チョコレート・狂想曲 投稿者: KOH
朝の昇降口−澪の場合−

 その日オレ達は、いつもより10分は早い時間に学校に着いてしまっていた。
「今日は何事もなく来れたね」
 と、嬉しそうな長森。
「何か、慌しくないと朝って感じがしないぞ」
「それは浩平だけだよ。私はいつもこれ位のんびり来たいもん」
 来れば良いのに。と言いかけた瞬間、オレは背後から首を締められた。
「ぐあっ!」
 片手で頚動脈と気管を完全に封じられてしまった。
「あ、澪ちゃん」
『おはようなの』
 片手でオレの首にしがみ付き、もう片方の手でスケッチブックを振って挨拶する澪。
「おはよ、どうしたの?こんな所で」
 い、いかん、意識が遠くなってきた。
 長森、悠長に話してないで何とかしてくれ。
 全力で暴れているのだが、澪は一向に外れない。
 それどころか、片手でしがみ付きながら、器用にスケッチブックのページをめくったりしている。
『待ってたの』
「?…浩平、読みにくいから動かないでよ」
 ぐ…あ…っ…!
「そうそう、ぴくぴく動く程度なら…あれ?」
 …。
 カキカキ。
『眠っちゃったの』
「しようがないなぁ、もう…で、澪ちゃん、浩平の事を待ってたの?」
 …うん。
 澪は小さな長細いものを長森に渡した。
「あ、これを浩平に渡しておけば良いのね?」
 うんうん。

 目が覚めるとそこは教室だった。
 机の上にはパラソルチョコが一つ。
 それから長森の字で書かれた1枚のメモ。
『澪ちゃんからバレンタインのチョコだよ。良かったね』

  ***

1時間目の休み時間−瑞佳の場合−

「はい、浩平」
 長森さんが折原に小さな紙袋を手渡している。
「おう」
 折原は受け取って中身を確認する。
「お、今年は凝ってるなぁ」
 オレは不思議そうに、そんな折原達のやり取りを眺めていた。
 多分、アレだよなぁ…。
「なあ、折原…」
「なんだ?」
「それ、チョコレートだよな」
「ああ、それがどうかしたか?」
 袋の中はどうやら手作りのチョコらしい。
「お前達、付き合ってたっけ?」
 そんな素振りは見せてなかったんだが…。
「はぁ?」
 熱でもあるのか、こいつは。という表情でオレの事を見る折原。
 頬を染め、慌てて割り込んでくる長森さん。
「す、住井君っ。これは義理チョコだもん。毎年、浩平には私が義理チョコあげる事になってるんだよっ。て、手作りなのはいつもの事だもん」
「そうそう、年賀状みたいなもんだって。まあ、今年は13、14日が休みだから2日早いけどな」
「…ふうん…なるほど」
 そういう事だったか。
「何だよ、にやにやして、気持悪い奴だなぁ」
「いや、幼馴染ってのはいいなぁ、と思ってな」
 いや、ほんと。マジで羨ましい。
 オレは今朝、折原が机に突っ伏して寝ている間に長森さんから貰った一つ百円の義理チョコの事は、こいつには内緒にしておこう。と心に誓った。

  ***

2時間目の休み時間−茜、或いは詩子の場合−

「あっかねー!」
 詩子が来ました。
 最近は慣れてしまいましたが、詩子、進級できるのでしょうか?
 幾ら頭が良くても、出席日数というものもあると思うのですが。
「詩子…」
 名前を呼んで、何も言わずにじっと見つめる。
 詩子が一番苦手なパターンです。
「な、なによ」
 案の定、詩子は何か悪い事をしたのではないか。と、怯えた表情になります。
「今日は何をしに来たのですか?」
「…何って」
 にこっと笑う詩子。
 おかしいです。
 いつもの詩子の反応と違います。
「えへへ〜…はい、これ」
 小さなピンクの包み。
 甘い香りもします。
 これは。
「2日早いけど、バレンタインのチョコレート。今年は土日にかかっちゃったしね」
 詩子…そういう趣味があったんですか?
 私の怪訝な表情に気付いたのでしょう。
 詩子は慌てた様に顔の前で手を振った。
「ぎ、義理よ義理! 茜にはほら、いつもお世話になっているから。甘いもの、好きでしょう?」
 ふぅ…。
 安心しました。
 そういう特殊な趣味の人とはお付き合いして行く自信がありませんでしたから。
「ところで詩子。そちらの包みは何ですか?」
 詩子の持っている紙袋の中には、小さなピンクの包みが幾つかと、一回り大きな青い包みがあった。
「こ、これは、その、ね」
 ちらちらと窓の方を見る詩子。
「ああ、判りました。浩…むぐっ」
 突然、私の口を両手で押さえる詩子。
「ああああ茜っ!何、口走ってるのよっ」
「…失言でした…」
 詩子の両手を外して、私は謝った。
「お、おかしな事言わないでよ…ほら、沢口君が呆れて見てるわ」
 呆れてるのは詩子の行動に対してだと思うのですが…。
 ところで。
「詩子、その沢口と言う名前を誰に聞きましたか?」
「え?お、折原君だけど…」
 再び、窓の方をちらっと見ながら、囁く様に詩子が言いました。
 はぁ…。
 思わず溜息が漏れてしまいます。
「南です」
「はい?」
「沢口ではありません」
 我が意を得たり。とばかりに頷く沢…もとい、南。
「良かった…里村さんはちゃんとボクの名前を覚えてくれているんだね」
「…クラスメイトですから」
「そっかぁ…南君って言うのかぁ…ゴメンね」
 詩子は謝りながら、沢口君。と書かれた小さな包みを差し出した。
「これ、いつも席を貸して貰っているからお礼」
「あ、ありがとう」
 南、にこにこしてます。
 私の方を見て、またにこにこ。
 …?
「あ、沢…じゃない、南君。茜は義理チョコってやらない人だから」
 がっくりと肩を落として南が去って行きます。
 どうしたんでしょう?
「…南、おかしな人ですね」

  ***

3時間目の休み時間−七瀬の場合−

「なあ、七瀬はチョコとかくれないのか?」
 折原が話し掛けて来た。
 瑞佳にあんなに立派な本命チョコ貰っておいて何を言っているんだか。
 義理チョコくらいは乙女の嗜みとして用意してあるけど、瑞佳に悪いものね。
 私は折原の事を無視する事にした。
「…まあ、男から貰っても嬉しくないけどさ…」
「!」
 思わず切れそうになる。が、ここでは人目がありすぎる。
 我慢よ、留美。
「…折原君も物好きねぇ、あんなぶりっ子が良いの?」
 ひ、広瀬!
「いや、あいつのチョコを貰うなんて、オレくらい心が広くないと出来ないだろうしな…って、お前、また七瀬にチョッカイ出しに来たのか?」
 折原の声が一気に氷点下まで下がる。
 …悪い奴じゃないのよね…守って…私を守ってくれたし…。
「ち、違うわよ。もう、あんな事するつもりはないわ…」
 ちらっと見ると、可哀相なくらいにうなだれた広瀬。
 え? ひょっとして…。
「じゃあ、何の用だ?」
「…嫌われちゃったみたいね…そのね、チョコ、義理チョコ、あげようと思って…」
「へえ、それはいいや。仲直りか。七瀬も喜ぶぞ」
 そんな明るい声で、いきなり何馬鹿な事、言ってるのよ。
「え、ち、ちが…」
「おい、七瀬! 広瀬がお前にチョコくれるってさ」
 ガタン!
「折原! あんた馬鹿?」
 私は立ちあがって折原のほうに向き直った。
「はあ? 何でオレが馬鹿呼ばわりされないと行けないんだ?」
 広瀬が、折原の後ろで小さくなってる…やっぱり…そうなんだ。
「あのねぇ、広瀬…さんは」
 私が何を言おうとしているのかを理解したのだろう、広瀬…さん、は慌てた様に首を振った。
「広瀬さんは…その、折原に迷惑をかけたからって、折原に義理チョコを持って来てくれたのよ」
「…そうなのか?」
 振りかえって広瀬さんに訊ねる折原。
「そ、そうよ…幾らなんでも女の子に義理チョコなんて配るわけないじゃない」
「そうか…じゃあ、ありがたく貰っておくよ」
 広瀬さんは、ちょっと頬を染め、小さな包みを折原に手渡した。
 そうかぁ…前に瑞佳の言っていた、私と折原が仲が良いから、悪戯されているって説はあながち間違いじゃなかったって事なのね。

  ***

屋上。掃除の時間−みさきの場合−

「よう、先輩。寒くないのか?」
 私が屋上で風を感じていると、いつもの様に浩平君がやってきた。
「寒いよ。でも、いい風だよ」
 でも、今日は教室の雰囲気がいつもと違うから、逃げてきちゃった。と言う方が正解かな。
「で、今日の風は何点だ?」
「んー、寒いけど、身が引き締まるからね。85点かな」
「中々良い点だな」
 浩平君、声が震えているよ?
「寒そうだね?」
「ああ…やっぱり判るか?」
「うん、思いっきり声が震えているしね」
 本当に寒そう。
 ひょっとして、また、上着を取られちゃったのかな?
「先輩、暖めてくれないか?」
「どうやって?」
「それはまあ、色々と…」
 ちょっと想像してみる。
 暖めるんだから…え〜と…。
 …学校で、そんな事…。
 ちょっと頬が熱くなる。
 もう、浩平君、意地悪だよ。
「うー、良く判らないけど、嫌だよって言っておくよ……あ、そうだ」
 私は上着のポケットを探った。
 うん、あった。
「これ、雪ちゃんから貰ったんだけど、良かったら食べる?」
「なんだ?」
「ブランデー入りのチョコだって言ってたよ。体、温まるんじゃないかな?」
 …あれ?
 浩平君、返事してくれないよ?
「…えーと…チョコ嫌いだった?」
 あ、それともお酒が苦手なのかな?
 未成年だし、あんまり得意でもどうかとは思うけどね。
「い、いや…貰うけど…」
 浩平君が私の手からそっとチョコを取った。
「でも、本当に貰っていいのか?」
 恐る恐る。と言った風に訊ねてくる。
 どうしちゃったんだろう?
「うん、私はさっき食べたし、浩平君、本当に寒そうだか…ら……あ…」
 そうか、これって雪ちゃんが義理チョコを配った残りなんだっけ。
 明後日のバレンタインデーはお休みだから、今日のうちに配るんだって言ってたんだっけ。
 うー、浩平君、勘違いしてなければ良いけど。
「所で、明日はバレンタインデーらしいけど、これって深い意味は?」
「ないよっ。ぎ、義理チョコだよ。深い意味はないからねっ」
 思いっきり否定する。
「うーん、そこまで言い切られると悲しいものが…」
「じゃあ、ちょっとだけ義理じゃないって言っておくよ」
 本当はちょっとじゃないかも知れないけどね。

  ***

放課後−繭の場合−

 ガラッ!
 教室の前扉が勢いよく開いた。
「みゅー!」
「繭!」
 瑞佳が嬉しそうに走って行って繭ちゃんを抱きしめる。
「ふいふい」
 瑞佳の胸に顔を埋める様にして、繭ちゃんは甘えている。
 うわぁ、くすぐったそう…。
「繭、今日はどうしたの?学校は?」
「今日はお休みだもぉん」
 …柚木さんの影響?
 そんな嘘言ったって、誰も信じないと…。
「へえ、そうなんだ」
 …あっさり信じてるみたいね。
「そんでね、えっと…」
 繭ちゃんはポケットから可愛らしい包みを取り出した。
「これ、義理チョコ。お世話になった人にあげなさいっておかあさんが…」
「あ、そうなんだ。じゃあ、浩平に?」
 こくん。と頷く繭ちゃん。
「あと、瑞佳おねえちゃんと、みゅ…七瀬おねえちゃんにも」
「わぁ、ありがとうね。繭」
 再び繭ちゃんを抱きしめる瑞佳。
 …この娘、ノーマルの筈なんだけどなぁ…。
 あ、瑞佳が繭ちゃんと一緒にこっちに来た。
「ねえ、椎ちゃん」
「何?」
「浩平、知らない?」
 …何で私が。
「折原君は瑞佳の管轄でしょう?」
「…うー、どこに行っちゃったんだろう」
「こーへー、いないの?」
 繭ちゃんが瑞佳に抱き付いたまま、瑞佳を見上げる様にして訊ねた。
「うん…でも、すぐに戻ってくると思うよ。あ、先に七瀬さんのところに行こうか」
「みゅー」
 瑞佳達は七瀬さんの方に走って行く。
「七瀬さ〜ん!」
「みゅ〜!」
「わー!ちょ、ちょっと待ったぁ!」
 あ〜あ、七瀬さんも大変ね。

〜〜〜〜〜
はう…
インフルエンザで死に掛けのKOHです。
本当は二人のしいこ−5− V-day決戦編を書き掛けてたんですがとても間に合いそうにないので、一ヶ月前から公開していたこいつを改造して持ってきました。

皆さん、風邪には十分注意なさってください。
今年のは…死ぬほど辛いです(^^;

では

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/7262/