私と茜はいつも二人でいた
(…本当は三人です)
優しくて、可愛くて、しっかりしてて
(…誉め過ぎです)
ずっと、一緒にいたいと思っていた
(…私もです)
でも、同じ高校に行く事は出来なかった
(…詩子はお嬢様ですから。住む世界が違い過ぎます)
…何ぃ!?
二人のしいこ −4−
オレは茜を誘って山葉堂でワッフルを買い、いつもの公園に来ていた。
「なあ、茜」
「…」
茜はワッフルを口に運んだ姿勢のまま、微かに首を傾げる。
「柚木って、普通の高校生だよな」
「……はい」
「最近、週に二回はこっちに来ているけど、進級できるのか?」
「…多分、大丈夫です」
自信なさげに答える茜。
「それとな、前から気になっていたんだけど」
「…なんですか?」
「あいつの高校ってどこなんだ?」
初めて柚木に会ったときから思っていた事だ。
オレは…それに長森も。柚木の着ている制服の学校を知らない。
「…知らなかったんですか?」
「ああ…有名なのか?」
「…ええ…とても有名です。特に…」
***
最近、柚木さんがおとなしい…ううん、こんな言い方は不正確ね。
柚木さんと同じ容姿の私を使って悪戯をしなくなった。
それは良いんだけど、でも、あの大人しさが逆に怖い。まるで嵐の前の静けさのような…気にし過ぎかしら。
「しいこさま」
は?
今、誰かに呼ばれたような…。
思わず立ち止まって辺りを見回す。
最近ようやく見なれてきた、いつもの下校の道。
周りには知り合いどころか人の姿はなし。うん、空耳だったみたい。
まあ、私の事を椎子様と呼ぶような酔狂な人もいないでしょうし。
再び歩き出す私。と。
「しいこさま」
…誰もいないのに、また声が聞こえる。
「誰?」
立ち止まり、辺りを伺いながら小声で問い掛けてみる。
が、返事がない。
憑かれて…もとい、疲れているみたいね。
一瞬、洒落にならない誤変換をしかけて、私は首を振った。
「しいこさま」
…気のせいよね…。
再び辺りを見まわす。
「…しいこさま…」
…やだ、まだ声が聞こえる…。
思わず走って逃げようとしたそのとき。
「ここです。しいこさま」
私のすぐ側に止まっていた大きな車の黒い窓が音もなく開き、私と同い年位の女の子が顔を覗かせた。
木目細かな真っ白い肌。
癖のない艶やかな緑の黒髪。
宝石のような瞳。
さくらんぼの唇。
…世の中、美人ってのはいるのねぇ…。と、それよりも。
「あなた、誰?」
多分、柚木さん関係の人なんだとは思うんだけど。
しかし、私の何気ない一言は、予想外の事態を引き起こした。
「そんな…しいこさま、わたくしを、瑞穂をおわすれですか?」
ぽろぽろと零れるのは真珠の涙。
ちょっと、発音がおかしいのかな。綺麗な声は耳に心地好いのだけど、意味を理解するのに時間がかかる。
「あ、そのね、多分、人違いだと思うのよ…」
「しいこさま…しいこさまは瑞穂のことが、おきらいになったのですか?」
ぽろぽろと涙を零しつつ、しかし、俯いたりしようともしない。
ただ、じっと私の目を見つめながら切なげな表情で涙を零す。…えーん、怖いよぉ。
「いや、そのね、私の名前は北川 椎子。柚木さんのそっくりさんなのよ」
「うそです…瑞穂のことをおきらいになったから、そのようなことを…」
柚木さんとこの瑞穂って娘は、どういう関係なんだろう…。
「だって、ほら、この制服見てよ。柚木さんの制服とは違うでしょう?」
両手を広げて、その場で回転して見せる。
「しいこさま…そこまでして、この瑞穂をお笑いになりたいのですか?」
「えーと、瑞穂さん。これ見てもらえますか?」
私は生徒手帳を取り出し、彼女に見えるように名前のところを広げる。
「ほら、私の名前、北川 椎子でしょ?」
「…では、本当にしいこさまではないのでしょうか?」
まだ、疑惑の目で見られているが、瑞穂さんは泣き止んでくれた。
はう、一体どうなっているのかしら。
***
「特にお嬢様学校として有名です」
茜はちょっと考えながら続けた。
「でも、浩平が詩子の学校の制服を知らないのも無理はないです。あの学校の生徒は車で送り迎えされますから」
あれ?
オレは柚木の高校のことを聞いていたんだよな?
「柚木の通っている高校がお嬢様学校?」
「そうです」
「でも、柚木が通ってるんだろ?」
「…詩子はお嬢様です」
シイコハオジョウサマ。
変換。
……椎子はお嬢様。
結論。
「あ、北川の話か」
なんだ、びっくりしたぜ。
「いいえ、柚木 詩子。私の幼馴染の話しです」
柚木がお嬢様…。
あんな元気一杯で傍若無人で唯我独尊で悪逆非道で弱肉強食な奴が、お嬢様だとぉ?
「マジ?」
「マジです」
マジデスマジデスマジデスマジデスマジデスマジデスマジデス………
「…そのネタは藤井勇気さんです」
「うう…冷静につっこまないでくれ…」
柚木がお嬢様………。
「本人に聞いてみますか?」
「…いや、茜の言う事を信じないわけじゃないんだが…イメージがなぁ…あの柚木がねぇ…」
「私がどうかした?」
「どわぁっ!」
ふと気付くと、柚木がいつの間にか隣に座って、オレの買ってきたワッフルをぱくついている。
「あ、こら、オレのワッフルを!」
「え、私のために用意してくれてたんじゃないの?」
そういいつつ、齧ったものを箱に戻そうとする。
「食いかけを戻すな!」
「…えーと、じゃあ、遠慮なく頂きま〜す」
嬉しそうにワッフルに齧りつく柚木。
「…茜…」
オレはそんな柚木を指差し、縋るような目で茜を見つめた。
嘘だと言ってくれ…。
「……本当です」
茜は小さくため息を付き、そう答えた。
「何? 何の話し?」
「いや、な。茜が言うには柚木はお嬢様だとか…」
「うん、そうだよ。言わなかったっけ?」
簡潔、かつ明快に答える柚木。
「お前なぁ…オレの買ってきたワッフルをそれだけ嬉しそうにぱくつくお嬢様がどこの世界にいるんだ」
「ここに」
口の周りにラズベリージャムをつけ、手に付いたチョコレートソースを舐めながら何を言ってるんだ。お前は。
説得力と言うものが欠如しているぞ。
オレのあからさまな疑いの眼差しに気付いたのか、柚木は小さく肩を竦めた。
「だって、嘘付きたくないもん」
少し翳りのある表情で呟く柚木…珍しいものを見たかもしれない。
「ま、私だって、お嬢様なんてガラじゃないと思うんだけどねぇ」
と。
「柚木さーん! 里村さんに折原くーん!」
公園の入り口の方で大きく手を振り、オレ達を呼ぶのは。
「…北川さんです」
あれ?
その後ろにいるのは…柚木と同じ制服だな。
「なあ、柚木…あれお前の知り合い…え?」
振り向くとそこには、一瞬で身繕いを済ませ、にこやかに微笑む柚木。
こいつ、化粧もせずに化けやがった…。
「瑞穂様? 瑞穂様ではありませんか。どうなさったんですか? こんな所にいらっしゃるなんて」
…………誰だ、こいつ。
オレは妙な事を口走り始めた柚木から離れ、茜の隣に避難した。
「なあ、茜…」
「…黙って見ていてください」
柚木が瑞穂。と呼んだその美人は、オレ達の側まで来ると優しい表情で微笑んだ。
「しいこさま、御身体の方はもうよろしくていらっしゃるの?」
柚木の体の具合が悪い?
…こいつ、仮病使って休んではオレ達の学校に来ていたのか?
「ええ、だいぶ良くなりましたわ。瑞穂様にはご心配をおかけしましたわね…今日は良いお天気でしたので幼馴染に無理を言って公園に連れて来て頂いておりましたの…ああ、紹介いたしますわ」
柚木はそう言って、オレ達の方を掌で優雅に指し示した。
「わたくしの幼馴染の里村 茜様」
茜は無言で会釈をした。
「それから、その御学友の折原 浩平様」
オレも茜を見習って会釈をした……うー、自分でもぎこちないぜ。
しかし、御学友と来たかい。
普段の柚木がそんな台詞を言ったら、絶対に馬鹿にされたと思う所だ。
「茜様、折原様、こちらはわたくしのクラスメイトの…」
「越智 瑞穂ともうします。ごく、したしいかたは瑞穂とよんでくださりますわ」
越智と名乗った彼女は優雅に一礼した。
鈴を転がしたような綺麗な声なのだが、ちょっとイントネーションに癖がある為、聞き取りにくいのが欠点か。
「所で瑞穂様、北川様とはどのような…?」
さっきから、越智の後ろでもじもじしている北川の事を気遣わしげに見つめ、柚木が尋ねた。
「先ほど、しいこさまとまちがえて声をおかけしてしまいまして…」
「まあ! でも、わたくし自身でさえ、同じ服を着たら見分けがつきませんもの。仕方ありませんわ」
「ええ、それで、しいこさまのいばしょをごぞんじでは、と、おたずねしたところ、きっと、ここにいらっしゃると…」
「ああ、そういう事でしたのね…北川様、わざわざ、ありがとうございます」
「い、いえっ! お、お気になさらないで下さい!」
北川は慌てて首を振る…うん、事情を知らないと、この柚木の変身は怖いだろうな…。
しかし、北川までつられて敬語を使ってるし…まさか、オレも話す時は敬語を使わないといけないのか?
「それで、今日は、わざわざお見舞いにいらして下さったのですか?」
「ええ、それと、先生からこれをおあずかりしてまいりましたの」
越智は、小さな封筒を柚木に手渡した。
「おめでとうございます、しいこさま。また、全国もぎしけんの主席をおとりになられたようですね」
さっきから、古文か漢文でも聞いているような気分だったのだが、ここに至り、オレの知らない単語が出てきた。
(なあ、茜。シュセキってなんだ?)
(…試験で一番を取ったと言う意味です)
なるほど。
オレには縁の無い単語だな…って、ちょっと待て。
全国模擬試験で一番…て、事は…
「えーーーっ?!」
オレは思わず大声を張り上げていた。
全員の視線がオレに集まる。
しかし、そんな事気にならない程の衝撃の事実。
校内模試で一位なら学校のレベルが低いで済むが、全国模試で一位という事は即ち模試を受験した中では日本一という事に他ならない。
「柚木って頭良かったのか?!」
あ、柚木が頭痛をこらえるようにこめかみを押さえている。
「…折原様…」
あ、しまった。
今のオレは茜の御学友って奴だったんだっけ。
「あ、いや、その、失礼…模擬試験で一位ですか。おめでとうございます…」
うー、慣れない言葉遣いで舌噛みそうだぜ。
「しいこさまは我がこうの誇りですのよ」
胸の前で祈るように指を組み、瞳をキラキラ輝かせ、越智が話し出す。
「なにしろ、学業もすぽぉつもほかの追随をゆるさないほどですし、うつくしくていらっしゃるし…下級生にもにんきがおありなんですのよ」
ポリポリと頬を掻く柚木。照れているらしい。
暫く、越智による「しいこさま崇拝の儀」独演会が続いていたが、やがて、柚木は意を決したように口を開いた。
「瑞穂様…申し訳ありませんが、わたくし達、そろそろ戻りませんと…」
「…あ、もうしわけありません。しいこさまはまだ病みあがりだというのに、わたくしのつまらないお話しにつきあわせてしまいまして…」
「いいえ、本当に今日はありがとうございました」
柚木は立ちあがり、優雅に頭を下げた。
「いえ、それではこれでしつれい致します。おからだ、だいじになさってくださいね」
「ええ、ごきげんよう」
越智が立ち去り、その姿が見えなくなるまで、柚木は優しい微笑を維持しつづけていた。
そして。
「…っ! うわー、久し振りに肩こったぁ!」
越智の姿が見えなくなった途端、これである。
はあ、ほっとした。どうやら、こちらの柚木のほうが地らしい。
しかし、柚木がねぇ。
「柚木…」
オレはじっと柚木の事を事を見つめた。
「な、何よ」
なぜか、怯えた表情の柚木。
茜も気遣わしげにオレと柚木のやり取りを見つめている。
「お前さ…」
「だ、だから、何よ」
さっきから柚木は、怯えた表情で上目遣いにオレのことを見ている…なんでだ?
「…頭良いなら、今度の試験のヤマかけしてくれないか?」
ポン。と手を打つ茜。
「…それは気付きませんでした。詩子、お願いします」
茜、幼馴染として、それは失格だぞ。
オレなんか、長森をいいようにこき使っていると言うのに。
「…それだけ?」
柚木は不思議な生き物でも眺めるように、オレの事を見ている。
「は? 他に何か芸でもあるのか?」
オレがそう訊ねると、柚木は驚いたような表情をした。
えーと、何かあるのか?
そういえばスポーツが得意だとか…しかし、オレの代わりに体力測定はちょっと無理そうな気がしないでもないし…。
暫くそうやって二人で固まっていたのだが、横から茜が助け舟を出してくれた。
「…詩子。そろそろ、帰りましょう」
「うん…じゃあ、折原君、北川さん。また、明日ね」
って、おい!
「明日も来る気か?」
「茜ぇ〜、あんな事言っているよ」
相変わらずの調子で茜に泣きつく柚木。
ふ、また撃沈されるが良い。
しかし。
「…では、試験のヤマは、私だけに教えてください」
それはぁ!
撃沈されたのはオレの方だった。
「あ! いや、柚木、明日も待ってるぞ!」
「うん!」
***
「…良かったですね」
帰り道、茜はそう言ってくれた。
「…うん」
折原君のあまりの変わらなさに私は驚いている。
お嬢様扱いされるされない以前に、まったくと言って良いほど、折原君の態度は変化していない。
ちゃんと、私を私として見てくれている。
「ま、折原君はバカだから大丈夫だと思ってたけど…うん、これからも、友達でいられそうね」
「…詩子が話しても良いと頷いたときは驚きました」
「……嘘、つきたくなかったから」
私がそう答えると、茜は小さく溜息を吐いた。
「…応援して欲しいときは言って下さい」
えーと。
ばれてる?
「一体、なんの事?」
一応、とぼけてみる。
「…詩子は昔から好きな人を虐めてましたから」
小学生の男の子か、私は。
でも。
「内緒にしといてよ」
「…はい。詩子から伝えて欲しいと頼まれるまでは内緒にしておきます」
茜はそう言って、私の大好きな優しい笑顔を見せてくれた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
KOHです。
同じ学区の筈なのに、浩平は柚木の制服を見た事はないとの事です。
それはなぜかを考えてたら、こんな物になってしまいました。
えーと、二人のしいこは暫くお休みです。
次回は………誰、書こうかな(^^;
では