詩子 −1− 投稿者: KOH

 クリスマス・イブ。
 柚木、澪、茜が帰った後、オレは部屋の惨状を眺め、溜息をついた。
 部屋中に散乱したビールの空き缶。 
 テーブルの上のケーキの残り。
 台所を見れば、焦げた鍋やらクリームの付いたボウルやら…。
「でもまぁ…楽しかったからいいか」
 みんなで大騒ぎしながら作ったケーキの残りを、一切れつまむ。
 茜が味付けをした割に、甘さ控え目。上品な味わいってやつだ。
 ピンポーーーン。
「…ん?」
 チャイムが鳴った。
 まだおばさんが帰ってくる時間じゃないよな。って、そもそもおばさんならチャイムなんて鳴らさないか。
 まあ、きっと長森だろう。
 あいつ、友達の家でクリスマス会やるって言ってたからな。
 なんか戦利品(食い物)を持ってきてくれたに違いない。
 …ちょうどいい。ついでに片付けを手伝わせよう。
 そう心に決め、オレはまだ酔いの抜けない体を起こして、ふらふらしながら玄関に向かった。

「開いてるぞ〜」
 扉越しに呼びかける。
 …
 かちゃ…。
 玄関のドアが開いて、案の定見知った顔が姿を現した。
「お邪魔しま〜す」
「よく来たな長森。まあ、あがってくれ」
「はい?」
「どうした長森。今日は制服がいつもと違ってるぞ」
「えーと…」
「どうした、あがらないのか?」
「…」
 ごそごそ。
 コンビニで買ったと思われるビニール傘を傘立てに押し込み、靴を脱いであがる柚木。
 …くそ、茜ならともかく、こいつにもオレの冗談は通じないのか…。
「あ〜散らかってるねぇ」
 部屋の惨状を見て、呆れたような声を出す柚木。
「オレの記憶が確かなら」オレは柚木の隣に立って、一緒に部屋を眺めた。「もっとも部屋を散らかしたのは、柚木、お前だ」
「うん、だから片付けに来たの」
「え?」
 柚木は散らかったままの皿を重ねて台所に運び始めた。
「茜が戻るって言ったんだけど、この雨でしょ? 茜には澪ちゃんを送ってもらう事にして、代わりに私が来たんだ」
 皿を流し台に置き、柚木はきょろきょろと辺りを見まわす。
「あ、このエプロン借りるわよ」
 台所の椅子に掛けてあった、さっきまで茜が使っていたエプロンを手に、柚木が振り向いた。
 どうやら本気で片付けに来たらしい。
「…あ、おれも手伝うよ」
「そう?じゃあ、ビールの空き缶を集めて、掃除機かけておいて。洗い物は私の方でやっておくから」
「わかった」

  ***

 一時間後。
 一人ではどうしようもないと思われた惨状も、なんとか元通りに復旧した。
「やれば出来るもんだな」
「そうね」
 二人で残っていた数少ない缶ビールを開け、乾杯する。
 また居間を汚すのは避けたかったので、場所はオレの部屋だ。
 二人でコタツに入ってビールを飲む。
「柚木、とりあえず礼を言っておく、ありがとな」
「うん。所で聞きたいことがあるんだけど」
 早くも一本空けて、空になった缶をもてあそびながら柚木が訊ねた。
「何だ?」
「折原君は茜のこと、茜って呼んでいるんだよね」
 何を聞くかと思えばそんな事か。
「ああ、茜は名前の方が好きだって言ってたしな」
「…ふうん」
 オレの答えに、何やら考え込む柚木。
「なあ、柚木。なんで急にそんな事を?」
 柚木はオレの事を上目遣いに見ながら頬を膨らませている。
「柚木?」
「…詩子」
 オレの目を上目遣いに睨みながら自分の名前を言う柚木。
「は?」
「詩子よっ!」
 クシャッ! と空き缶を握り潰す柚木。
 うーん、大した事ではないとは判っていても、こいつがやると妙に迫力があるぞ。
「えーと」
 詩子と呼べ。という事か?
「……」
 いかん。睨まれている。
「あ、こら、柚木! その振りかぶった空き缶をどうするつもりだ!」
「私は詩子だってば!」
 睨み合い牽制しあう事十秒。オレは柚木の軍門に下った。
「………詩子…」
 オレがそう呼ぶと、柚木…いや、詩子は嬉しそうな笑顔を見せ、振りかぶっていた空き缶を下ろした。
「ん…浩平…」
「お、おう」
 …なんなんだ、この展開は。
 まさかとは思うけど、詩子。
 オレは詩子の顔を見詰めた。
 詩子の頬は赤く火照り、目は潤んでいた。どうやら間違いなさそうだ。
 しかし、オレの気持はどうなんだ?
「…ゆ…詩子、オレは…」
「んふふ〜、これで茜とお揃い〜」
 ガン!
 つー…コタツに頭突きをかましてしまった…。
 上気した顔も潤んだ目も、ただ単に酔ってるせいか。
「…ったく」
「………」
 あれ?
「おい、詩子…」
 ふと気付くと、詩子はコタツに入ったまま壁にもたれ、クークーと寝息を立てている。
「えーと…詩子?」
 駄目だ。完全に寝てる…。
 ま、いいか。遅くなる前に起こしてやれば。
 オレは毛布を出して詩子にかけてやった。

  ***

 ユサユサ。
 ん…あれ?
「どうしたぁ、まだ暗いぞ長森ぃ」
「長森さんじゃないわよ」
「ぐおぉーーー!金縛りだ!体が動かない!」
「あ、金縛りってなった事ないんだ。ちょっと羨ましいかも」
「だから、今日はオレは学校に行けそうにない」
「冬休みだしね」
「長森ぃ、詩子みたいな声してるぞぉ」
「寝ぼけてるの?」
「んー、顔まで詩子にそっくりだぞ………あれ?」
 詩子だ。
 詩子がオレの肩に手をかけ、顔を覗き込んでいる。
「…目、さめた?」
 オレはあたりを見まわす。
 間違いなくオレの部屋だ。
「…なんで詩子がオレの部屋に?」
「クリスマスの後片付けしたよね?」
「…………ああ、そう言えば」
 遅くならないうちに詩子を起こしてやろうとか考えていた筈だが、どうやらオレも眠ってしまったようだ。
「……二人して眠っちゃったんだね」
 詩子は困ったような表情で俯く。
「そうみたいだな」オレは窓のほうを見る。いかん、かなり暗いじゃないか。「今、何時だ?」
「…まだ六時よ」
 良かった。一時間と眠ってはいなかったわけか。
「そっか、じゃあ遅くならないうちに帰ったほうが良いな…送っていくよ」
「…」
 詩子が驚いたような目でオレを見ている。
「どうした?」
 オレが送るって言ったのがそんなに不思議か?
「今、六時よ」
「ああ、でもこの季節、すぐに暗くなるからな」
 大体五時を過ぎると、あっという間に暗くなる。
 詩子といるとつい忘れがちだが、こいつも女の子なんだからそれなりに気を使ってやらないとな。
 だが、詩子の返事はオレの想像の外にあった。
「今……朝の六時なんだけど」
 オレは慌てて腕時計を見る。カレンダーの日付は二十五日だった。
「どーしよー、無断外泊しちゃったよぉ」
 詩子はオレの肩を掴みユサユサと揺する。
「…………しかも男と」
「……それを言わないでよぉ…」
 がっくりと肩を落とし、俯く詩子。
「やましい事、何もしてませんって言っても信用してもらえないよなぁ」
 部屋の状況を確認する。
 クリスマスイブの夜。
 ベッドもある密室に、酒に酔った若い男女が二人。状況証拠はばっちりだ。
「私は無実よぉ!」
「未成年の男女二人。酒飲んで一緒の(コタツ)布団で寝てたんだし…無実とは言いきれないよな」
「うう…」
 泣きそうな表情を見せる詩子。
 いかん、いじめすぎたか。
「浩平…こうなったら責任、取ってもらうからね」
 ったく、何を言ってるんだか。
 泣きそうな顔して言う台詞かね。
「おう、好きにしてくれ。所で急いで帰るとか言うんなら本当に送っていくぞ」
 朝とは言え、まだ、日の出前だしな。
「うー…うん」

  ***

 大晦日の夜
 トゥルルルル…。
「はい、折原です」
『夜分遅くに失礼します。わたくし、浩平さんの同級生の里村と申しますが、浩平さんはご在宅でしょうか』
「あ、茜か。どうしたんだ?こんな時間に」
 時計を見ると既に夜の十一時。
 大晦日でなければ常識的には電話をかけるには遅すぎる時間だ。
『…浩平、今から出てこられますか?』
「ああ、大丈夫だけど…どうしたんだ?」
『…学校裏の公園で待ってます』
 オレの返事を待たず、電話が切れる。
 しかし、なんだろう。初詣のお誘いか?

 学校裏の公園は、オレの家からだと自転車をとばして五分。
 オレが公園内に入ると、街灯のそばに佇んでいた茜がオレを見つけて近づいてきた。
「よう、初詣にでも行くのか?」
「…いえ、お話しがあります」
 茜はそう言うと、オレに背を向けて歩き出した。
 ついて来い。という事らしい。

「ここらで良いんじゃないか?」
 これ以上行くと公園から学校の裏山になってしまう。というあたりでオレは茜に声を掛けた。
「…ええ、そうですね」
「で、話しってのは…ひょっとして詩子のことか?」
 オレがそう訊ねると、一瞬、茜は驚いたような表情を浮かべ、頷いた。
「…詩子に話を聞きました。どういう事なのか聞かせてください」
 茜の口調はかなり冷たい…まあ、仕方ないよな。
 親友が男の家に一晩泊まったんだから、事情くらいは問い質したいと思うわな、そりゃ。
「まず、本人の要望で詩子と呼ぶ事になった。茜のことを名前で呼んでいるからお揃いにしたいらしい」
 茜は納得したように頷いた。
「詩子はそういう娘です」
 さて、ここからだな、問題は。
 ごちゃごちゃ言い訳がましく言うよりも、事実だけを並べたほうが良いかもしれないな。
「…それと、あの日の事だけど、詩子は掃除しに戻ってきて、掃除の後、オレの部屋で残ったビールを飲んでいたら二人して熟睡して、目が覚めたら朝だった」
「…」
 茜はオレの目をじっと見詰めた。
「まあ、自分で言ってて信憑性に欠けるとは思うけどな…」
 詩子にも言ったが、酒に酔った若い男女が一夜を共にしたわけだ。状況証拠はばっちりだ。
 もしも、こんな事を住井辺りが言ったとしたら信じるかどうか…。
「…信じます」
「え?」
「…信じて欲しくないのですか?」
 ぶんぶん!
 思いっきり首を横に振る。
「なら信じます。でも…」
 茜はそう言って、再びオレの事をじっと見詰めた。
「でも?」
「詩子を泣かせたら許しませんよ」
「はい?」
 茜、一体何の事を話しているんだ?
「詩子が言っていました。本当に好きだから。大事にしたいから何もしなかったんだって」
 …。
 ……。
 ………。
 …………。
 ……………。
 ホントウニスキダカラ。
 ダイジニシタイカラナニモシナカッタ。
 えーと?
 はっ!
「ちょっと待ったぁ!」
 一体どこでそんな話しになったんだ!
「違うんですか?」
 茜は不思議そうな表情でオレを見上げた。
「違う!」
「じゃあ、なんで何もしなかったんですか?」
 そんなストレートに…。
「気付いたら朝だったんだ」
「…本当ですか?」
「もしもオレが本気で詩子に惚れてるなら、詩子の親友にこんな嘘を言うと思うか?」
 オレの言葉に、ちょっと考え込む茜。
「…判りました。でも詩子は本気かもしれません」
 なんでそうなるんだ?
「オレは詩子に好かれるような事をした憶えはないぞ」
 茜は不思議そうな表情をした。
「浩平は最初から詩子に気に入られています。それに、イブには毛布をかけてくれた。と言っていました」
 確かに毛布はかけたが、普通それ位はするだろう。
「それだけの事で?」
「詩子は優しい人が好きなんです…それび、帰るとき、家の側まで送ってくれたとも言っていました」
「かなり早い時間で、人通りも少なかったしな」
 雨も上がっていたから散歩がてらだったし。
「…浩平、お願いがあります」
 茜はオレの目を見ながら、いつになく真剣な表情をした。
「なんだ」
「もしも、詩子が本気だったとしたら、その時は浩平の正直な気持で答えてあげてください」

つづきます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ども、KOHです。
えーと、初めまして/お久しぶりです。

KOH版詩子シナリオです。
出現条件:
茜シナリオを完全クリアしている状態で、現れる選択肢で、茜よりも詩子に好かれるように行動。
クリスマス・イベントで茜シナリオから分岐する…と面白いかもしれないなぁ。

最近、永遠の世界に入りかけた生活をしております。

  KOH 「これで完成だね!」
  上司1号「今更だけど設計図から引き直しして欲しいって」
  KOH 「…今度こそ完成だね」
  上司2号「悪い!また設計図から…」
     以下永遠に繰り返し
  ちび瑞佳「えいえんはあるよ」
  KOH 「いらんわ!」
  大体こんな感じ(泣)

ですので読むだけで精一杯でしたが、辛うじて、一本あげる事に成功しました。
皆さんの作品は読ませて頂いておりますが、感想は書ききれないので申し訳ありませんが勘弁してください。

では