おねめ〜わく 投稿者: Matsurugi
 よく晴れた夏休みのある日。
「あーあ、この夏もなーんにも面白いことがなかったわね」
「…………」
「ねえ、聞いてるの? 瑞佳?」
「えっ、何っ?」
「どうしたの? 何ボーっとしてるのよ?」
「あっ、ううん、別にっ……」
 佐織の問いかけに長森瑞佳が慌てて答える。
 夏休みといえ高校三年生である彼女らにとって、のんびりと休みを過ごして
いられる日はそう多くない。
 その数少ないいとまに少しでも休み気分を満喫しようとはするのだが、だか
らといってそんなに遠くまで外出するというわけにも行かない。また高校生の
身分では遊びに行ける場所もおのずと限られてくる。
 そういうわけで、せいぜい近所の商店街に行ったりするぐらいが関の山とな
る。その帰りすがら瑞佳は佐織と他愛のないことを話しながら歩いていたのだ
った。
「そう言えば、瑞佳、最近……」
「えっ?」
「何だか、考え事している事が時々あるみたいだけど……」
「そっ、そんなことないよ。いつもどおりに元気だもんっ」
「確かにそうだけど、普段はいつもどおりなのに、時折なんだか話をしていて
もうわの空で聞いてる事があるみたいに見えるのよ。さっきみたいに」
「えっ、えっと、その……」
「いつごろからだったかな、確か、今年の春先あたりから、そんな感じがする
の」
 確かに、瑞佳は佐織の言うころから考え事が多くなっていた。普段は何事も
ないように振る舞っていたり、他人と話しているのだが、日常のふとした間に、
別のことを考えてしまうのだ。そう、数ヶ月前のあの日のことがあってから…
…
 あのときから失われたもの。あのときから変らず止まっている事。それがと
きとして日々過ごしていく中でどうしようもなく辛くなってしまう事がある。
 それでも、過ぎて行く日々に押し流されないように努めていこうとする。い
つまでも同じ時間に留まっている事は出来ないのだから……
「大丈夫、瑞佳……?」
「えっ……う、ううん、なんでもないよっ」
「そう……?」
 何にもなかったように普段どおりにすごしてはいる。でも親しい友人の何人
かはそんな中で見せるいつもとは違う瑞佳の様子に気付いていた。なるべくな
らそんな心配はかけたくない、と瑞佳は思っているのだが。
 考えを振り払って、瑞佳は目の前の風景に視線を戻した。ちょうど向こうか
ら、最近出来たと言っていた佐織の彼氏がやってきて、佐織と挨拶を交わして
いた。そんな光景を片隅に見ながら、ふたたび瑞佳は思いをめぐらす。こんな
風に過ごす日々が、いつかこなくなるときがくるのだろうか。退屈な日常であ
っても、普通に過ごしていられるときが。

 瑞佳がそんな事を考えていた時であった。
「……あるよ」
 ……?
「……はあるよ」
 瑞佳は誰かの声を聞いたような気がした。
 でも、まわりには誰もいない。
「……ここにあるよ」
 やっぱり聞こえてくる。
 でも、どこから?
「えいえんはあるよ」
「ここにあるよ」
 今度ははっきりとした声が聞こえてきた。瑞佳の頭の上から。
 でも、どうして?
 瑞佳がそう思った途端。
 フッ、と瑞佳の姿が消えた。
「……?」
 先にいた佐織が振り返る。
 そこに、いたはずの瑞佳の姿はなかった。
 だが、束の間考える素振りをしたのもつかの間、佐織は何事もなかったかの
ように、彼氏と一緒に歩いていってしまった。
 まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。

 顔があった。
 目の前に。
 見知った顔ではない。
 でも別段変わっているわけはない。
 普通の人の顔だ。
 だが何か違和感があった。
 何かがおかしい。
 もっとよく見てみる。
 目、鼻、口、髪の毛、耳……。
 耳。
 そう、耳だ。耳がある。
 それだけならば当たり前だ。
 ただし、頭の上のほうに。
 そして、その形。
 ふさふさと毛が生えていて、さんかくになっていて、ぴんとして。
 どこかで見たようなその形……。そう、確かいつも見ているような……。
 …………
 瑞佳が“それ”に思い当たったとき。
「ね、ねこ!?」
 瑞佳は思わず大きな声に出して、そう言っていた。
 目の前にいる少女が頭の上に”ねこの耳”をつけて立っている。それだけで
はない。その周りにいるほかの人々も、みんな頭にねこの耳をつけていた。
 しばらく、自分がどう言う状況にいるのか、瑞佳は把握しかねた。
「えっ、何? 何? どうしたの? 何が起こったの?」
 唐突な展開に、瑞佳は混乱していた。
 確か、佐織と街中を歩いていて、それから……
 瑞佳が何とか状況を理解しようとしていたとき、それまで沈黙していたねこ
の耳をつけた人々がにわかに口を開いた。
「どうやら、うまくいったみたいだね」
「……やってみるものです」
「ほんとに成功するとは思わなかったけど」
 口々にまわりにいるねこの耳をつけた人々が囁きあっている。
 それでもまだ、瑞佳はどういうことなのかわかっていない。
「ど、どうなってるのー? 何なのーっ? どこなの、ここーっ?」
 瑞佳が誰にともつかぬ問いかけを繰り返しているうちに、目の前にいた人物
が話しかけてきた。
「……突然呼び立てたりして申し訳ありません」
「わぁーっ、しゃべってるーっ、なんで、どうしてーっ?」
 ……よりいっそう混乱してしまう瑞佳であった。

 場所を変えて、ようやく瑞佳が落ち着いた所で、それぞれが自己紹介を行っ
た後、その中のひとりが話し始めた。
「……お願いしたい事があります」
「お願い?」
「はい」
 あかねと名乗った少女がそう切り出す。
「……見てのとおり、ここは“ねこの世界”です」
「……はい?」
「私達の姿は、今はほとんど人間と変わりありませんが、その昔は普通のねこ
だったそうです」
「……え、えっと」
「あるときから私達の祖先は進化をはじめ、今のようになりました」
「…………」
「……聞いてますか?」
「……は、はい」
「そう言うわけで、ここの住人は、すべて“ねこ”なのです」
 何がそう言うわけなのか、瑞佳にはほとんど理解できなかったが(というよ
りあまりにも現実離れしすぎていて一概に納得できるような事ではなかったの
だが)とにかく彼女達が頭につけている耳が飾り物なんかではない、という事
は確かなようであった。(実際、ぴくぴくと耳が動いているのが確認できた)
「……ところが、最近になって、ひとりの人間が現れたのです」
「人間って……」
「あなたと同じ、“ねこ”ではない、普通の人間です」
「どういうわけか、突然ここに現れたらしいよ」
「そして、この街のある建物に住み着くようになりました」
「それで……」
「そいつがいじめるのよっ! あたし達の事を」
「……それで、手に負えなくなった私達の変わりに、別の人間を呼び出す事に
しました」
「どうやって?」
「人間、やろうと思えば何とかなります」
「ねこだけどね」
 と、みさきと名乗った少女が横やりを入れる。
「……それが、私なの?」
 何だか、さっきから現実的感覚に乏しい事ばかりが続いていたが、ともかく
瑞佳がここへ来た理由はおおよそ判明したことになる。
 そうこうしているうちに、瑞佳達はねこ達が話していた人間が住み着いてい
るという建物の前までやってきた。
「気をつけたほうがいいと思うよ」
「あいつ、とんでもない性格しているから」
「誰が、とんでもない性格だって?」
 建物の中から、声がした。
 入り口から、誰ががこっちへとやってくる気配がする。
「……後は、お願いします」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
 ねこたちはそそくさと立ち去ろうとしていた。
「ここには来るなと、言っておいたぞ」
 しかし、髪をお下げにした少女、ななせがつかまり、髪を引っ張られていた。
「って、ギャーーーーっ!」
 ななせが悲鳴をあげている中、建物から現れた人物が、姿を見せた。そして
瑞佳の方を見るなりこう言った。
「……こいつは、驚いた」

〜〜〜〜〜

あとがき

お初にお目にかかります、Matsurugi(まつるぎ)というものです。
初めてのSS投稿になります。

で、いきなりなんですが、今回書いたのはあるコミックのパロディになってい
ます。
タイトルでひょっとしたらわかる人がいるかもしれません。
(でも、実際に知っている人がどれだけいるのでしょうか…)

ひょっとしたら、いや結構マズいのかもしれませんが…
<こういうところに載せるのは
なるべく、元になっているのと重なり過ぎないように努力はしたつもりではい
ますが…

とりあえず、続き物となっています。
最初に考えていたよりもかなり長いものになってしまい、えらく時間がかかっ
てしまいました。
やはり、突発的に書いたのでは、なかなか、思うようには行かないものです。

まあ、言い訳がましい事は、このくらいでやめておきます。
ともかく、続きがいつ出来るかはわかりませんが、こうして書いてしまった以
上は終わらせるつもりではいます。

それでは、失礼致します…