瑞佳と繭と一緒に温泉に入った。
長い髪はこういう時にちょっと困るんだけど、髪は乙女の命。ポニーテールにして、痛まないようにゆるくお団子にまとめたわ。
にしても、髪だけは後で部屋のお風呂で洗わないといけないわね。
ゆったりとお湯に浸かる。
繭もこうなるとおとなしいもので、頭にタオルを乗せ、私と瑞佳の間でじっとしている。
「繭、気持ちいい?」
瑞佳がそう訊ねると繭はコクンと頷く。タオルがちょっとずれたけど繭は気にしていないみたい。あ、瑞佳が直した。
それを横目で見ながら、タオルでお湯を首筋にかける。肩の辺りを流れるお湯がとても心地よい。
「七瀬さん、タオル、お湯の中に入れちゃ駄目なんだよ」
「あれはタオルを巻いてお湯に入るなって事でしょ?」
「そうなのかなぁ?」
「テレビなんかでもこういう風にしているの、良く見るわよ」
温泉の中程に座り、お湯に浸したタオルで首筋を拭う。乙女にしかなし得ない技よ。
瑞佳も私の真似をしようとして、失敗してタオルを耳にあてて耳にお湯が入ったよぉと騒いでいる。
まだまだね、瑞佳。手首の返しが甘いわ。
繭は、と言えば。
先ほどまでと同様、私と瑞佳の間に座り、ぼーっとしている。
こうしていると可愛いのよね。髪を引っ張るのは困りものだけど、それだって懐いてくれている訳だし…。
下級生の女の子に慕われるってのも言ってみれば乙女の証明よね。
そういえば剣道やっていた頃は結構女の子から手紙貰ったっけ…。
ふと気付くと繭が私の事をじっと見ている。
髪形変えたから、変なのかな?
「何?私、変?」
「…七瀬おねえちゃん綺麗」
私の顔を見て、繭はポツリと呟いた。
「へ?」
思わず目が点になる。
「うん、そうだよね。繭もそう思うよね。髪をそうやって上げた七瀬さんってとっても大人っぽくで綺麗だよ」
そう言って瑞佳はポッっと頬を染めた。こら、何だそれはぁ!
「み、瑞佳、そういう趣味合ったの?」
タオルで胸を隠し、思わず三十センチ程引く。
「ち、違うもん!私はただ、七瀬さんみたいに綺麗になりたいなって思っただけだもん」
真っ赤になって瑞佳は弁解する。
うーん、まあ多分本当なんだろうけど…とりあえず部屋が別で良かったかも…でも、瑞佳だって本当に綺麗だと思うんだけどな…仕草だって女の子らしいし。
お風呂を出た後、私達は娯楽室で古臭いゲームに夢中になる折原、住井を発見した。
「折原、何やってるの?」
「見て分からないか?」黄色くて丸い顔のような物が迷路内を移動している。そんなゲームをやりながら、折原は私のほうを見もしない。「懐かしのゲームをやっているんだ」
あ、繭がゲームのキャラ、気に入ったみたい。反対側に座って食い入るように画面を見てる…なんか池の金魚を狙う猫みたいね。
「せっかく、こんな所まで来たのに?」
と、呆れて訊ねると。
「こういうゲームは地元にはないからね」と住井。「それに懐かしのゲームって言っても俺達の世代がやった事もないような古いのもあるから新鮮なんだよ…あ、死んだ」
三角の自機を操作し、ワイア・フレームの岩を壊していた住井のゲームが終わったみたい。本当に楽しいのかしら?
「面白かった?」
「ああ」住井はそう言ってゲームから顔を上げた。「あれ?」
住井は驚いたように私の顔を見つめている。
「?…どうしたの?」
「いや、七瀬さんのそういう髪型、初めて見たから」
あ、そう言えばまだ髪を戻してなかったっけ。
「あ、変よね」
「いや、そういう髪型も新鮮でいいと思うよ。な、折原、お前もそう思うだろ?」
「んー…いーんじゃない?」
ちらっと見て再びゲームに没頭する折原。
瑞佳みたいに頬を染められても困るけど、それはあんまりじゃない?
「ちょっと折原…」
と、私が文句を言おうとしたら横で瑞佳が
「あ、浩平照れてる」
と呟いた。
は?
「七瀬さん、浩平照れてるんだよ」
「あれの」と、ゲームに没頭する折原を示し。「どこが照れているの?」
「えー?分からないかなぁ。ほら、さっきよりも背中丸めてゲームしてるでしょ。あれ、浩平が照れたときの癖だもん」
瑞佳がそう言った途端、折原がちょっと背筋を伸ばした。それを見て。
「ね?」
と、悪戯っぽく笑う瑞佳。
「なーがーもーりー!」
嵌められたと気付いた折原が、立ち上がり瑞佳の背後を取った。
そのまま両手で拳を作り瑞佳のこめかみにそれを当てる。
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり…
「きゃー、浩平、痛い。痛いってば」
「このオレを嵌めるなんて、お前も成長したなぁ、長森」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり…
「痛いよ、浩平」
と、言いつつ片足を軽く上げる瑞佳。ドン!とその踵で折原の足を踏もうとするが、折原はすっと後ろに下がる。
「バカ!いきなり蹴りなんて危ないじゃないか」
「蹴りじゃないもん!踏もうとしただけだもん!」
こめかみを押さえながら言い返す瑞佳。
「同じだバカ!」
何だかんだ言ってもこの二人、いい呼吸よね。
「ふーーーーーーー!」
瑞佳。猫かあんたは。
「くかぁーーーーー!」
折原も言葉を忘れてるし。
「…んで、折原」威嚇しあう二人を気にせず住井が声をかける。「結局七瀬さんの髪型、どう思うんだ?」
「そんなものは…」
と、折原が何かを言おうとするよりも早く。
「住井君、聞くだけ無駄だよ。今の浩平は照れてるからどうせ酷いことしか言わないもん!」
まさに酷いことを言おうとしていた(と思う)折原は、暫く口をパクパクさせた後、ふいに私の方に向き直った。
「七瀬、いつもの髪型もいいけど、今の髪型は大人っぽくていいぞ。それにその髪型なら椎名に引っ張られることもないだろうし」
「え?え?…どうしちゃったの折原?あ、どうせ何か落ちがあるんでしょう」
「何を言っているんだい七瀬。今日の君はとても素敵だよ。澄みきった瞳。桜色の頬。つややかな髪も湯上りのその肌も…」
折原は知っている限りの美辞麗句を用いて私の髪型と私の美しさを誉めてくれている。
こ、これは怖い。
ふと目をやると、折原の後ろで瑞佳と住井がにやにやしている。
「…折原、あんたまた瑞佳に嵌められてるわよ」
「そのたおやかな………何?」
「嵌められてるってば」
ギギギ、と音を立て、折原が後ろを見る。
「なーがーもーりー!」
と、とてとてっと繭が折原の前に走ってくる。
「みゅー…」
くいくい。っと折原の袖を引っ張る。
あ、良く見たらゴムで後ろ髪だけ、まとめてるわ。これはきっと瑞佳の仕業ね。なるほど。
「誉めてくれって言いたいみたいよ」
繭の通訳をしてあげる。
折原は暫く繭を見た後。
「…椎名、可愛いぞ」
と言った。
「みゅー!」
繭は嬉しそうに瑞佳の方に走っていった。
「良かったね。誉めてもらえて」
瑞佳が繭の頭を撫でる。こうしていると姉妹か親子ね。
折原も瑞佳と繭のそんな様子を見て怒るのをやめたらしい。
瑞佳の作戦勝ちね。
さて。
ピンを抜き、軽く頭を振る。
ふぁさ。
髪が広がる。
ポニーテールのままだけどね。ま、たまにはこういう髪型もいいでしょ。
「瑞佳、繭、あっちに台あったし卓球でもしよっか」
折角の旅行だし、こういうのも悪くないよね。
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KOHです。
いつもの事だけど今回は特に落ちなしです。
『七瀬対繭・秘境の決闘』という怪獣物(ちょっと違う)を用意していたんですが…わけもなく急遽変更。そちらはまたいずれ、機会があればという事で。
さて、次回ですが…考えてません。本当は先週中に決着を付けて、みさきWeekって事でみさき先輩で終わるつもりだったのですが…。とにかく次で最終回の予定です。
ちなみに今回のサブタイトル『湯煙の乙女・ポニーテールの彼女は誰?』2行目にして誰だかばれてるけど。
以下、感想です
@だよだよ星人さん
さよなら
読んでいてみさき先輩に更に惹かれてしまいました。
自動改札と腕時計のお話しがありましたけど。うん、確かにそうですよね。アレは障害物だし、全盲の方でも腕時計をされている事がありますし。
選択ですが、みさき先輩がいつか帰ってくると信じて’N’。
@GOMIMUSIさん
ONE of the Daydreamers
とうとう終わってしまいましたね。でもとても楽しかったです。
思わず今までの読み返してしまいました。
瑞佳の最後の台詞、いいですね。
それとあのエピローグ。きっと、みんなこれからもずっと仲の良い友達でいるんでしょうね。
@ここにあるよ?さん
第一回早食い大会!!1
いや、きっとあの七瀬でしょう。
でも先輩に一言。
浩平の戦力は先輩の十分の一程度だと思います。多分。
あ、でも大食いじゃなくて早食い大会か。先輩、たんたんと食べるからなぁ。
これからが楽しみです。
@もうちゃん@さん
居候一人増えたら大変かも?
深山先輩が妹ですか?
うーん、可哀相かも…どちらが、とは敢えて言いませんが(^_^;
繭も立派に対七瀬兵器になりそうだし、今後の町内の戦力バランス(笑)がどう変化するのか気になるところですね。