…ジングッーベージングッーベーすっずぅがぁなるぅー…
…クリスマス大特価で、ご奉仕して…
…聖書にはこうありま…
にゃー…にゃー。
クリスマスイブ。
人も街も浮かれ騒ぐ歳末のお祭り。
ある人は足早に愛する家族や恋人の元へと歩いています。
また、ある人はあてもなく賑やかな街を歩いてます。
にゃー、にゃー…みゃー…にゃー。
そんな人々の行き交う通りの隅に、小さなダンボール箱が置き去りにされていました。
にゃー……にゃー……。
吹きすさぶ木枯らしの中、思い出したように猫の鳴き声がします。
それに気付かない者は多くはないが、足を止める者は皆無でした。
…そう、その時までは。
***
−華穂−
あら?
何かしら…繭の甘えた時の声みたいな…。
その日私は、繭と夫と三人のささやかなクリスマス・パーティーの準備のために、商店街に来ていました。
その声は、丁度、繭のためにテリヤキバーガーとナゲットを買って、店を出た直後、私の耳に届いたのです。
「えーと…」
それを見つけてしまった時、私はしまった。と思いました。
猫の声のするダンボール箱。
通りの隅に置かれたそれは、箱にかかれた『可愛がってください』の文字を見るまでもなく、捨て猫だと判りました。
木枯らしが吹くたびに猫は箱の中に首を引っ込めているけど、思い出したように顔を出しては道行く人に訴えかけるように鳴いています。
私は思わずその箱に近付いてしまいました。
まだ、生まれて間もないような子猫が二匹、箱の中から期待に満ちたまなざしで私を見ています。
…でも、連れて帰るわけにはいきません。
繭がミューというフェレットとお別れしてから、何回か新しいペットを。と考えなかったわけではありません。
でも、繭は新しいペットを欲しがる事はありませんでした。
…多分、またお別れする事になるのが怖いのだと思います。
まだ、気持の整理の出来ていない繭に、新しいペットを押しつけるような事は出来ません。
「…ごめんね…何にもしてあげられない…連れて行ってあげたいけど…ごめんね」
私はそう呟き、その場を立ち去ろうとしました。
みゃ…みゃーみゅー、にゃー…
私が立ち去ろうとするのを止めようとするかのように、二匹の猫が鳴き声を上げました。
「…あ、そうだ…」
私は下げている紙袋から小さな箱を取り出しました。
そして、その蓋をあけて、ダンボールの中にそっと置きます。
「こんな事しかしてあげられないの…ごめんね」
子猫達はまだ熱いナゲットの匂いに惹かれ、齧っては離し、齧っては離しを繰り返しています。
私はそれを確認してから足早にその場を離れました。
…ごめんね…本当にごめんね…。
***
−雪見−
あれ?
あの人何しているんだろう?
私は、綺麗な女性が、通りの端の箱の側にかがんで何かをしてるのを見るとはなしに見ていた。
喫茶店からの街角ウォッチング。
演劇を始めた当初、先輩が教えてくれた勉強方法。
…クリスマスだって言うのに私って何て勉強熱心なんだろう……ふんっだ!
箱が最初からそこにあったのは知っている。
泥棒?
にしては随分、妙な泥棒よね。
私はその女性が立ち去るのを待って、喫茶店から外に出た。
「…うっ!」
気付きたくなかった。
そこには寒さに震える子猫が二匹。
震えながらも、多分さっきの女性が置いて行ったと思われる、微かに湯気の出ているナゲットを一生懸命食べている。
…やられた。
正直言って、私はこういうのに弱い。
でも…。
残念ながらうちの母はアレルギー体質で猫なんてとても飼えない。
…見なければ良かった…。
なんとかしてあげたいけど…せめて寒さをしのぐ事が出来れば良いのだけれど…。
「あ、そうだ…」
私は今日、学校でみさきから貰った、みさき言うところのクリスマスプレゼントの事を思い出した。
『雪ちゃん、学校まで遠いから、朝、大変でしょう?』
みさきはそう言って私に小さな包みをくれた。
最初は手袋かマフラー、そう思ったんだけど…。
「まさか、こんな風に役に立つとはね…今度、みさきにお礼言わなきゃ」
私はみさきから貰ったお徳用ポカロン10個詰めの封を開け、三つばかり、袋を破って子猫の側に置いた。
明日の朝まで持てば良いんだけど…。
***
−真希−
あれ…猫?
みんなでカラオケに行こう、と、私達は商店街に来ていた。
とりあえず、カラオケは軽く食事をしてから。という事になり、今、ファーストフードで軽く腹ごしらえをしたところ。
…にゃー…
また、猫の声が聞こえる。
「あれ、真希、どうしたの?」
えーと…。
「…あ、あ、ごめん」
私はペロッと舌を出してみんなに謝る。
猫好きなんて、子供っぽくて恥ずかしいじゃない。
でも、なぜか気になって。
だから私は嘘をついた。
「…えーとね、ちょっと忘れ物。先行ってボックス取っておいて」
「うん、じゃあ、いつもの所、取っておくから」
さて、えーと、声はこの辺りから…って、何よこのいかにも捨て猫な箱は!
にゃー…
私は恐る恐る箱を覗き込んだ。
小さな…まだ掌に乗るんじゃないかっていうサイズの子猫が二匹。
ううっ。
既にうちには大猫が一匹いる…長森さんじゃあるまいし、こんな風に見つけた猫をいちいち拾って行くわけにもいかない…。
うーん、でも可愛いよぉ。
でも、面白い箱ねぇ。
ナゲットの空き箱一つと、使い捨てカイロが三つ?
この猫を捨てた人、優しいんだか、冷たいんだか判らないわね…。
ひゅ〜〜〜〜
木枯らしが吹いた。
寒い。
こんなに寒いのに、使い捨てカイロなんかで明日まで持つんだろうか?
…えーと、え〜い、どうせ安物よ!
「あ、真希、忘れ物あった?」
カラオケボックスはかなり混雑しているようで、みんな、待合所でジュースなんかを飲んでいる。
「あ、うん」
鞄を置いて私も椅子に座った。
「あれ? 真希、マフラーしてなかった?」
あうっ!
「あ、暑いから外して鞄に入れたわ」
「…暑い?」
みんなが不思議そうな表情で私を見る。
うー…。
いーでしょ!
突っ込まないでよもう!
***
中略(住井、南、照八他)
***
−詩子−
…珍しいものを見つけた。
「捨て猫?」
…ここまで捨て猫です。って箱に入っているのに、なぜ、こんなにゴチャゴチャと物が入っているんだろう…。
マフラー…カイロ…食べ物多数…多分暖かかったと思われる缶コーヒー…他にも色々。
猫達はマフラーにくるまり、幸せそうに眠っている。
でも…
私は空を見上げた。
今にも泣き出しそうな空。
…きっと振るわね…。
完全装備に見える子猫達にも足りないものが一つ。
「…傘がないわね」
この寒さだ。
雨が降ったら子猫達の命は多分ない。
…。
……。
正直言ってペットは飼いたくない。
いつかお別れするをするのが怖いから。
でも…。
「このまま帰ったら、きっとこれがお別れになっちゃうのよね」
…連れて帰る?
猫の二匹くらい面倒は見られるけど…。
うーん、困ったぁ。
こういう時、茜がいてくれたらアドバイスしてくれるのに…
うー…。
ポッ…
「ひゃっ!」
頬に冷たい感触。
あ、本当に振ってきた。
「えーい、いいわ。こら、猫達!」
私は箱を抱え上げた。
振動に驚いた猫達が目を覚ます。
「あなた達を連れて帰るからね!」
猫達は目を丸くして私を見ている。
…みゃー
肯定か否定か判らないけど、二匹が鳴いた。
うん。
あなた達が野良猫として生きていけるようになるまではこの詩子さんが面倒を見てあげる。
そこからは自分の力で生きていくのよ。
「さ、帰ろっか」
***
クリスマス・イブの夜。
街の賑やかな雑踏を縫うように、薄汚れたダンボール箱を抱えた少女が一人。
でも、彼女の顔にはとても優しい笑顔が溢れていました。http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/7262/