これまでのおはなし
長森瑞佳はごく普通の高校生である。
ただ、普段は普通なのであるが、時々、“ねこの世界”に呼び出されるくせがあるのである。
この“ねこの世界”にはかつて普通の猫であったねこたちが、人間のように暮らしている。
彼らは今では、頭にねこの耳をつけたような姿となっているが、それ以外にもかつてのねこと同じよ
うな特徴が残っている。
そして、この“ねこの世界”にすんでいる唯一の普通の人間、瑞佳の幼なじみでもある折原浩平(に
命令されたねこたち)によって、瑞佳は四六時中、“ねこの世界”に呼びつけられているのである。
〜〜〜〜〜
うららかな日差しが差し込む。青空にはほんの少し雲が広がり、暑さを感じさせない程度に陽の光を
調整してくれている。
そんな穏やかな午後のとある日。
緑の生い茂る街中の多少開けた広場で、こねこたちが無邪気に戯れていた。
お互いの身体にじゃれ付いたり、草むらの上を転がりまわったり、はたまたボールにしがみついて遊
んでいたり。
短い髪にちっちゃな丸っこい耳をつけたこねこのしがみついていたボールが転々と、近くの柵の向こ
う側へと転がっていった。
「みゅーっ」
そのボールを追って、柵の向こう側へとこねこが駆けて行く。
ボールのとまった所まで辿り着くと、再びさっきと同じようにボールと一緒になって転がりまわる。
「みゅー♪」
よっぽどその遊びが気に入ってるのか、どこまでもボールと一緒になって転がっていく。
柵の奥深くへと。
そして。
「みゅっ?」
ひとつの影がこねこに近づいていた。
「まゆーっ、おやつよーーっ」
母ねこらしき声が辺りに響いた。
広場にいたほかのこねこたちもそれぞれの家に散っていく。
「まゆーっ?」
しかし、その母ねこがまゆ、と呼ぶこねこはいくら呼んでも姿を見せなかった。
傾きかけた日差しが穏やかに差している、午後であった。
「あかねーっ!」
声のした方を、街の通りを歩いていたあかねが振り向く。
「あかねーっ、あかねってばっ!!」
見ると、あかねを呼んでいるその声は通りのずっと向こうにおり、彼女たちが歩いて来た道の後ろ側
から聞こえていた。
やがて、徐々にその人物が、(その間も声をあげ続けながら)近づいてきた。
その間、あかねはその人物が近くに来るまで待っている。
その声に聞き覚えがあるためか、街の真ん中で非常識なくらいの大声をあげているのを聞いても、そ
の表情に変わりはなかった。
「あかねっ!久しぶりだねっ!」
「……はい」
あかねがいつもと変わらぬ口調で答える。
「しいこも、相変わらず元気そうです」
「うんうん、やっぱり、人間、元気が一番よねっ」
「…………」
その横で、あかねと一緒にいたななせが、関わりになりたくないかのように、あさっての方を向いて
いた。
その様子を見て、しいこと呼ばれたその少女が、とっても楽しそうな表情で声をかける。
「ななぴーも、元気だった?」
「その呼び方、やめてって言ったでしょっ!」
「そう? あたしは別にかまわないけど」
「あんたがよくても、あたしはいやだって言っているのよっっ!!」
「えー?でも、かわいいと思うけどなー、ななぴーって呼び方」
「……はあ」
ななせが大きなため息をつく。
「……それで、今日はどこに行くところだったの?」
「どこだっていいでしょっ、忙しいのよ」
「……ふ〜ん?」
しいこは首をかしげていたが、やがてぴょんっ、と耳を立てて、さも楽しげな事のように(心なしか
眼も輝かせて)こう言った。
「道場破り?」
「そんなわけないでしょっっ!!」
ななせが即答する。こちらは、毛もさかだてんばかりの勢いで、耳が立っている。
「……すぐ近くの、いつもの所です」
横で黙って二人のやりとりを聞いていたあかねがそう答える。
「しいここそ、こんな時間にどうしたんですか?」
「うん。実は、聞きたい事があるんだよ」
「……聞きたい事?」
「うん♪」
それを聞いて、ななぴーがぎくっ、とした顔になる。こうして顔を合わせただけでも、ろくな事はな
いのであるが、町の色々な噂について詳しい彼女の事であるから、何かまたろくでもない噂を聞きつけ
てやってきたのではないか、と思ったのだ。
「……い、言っとくけど、あそこの喫茶店の扉を壊したのは、わたしのせいじゃないわよっ、あれは…
…」
「え? 別にそんな事を聞きにきたわけじゃないよ」
「……えっ? そ、そう?」
ななせが、胸をなでおろす。しいこの顔色を伺ってみたが、特に気にとめた様子は無い。
「わたしが聞きたいのは、人間の事」
「……人間の事?」
「うん。前に普通の人間がこの世界に来って聞いたから」
相変わらず、どこで聞きつけたのか知らないが、情報が素早い。
「それで、あたしも会ってみたいんだけど」
「……用って、そんなこと?」
明らかに、ななせは嫌そうな顔をしていた。
「そうだよ。折原君はなんかいつも忙しいからって会ってくれないのよね。ね? いいでしょ?」
あいつは、ここのねこ自体が好かないだけだろう、とななせは思ったが、口には出さないで置いた。
「……わかりました」
あかねが答える。
「今からそこに行く所でしたから、一緒に行きましょう」
「わーいっ♪」
しいこが楽しそうに答えて、歩き出したあかねの後を追う。
その後ろ姿を見ながら、
「はあっっ……」
と、ななせが再び大きくため息をついた。
ぴょこっ、とみさきの耳が何かを聞きつけてはねた。
そして、部屋の入り口の方を振り向く。
しばらくして、扉からあかね、ななせ、しいこの3人がみさきのいる部屋に入ってきた。
「あ、こんにちは。あかねちゃん、るみちゃん」
「…………」
「…………」
二人は、そう呼ばれたことについては、いつものことなので特に反論を返さなかった。
出来れば、そう言う風に呼ぶのは、止めてほしいと思ってはいるのだが、みさきの方はお構いなし
に、悪戯っぽくたまにそう呼ぶのである。
そんな言動は、とても彼女が二人よりも年上であるようには思えないのだった。
「もう一人来てるね。誰?」
みさきが、ふたりの考えている事など露知らず、そう問いかける。
「……友人です」
あかねがそう答える。
「こんにちは。しいこです」
その後にしいこが続けて答える。
「そうなんだ。よろしくね。わたしはみさき。みさきちゃんって呼んでね」
「うん。わたしの事もしいこちゃんって呼んでいいからね♪」
「…………」
二人のそんなやり取りを、ななせはつかれた様子で聞いていた。
みさきは、目の見えないねこである。
そのため、あまり外を出歩く事は無いのだが、実際はそんなに日常に支障をきたす事は無い。
実の所、ねこというのはあんまり目がよくなかったりする。
進化した今のような姿になっても、それは変わってはおらず、基本的ににおいや音や動きで判断して
いるのだったりする。
そんなわけで、特に目が見えなくても普段困る事はないのであるが、そのためかどうかは知らない
が、みさきは他の感覚がとても鋭敏となっており、かなり遠くからでも足音や、声が判断できるのであ
る。
こと、食べ物に関してとなると、特にその感覚は人一倍鋭敏になるらしいのであるが……。
ま、それはさておき――。
四人は、瑞佳を呼び出すために使われている部屋へと移った。
歩きながら、ななせがあかねに話しかけた。
「……前から気になってたんだけど」
「……何ですか?」
「なんで、呼び出すときにこんな格好になる必要があるの?」
ななせがこんな格好、と言っているのは、服の上から着る黒装束?を指しての事である(ちなみに、
全員同じ格好である)。
その様はどう見ても、
「まるで、怪しい儀式みたいだね」
という事になるのであるが。
「……おかしいですか?」
「別に、おかしい、とかいうわけでもないんだけど……。なんでこんな格好になる必要があるの?」
「……雰囲気の問題です」
何故にそう言う雰囲気が必要なのかいまいち理解不能ではあったが、ともかく部屋に着いたので話は
そこで中断となった。
準備を終えて、あかねは呼び出しをはじめた。
「$£#*☆●◇■▽※……」
あかねが何やらまともに聞き取ることの出来ない謎の言葉の羅列を紡ぎ始める。
「いよいよ本物の人間に会えるんだ。楽しみだね」
しいこが、目を輝かせながらそう言う。
「別に、会ったからって楽しいわけじゃないと思うけど・・・…」
と、横でななせがそう呟く。
「▼¢△%□§◎&★@……℃○¥◆!」
ぽんっ。
「わーーっ!?」
叫び声とともに瑞佳が姿をあらわす。
「……どうかしましたか?」
あかねが、慌てる様子もなく、聞き返す。
「どうかしたじゃないもんっ! わたし、部活の途中だったんだよ―っ!」
と、瑞佳が大いに慌てたふうに応じる。
「何だか、賑やかで面白いね」
しいこはひとり場違いな感想を言ってたりする。
「……ま、いつもの事だけどね……」
ななせはひとりごちていた。
ふと、瑞佳が、あたりを見渡す。
「ところで、浩平は?」
「そう言えば、来てなかったね」
と、みさき。
「……長森さんをお呼びする事は知らせておいたんですが」
「そう……」
「……気になりますか?」
「べ、別にそんなんじゃないもんっ」
と、慌てて瑞佳が答えていた。
その日も、雲間に青空が覗く穏やかな天気であった。
午後の弱まった日差しを受けて、人通りの少ない道の上で、こねこたちが、思い思いの遊びに興じて
いる。
何人かが集まっておっかけっこをしていたり、自分の影を踏もうとして飛び跳ねたらまた向こうに
いってしまってまた踏もうとするのを繰り返したり、道にいろんな落書きをしていたり。
「…………」
とてとてっ。
おっきなリボンを頭につけたこねこも、そんな中に混じって時々転びそうになりながらあちこちと走
り回っている。
ふと、目をやった先に飛びこんできたものがあった。
穏やかな風に吹かれながらひらひらと空を舞う蝶であった。
「…………」
ぴょんっ。
手を伸ばそうとするが、蝶はこねこたちの背よりも高い所を飛んでいるので、届きようが無い。
やがて、辺りを飛びまわっていた蝶は、向こうの方へと飛び去っていった。
「…………」
わーいっ。
その蝶を追って、こねこが、とことこと駆け出していく。
その後を追うように、他のこねこたちもはしゃぎながら駆け出して行った。
「?」
気がつくと、さっきまで遊んでいた道に残っているこねこは一匹だけとなっていた。
そして、いくらたっても、他のこねこたちは帰ってこなかった。
「この前は、楽しかったねえ」
街中にいたななせを見つけたしいこが、近づいてきてそう言った。
この前、とはしいこが一緒について来て瑞佳を呼び出した時の事、であるらしい。
「……そうね」
あまり乗り気でなさそうに、ななせはそうこたえる。
あれから後、それはそれは大騒ぎ(最も瑞佳はそれどころではなかったであろうが)になったのであ
るが、ななせはその時の事はあまり思い出したくはなかった。
「また、今度一緒に騒ぎたいよねえ」
「…………」
それだけは絶対にごめんこうむりたい、とななせは思うのだった。
「ところでさあ、知ってる?」
街路樹が並び立つ通りを歩きながら、急にしいこが話しかけた。
…………
しばしの間。
「知らない」
「なんの事か聞いてよ」
「何をよ」
「こねこの失踪事件よ」
〜〜〜〜〜
あとがき
どうも、Matsurugi(まつるぎ)です。
4回目のSS投稿になります。
というわけで、『おねめ〜わく』の続きのお話であります。
と言っても、前回までとは別の話となっていますので、これから読み始めても大丈夫(何が?)です。
さて、今回の話ですが、ぜんぜん前のとは違った形になってますね…
おまけに、新キャラがほとんど目立っていたりして…
元の話からとりあえずネタに出来そうなのを考え付いたものから書いていますので、
いろいろと説明の足りない所があるかもしれません…
#「みゅー」ってのは、はたして猫の鳴き声に聞こえるのだろうか?
それでは、失礼致します…