猫 −3− 投稿者: KOH

 授業が終わると同時にオレの席に長森がやってきた。
 長森はかなり慌てた様子で、どもりながら
「ど、ど、どおしよう、浩平!。あの子、にげちゃったよ!」
 と、オレの上着の袖にすがるようにしてそう言った。
 …また袖が伸びるな。これは。
「どうしようって、そりゃ探すしかないだろ…でもこの休み時間じゃ無理だ。放課後まで待て」
「あう〜…でも、一体どうして急に逃げちゃったんだろう?」
「いきなり髭のアップ、見ちまったからなぁ」インパクトあるからなぁ、あの髭面。「食われるとでも思ったんじゃないか?」
 そういう意味では、むしろ危険なのは髭よりもみさき先輩って気がしないでもないけど…。
「大丈夫かなぁ。外に出たりしてないかな…」
「慌てても仕方ないだろ、とりあえず放課後校内を探そう。ここにいる七瀬もきっと協力してくれるだろうし」
「なんでよ!」
 ずっと聞き耳を立てていたのだろう。七瀬が即座に反応する。
「いや、心優しい女性なら、困っている友人がいたら助けるものだろうし、動物にも優しいんじゃないかと」
 オレはそこで七瀬の反応をうかがった。
 七瀬はちょっと視線だけ俯き加減で何かを考え込んでいる。
 よし、行ける。
「………………………ひょっと、嫌なのか?」
「い、嫌なんて、そんな事あるわけないじゃない。瑞佳、私で良かったら手を貸すわ」

  ***

「で、どうやって探すの?」と、七瀬。「闇雲に探すには校舎は広すぎるわ。手分け?それとも、全員で移動?」
 恐らく授業中、色々と考えていたんだろう。七瀬にしてはえらく論理的だ。
「…ここは猫の第一人者である長森に決めてもらおう」
「え?わたし?えーと…んーと…うん、じゃあ、手分けしよう。私は校内から探すから、二人は校庭…えーと体育館の方から探して」
「分かった、とりあえず三十分後に一度教室に戻ってくるって事でいいか?」
「うん」

  ***

 体育館裏は西日が差しかなり明るかった。
 体育館裏などと言うと、湿っぽかったり、暗かったり、七瀬がタバコを吸っていたり、と言うようなイメージしか浮かんでこないのだが…
「明るいわね」
 そういいながら、雑草に埋没しかけている植木の根元を覗き込む七瀬。
「結構広いし、ここならいるかもしれないな」
「そうね…あら?」
 何かを見つけたらしい七瀬が、足音を忍ばせ体育倉庫の方へ向かった。
「いたのか?」
 七瀬の行動につられ、オレも小声になる。
「猫かどうかわからないんだけど…倉庫のドアの窓の辺りで何か動いたような…」
 言われてみると、体育倉庫のドアが微妙に開いている。丁度子猫なら通れそうな広さだ。
 体育倉庫に辿りついた七瀬とオレは、ぺたっと、その壁にへばりつく。
 いい、開けるわよ?
 ああ…。
 ドアの右と左に分かれ、目線でそう会話をする。
 ガラッ!
 ガタッガタタッ!
 ドアを開けると同時に飛び出す黒っぽい毛玉。
「七瀬!」
「追いかけるわよ!」
 広い場所で猫を追いかけたことがあるだろうか。
 猫には大した持久力がない。という事らしいが、奴らにはそれを補って余りある瞬発力がある。
 猫が走る。七瀬が追う。
 まっすぐ走っていた猫が唐突に真横に走り始める。
 七瀬は急に曲がれない。
「だぁーーーーー!」
 ゴン!
 体育館の壁に激突する七瀬。
 その七瀬から四メートル程の所であくびをする猫。
 それを見て更に走る七瀬…。

 オレは七瀬と猫のチェイスを少し離れた位置で観察していた。
 罠でも仕掛けるか、挟みうちにでもしないと無理だな。あれは。
 オレは立ち上がって上着を脱いだ。
「七瀬、こっちに追いこめ。挟みうちにするぞ!」
「わかったわ!」
 七瀬が走ってくる。
 猫は俺に気付いていないわけではないのだろうが、まだ曲がる気配はない。
 よし、そのまま来い。
 ぎりぎりの距離で曲がるつもりなら上着を被せて捕まえてやる。

 猫が走ってくる。
 後十メートル…七メートル…三メートル。
「そこまでよ!」
 体育館裏に声が響き渡った。
 その声に気を取られた隙に猫がオレの横を走り抜けていく。
「しまった!」
「わー!折原どいて〜!」
 どん。と強い衝撃。同時に視界が回転する。
「……ゲホッ…」
 気がつくと七瀬ともつれ合うように地面に倒れていた。
「ごめん、折原。悪気はないのよ」
 どうやら七瀬も声に気を取られて止まるのを忘れたらしい。
「……その割に…肘が決まったようだが」
「あ、それはほら、中途半端は良くないかな…って…」
「……」
 わざとだったのか…。
「…そ、それよりもさっきの声!」
「そうだ、くそ!誰だ!」
 オレは知らずに『キーワード』を口にしてしまったらしい。
「天呼ぶ。地呼ぶ、人が呼ぶ!」
「何?」
 この良く響き渡る声…どこかで聞いたことが。
「悪を倒せと風が呼ぶ!」
「何なの?一体…」
 不安そうに七瀬も辺りを見まわす。
「とうっ!」
 その声と同時に体育倉庫の屋根に…屋根に…。
 よじよじ、ずるっ、よじよじ。
 誰かがのぼった。逆光で見にくいが、女性だということは雰囲気で分かる。
 白いスエット(?)の上下。腰に真っ赤なエナメルのベルト。赤い光沢のある靴。赤いスカーフを首に巻き、胸には赤いコサージュ。髪には赤い大きなリボン。
 そして、赤い幅広の目隠し…あ、目の部分開いてら。
 そのまま、その体育倉庫の屋根に立ち、ややオーバーアクション気味にビシッ!とポーズを取った。
「……」
「………」
 オレと七瀬は呆気に取られている。
「…………」
 仮面の女性はちょっと困ったように固まってる。
 多分、オレの台詞、待っているんだろうな、あれは。
「………えーと、お前は誰だ(棒読み)」
「愛と正義の使者。白き乙女!…あなた達を絶対許さない!」
 乙女。という言葉に七瀬が反応した。
「ちょっと、何のつもりよ。私達が何をしたというのよ!」
 あー、見事にはまってるな。これからはヒール七瀬と呼んでやろう。
 オレは冷静に辺りを見た。あそこか…あっちか…あるいはそこか…。
「無邪気な子猫を追いまわし、いじめるなんて許せない!」
 分かった…あそこの箱の向こうだ。
「はぁ?私達は猫を保護しようと思って…」
「問答無用!、とうっ!」
 よじよじ、ずるっ!どん!
 あ、落ちた。
 自称、白き乙女は、立ち上がり、ぱんっぱんっ。とほこりを払う。
 オレはその様子を横目で見ながら七瀬にだけ聞こえるように小声で囁いた。
「七瀬、あいつは正義の乙女を名乗って本当の乙女であるお前を亡き者にしようとしている。負けるなよ」
「…ええ、任せておいて…私が負けるわけないじゃない」ふっと、片頬で笑う。「…七瀬なのよ、私。」
 …いかんな…これでは七瀬が勝ってしまう。
 自分からけしかけておいて何だが、乗ってくるとは思ってなかったぞ。しかたない。
 走り出す七瀬。オレはその足を引っ掛けてやる。
 ズシャーーーッ!
「…っつう………ちょっと折原、なんてことするのよ!」
「落着け、あれは…」
「あ、危ない、折原!」
 七瀬がオレの背後を指差し、そう叫んだ。
 ずばっ!
 振返ったオレの視界の隅を銀色の軌跡が走る。
 …どうやらオレは切られたらしい。
「うわっ…七瀬……オレに構わず、に、逃げるんだ…(棒読み)」
「折原…ちょっと、冗談はやめてよ…ねえ、折原…」
「次はあなたの番よ!」
 自称・白き乙女の声が遠くから聞こえた。
 そして、どさっ。と、何か柔らかい物が倒れる音。
 七瀬が倒れたのか。気絶でもしたのかな?
「…さて、とりあえず説明してもらおうか」
 オレは体を起こして体育倉庫横の箱を指差す。
「そこにいるのは分かってるんだ。これは部活の練習か?」
 うん、うん。と頷く白き乙女。もとい、澪。
「なんだ、やっぱりばれてたか」
 箱の後ろから出てくる深山先輩。
「声が見える位置とかなりずれてたからな。深山先輩が声をあててたんだ。でも、一体なんの芝居ですか、これは?」
「うん、今度公民館で子供向けのお芝居を演る事になったんで、その練習をやっていたら…」
 深山先輩は澪にスケッチブックを渡しながらそう言った。
「そこにオレ達が来た。と」
 うん。と頷く澪。
 書き書き…。
『七瀬さん、上手なの』
 いや、上手というよりもあれは完全に本気だったぞ。
「そういや、まだ倒れてるな」
 多分、本気でオレが切られたと思ったんだろうな…。
「七瀬さん演劇部に来てくれないかしら。真に迫った演技だったわ」
 いや、多分、演技じゃなかったんだと思うけど。気絶したままだし。
 ところでオレ、何してたんだっけ…。
 あ、猫…。
「ところで、猫、どこに行ったか知らないか?」
 すっと右手を上げて校舎裏を指差す澪。
「あっちに行ったらしいわよ」
 えーと、オレは倒れたままの七瀬をしばらく眺めてから片手を挙げた。
「じゃ、勧誘しても構わないから七瀬の事よろしく!」
「分かったわ、事情は良くわからないけどあなたも頑張って猫探してね…ふふ、この子、いい悪役になれるわ」
『頑張るの!』

  ***

 オレは澪の指差した方へと走った。
 その方向にはクラブ棟。
 とりあえずクラブ棟の周りを一周してみる。が、見当たらない。
「…中か?」
 ゆっくりとクラブ棟の中を見て回る…一階にはいないようだ。
 二階。
 誰かが廊下にしゃがみこんでいる。
「…ね…かたないわ…くる?」
 あれは……………広瀬か?
 いつもの取り巻きも連れず、広瀬が一人で廊下の中ほどにしゃがみ込んでいる。
 鞄を床に置き、膝に何かを抱え、話し掛けているようだ。
「…まったく、折原君も長森さんも無責任よね……こんな子猫を放って行くなんて」
 いや、別に放って行ったわけじゃなく、そいつが勝手に逃げたんだが。
「…どうしようか…本当にうちに来る?私、長森さんほどじゃないけど猫、好きよ」広瀬の言葉に猫が反応したらしい。「うん、じゃ、一緒に帰ろう……でも、一応長森さんに話した方が良いわね…きっと私、嫌われているだろうけど…」
 オレはそっと階段を降りた。

  ***

 タッタッタ。ダンダンダンッ!
 足音を響かせて階段を駆け登る。
「あ、広瀬、猫見なかったか?猫」
「…折原君」
 猫を抱いた広瀬が、驚いたように振り向く。
「あ、なんだ広瀬の所にいたのか」
 広瀬の抱いている猫に初めて気付いたかのように驚くふり。まあ、さっきまでの棒読みよりは幾らかましだろう。
 微かに広瀬の表情が曇る。
「…この猫、探してたの?」
 広瀬の、猫を抱く手に僅かに力が入った。
「ああ。校内に置き去りにするわけにも行かないからな。でも、これから飼い主をみつけないといけないんだ」
 オレは困ったような表情を浮かべて見せた。
 一瞬、広瀬の表情がとても明るくなる。が、すぐに複雑なそれにとって変わる。
「え、あ、そ、そうなんだ。大変だね…」
 こいつもあまり素直じゃないらしいな…。
 しかたない。わざとらしいけど時間かけるとお互い冷静になっちまう。
 一気に片をつけよう。
「広瀬って猫、好きか?」
 広瀬の腕の中の猫を見つめながら、そう訊ねた。
「き、嫌いじゃないわよ…」
 知ってるよ。
「なあ、すっごくわがままなお願いなんだけどさ、そいつ飼ってくれないか?」
「え、そ、で…だって…」
 何かを言いかける広瀬。
 でも、嬉しそうだ。
 大丈夫だな。
「じゃ、任せたぞ!」
 オレは最後に広瀬の腕の中の猫を一撫でして、階段を駆け下りた。
「ちょっと!無責任よ!」
「おう!そいつ、頼んだぞ!」

  ***

 オレは教室に戻り、長森となぜか疲れきった様子の七瀬と合流し、大まかな事情を説明した。
「…あの子、広瀬さんに上げちゃったんだ…」
 寂しそうな表情で呟く長森。
「でも、広瀬もそう悪い奴じゃないと思うぜ。七瀬の時の事はやり過ぎだったと思うけど」
 きっと取り巻きがいなければ優しい子なんじゃないかな。
 少なくとも、あの猫は広瀬にはとても懐いていた。
 動物は悪人には懐かないって言うしな。
「まあ、そう言うわけだ。どうせ、長森のところじゃこれ以上猫を増やせないだろ?」
「…うん」
「ところで…」オレはさっきから机に突っ伏している七瀬に話しかけた。「演劇、始めるのか?」
 七瀬は台本らしきものを握り締めている。
「……悲劇のヒロインだから…って言ったのに…」
 どれ。
 七瀬の役はこれか。非情提督ルミナ。名前からしても七瀬にぴったりだな。
 パラパラとページをめくる。
 ああ、なるほど。最後は白き乙女の優しさで施されていた洗脳が解け、地球破壊爆弾を止めるために命を落とすのか。
「確かに悲劇のヒロインじゃないか」
「……うぅっ!でも、なんか違う〜〜〜〜〜〜!」
 その日、放課後の校舎に七瀬の雄叫びがいつまでも響き渡っていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
KOHです。
長々と申し訳ありません。
今回はいつもの倍近いボリュームになってしまったので感想は短めにさせて頂きます。
以下感想です。

@火消しの風さん
涙を越えて NO.4???:…いや、まあ、その、二回目に読むまで気付かなかったです(^_^;

@T.Kameさん
浩平暗殺計画:その計画、乗った!(笑)とりあえず、みさき先輩と七瀬のために!
高根の花だよ...七瀬さん(中崎、男になれ):南君が割と幸せそうかも。

@偽善者Zさん
おでかけ!2:私は焼いた方が好きです(^_^;

@まてつやさん
怪盗ミラクルルミ2!:これからのC子の活躍(?)に期待します(^_^)

@いけだものさん
栗ごはん?:病人食に米を牛乳で煮たものに砂糖を入れる食べ方があるらしいのでひょっとしたらおいしいかも。

@dojinanoさん
「202X 折原澪の悲劇」:聴力は人並みだからきっと澪は口笛位吹けます。だから、多分呼べるんじゃないかな…呼べてほしいな…。

@ひろやんさん
彼女のいた風景 (後):ほっとしました。きっと小動物の写真とか一杯飾ってあるようなお店なんでしょうね。

@スライムさん
Moonな日々(後編´):浩平、その捨て駒は危険だぞ!

@GOMIMUSIさん
心ください・3回目:雪ちゃんひどい(笑)…がんばれ茜。

@もうちゃん@さん
ミズエモン『裏山を戦場に・・・』:なんか妙に羨ましいぞ浩平(^_^;で、『これ』がどうなるのか気になります。