真夏のONE Phase#4 投稿者: Matsurugi
「…………」

 目の前に。
 絵を盗んだ犯人である。
 少女が座り込んでいる。
 思いがけぬその悲鳴に。
 思わず住井は手を離す。

「きゃーっ!、きゃーっ!」

 少女は。
 まだ叫び続けている。
 というよりは。
 単に騒がしいだけのように見える。
 痴漢だの。
 変態だの。
 泥棒だのと。

(……ドロボーはそっちだろうが)

 そう毒づきながらも。
 少女の叫び声は。
 止む気配がない。

「たしか、こっちの方から……」

 辺りが騒がしくなる。
 盗まれた絵を追ってきたらしい。
 複数の声か。
 いずれにしても。
 ここに止まっていては。
 その内見つかってしまう。
 そう考えて。
 住井は。
 目の前の少女を見る。

(……えーい、仕方ねぇ)

 その手を掴む。

「来い!」

「え?」

 少女を引きずるようにして。
 駆け出す。

「ちょっと! 何すんの!」
「離しなさいよー!」

 なおも騒ぎ続ける。
 少女の抗議を無視して。

(……うるさい女だな)

 そう思いつつ。
 早足で立ち去る。


「くそっ、あいつら、どこ行きやがった!」

 美術店のある方から。
 聞こえてきた。
 複数の人の声が。
 辺りに響く。

 「…………」

 その声を。
 住井は息を殺しながら。
 間近で聞いている。
 一緒に連れてきた少女も。
 今は。
 住井に口を塞がれて。
 黙ったままでいる。
 やがて。
 追っ手らしき声が。
 遠ざかってから。
 顔を出す。
 通りの脇にあった。
 ダストボックスの中から。

「あのー」

 少女の声。

「なんか、助けてもらっちゃったみたいで」
「どうもありがとう」

 住井の手を。
 両手で握って。
 少女が。
 お礼を言う。
 一方の。
 彼の方は。

「さわんなよっ」

 すぐにその手を振りほどく。

「?」

 少女のほうはその事を。
 気にした風も無く。
 彼に話し掛ける。

「わたしは、柚木詩子っていうの」
「華穂様の部下になるはずよ」

「華穂?」

「住井―」

 ちょうどその時。
 後ろから。
 一緒に来た連中のひとりが。
 声をかける。

「悪いが」

 それを聞くが早いか。

「かかわりになるのは、ごめんだ」

「あっ……」

 住井が立ち去って行く。
 詩子が何かを言う暇も無く。
 引き留める間も無く。
 ただ、立ち尽くす。

(そういえば)

 詩子は今更ながら。
 思い出す。

(華穂様の事って、言っちゃいけないんだっけ)

 そう考えながらも。
 あまり深刻そうな顔には。
 見えない。

「…………」
「ま、いっか……」



 戦乱の時代が始まって2年。
 その間に。
 力が大きく分かれる。
 そのひとつの。
 軍の実力者といわれる人物。
『華穂』。



(……しかし)
(どうしてそんな奴の部下が)
(あんなポートレートなんか盗むんだ?)

 翌日。
 街の通りの真ん中に座り込み。
 住井は昨日の事を。
 思い返す。

(しかも)
(あんなやたらと騒がしいだけ女が……)

「住井!」

 浩平の声。

「澪の絵、盗られたんだってな」

 頭のすぐ後ろから。
 浩平が話しかける。
 一瞬。
 住井が動揺する。

「あっ、そうっ」

 だがすぐに。
 何でも無い風を装い。
 鷹揚に返事をする。

「俺って」
「よっぽど澪と縁が無いのかな」

 そう言いながらも。
 表情ではそんな事は無いと。
 言っている様に見える。
 住井の横に座って。

「そういえば」
「昨日の夜、なんか南森たちが」
「そわそわしてたようなんだけど」

 再び。
 住井は動揺する。

 「今朝聞いても」
 「何にも無かったって言ってたようだけど……」

 再度。
 平静を取り戻した。
 横からの安堵のため息。

「……で」
「柚木詩子って、誰だ?」

 みたび。
 今度は。
 完全に虚を突かれ。
 動揺が顔に出る。

「な、何で知って……」

 声までもが。
 大きくなる。

「彼女か?」

「!」

 浩平の方は。
 興味深げな表情である。
 それに対して。

「俺は、女なんか好きにならない!!」

 必要以上に大きな声で。
 住井が叫ぶ。

「?」

 だけど。
 知らず顔は。
 赤くなっている。

「じゃあ、誰なんだ?」

 その態度を訝しく思いながらも。
 浩平はなおも追求する。

「行きがかり上」

 顔の変化をごまかしながら。

「澪の絵を盗む手伝いをさせられたんだよ」

 住井が答える。

「それだけだっ」

 言ってから。
 はっと気付く。

「あ……」

 しかし。
 すでに遅く。

「ほーぅ……」

 追求するような。
 浩平の視線。

「それで」
「その娘は、何処へ……?」



 巨大な建物が眼に入る。
 その周囲を。
 円く高い壁に囲まれて。
 その光景は。
 周りから見れば。
 壮観ですらある。
 外周は。
 広大な叢林が。
 埋め尽くしている。
 その壁の内側の敷地を。
 ひとりの女性が。
 歩いて行く。
 ペンキを塗り替えている場所を。
 通り過ぎる。
 辺りに漂うシンナー臭が。
 近くまで届いている。

「華穂様!」

「?」

 彼女に向けられた声に。
 立ち止まり。
 そちらを向く。
 その顔に。
 眼鏡は見られない。
 身を包んでいる服も。
 装飾されたものではなく。
 機能性だけを重視した。
 軍服。

「盗ってきましたよー」

 大きな荷物の包みを。
 ほとんど引きずるようにして。
 詩子が現れる。

「…………」

 その顔は。
 何処でついたものか。
 埃まみれである。

「約束通り」

 しかしそんな事は。
 全く気にした風も無く。
 詩子は。
 ニコニコと笑う。

「これで、華穂様の部下にしてくれるんだよね」

 まるで親しい友人に向って。
 話し掛ける様に。
 あっけらかんとしている。

「……成功したのですか」

 そんな詩子の口調も。

「それは、ご苦労様です」

 華穂は気にした風も無く。
 丁寧な口調で応じる

「じゃあ……」

「ええ」
「だから、早く着替えていらっしゃい」

 その言葉に。
 詩子はといえば。
 飛び跳ねているかのような態度で。
 喜んでいる。

「わあっ♪ やったね」


「きゃーーーー」

 悲鳴。
 その声を。
 兵士が。
 聞きつける。

「あー―れー~」

 妙に野太くも思える。
 その声の方へ。
 見張りの兵士が。
 集って来る。

「なんだ?」
「おい!?」

 草むらの向こう側に。
 頭から布をかぶった。
 人影を見つける。

「女だ」

 兵士が近付く。
 その女性が。
 くるりと。
 振り返る。

「!?」

 その顔を見た途端。
 兵士の顔が。
 凍り付く。
 直後。
 その兵士は。
 失神する。
 寸前に。
 立て続けに鳴った。
 打撲音がみっつ。

「う……!」

 集まっていた兵士達が。
 相次いで地べたに。
 倒れる。

「……気の毒に」

 浩平・住井らと一緒に来ていた。
 連中のひとりが。
 哀れむように。
 そう呟く。

「…………」
「ぜったい、ミスキャストだ……」

 囮役となって。
 女装した少年が。
 厚化粧した顔で。
 そうぼやく。

「いや、面白かったぞ」

 そんな様子を。
 浩平は楽しそうに。
 見ている。

「…………」

 住井の方は。
 さすがに呆れ顔であったが。

「気をつけろよー」

 連中に見送られて。
 二人は。
 塀を乗り越えて。
 建物に侵入する。


 建物の内部。
 ふたりの少年が。
 通路を走る。

「……っかし」

 後ろの方からの。

「ここから盗み出すなんて、無理なんじゃないか?」

 住井の声。

「どっかの誰かが」

 前を行く浩平に。

「絵を盗むのを見守ってたせいだ」

 そう突っ込まれて。

「…………」

 住井は黙り込む。

「それで」

 再び浩平。

「どうして、助けたんだ?」

 鋭い追求を受けて。
 住井は。

「こ、ここの建物」

 詩子の事とわかって。

「広すぎて、よくわかんねーなー」

 ごまかすように。
 笑いながら。
 話を逸らそうとする。

「どうせ、取り戻したところで」

 話題を変えようとして。

「店のおやじに返す気なんだろうが」

 逆に聞き返す。

「まさか」

 浩平は。
 そう答える。

「へえ、珍しいな」

「それに」

 呟くようにして。

「盗むなんて、言ってないけどな」

 その言葉は。

「え?」

 住井にははっきりと。

「何か、言ったか?」

 聞き取れてはいなかった。


 直線の通路を。
 走り続けて。
 やがて。
 通路の分岐に。
 差し掛かる。

「さて」

 浩平に向って。

「どっちに行く?」

 そう促す。

「うーん」

 しばし考える。

「あっちだな」

 再び走る。
 再度分岐に。

「えーと」

 再度考える。

「次は、こっちだ」

 繰り返し。
 差し掛かかって行く分岐を。
 当てずっぽうに。
 突き進む。

「なあ」

 さすがに不安になったのか。

「こんなことしてて」
「何時、たどりつけるんだ!?」

 住井が溜まりかねて。
 訊ねる。

「あ」

 角を曲がった所で。
 浩平が立ち止まる。
 その向こうに。

「どうやら」

 数人の兵士が立っている。

「浩平の勘が、大当たりのようだな」

 両開きのドアを背にして。

 守りの堅い場所。
 宝はそう言う所に。
 大抵置かれている。

「…………」

「さて」

 見えない位置で。

「どうしたものか……」

 住井が思案にくれようと。
 壁に寄りかかる。

「決まってるだろ」

 浩平は。
 そのまま走り出す。
 ただまっすぐに。

「げっ」
「あのバカっ」

 そう言っても。
 すでに遅く。
 浩平は兵士の所へ。
 挑みかかっている。

「わっ!」

 不意に現れた少年に。

「なんだっ!」

 兵士達は。
 戸惑ったまま。
 浩平は。
 彼らの持っている武器を。
 払いのけ。
 別のひとりに。
 躍り掛かる。

「全く」

 仕方なく。

「あの考え無しの野郎はーっ」

 住井も飛び出して。

「……しゃあねえな」

 そう言って。

「暴れてやるか!」

 別の一人に。
 殴りかかる。


 攻防が幾度か。
 繰り返され。
 やがて。
 扉が乱暴に開く。
 扉を蹴り開けて。
 浩平が。
 部屋に入る。

「……あった」

 正面の壁に。
 1枚のポートレートが。
 掛けられている。

「……動物的な勘だな」

 先の殴り合いで。
 顔を痣だらけにしながら。
 住井が呟く。
 と。
 間を置かず。
 警報が。
 鳴り響く。

「まずい」

 それを聞いて。

「急がないと……」

 住井が促す。

「おい、折原」

 何をやってるのか……。
 背を向けている浩平に。
 そう問いかけようと。
 口を開きかけ。

「…………」

 浩平は。
 知ってか知らずか。
 黙り込んで。
 絵を見ている。
 何かを。
 考える風にして。

「その絵に触れるな」

 この場には。
 存在しないはずの。
 別の人間の声。
 そして。
 銃を構える音。
 二人が。
 振り返ると。
 軍服の兵士達が。
 扉のある壁を。
 背にして。
 銃列を牽いている。
 冷たい銃口を。
 こちらに向けて。
 扉の向こうから。
 同じ軍服の女性が。
 姿を見せる。

「あなた達は、何者です?」


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あとがき

どうも、Matsurugiです。
今回時間が無かったので、『ななせなパラレル』はお休みです。
楽しみにしてくれていた方々、申し訳ありません。

だんだん書くペースが遅れ気味になっているようにも思えてならないのですが、
(短編とかを書くせいもあるけど)
とりあえずは今の間隔で載せられるように努力したいと思います。


それでは、短いですがこのへんで失礼致します…

14回目のSS投稿に寄せて。 Matsurugi(まつるぎ)