「痛ぇーーーーっ!」
血が滴り落ちる。
「なんだ?」
「おい、小僧」
「機械にはさまれたって?」
「大丈夫かあ」
「クビ?」
「悪いな」
「ケガ人を雇う余裕は無いんでね」
扉が閉まる音。
「…………」
「あの、クソジジィ!!」
「安月給でこき使っておいて、ケガすりゃ、ポイかよーー!」
扉が開く音。
「1ヶ月後に退職金が出るからな」
再び、閉まる音。
「…………」
時は21世紀初頭。
世界は戦乱の時代。
どこかでいざこざが絶え無く起きていた。
(また、仕事探さないとな……)
両親はすでに他界。
それで、叔母である由起子さんの世話になってはいるが。
子供と言えど、働かないと食っていけない。
町の裏通り。
たむろする少年達。
その中にひとりの少女。
「女子供は、気楽だな……」
何気なく、眺めている。
「なんか言えよ、ホラホラ!」
少女に向けられる言葉。
突き飛ばされよろめく少女。
「あ、おい!」
立ちあがる。
「こら、やめろよ」
「なんだ、折原……、ひとりだけいいかっこするんじゃねーよ」
「そーだ、そーだ」
「うるせーっ、とにかく、ガキくさいことするなってーの」
少女の手を掴む。
「大丈夫か?」
振り返る少女。
その眼が、睨むように浩平を見る。
涙を零しながら。
「え」
思わず、手を離す。
「折原のやつ、赤くなってやんのー」
からかうような笑い。
「うるせえっ! あっ!」
駆け出す少女。
その先に。
男が立っていた。
その元へと寄る。
「大丈夫だったかい?」
その男の袖を掴む少女。
「やべ」
「逃げろ」
立ち去っていく少年達。
「君が助けてくれたのですか」
「ありがとう」
「……君?」
少女を見つめていた目が。
はっ、と我に帰る。
「あ? いえ、その……」
苦笑する男。
「この子は、しゃべれないんです」
「そのせいで、いじめられて、すっかり人嫌いになってしまって」
「ふーん……」
(きれいな声が、出そうなのに)
俯いたままで。
「あの」
「俺は、折原浩平っていいます」
「え? ああ、よろしく」
「この子は……」
「上月澪」
「澪……」
その間も、少女は。
浩平の事を、見なかった。
由起子の家の前。
「浩平、どこに行くんだい?」
「仕事探しだよ」
「だったら、何で町と反対方向に行くんだい?」
駆け出していく浩平に。
その声は耳に入っていなかった。
『私は、これでも画家をやっていまして』
『スケッチ旅行をしているんですが』
『絵を描いているときはつい夢中になってしまって』
『澪の事を忘れてしまうんです』
『澪と友達になってくれるのは嬉しいんですけど』
『むずかしいですよ』
(むずかしくなんか、ないさ)
「澪―」
町外れの広場。
ひとつだけあるベンチに。
座っている少女。
その前に。
浩平がやってくる。
「ここ、来たばかりでわかんないだろ」
「町、案内してやろうか」
「…………」
無視。
…………。
(声は、聞こえてるはずだよな)
「そんな所にいて、暑くないか?」
「どっか、影にでも入ったらどうだ?」
「な?」
「…………」
沈黙。
…………。
「日射病になるぞ」
無理にでも、少女を連れていこうとする。
「……!」
途端に、抵抗される。
「いててっ、おい〜」
「澪!」
画家の男が、澪の手を押さえる。
「大丈夫ですか、浩平くん」
「俺は、たいしたこと無いけど、このくらい……」
(それより)
(それよりも)
男を見上げている少女。
見つめる眼。
(俺の事は、あんな風に見ないぞ)
いらつくような感情が湧いて来る。
(なんでだろう?)
(むかむかする)
自分でもわからない思い。
悲しいような、苦しいような。
「……ただいま」
「お帰り」
「どうだった?」
「どうって、……何が?」
「仕事探しに言ったんじゃなかったのかい?」
「……は? ……あ」
出かけたときの事を思い出す。
ふと、目が向く。
由起子が手にしてるもの。
リボンのついた麦わら帽子。
「あ、それ……」
「これかい? リボン取ったら、まだ浩平でも使えそうだから」
「…………」
「リボンがついたままで、くれ」
「え?」
「……ほら」
前と、同じ場所。
そこにいた、少女に。
麦わら帽子を渡す。
「かぶってみろよ」
麦わら帽子を見つめる眼。
いきなり、それをかじりだす。
「……違うって」
「こう」
少女の、頭に被せる。
「よし、ぴったしだ」
(あれ?)
立ち尽くしたままの、少女。
(俺、こいつになんか怒ってたような……?)
「バカじゃねーの、折原って」
村の一角。
いつものように集まっている少年達。
「護……」
「住井だ」
「下の名前で呼ぶな」
いつものように、言い返してくる。
「あいつ、しゃべれないだけじゃない」
「おまえのこと“わかってない”んだぞ」
「……確かに、今は、そうだろうけど……」
「いつかきっと、わかってくれる、と思う」
「…………」
「バカ」
「…………」
住井と、他の連中が背を向ける。
「折原なんかほっといて、行こうぜ」
彼らが、去って行く。
「絶対、わかってくれるさ」
(いつか、きっと)
「おじさん、澪は?」
いつもの場所を訪れる。
「あっちの池のほうに行ってますよ」
「小さい滝のある・・・・・・」
「ああ、わかった」
言葉を遮って。
一目散に駆けて行く。
「そこで」
「水浴びしてるんですけど……」
「……行ってしまったようですね」
草薮をかきわける音。
聞こえてくる水音。
「澪?」
視界が開ける。
その向こうに。
池の中に、佇んでいる少女。
濡れた髪が、肌にまとわりついた姿で。
顔が、こちらを向く。
浩平は、立ち尽くしたまま。
束の間、静止する時間。
「あれ? 折原?」
「何やってんだ?」
聞き覚えのある話し声。
後ろの方から。
草薮をかきわけてくる音。
時間が、動き出す。
「来るなーーーーっ!!」
叫び声。
「なんだよ」
「帰れ」
「何かあるのか?」
浩平が、慌てふためく。
「そっちへ行ったら、殺すぞ」
殺気が渦巻いているような空気。
「帰れったら、帰れっ!!」
殴る、蹴る、の音が辺りに響く。
連中が、逃げ帰る。
「……ったく」
背後から草音。
「わわわ!」
動揺。
振り返った先に。
すでに服を着た少女が姿をあらわす。
まだ、乾ききってない髪が風に揺れる。
その眼は。
いつもと同じ。
(俺を、見ない眼)
それが。
(……痛いよなあ)
(もう)
(やめようか)
(そばにいるの)
目の前にいる少女は。
ただ、空を見上げている。
「ん?」
少女が。
絵描きの男の袖を引く。
「降るんですか?」
「?」
画材道具をしまいながら、男が立つ。
「浩平くん、雨が降るようだから、屋根の下に行きましょう」
「え」
「早く」
(……っても)
「いい天気みたいだけど?」
「な、ん?」
何かが、顔に当る。
刹那。
轟音とともに、雨が降りかかる。
たちまち、浩平はびしょ濡れになる。
「なんで!? どうして」
「大丈夫だったかい?」
屋根の下へ。
「不思議なんだけどね」
「澪は、雨が降ってくるのがわかるらしいんです」
「へぇ……、すごい……」
髪が、少し濡れた少女を見る。
(やっぱり)
(やっぱり)
(離れられない)
< Next Phase >
〜〜〜〜〜
あとがき
どうも、Matsurugi(まつるぎ)です。
8回目のSS投稿になります。
というわけで、前のあとがきに書いた新たなシリーズものが、これであります。
例によって、とあるコミックをオリジナルとしたものなんですが、
今回のは多分、ほとんど知っている人がいないんじゃないかと思います。
(でも、こんな書き方したら、元のコミックに対して失礼ですね)
別にタイトルが、ああだから7月に合わせたというわけではないのですが、
(元になっているのからもじっただけですし)
まあ、せっかくだからという事で。
(北海道じゃ、まだ夏という感じでもないですが)
感想のほかにも、意見、要望;、批判;;、その他がありましたら、お寄せ下さい。
それでは、失礼致します…