を傾げる。
 と、瑞佳の前に奇妙な光景が飛びこんできた。
 正確には、それ事態は別に妙な事ではない。ただ寄り集まった光景として見た時、それは何かしら妙なものとして捉えられたのである。
 そこには、地面や塀の上やベンチの上でゴロゴロしている(別にゴロゴロ言っているわけではない)ねこたちがいたのである。
「? 何でみんなゴロゴロしているの?」
 瑞佳がそう疑問に思うのも当然である。
「……夏休みの、練習です」
 その意味するところを、瑞佳は分かりかねた。
「……え?」
「……ですから、練習です、夏休みの」
 あかねが、再びそう答える。
「練習? 夏休み?」
 そして、街を歩いていく間に、瑞佳はさらに多くのねこたちがゴロゴロしているのを見ることになった。
「みゅー……」
「…………」
 よく見ると、その中には瑞佳の知っているまゆやみおの姿もあった。
 彼女らも、他のねこたちと同様にベンチであったり、木にもたれ掛かったりしてゴロゴロしているのであった。
 というよりは、ただ単に寝ているだけなのかもしれないが。
「…………」
「…………」
 黙ったまま、その様子を眺めている瑞佳を見ていたあかねが、話しかける。
「……夏休みというのは、1日じゅうゴロゴロしている事ではないのですか?」
「……それは、えーと、違うとは言いきれないかもしれないけど、でも、うーん……」
 どう説明したらよいものか、瑞佳が思案していると、
「……長森、おまえか、ねこどもに変な事を吹き込んだのは」
「あ、浩平」
 瑞佳が振り返ると、いつからそこにいたのか、浩平が立っていた。

 ねこの世界唯一の普通の人間であるところの折原浩平は、瑞佳の幼なじみである。
 かつて、元いた世界から消えて、えいえんの世界に旅立った浩平は、そこから帰ってくる事が出来た。
 が、帰ってきたはずの世界は、元いた世界ではなく、このねこたちしか存在しない世界であった。
 普通であれば結構不幸な境遇であるのだが、しょっちゅう浩平にいじめられているねこたちにしてみれば、どっちが不幸であるのかは微
妙な所かもしれない。

 それはさておき。
「別に、わたしが吹き込んだわけじゃないもんっ」
 浩平の言葉に、瑞佳が反論する。
「……でも、長森さんの持ってきてくれた本に載ってました」
「じゃあ、やっぱりおまえのせいだろ」
「そんなことないもんっ!」
 そうは言ったものの、瑞佳も多少は責任がないわけでもないとは思っている。
 そんな言い合いをしていた二人が、目線を横に向ける。
 そこには、やっぱり地面の上でゴロゴロしているねこたちの姿があるのだった。
「……だーっ、ただでさえ力が抜ける光景だってのに!」
 そう言うと、浩平は地面にいる猫たちを足げにしようとする。
「ちょっと、止めなさいよーっ!」
 慌てて、ななせが浩平を止めにはいる。
「……でも、夏休みの間中みんなゴロゴロしているつもりなの?」
 その光景を脇で見ながら、瑞佳はそう言った。
 仮に、夏休み中(世界中で)ねこたちがゴロゴロしている図を瑞佳は想像してみる。
 街中で、階段と言わず、屋根の上と言わず、塀の上と言わず、たくさんのねこたちがゴロゴロしているのである。
 ……確かに、それは浩平でなくても相当力の抜ける光景かもしれない。
「だいたい、何でそんなもんに練習が必要なんだっ」
 再び、浩平がねこたちにそう食って掛かる。
「……そうは言いますが」
 あかねが、表情も変えないままに反論していた。
「1日中ゴロゴロするのもそれはそれで大変だとは思いませんか?」
「しかもそれが40日間、場所によっては25日間も続くんだしね」
 と、これはみさきの言葉である。
 …………。
 一瞬の間が彼らの間に広がる。
「……ねこなんて、もともと1日中ゴロゴロしてるもんだろっ!!」
 そう言って、再度ねこたちを足げにしようとする浩平を、
「わーっ、やめなよーっ、浩平―っ!?」
 瑞佳が必死で止めようとする。
 ……浩平を落ち着かせてから、瑞佳が話し出した。
「私は、夏休みは、お休みなんだから、別に何してもいいんだと思うんだよ。だから、無理やりゴロゴロしなくてもいいんじゃないかな…
…」
 瑞佳がそう言うのを聞いて、
「何をしてもいい……」
 ねこたちはしばらく考え込んでいた。
「……では、仕事をしてもいいんですか?」
「それじゃ夏休みにならないよ〜っ」
「……何をしてもいい……」
 それを聞いたねこたちは、余計に真刻に悩み込んでしまうのであった。



「時々融通が聞かなくなるみたいだよね、ねこたちって」
 ねこたちと別れて浩平と一緒にお茶を飲みながら、瑞佳はねこたちのことを浩平と話していた。
「あいつらは、人間がすること以外のことをしたらまずいと思っているみたいだからな」
 瑞佳の言葉に、浩平がそう答える。
「…………」
 それを聞いて、瑞佳はふと、考える。
「……そうまでして、なんで人間の生活の真似なんてする必要があるのかな」
 瑞佳は、深く考え込む様にそう洩らす。
「本当だったら、ねこたちにはねこたちの未来があるはずなんじゃないのかな」
「まあ、それはそうなんだろうけど……」
 浩平も、珍しく真剣な顔をして答える。
「けどな、ねこ自身の世界なんて見てみたいか? 本当に」
「それは……」
「おまえだったら、見てみたいと思うかもしれないよな」
「別にそんな事ないもんっ……」
「でもな」
 口ごもる瑞佳を見ながら、浩平は続ける。
「肉食動物の進化した世界だぞ。それでも、見たいか?」
「……それは、でもっ、うーん……」
 想像してみようかと思ったが、なんとなく、瑞佳はそれを止めておくことにした。



「えいえんはあるよ」
「ここにあるよ」

 ぽんっ。

 またある日のこと。瑞佳は朝早くから、ねこたちに呼び出されていた。
「……おはようございます」
 いつものように、あかねが瑞佳に挨拶する。
「こんな朝早く何かあったの?」
 そう問いかける瑞佳に、
「……夏休みの、準備が出来ました」
 とあかねは答える。
「?」
「とりあえず、見てください」
 そう言われて、瑞佳はあかねと共に建物の外へと出る。
 街の広場まで来た瑞佳は、そこでたくさんのねこたちが集まっているのを見た。
 いつもと少し違うように見えるのは、それぞれが動きやすい軽装であったのである。
「いったい、何が始まるの?」