投稿者: KOH
KOHです。
このお話しは単独でも読めますが、一応、犬、桜の続きとして書きました。
もしも宜しければそちらも併せてご覧ください。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 トゥルルル…。
 カーテンを開いて、夜の街に降りしきる雨を眺めていたら、電話が鳴った。
「はい、折原です」
『あ、浩平君。私、みさきだよ』
「よ、調子どうだい?」
『雨だからね、最悪だよ〜』
 そう言いながらもみさきさんは笑い声を聞かせてくれる。
 雨が大嫌いなみさきさんは、「雨の日は寝起きの雪ちゃんよりも機嫌が悪い」らしいんだけど…まあ、寝起きの深山さんがどの程度のものか、幸いにして知る機会はないんだけど。
 何はともあれ、オレの声を聞いてみさきさんは嬉しそうに笑ってくれた。
「…まあ嫌なことは忘れてさ、今度の休みのことでも考えようよ」
『うん。私ね、海のそばに行きたいな』
「そば?海じゃ駄目なの?」
『うん……海岸に出ちゃうと、自分のいる場所が分からなくなるから…』
 自分のいる場所が…分からなくなる?
「じゃあ、さ、岬の灯台なんてどう?」
『私の灯台?』
「…みさきさん?」
 マジ?ボケ?天然?
『…冗談だよ。でも岬も駄目。あのね、潮の香りが微かにして、海の音があんまり聞こえないところが良いな』
 一体どういう事なんだろう?
 海辺に立ったところを想像してみる。
 青い空。青い海。
 潮の香り。
 海鳥の声。
 無限に寄せては返す波の音。
 耳元で唸りをあげる強い風。
 うるさい位にゴウゴウと鳴り響く音。音。音。
 そして潮の香りと言えば聞こえは良いが、強過ぎると腐敗臭にも良く似た香り。
 その景色から光を切り取ってみる。
 ああ、なるほど。
 確かにこれは怖い…。
「じゃあ、港の側が良いかな。湾内なら静かなもんだよ。それに取れ立ての魚とかも食べられるだろうし」
『うん。港って行った事ないけど、それなら大丈夫だね』

  ***

 待望の休日。
 今日も雨が降っている。
 残念ながら港行きは中止だ。
 きっと、今ごろみさきさんは何も手につかないで困っているか、ヘッドホンでラジオでも聞いているんだろう。
 みさきさんは滅多にヘッドホンを使わない。
 目を閉じただけだとあの感覚はちょっと分からないかな。
 目隠しをしてヘッドホンを使えばすぐに分かる事だけど、要するに怖いんだ。
 たとえばヘッドホンを使っている時は、部屋に誰かが入ってきても気付かない。
 だけど、みさきさんは雨のときだけはヘッドホンを使うことがある。と言っていた。

「目が見えないから見えるものもあるけど、見えないものの方が多いんだよ」

 当然のことだ。
 みさきさんに桜の見方を教えてもらったから、オレはみさきさんと同じ様に桜を感じることができる。
 そして、目を開けば舞散る桜の美しさを見ることも出来る。
 それはみさきさんには望んでも手に入らない景色。

「目が見えないから見えるものもあるけど、その全てが美しいわけじゃないんだよ」

 みさきさんはそれを決して教えてくれない。
 それはそうだろう。
 オレだってみさきさんに敢えて気持の悪いもの。汚いものの存在を教えたいとは思わない。
 でも、昨日の電話で少しだけ分かったよ。
 みさきさんが雨が嫌いなわけ。傘をささないわけが。
 雨の音はノイズなんだ。
 光ではなく音で物を見るみさきさんにとって、雨の音は邪魔者でしかないのだろう。
 ましてや傘なんかをさしたら、自分と一緒にノイズも移動してしまう。
 もしも目の前にホワイトノイズが一日中ちらついていたら。
 オレだったら耐えられそうにない。
 せめて、雨の音がみさきさんにとっての楽しい想い出になってくれたなら。
「……よし」
 オレは兼ねてからの計画を実行することに決めた。

  ***

「あら、浩平君。丁度良かったわ、今日もみさき、ご機嫌斜めで困ってたのよ。あなたがいるとあの娘もご機嫌になるからね」
 みさきさんの家に着くと、みさきさんのお母さんがそう言って出迎えてくれた。
「ええ、今日は雨ですからね」
「ほんと、あの娘のお天気屋にも困ったものだわ」
「ちょっと、お母さん!浩平君をいつまでも玄関に立たせておかないでよ!」
 オレの声か、それともお母さんの声を聞きつけ、みさきさんが玄関まで出てきてくれた。
「あら、母さんだってたまには浩平君とお話ししたいわ」
「もう!浩平君、私の部屋に行くよ!」
 そう言いながら手を伸ばすみさきさん。
「あ、ちょっと待って、靴、脱ぐから」慌てて靴を脱ぎ、みさきさんの手を握る。「じゃ、お邪魔します」
 あう…みさきさんのお母さん、ニヤニヤしながら手を振ってるし…。

  ***

「ねえ、浩平君、急にどうしたの?」
 部屋につくなり、みさきさんはオレの腕に抱きついてくる。
「ん?いや、なんか急に先輩に会いたくなっちゃってさ」
「…むぅ…」
 機嫌悪そうな声。
「?」
「…みさきだよ」
 そうだった。
「ごめん、まだみさきさんの事、先輩って呼ぶ癖が抜けなくて」
 先日、二十一歳の誕生日を迎えたみさきさんが、誕生日のプレゼントのかわりに要求したことは、先輩と呼ばないで欲しい。ということだった。
 みさき。
 みさきちゃん。
 みぃ。
 この中から好きな呼び方を選んで。と言われ、いきなりは無理だから、とりあえずはみさきさんで。という事で勘弁してもらっている。
「浩平君も専門学校、卒業したんだし、いつまでも先輩じゃおかしいよ」
「ん、確かに最近のみさきさんは先輩にしちゃ、甘えん坊だしね」
「あ〜、ひどいよぉ」
 とか言いながら、オレの腕を抱く手に力が入る。
 空いている方の手で、みさきさんの髪を撫でてあげる。
 でも、最近、みさきさんの子供化に磨きがかかっているみたいだ。
 安心して甘えられる相手って認めて貰えたと喜ぶべきなんだろうか?
 ベットに寄りかかるように座る。
 みさきさんはオレの腕を抱えたまま、器用に体を回してオレの膝に乗ろうとする。
「みさきさ〜ん。また抱っこなの?」
「そうだよ。嫌?」
「嫌じゃないけど…」
 むしろ嬉しいんだけど、ね。
「みさき、お茶持ってきたわよ〜」
「あ、ありがとうお母さん」
「……お構いなく」
 というより、この姿勢だと構って欲しくない。
 ガチャ。
 ドアが開く。
 みさきさんは平気な顔でオレの膝に乗っている。
 うう…笑わないでくださいよ〜。
「…みさき、あんまり浩平君、いじめちゃ駄目よ」
「いじめてないよ〜」
 まあ、肉体的にはみさきさん位どうって事ないんだけどね。
「そう?あんた、最近、丸くなったんじゃない?浩平君、重いでしょう?」
「いえ、そんな事は…」
「ちゃんと運動してるよ〜。もう、お母さん、邪魔だよ」
「はいはい。じゃ、浩平君。みさきの御守り、よろしくね」
「はは…」
 も、笑うしかないや。

  ***

 雨。
 どうしようもない自然現象。
 防音の建物であれば雨音は聞こえないのだろうけど、普通の家ではどうしても屋根に落ちる雨の音位は聞こえてしまう。
 だから、オレはみさきさんの耳元で囁く。
 オレの声にだけ神経を集中しなければ聞き逃してしまうほどの微かな声で。

 みさきさんの表情が変わった。
 見えない目でオレを見上げる。

 不安そうな表情で。
「…本当?」
 と震える声で訊ねる。
「ああ、で、みさきさんの返事は?」

 みさきさんは、

 嬉しそうな笑顔で。
 涙を浮かべながら。

 頷いてくれた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
KOHです。

今回のお話しは「桜」の続きにあたります。
桜で終わるつもりだったのですが、まだみさきさんの事で書きたい事が沢山あったので、蛇足とは思いましたが続けてしまいました。
なお、今回はひきます。
次回「川名みさき最後の日」…いーのかなぁ。こんなの書いちゃって…。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
以下感想です。

@天ノ月紘姫さん
わっふるな午後(その7)
 まさか…茜なんですか?は、置いといて、なかなか無茶な店長さんですね。店員さんと茜の会話がなんとも言えず楽しいです。
 みさきさんの事が気になりますね。次回、期待してます。

@ここにあるよ?さん
第一回早食い大会!!4・改め大食い大会。
 うむ。さすがはみさき先輩。順調な滑り出しを見せているようですね。
 私としてはなんでそこにいるんだ茜澪のセットが何かをしてくれそうで気になりますが(^_^)

@11番目の猫さん
透からの手紙
 詩子が良いです。茜もいいけど、詩子も良いです。
 うーん、良いなぁ、詩子の話しが書きたくなってしまいました、でも私が書くと茜の話しになってしまうし(^_^;

@まてつやさん
怪盗ミラクルルミ3!
 なんかシリアスなんですけど(^_^)でも面白いです。所で正体ばれた約一名は一体どうなってしまうのでしょう?
 浩平の返事は?うーん気になります。早く続きが読みたいです。
〜光と闇3〜
 フォロー。というか突っ込み(ごめんなさい)作詞山上路夫さん。作曲村井邦彦さん。だそうです。
 深山さんが言っているのは骨肉腫にかかった少女の事ですね。でも、確かにあの歌は、とても悲しい歌なんですよね。
〜光と闇4〜
 なんか、うーん、一杯言いたい事があるような気もするけど、とりあえず、一言。感動しました。良かったです。
 みさきさん。に限らず明るいだけの人はいないと思いますので、暗いって事はないと思いますよ。

@スライムさん
Moonな日々(後編)
 習慣ってすごいね〜ってそれで済ますかオマイはぁ!
 と、思わず突っ込んでしまいました(^_^)。
 相変わらず、携帯の謎は解けないし。長森瑞佳、恐るべし。
Moonな日々−U−(前編)
 茜?茜だよね。あ、やっぱり茜だった(笑)

@だよだよ星人さん
8匹のネコ/ゆらめくひかり
 2番の歌詞も良いですね。
 ネコのほうは結構笑える絵が頭に浮かんでしまいましたが(^_^;
 ちなみにゆらめくひかりの歌詞はお気に入りになってたりします。

@偽善者Zさん
浩平犯科帳 第一部 第十一話
 七瀬が格好良いです。殺陣が見事です。時代劇の映画を見ているみたいです。
 次回、浩平が帰り咲く?じゃあ、お瑞の出番ですか?あ、でもその前に?
吾が輩はハムスターである6
 いや、W浩平も和解(?)できたみたいだし、これで良かったのではないかと…
 主もいたし、それにきっと大切にされてたんでしょうし…。

@いけだものさん
ぐっど こみゅにけーしょん
 なるほどハーモニカですか。口笛と歯笛のセットは考えて挫折したんですけど、楽器にまでは考えが及びませんでした。
 でもこれでみさき先輩と澪のコミュニケーションの可能性が広がりましたね。

@よもすえさん
君の名は?
 澪も色々考えているんですね。でもテーマ。表現?
 澪のテーマをまとめたパンフレットがあったら見てみたい気もしますね。