小さな商店街。
通りの両端に並ぶ店。
行き交う人々。
「すごい人だな……」
雑踏の中をかきわける。
「あれ? 澪は」
見わたす先。
ひとつの店の前に立っている少女。
「……いた」
その目前で。
少女の手が。
店先に置かれたオレンジを掴む。
店員は気付いてない。
「え」
素早くそれを胸元に隠す。
(って、おいおい)
少女の近くへ。
「澪!バカ、早く返せ!」
小声で囁く。
手の中のオレンジはさっきより増えている。
「君達?」
店員の声。
(……えーい)
「逃げろ!」
少女を連れその場から駆け出す。
商店街のはずれ。
道の脇に座る二人。
(……ドロボーしてしまった)
肩を落とす浩平。
「……まったく」
「澪」
「…………」
「こんな事は、やっちゃいけないんだぞ」
「だから……、え?」
浩平に伸ばされた手。
その中に。
置かれているオレンジがひとつ。
顔は背けたままで。
「澪?」
オレンジが投げられる。
慌てて手で受け止める。
突然の事。
混乱。
でも。
何故だか。
嬉しい。
「……澪」
「澪ー」
絵描きの男の声。
立ちあがる少女。
その懐から。
他にもいろいろものが落ちてきた。
「…………」
「えっと、これ……」
「あ、ひょっとしてそれ、、澪が……」
(ずっと)
(こんなふうに)
(いられたらいいのに)
「折原ー」
広場の向こう側。
いつもの少年達の声。
「野球、入ってかないかー?」
「悪い。また今度な」
駆け去って行く浩平。
「……なんだ、つき合い悪いな」
「ダメさ。あいつはバカなんだから」
住井の声。
「泣くのは、折原なのに」
「澪ー」
手を振りながら声をかける。
いつもの麦わら帽子の少女。
でも着ている服は。
いつもとは違う。
「澪? どうしたんだ、その格好」
「出掛けるのか、どっか?」
いつもとは異なるその姿に。
少年はしばし見とれていた。
「やあ。浩平くん」
絵描きの男がやって来る。
「そろそろ、次の街へ移ろうと思いましてね」
「今日の午後、ここを発つ事にしました」
「え……」
「短い間でしたけど」
「澪の友達になってくれて、ありがとう」
二人を見つめている浩平。
少女は。
彼の事を見ない。
(行ってしまう……)
駆け出していた。
(行ってしまう)
どこへともなく。
「住井」
少年が呟く。
「俺って、なんで子供なんだろ?」
「え?」
「ちゃんと1人で、生きていけたら……」
「大人だったら、行かせないのに」
「……絶対、行かせないのに……」
それ以上は。
声にならない。
「だから、バカだってんだよ」
言ったのはそれだけ。
(大人になったら)
(逢えるだろうか?)
(また)
(逢えたらいいな)
少女と別れる日。
「そろそろ、行きますよ」
浩平が。
少女の前に立つ。
「元気でな」
「澪」
顔をふせたままの少女。
彼を見ない目。
「……」
「おい」
住井の声。
「ちゃんと、折原を見ろよ」
「……やめろ、住井」
「見ろよ!」
少女の手を引く。
「住井!」
「見ろったら!!」
叫ぶ声。
その目から。
こぼれる涙。
少女は。
背を向けて。
歩いていく。
振り返ることなく。
そして。
それから2週間後。
少女のいない生活。
「そういや、泣くのは誰だって?」
浩平がからかう。
「うるせえ! ……なんで、知ってんだ?」
聞こえないように呟く。
それには気付かず。
「退職金が入ったから、町へ行くんだ」
「おまえにも何か、買ってきてやるぞ」
「へいへい、勝手にしろ」
駅の構内。
モノレールの切符売り場の前。
「えーと……、N町まで」
彼を見つめる目。
何かが、駆け寄る。
「え」
気付いたときには。
その手の中に。
彼の財布があった。
「待て、こら! ドロボー……」
振り返る。
その姿。
麦わら帽子に薄手のワンピース。
そしてその顔。
「澪!?」
少女は。
浩平を。
見ていた。
「澪!」
「俺だ! 浩平だ!」
「…………」
背を向ける少女。
「澪!?」
そのまま。
駆け去っていく。
「……澪!?」
人ごみの中で。
その姿が遠く離れていく。
「待っ……」
『澪は、おまえの事“わかってない”んだぞ』
(俺を見ない目)
(でも)
(でもいつかきっとわかってくれるって)
「澪」
(わからない?)
「災難だね、ボーヤ」
(どんなに想っても)
「盗られたものは、あきらめるんだね」
(どんなに想っても?)
「この人ごみじゃねえ」
(わからない?)
「……ちがう」
(澪が)
(ほしいっていったら)
(あげるのに)
(わからない?)
(盗らなくたって)
(何だってあげるのに)
(俺の持ってるもの)
(全部)
(いつかきっと……)
(何だって)
(あげるのに……)
頬を流れる雫。
「くっ……」
(こんな再会なら)
(したくなかった)
ただ。
悲しかった。
「…………」
売り場へと戻る。
「君、キップ代は?」
「……あ」
(お金、全部あの中に……)
「すみません、やっぱりいらないです」
駅を出る。
「はあ……」
涙を拭く。
「…………」
「帰るか……」
歩き出す。
直後。
背後から。
「え」
轟音。
遠くから響く爆発の音。
「え?」
「なんだ?」
ざわめく人々。
「町の方に、爆弾が降りそそいだぞ」
「火の海だ!」
喧騒が大きくなる。
「折原!?」
人ごみをぬって現れる住井の姿。
「おまえ、町に行ったんじゃ……」
「……澪に」
「お金を盗られて、行けなかっ……」
(もし)
(盗られてなかったら)
(おれは)
「えーー?」
(まさか)
(澪)
駅の屋上。
その縁に。
座っている少女。
手の中に。
札束を持って。
両手を広げる。
札束が。
空に舞う。
その下に。
浩平と住井の姿。
「澪、行くよ」
少女を呼ぶ声。
下からは。
人々の驚きの声。
空を見上げて。
浩平は思い出す。
(あの時の目は)
(しっかり俺を見ていたのに)
『不思議なんだけどね』
『雨が降ってくるのがわかるらしいんです』
「……澪?」
空を背にして。
少女の姿が見える。
その顔が。
微かに、笑っているように見えた。
− Story1 End −
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あとがき
どうも、Matsurugi(まつるぎ)です。
10回目のSS投稿になります。
そんなわけで、『真夏のONE』の続き&とりあえずの区切りとなっております。
といっても、読んでもらえばわかる通り、まだほんの出だしであります。
この先まだまだ物語が続いていきます。
例によって話のきっかけとなった事でありますが、
単に、元ネタでのヒロインである少女が言葉を話せない、
という事で、澪を登場させて、他のONEのキャラを配置していった、
とまあ、そういったところです。
そこらへんもあってか、
浩平その他のキャラがどうも本来の年齢よりも幼くなっています。
また、この先登場するキャラも、
想定している年齢がかなり違っている可能性があります。
それから、元ネタについて、『刑事版タクSS所轄』というところにて、
(リンクを張っていいのか分らないので、URLは書いてませんが)
簡単に触れておりますので、よろしければそちらでどうぞ。
それでは、失礼致します…