温泉に行こう−6− 投稿者: KOH

 七瀬、椎名、長森、オレ、住井の壮絶なまでの卓球バトルロイヤルが終わったのは夕方六時位だった。
 とりあえずもう一度風呂に入ってから夕食にしよう。という七瀬の意見を容れ、オレ達は解散した。

  ***

 風呂からあがり、オレ達は大広間に向かった。
 夕食は大広間でグループ毎にテーブルが割振られ、基本的にセルフサービスという事らしい。
 テーブルには九人分の食事とお茶の道具。テーブル脇には普通に考えれば十分すぎるほどのご飯の入った御ひつ…あれ?
 九人分?
 一人分足りない…。
 おかしい。オレは辺りを見まわした。
 そしてそのとき、オレは奇妙な感覚に襲われた。
 あるべきはずのものが、ない。それが現実的ではない違和感として体を捉えた。
 夕食が食卓に用意されていないだけで、そこまでのことを思うものだろうか
 仲居さんだって忙しい身だ。これだけ人数がいれば一人分くらい間違えることもあるだろう。
 それなのにオレが感じてしまっているこの違和感は何なのだろう?
 よくわからない。
「折原、そんなところで何やってるの?」
 七瀬の声がオレを現実に引き戻した。
「あ、そっちか、いやぁテーブル間違えちゃってさ」
 座った後で気付いたもんだから、どう誤魔化したものか困っていたんだ。
 七瀬。この恩は忘れないぞ。期間限定で明日の朝までは。

  ***

「…へぇ。ふふ」
 俺がテーブルにつくと、壁に貼られた注意書きを眺めながら深山先輩が意味ありげに笑った。
「あ、浩平君、あれ見て頂戴」
「何です?」
 深山先輩の指差す注意書きをざっと読んでみる。
《・大広間ではあまり騒がないようにお願いいたします。
 ・夕食は夜七時から九時までにおとり頂けるようお願いいたします。
 ・お茶、お代わりはセルフサービスでお願いいたします。
 ・ご飯のお代わりは自由です。足りない場合は係までお申しつけ下さい。
 ・夜九時以降、大広間は宴会場として解放致します。
  カラオケをご利用のお客様は係までお申しつけ下さい》
 ふむ。
「割と当り前の事が書かれていると思うんですけど…」
「そうね。でも、忘れてるわよ」
 と言いながら深山先輩は注意書きの一点を指差した。そこには
《・ご飯のお代わりは自由です。足りない場合は係までお申しつけ下さい。》
 と、書かれていた。
「あの、もしかして…」
 オレがそう訊ねると、深山先輩は遠い目をして言った。
「…あれは、中学校の修学旅行だったわ。ちょうど、ここと同じ様な挑戦的な注意書きがある旅館に泊まったのよ。翌年、同じ旅館に泊まった後輩の話しでは、その注意書きは書き換えられていたと言うわ」
 いや、別に挑戦的じゃないと思うんですけど。
「と、いうわけで…行け、みさき!」
「お〜っ!」
 その日の夕食では、みさき先輩はご飯のおかわりを二回だけ要求した。
 でもみさき先輩。
 敢えて一言だけ言わせて貰うなら。
 …御ひつでおかわりはやめてお願い頼むから。

  ***

 翌朝。オレは、七瀬となぜか興奮している澪に起こされた。
「これ、どうしたんだ?」
 赤くなった顔をスケッチブックで隠したり、いやいやをしてみたりと見ている分には非常に面白い物体と化した澪を指差し、オレは七瀬に訊ねた。
「えーとね、私も良く分からないんだけど、瑞佳と繭がドウキンしてたって言ってて、で、それからこの調子よ」
『同衾してたの。七瀬さんが妖しいって言ってたけど本当だったの』
 あー、つまり『同衾』ってのが『ドウキン』って読むわけだな。で?
 七瀬が妖しいって言ったって?
「七瀬、妖しいって何のことだ?」
「あ、その、夕べ、ね。お風呂でね…瑞佳が赤くなりながら私のこと綺麗だって言ったもんだから…その…」
 なるほど。そういう妖しい。か。
 で、同衾ってのはなんなんだ?
「澪、同衾ってどういう意味だ?」
『一緒のお布団で寝ることなの』
「それだけ?」
 真っ赤になりながら、うん、うん。と頷く澪。
 そういや、大部屋単位では七瀬達と瑞佳達は同じ部屋って事になるんだったな。
「ったく。七瀬、お前がおかしな事を吹込むから…」
 へー、そうなんだー。とか言いながらスケッチブックを見ている七瀬に突っ込む。
「え?なんでよ」
「あのな、繭は甘えん坊なんだよ。きっと寂しくなって瑞佳の布団に潜り込んだんだろ。大体、あの瑞佳と繭だぞ。おかしいとは思わないのか?」
「あ、うん、そうよね」
 と、言いつつもまだ納得しきれていないようだ。
「とりあえず、部屋に戻って瑞佳達の部屋に乱入してみな。気まずそうな顔でもしたら、それから疑え」
 ところで住井はどこに行ったんだ?

  ***

 荷物はあるが、靴はなし。
 多分、朝早く起きたんで散歩にでも行ったんだろう。と、それはさておき、帰る前にもう一風呂浴びておくかな。
 オレは入浴の準備…と言ってもタオル一本だけだが…を整え、部屋を出た。
 風呂場に向かう廊下で、見なれた後ろ姿を見つけたオレは、追いかけて声をかけた。
「おはよう、茜、柚木。お前達も朝風呂か?」
 なぜか疲れきった表情の柚木と、妙に嬉しそうな茜が振り向く。
 どうしたんだ、この二人は?
「おはようございます。浩平」
「……はよー、元気ねぇ」
「どうしたんだ?一体…」
 オレの質問に、柚木は疲れきったようなため息を漏らした。
「…夕べ遅くに住井君が遊びに来たのよ…まあ、旅行の楽しみの一つでもあるし、深山さんとみさきさんも一緒にトランプでもしようって事になって…」
「徹夜でもしたのか?」
 柚木は力なく首を振った。
「おみやげを頂きました」と、嬉しそうに茜。「みんなでおいしく頂きました」
 茜のその台詞を聞いた途端、柚木の肩が震えた。
 そして。
「なんで!よりにもよってワッフルなのよ!しかもどうやったか知らないけどみんなスペシャル!普通のだってもう見たくないって言うのに…!…!…!」
 あー、完全に切れてる。
 うーん、珍しいものを見たような気がするぞ。
「なあ、止めたほうが良くないか?」
「…大丈夫です」
 と、茜。さすがにそれでは説明不足だと思ったのか。
「詩子はたまにこうなるんです。暫くすれば元に戻ります」
 と続けた。
 柚木。お前って結構不憫かも…
「あ、所で住井、知らないか?」
「…知ってます。お土産を貰った後詩子が殴り倒してそのままです。後で引取りにきてください」
 …住井、お前は確実に不憫まっしぐらだ。

  ***

「お世話になりました」
 深山先輩が見送りにきた仲居さんに頭を下げる。
「ご飯おいしかったよ。きっとまた来るからね」
 これはみさき先輩。
 心なしか、仲居さんの表情が引きつっている…ま、そうだろうな。
 あれだけおかわりされたら誰だってそうなると思う。
「みゅー!」
『さよならなの』
 これは澪、椎名の年下コンビ。
 うーん、こうやって見ると椎名も澪も無邪気だよなぁ。
 この二人には仲居さんも。
「また来てくださいね」
 と、優しい笑顔を見せる。
 茜、柚木、長森、七瀬は、長森が代表して。
「とっても楽しかったです。ありがとうございました!」
 と挨拶。
 他の面々は軽く会釈し。口々に。
「…ありがとうございました」
「お世話になりました」
「ご迷惑おかけしました」
 と挨拶。
 ちなみに茜、七瀬、柚木の順番だ。
 どうやら長森に関する誤解は解けたらしいな。
「よし、みんな、忘れ物はないか?」
 と、これは住井。
 あいつもタフだよな。色々な意味で。

 こうして騒がしいだけの温泉旅行は終わりを告げた。
 オレにとっては比較的平和でそれなりに楽しい旅行だった。
 また、こういう事があればきっと参加するだろう。
 でも、他の連中はどうなんだろう。
 …それを知る機会はきっとあるに違いない。

  ***

 くじ引きで△△スキー場の宿泊券を入手。
 折原も連れて行ってやるから以下の条件を満たせ…

 ほらな。

続かない
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KOHです。

温泉に行こうの最終回です。
本当はみさき先輩でしっとり終わるつもりだったんですが、没にしたネタを捨てるに捨てられず、最終回に突っ込みました。
結果、誰にも焦点が合わず、こんな感じになってしまいましたが…と、いうわけで、今回はサブタイトルはなし。


感想ですが、次回(乙女希望の歌詞で)まとめて書きます。

でわ