「…………」
目の前に。
絵を盗んだ犯人である。
少女が座り込んでいる。
思いがけぬその悲鳴に。
思わず住井は手を離す。
「きゃーっ!、きゃーっ!」
少女は。
まだ叫び続けている。
というよりは。
単に騒がしいだけのように見える。
痴漢だの。
変態だの。
泥棒だのと。
(……ドロボーはそっちだろうが)
そう毒づきながらも。
少女の叫び声は。
止む気配がない。
「たしか、こっちの方から……」
辺りが騒がしくなる。
盗まれた絵を追ってきたらしい。
複数の声か。
いずれにしても。
ここに止まっていては。
その内見つかってしまう。
そう考えて。
住井は。
目の前の少女を見る。
(……えーい、仕方ねぇ)
その手を掴む。
「来い!」
「え?」
少女を引きずるようにして。
駆け出す。
「ちょっと! 何すんの!」
「離しなさいよー!」
なおも騒ぎ続ける。
少女の抗議を無視して。
(……うるさい女だな)
そう思いつつ。
早足で立ち去る。
「くそっ、あいつら、どこ行きやがった!」
美術店のある方から。
聞こえてきた。
複数の人の声が。
辺りに響く。
「…………」
その声を。
住井は息を殺しながら。
間近で聞いている。
一緒に連れてきた少女も。
今は。
住井に口を塞がれて。
黙ったままでいる。
やがて。
追っ手らしき声が。
遠ざかってから。
顔を出す。
通りの脇にあった。
ダストボックスの中から。
「あのー」
少女の声。
「なんか、助けてもらっちゃったみたいで」
「どうもありがとう」
住井の手を。
両手で握って。
少女が。
お礼を言う。
一方の。
彼の方は。
「さわんなよっ」
すぐにその手を振りほどく。
「?」
少女のほうはその事を。
気にした風も無く。
彼に話し掛ける。
「わたしは、柚木詩子っていうの」
「華穂様の部下になるはずよ」
「華穂?」
「住井―」
ちょうどその時。
後ろから。
一緒に来た連中のひとりが。
声をかける。
「悪いが」
それを聞くが早いか。
「かかわりになるのは、ごめんだ」
「あっ……」
住井が立ち去って行く。
詩子が何かを言う暇も無く。
引き留める間も無く。
ただ、立ち尽くす。
(そういえば)
詩子は今更ながら。
思い出す。
(華穂様の事って、言っちゃいけないんだっけ)
そう考えながらも。
あまり深刻そうな顔には。
見えない。
「…………」
「ま、いっか……」
戦乱の時代が始まって2年。
その間に。
力が大きく分かれる。
そのひとつの。
軍の実力者といわれる人物。
『華穂』。
(……しかし)
(どうしてそんな奴の部下が)
(あんなポートレートなんか盗むんだ?)
翌日。
街の通りの真ん中に座り込み。
住井は昨日の事を。
思い返す。
(しかも)
(あんなやたらと騒がしいだけ女が……)
「住井!」
浩平の声。
「澪の絵、盗られたんだってな」
頭のすぐ後ろから。
浩平が話しかける。
一瞬。
住井が動揺する。
「あっ、そうっ」
だがすぐに。
何でも無い風を装い。
鷹揚に返事をする。
「俺って」
「よっぽど澪と縁が無いのかな」
そう言いながらも。
表情ではそんな事は無いと。
言っている様に見える。
住井の横に座って。
「そういえば」
「昨日の夜、なんか南森たちが」
「そわそわしてたようなんだけど」
再び。
住井は動揺する。
「今朝聞いても」
「何にも無かったって言ってたようだけど……」
再度。
平静を取り戻した。
横からの安堵のため息。
「……で」
「柚木詩子って、誰だ?」
みたび。
今度は。
完全に虚を突かれ。
動揺が顔に出る。
「な、何で知って……」
声までもが。
大きくなる。
「彼女か?」
「!」
浩平の方は。
興味深げな表情である。
それに対して。
「俺は、女なんか好きにならない!!」
必要以上に大きな声で。
住井が叫ぶ。
「?」
だけど。
知らず顔は。
赤くなっている。
「じゃあ、誰なんだ?」
その態度を訝しく思いながらも。
浩平はなおも追求する。
「行きがかり上」
顔の変化をごまかしながら。
「澪の絵を盗む手伝いをさせられたんだよ」
住井が答える。
「それだけだっ」
言ってから。
はっと気付く。
「あ……」
しかし。
すでに遅く。
「ほーぅ……」
追求するような。
浩平の視線。
「それで」
「その娘は、何処へ……?」
巨大な建物が眼に入る。
その周囲を。
円く高い壁に囲まれて。
その光景は。
周りから見れば。
壮観ですらある。
外周は。
広大な叢林が。
埋め尽くしている。
その壁の内側の敷地を。
ひとりの女性が。
歩いて行く。
ペンキを塗り替えている場所を。
通り過ぎる。
辺りに漂うシンナー臭が。
近くまで届いている。
「華穂様!」
「?」
彼女に向けられた声に。
立ち止まり。
そちらを向く。
その顔に。
眼鏡は見られない。
身を包んでいる服も。
装飾されたものではなく。
機能性だけを重視した。
軍服。
「盗ってきましたよー」
大きな荷物の包みを。
ほとんど引きずるようにして。
詩子が現れる。
「…………」
その顔は。
何処でついたものか。
埃まみれである。
「約束通り」
しかしそんな事は。
全く気にした風も無く。
詩子は。
ニコニコと笑う。
「これで、華穂様の部下にしてくれるんだよね」
まるで親しい友人に向って。
話し掛ける様に。
あっけらかんとしている。
「……成功したのですか」
そんな詩子の口調も。
「それは、ご苦労様です」
華穂は気にした風も無く。
丁寧な口調で応じる
「じゃあ……」
「ええ」
「だから、早く着替えていらっしゃい」
その言葉に。
詩子はといえば。
飛び跳ねているかのような態度で。
喜んでいる。
「わあっ♪ やったね」
「きゃーーーー」
悲鳴。
その声を。
兵士が。
聞きつける。
「あー―れー~」
妙に野太くも思える。
その声の方へ。
見張りの兵士が。
集って来る。
「なんだ?」
「おい!?」
草むらの向こう側に。
頭から布をかぶった。
人影を見つける。
「女だ」
兵士が近付く。
その女性が。
くるりと。
振り返る。
「!?」
その顔を見た途端。
兵士の顔が。
凍り付く。
直後。
その兵士は。
失神する。
寸前に。
立て続けに鳴った。
打撲音がみっつ。
「う……!」
集まっていた兵士達が。
相次いで地べたに。
倒れる。
「……気の毒に」
浩平・住井らと一緒に来ていた。
連中のひとりが。
哀れむように。
そう呟く。
「…………」
「ぜったい、ミスキャストだ……」
囮役となって。
女装した少年が。
厚化粧した顔で。
そうぼやく。
「いや、面白かったぞ」
そんな様子を。
浩平は楽しそうに。
見ている。
「…………」
住井の方は。
さすがに呆れ顔であったが。
「気をつけろよー」
連中に見送られて。
二人は。
塀を乗り越えて。
建物に侵入する。
建物の内部。
ふたりの少年が。
通路を走る。
「……っかし」
後ろの方からの。
「ここから盗み出すなんて、無理なんじゃないか?」
住井の声。
「どっかの誰かが」
前を行く浩平に。
「絵を盗むのを見守ってたせいだ」
そう突っ込まれて。
「…………」
住井は黙り込む。
「それで」
再び浩平。
「どうして、助けたんだ?」
鋭い追求を受けて。
住井は。
「こ、ここの建物」
詩子の事とわかって。
「広すぎて、よくわかんねーなー」
ごまかすように。
笑いながら。
話を逸らそうとする。
「どうせ、取り戻したところで」
話題を変えようとして。
「店のおやじに返す気なんだろうが」
逆に聞き返す。
「まさか」
浩平は。
そう答える。
「へえ、珍しいな」
「それに」
呟くようにして。
「盗むなんて、言ってないけどな」
その言葉は。
「え?」
住井にははっきりと。
「何か、言ったか?」
聞き取れてはいなかった。
直線の通路を。
走り続けて。
やがて。
通路の分岐に。
差し掛かる。
「さて」
浩平に向って。
「どっちに行く?」
そう促す。
「うーん」
しばし考える。
「あっちだな」
再び走る。
再度分岐に。
「えーと」
再度考える。
「次は、こっちだ」
繰り返し。
差し掛かかって行く分岐を。
当てずっぽうに。
突き進む。
「なあ」
さすがに不安になったのか。
「こんなことしてて」
「何時、たどりつけるんだ!?」
住井が溜まりかねて。
訊ねる。
「あ」
角を曲がった所で。
浩平が立ち止まる。
その向こうに。
「どうやら」
数人の兵士が立っている。
「浩平の勘が、大当たりのようだな」
両開きのドアを背にして。
守りの堅い場所。
宝はそう言う所に。
大抵置かれている。
「…………」
「さて」
見えない位置で。
「どうしたものか……」
住井が思案にくれようと。
壁に寄りかかる。
「決まってるだろ」
浩平は。
そのまま走り出す。
ただまっすぐに。
「げっ」
「あのバカっ」
そう言っても。
すでに遅く。
浩平は兵士の所へ。
挑みかかっている。
「わっ!」
不意に現れた少年に。
「なんだっ!」
兵士達は。
戸惑ったまま。
浩平は。
彼らの持っている武器を。
払いのけ。
別のひとりに。
躍り掛かる。
「全く」
仕方なく。
「あの考え無しの野郎はーっ」
住井も飛び出して。
「……しゃあねえな」
そう言って。
「暴れてやるか!」
別の一人に。
殴りかかる。
攻防が幾度か。
繰り返され。
やがて。
扉が乱暴に開く。
扉を蹴り開けて。
浩平が。
部屋に入る。
「……あった」
正面の壁に。
1枚のポートレートが。
掛けられている。
「……動物的な勘だな」
先の殴り合いで。
顔を痣だらけにしながら。
住井が呟く。
と。
間を置かず。
警報が。
鳴り響く。
「まずい」
それを聞いて。
「急がないと……」
住井が促す。
「おい、折原」
何をやってるのか……。
背を向けている浩平に。
そう問いかけようと。
口を開きかけ。
「…………」
浩平は。
知ってか知らずか。
黙り込んで。
絵を見ている。
何かを。
考える風にして。
「その絵に触れるな」
この場には。
存在しないはずの。
別の人間の声。
そして。
銃を構える音。
二人が。
振り返ると。
軍服の兵士達が。
扉のある壁を。
背にして。
銃列を牽いている。
冷たい銃口を。
こちらに向けて。
扉の向こうから。
同じ軍服の女性が。
姿を見せる。
「あなた達は、何者です?」
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〜〜〜〜〜
あとがき
どうも、Matsurugiです。
今回時間が無かったので、『ななせなパラレル』はお休みです。
楽しみにしてくれていた方々、申し訳ありません。
だんだん書くペースが遅れ気味になっているようにも思えてならないのですが、
(短編とかを書くせいもあるけど)
とりあえずは今の間隔で載せられるように努力したいと思います。
それでは、短いですがこのへんで失礼致します…
14回目のSS投稿に寄せて。 Matsurugi(まつるぎ)