真夏のONE Phase#3 投稿者: Matsurugi
 少女が浩平の前から去って2年。
 心に引っ掛かったままの痛み。
 忘れたままの遠い思い。
 それが何だったのか。
 思い出せぬまま。
 少女を探す術も無く。

 (……俺は)

 ずっと。
 うずくまっている。
 その場所に。

「澪……」

「起きろ」

 何かを叩く音。
 頭に鈍い衝撃。
 眠りの中から。
 引き戻される。

「おまえが働け働けって言うから、やってるというのに」
「何、寝てやがるんだ?」

「〜〜〜〜」

 街のレストラン。
 その炊事場で。
 浩平と住井は。
 食器洗いのバイトをしている。
 洗剤のついたフライパンを。
 住井が手にしている。
 浩平は。
 言葉通り。
 叩き起こされた。

「"護ちゃん"」

 その言葉に。
 住井の顔が引きつる。

「折原…… ケンカ売ってるか?」

「ひとりサボってたのは、俺が悪い事もないと言えなくもない」

 表情は笑ったままで。
 浩平が続ける。

「けどな」
「もっと、やさしく起こせんのかっ! ばかっ!」

「バカはテメーだっ!」
「新婚夫婦じゃあるまいし、なにゼータクいってやがる!」

「気持ちの悪い事言うなっ」

「俺だって、言ってて気持ち悪いわっ」

 飛び交う食器。
 洗剤の泡が宙を舞う。

「あー、君達っ」

 シェフらしき男の声。
 割れた皿を手に持って。

「クビっ」



 時は21世紀初頭。
 世界は戦乱の時代。



「……なんだよ、ちょっと暴れただけで」
「ゆとりというものを知らない店だな」

 街の通りを。
 浩平と住井は歩く。

「まったくだ」

「とは言ってもな」
「浩平の責任だぞ、今回のは」

「……明日は、いい天気だな」

「……まだ昼間なんだが」

 聞こえないふりをする浩平。
 空を見上げている。

「また仕事探さないとな……」

「俺はもう働かないぞ」
「盗って来る方が楽だからな……って」
「何だ?」

 立ち止まっている浩平。
 そこにぶつかった住井。

「澪だ」

「何?」

 浩平が駆け出す。
 その先に。
 かつて出会った少女の姿を見る。
 ショーウィンドーに手を置く。
 その向こう側。
 夏の花と。
 座り込む少女。
 その光景は。
 額縁に囲まれている。

「絵……」

「肖像画(ポートレート)じゃないか」

 絵の中の少女を見つめる。
 住井がその横に立つ。

 再び駆け出す。
 店の扉を開く。

「浩平!?」

 店の主人の所へ。

「おやじ、あの絵売ってくれ!」

「10億円」

 即答する美術店の主人。
 その金額に。
 浩平は硬直する。

「じゅ、じゅーおく?」

「買えるか、んなもん」

 後から来た住井の声。

「しかし、それくらいの金があっても」
「あの絵は売らないからね」

「…………」

 非情なせりふ。


 店を出て。
 街を歩くふたり。
 浩平は。
 肩を落としている。

「なあ、あの絵の作者って」

 住井の声。

「やっぱり、澪といたあのおっちゃんなんだろうか?」

「多分な……」

 意気消沈の体で。
 答える浩平。

「あのな」

 その姿に苛立って。

「欲しいって言ってくれるほど」
「世間は甘くはないんだぞ」


…………

 澪の口がきけないのだから。
 当然と言えば。
 当然ではあるけど。
 何も言うことなく。
 何も残すことなく。
 去っていった澪。

…………


 絵の中の少女の姿を。
 思い出しながら。

(……ひょっとしたら)
(澪の行方を知る手掛かりになる……?)


 物陰から。
 様子を窺う人影。

「…………」



「まったく、鬱陶しいヤローだなっ」

 街の一角。
 美術店の前。
 その向いの道。
 浩平は座ってる。
 澪の絵を見ながら。

「毎日、毎日、絵ばっかり見やがって」
「……それで、俺達を呼んだのはどーゆー事だ」

 一人がそう問い掛ける。
 いつもの遊び相手とでもいえる連中は。
 住井と共に浩平を見ている。

「あれを見てて、何とも思わないか?」
「何を?」

 判らないという風の問い。

「例えばな」
「あの絵を盗んで」
「捨ててしまうとか」

「え……?」

 今度は驚いた風の問い。

「浩平みたいなバカじゃ」
「世の中渡っていけないよな」


 住井達の企みも知らず。
 道の端に。
 浩平は座り込んでいる。
 目が向く先は。
 少女が描かれた絵。
 1日中。
 そこにいる。
 毎日。
 毎日。
 だけどその日は。
 彼の横に。
 人の気配がする。
 顔を向ける。
 視界に入ったのは。
 瀟洒(しょうしゃ)な婦人の姿。
 眼鏡をかけ。
 洗練された都会の服に。
 身を包んでいる。

(誰だ?)

 眼の向く先にあるもの。
 そこには。

(澪の絵を見ている?)

 沈黙した空気が。
 流れる。
 ふと。
 思い当たる事。

(まさか)
(買うつもりなんじゃ……)

「あの」
「おばさん」

 その声に。
 女性がこちらを向く。

「あの絵さ、買えないんだって」

 焦りのこもった言葉。

「非売品で」
「店長がものすごく気に入ってるから」
「だから……」
「…………」

 言葉が途切れる。

「そう」

 微笑みと共に。
 短く返される言葉。

「?」

 その意味するものは。
 彼にはわからない。



「本当にやるのか?」
「やるったらやる」

 日が沈み。
 月が昇る。
 端の少し欠けた。
 脆弱な光の下で。

「でも、成功するかどうか」
「大丈夫だ」

 夜の街路を歩く住井。
 それを後ろから追う別の声。

「それに」
「浩平って怒ると何するかわから……」

 その言葉を遮って。

「うわぁ!」
「ドロボー!」

 手前から挙がる叫び声。
 その方向には。
 あの美術店がある。
 辿り着いた先。
 あの絵が飾られた。
 ショーウィンドーは。

「絵がない!?」

 ガラスの破片が。
 散らばっている。
 少女の絵は。
 どこにも無い。

「まだオレ達盗ってないよな」
「うーん?」
「あー!」

 別のひとりが。
 声をあげる。

「あそこに人影!」

 指を差す方向。
 正面に向いた狭い通り。
 その向こうに見える。
 別の通りを。
 人影が走り去る。

「この……!」

 住井が走り出す。

「よくも人の獲物を横取りしたな!」
「待ちやがれ!!」

 走る影を追う。

「住井っ、別に処分が目的なら、誰が盗ったって同じなんじゃ……」

「やかましい!」
「そーいう問題じゃねー!」


 通りの陰から。
 逃走する人影を覗う。
 人影は。
 少し先を走っている。

「いた」

 その足取りが。
 どこと無く。
 おぼつかなげに見える。

(? 結構トロイやつだな)

 そう判断し。
 先回りするために。
 影を後ろ目に見ながら。
 再度走り出す。


 人影か近付く。
 建物の隅で。
 身を隠したまま。
 通り過ぎるのを待つ。
 さっきよりも重い足取りで。
 盗人が通り過ぎようとする。
 その肩を。
 後ろから。
 飛び出して掴む。

「よし、捕まえた……」

「きゃあっ!」

 予期してなかった。
 悲鳴があがる。
 その声は。

「女っ!?」



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〜〜〜〜〜

あとがき番外編 ななせなパラレル

 ばん

「わーーーーっ!」

 どしゃん がらがら

「いたたたたた……」
「一体、何がどうなったっていうの……」

「大丈夫か?」
「ええ、何とか……って、あんた!」

「俺か?」

「大丈夫か? じゃないわよ! ぶつかって来たのはあんたでしょ!」

「? 何の事だ?」

「また、ごまかそうっての? 今回は、この前みたいにはいかないわよ!」

「この前?」

「とぼけようったって無駄だからね! 人にあんな事しておいて……」

「ちょっと待て。俺は、おまえなんかと会ったことなんか無いぞ」

「そんなわけ無いでしょっ。私はあんたと同じクラスの七瀬よっ」

「いや、そう言われても、ほんとにおまえなんか知らんぞ」

「……冗談だったら、今のうちに謝っておけば手加減しておいてあげるわよ」

「だから、待て。大体、おまえはどこから来たんだ?」

「どこからって…… 何が言いたいの?」

「いや、だから、おまえはどこのSS世界から来たのか、聞いてるんだ」

「……SS世界?」

「突然、空中から現れたってことは、別のSS世界から転移してきたってことだろ?」

「空中って…… さっきからどうしたのよ、折原?」

「……何で、俺の名前を知っている?」

「何寝ぼけたこと言ってるのよ…… 折原浩平でしょ? あんた」

「確かに、俺は折原だが、浩平なんて名前なんかではない」

「え? だって、どう見たって、その顔……」

「俺は、ベンジャミン折原。平行SS警察の監視員だ」
「みゅ」



「へいこーえすえすけいさつ? べんじゃみん? 何よそれ?」

「知らんのか?」

「知るわけ無いでしょっ。何の冗談よ?」

「俺は、冗談は言わないことで通ってるんだが」

「そんな事知るかっ」

「まあとにかく、監視員というのは、他のSS世界の話の中にまぎれ込もうとしたり、他のSS世界のネタを真似して、自分のSS世界の
ものにしたりしようとする輩を取り締まるのが、仕事だ」
「みゅ」

「……さっきから気になってたんだけど、そのSS世界って何なのよ?」

「そんな事も知らんかったのか。おまえ、どこのSS世界の住人だ?」

「今はそんな事どうでもいいでしょっ。それよりも、どう言う事か、説明してよ」

「いちいちせかすなっ。……要するに、SS世界とは、ここのようなあるひとつの物語をいくつかに分けて掲載したり、あるいはひとつだ
けで成り立っているみじかい物語を書いたりすることで、発生する世界のひとつを指しているわけだ」
「これらは、多くのSS作家さん達の執筆によって、日々発見が成されている。その中では、同じ人物がまったく違う性格で登場したり、
あるいは違う名前で登場する事もある。場合によっては、それぞれの世界観自体が全く異なっていることもある」
「これらは、全てパラレルワールドとして存在しているが、元は同じ可能性世界でもあり、その数は理論上無数に存在しているわけだ。…
…これらをまとめて、俺たちは“平行SS世界”と呼んでいる」
「みゅ」

「…………」

「……わかってんのか?」

「……そんなの、いきなり言われたって理解できるわけないわよっ」

「仕方ないだろっ、書いてる作者だってほとんどわけがわからなくなって来てるんだから」
「みゅ」



「とにかく、俺は、不法な手段で別のSS世界にやって来るやつを取り締まらなければならないんだっ」

「あたし、そんな事知らないわよっ」

「だったら、どうやってここに来たと言うのだ」

「だから、知らないってばっ」

「嘘は、後で裁判の時に不利になるんだぞ」

「そんな事言ったって、知らないものは、知らないわよっ!」

「こら、どこへ行くつもりだ!」

「そんなの、あたしの勝手でしょ……」

 ばん
 ぱらぱら

「…………」
「別のSS世界に行ってしまったのか」
「仕方ない。とりあえず、中央SS管理局に報告しておこう」
「いい加減、行数も長くなりすぎてるしな」
「みゅ」

つづく?

補足:
断るまでも無いですが、この『あとがき番外編』の内容は概ねフィクションであり、
実際のSS作家さんやその他企業・団体などとは一切関係ありません。(笑)
あくまで作者個人がとあるコミックを元ネタとして書いた創作です。
細かい事は、おいおいわかる、かもしれません…

あと、感想を書いてくださった方々、どうもありがとうございます。


それでは、失礼致します…

12回目のSS投稿に寄せて。 Matsurugi(まつるぎ)