くちなしの、甘く薫る頃 投稿者: Matsurugi
 南さんちの明義くんは里村さんちの茜さんの事が好きです。
 それでラブレターを書く事にしました。
 今時ラブレターもないでしょうが、彼には他にいい方法が思いつかなかったようなので、ほっときま
しょう。
 まあとにかく書いたことは書いたのですが、来たのはこーんな返事でした。

『……嫌です』


 しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく。
 何やら妙な音が聞こえてきます。
 どうやら明義くんの泣いている音のようです。
 朝からずっとこの調子です。
 はっきりいって鬱陶しい以外の何物でもないです。

「……南」
「おい、南!」

 誰かが彼を呼んでいる声がします。
 どうやら同じクラスの友人のようです。

「もうとっくに昼休みなんだが」

「あ? ああ……」

 どうやらようやく我にかえったようです。
 のろのろと、椅子から立ち上がります。

「……しっかりしろよ」

 そのあまりにも情けない姿に、その友人は少々あきれながらも、言わずにはいられなかったようで
す。

「『○年×組の南ってやつは、ふられて毎日泣き暮らしている』って評判になってるぞ」

「……誰が言ってるんだ?」

「だいたい予想つくだろ」

 彼には思い当たる人物が何人か思い浮かんでいるようです。

「けどまあ、それだったら開き直って友達という事にでもおさまれば……」

「……おまえに、俺の気持ちがわかってたまるか」

「じゃあ、あきらめるのか?」

「……そんな事は言ってない」

「それなら、めげずにもう一回チャレンジしろよ」
「毎日毎日、朝から泣かれていたら、鬱陶しくてたまらん」

 もっともです。
 そういって、その友人は去っていったようです。

「……あいかわらず、はっきりものを言う奴だな」

 はっきりものを言うといえば、茜さんもそうです。
 普段は無口ではありますが、自分の思った事ははっきりと言います。
 正直でいいと言えば、いいんですけどね。
 それはともかく、確かにこのままでいても仕方ないので、彼はとにかくもう一度チャレンジする事に
しました。


 放課後になりました。
 部活をやっていないので、授業が終わるとすぐに帰ろうとする茜さんを追いかけて、明義くんは昇降
口で声をかけました。

「さ、里村さん」

「……何ですか?」

 茜さんはゆっくりと明義くんの方を振り返りました。
 その素っ気無い態度に、思わず明義くんはひるみそうになります。
 前に貰ったあの手紙の事が頭をよぎります。

「あ、あの、よかったら一緒に帰りませんか?」

 それでも、何とかそこまでは口にします。
 ここまで言うだけでも、一苦労のようです。

「……嫌です」

 予想通りではありましたが、断られてしまいました。
 そのまま、茜さんはいってしまいます。
 しばし固まっていた明義くんは慌てて、後を追います。

 商店街までやってきました。
 茜さんはまっすぐ通り過ぎていこうとしています。
 明義くんはその後をついていくのが精一杯です。
 と、茜さんが振り返ります。

「……ついてこないでください」

 明義くんは自分の事だとはわかってはいたのですが、そのまま帰るわけにもいかずに、困っていまし
た。

「で、でも、その……」

 何かを言わなくてはと思うのですが、うまい言葉が見つかりません。

「…………」

 と、茜さんが急に歩き出したかと思うと、ある場所で立ち止まりました。

「……あれを」

 と茜さんが指差したのは、ショーウィンドーから見えるあるもののようです。

「買ってください」

 それを聞いて、明義くんは茜さんの指す方向を見ました。
 そこには、とてもこの世のものとは思えない、謎の物体としか言いようの無いものが置かれていま
す。
 でも、よく見ると、それは巨大なぬいぐるみのようです。
 ふと、何気に値段の書かれた紙を眼に見ました。
 50万と書かれています。それを見た途端、明義くんは再び固まってしまいました。

「……買ってください」

 さらに、ダメ押しをされてしまい、明義くんは困ってしまいました。


「……それで、黙って帰って来たと?」

 次の日、学校でその事を聞いた友人が言いました。

「……声がでかいぞ」

「でかくもなるわっ!」

 あきれたようにそういうとその友人は続けて言います。

「だいたい、それじゃ最初から無理難題押し付けて、断っているようなものじゃないか」

 ごもっともです。
 普通の人ならたいていそう思うでしょう。

「そんな知ってて言うような、性格の悪い女なんか、止めてしまえ……」

 それを聞いて明義くんの表情が一変します。

「里村さんの悪口は言うな」

 妙に迫力のある顔ですごまれてしまいます。
 それで、友人もそれ以上何も言えなくなってしまったようです。

「……ったく」
「こういうときばっかり、あいつは……」


 友人が自分の席に戻っていった後で、明義くんは考えます。
 確かに友人の言う事はもっともです。
 茜さんの性格については、クラスでもいろいろと聞いた事があるし、陰でどう言われているのかも知
らないわけではありません。
 人知れず、明義くんはため息をつくのでした。
 確かに、あの時の言葉は、断るための口実であることは明らかです。
 とはいっても、もし、手ぶらで行ったとして、

『……さようなら』

 などと、とどめをさされたりしたら、とても立ち直れそうにありません。
 そう思うと、ますます明義くんは気が重くなってきてしまったようです。


 今日も、茜さんは放課後の帰り道を歩いています。

「里村さんっ!」

 そこへ、後ろから声がかかります。
 茜さんはゆっくりと後ろを向きます。
 もちろん、そこには、明義くんが立っています。
 例の50万のぬいぐるみは、見当たりません。

「……何でしょう」

 茜さんは、いつもと変わらない調子で、話しかけてきます。

「あ、あの……」

 少しためらいがちであった明義くんでしたが、意を決して、言葉を続けます。

「すみませんっ、やっぱり、あのぬいぐるみは買えませんでした」

 それを聞いても、茜さんの表情は、特に変わったようには見えません。

「その、それで、変わりに、これを……」

 そういって、明義くんが目の前に出したのは、何かが入っている大きな袋です。
 どうやら、山葉堂のワッフルの入った袋のようです。
 おまけに、すべて、あの練乳蜂蜜ワッフルのようです。
 遠くからでも、甘いかおりが伝わってきそうです。
 おそらく、有るだけのお金を全部はたいて買ったのでしょう。

「…………」

 茜さんは、その大量のワッフルから発せられる甘いかおりの中で、長い間黙ってました。

「あ、あの?」

 明義くんがおずおずと、問いかけます。

「……気に入ってくれましたか?」

 しばらく、言葉が発せられることもなく、ふたりともただ立ったままでいました。
 長い沈黙の後、ようやく茜さんが口を開きました。
 明義くんは、不安そうな顔で、返事を待っています。
 そして、茜さんはこう言いました。

「……嫌です」


 しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくし
くしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく……

 また、何やら妙な音が聞こえてきます。
 もちろん、明義くんの泣いている音です。
 座ったままで、涙が滝のように流れている感じです。
 まさに、滂沱といったところでしょうか。
 鬱陶しい事には変わりありませんけど。

「もういい加減、あきらめたらどうだ?」

 さすがに近寄るのも嫌なのか、遠くからその様を見ていた友人が言います。

「そうできたら、苦労は無い……」

 泣きつづけながら、明義くんは答えます。
 器用なものです。

「……鬱陶しさ、大爆発なやつだな」

 友人は、呆れてそれ以上何も言いたくなさそうです。
 無理もありませんね。
 明義くんは、まだ泣いています。
 結局、1日中その調子だったようです。

 ……行く道は、はるかに、いや、因果の地平の彼方よりも遠い気がします。
 それでも、明義くんは負けません。
 明義くんはくじけません。
 いつか花実の咲く日まで、明義くんは頑張り続けるのでしょう。
 ……いつになるかは、知りませんけどね。


くちなしの、甘く薫る頃:おしまい

〜〜〜〜〜

あとがき

どうも、Matsurugi(まつるぎ)です。
11回目のSS投稿になります。

そんなわけで、何だか恒例になっているような単発ものですが、
短編というには、ちょい長めというところです。
内容は…、まあ、何かよくあるような無難な感じですかね。
(こんなんだとちょっと可哀相な気もしますが)

蛇足な補足をさせていただきますと、
くちなし(山梔子)というのは(辞書によりますと)アカネ科の常緑低木で、
夏、香気の強い白い花を開く、ということだそうです。
(単に元タイトルから引用しただけですが)

あとは、元ネタでの登場人物の名前が『茜』だった、という事ぐらいです。

というわけで、今回はこのくらいで。


それでは、失礼致します…