ゆっくりと温泉に浸かる。
暖かさが心地よい痺れと共に全身を優しくつつむ。
「くぅ〜、きくぅ」思わずそんな声が出て慌てて周囲を見まわす。「ごほん。あー、みさきぃ、大丈夫?」
「うん、雪ちゃん。大丈夫だと思うよ」
やっぱり温泉に着いたからには温泉に入らなきゃ嘘だ。
私は部屋に荷物を置くなり、みさきを誘って温泉に入りに来ていた。
まずは基本。
屋内の大浴場。
「えーと…」
ゆっくりと足先の感覚と前に伸ばした手で辺りを確認しながら進むみさき。
他にお客さんがいたら私が手を引くんだけどね。
今は時間が早いせいか、私とみさきの貸切り状態。
そう言ったら、みさきは良い機会だから一人でやってみたいって…まあ、良い事なんだけどちょっと寂しいかな。
「こっちよ。こっち。そっちは洗い場よ」
かかり湯をした後、反対側に歩き出したみさきに声をかける。
「うーん、音が反響して分かりにくいよ。やっぱり無理みたいだね」
みさきは困ったような表情でゆっくりと頭をめぐらしている。音を掴もうとしているんだろう。
お湯が湧き出している音や、隣の、多分男湯の音、それらが入り混じり反響し、お風呂場は結構うるさい。
「どうする?手伝おうか?」
完全に動きの止まったみさきを見て助け舟を出す。
「んー…ごめんね雪ちゃん。やっぱりお願いするよ」
私はお湯から出て、みさきの手を握り湯船まで引いた。
「こっちよ」
「うん…雪ちゃん」
「何?」
「いつもありがとうね」
う、今回のはストレートかぁ。たまにみさきはこうやって本当に素直に感謝の言葉を口にする。油断している所にこれをもろに食らうと照れちゃうのよね。
素直にどういたしまして。って返したいんだけど。
「何言ってるのよ。さ、ここが湯船」湯船の前で私がそう言うと、みさきは膝の辺りを手探りし始めた。「…って、あのね、普通のお風呂じゃないんだから湯船は床にあるのよ」
「あ、そうか。温泉だもんね」
ゆっくりと跪き、湯船に手を入れる。
「ちょっと熱くない?」
「そう?」
私はこれくらいの方が好きなんだけど…。
「じゃあ、こっちね。温泉の湧き出し口から離れているし、ここの」と、みさきの手を水道の蛇口に持っていく。「蛇口をひねれば水が出るから」
「うん」みさきはゆっくりとお湯に浸かり、ちょっと考えてから水を出した。「ねえ、雪ちゃん」
「何?」
「いつも済まないねぇ」
うん、これなら返せる。
「おとっつぁん、それは言わない約束だよ…って何やらせるのよ」
「あはは、さすが演劇部の部長さんだね」
「…もう…あ、みさき」
「何?」
膝を抱え、丸まっているみさきに声をかける。
「ここのお風呂はとっても広いの。ゆっくりと手足を伸ばしてみて」
「うん」みさきは私に言われた通りゆっくりと手足を伸ばした。「うわぁ、本当に広いんだね。泳げそうなくらいだよ」
「まあ、小さなプールくらいのサイズはあるわね」
ぱしゃぱしゃぱしゃ。って、おい。
「みさき、泳いじゃ駄目!」
「うー、こんなに浅ければ溺れる心配ないのに…」
学校教育の過程で普通の学校を選んだみさきは、目が見えなくなってからと言うもの、泳いだ事がない。
目が見えないと、水に浸かったときに容易にパニックに陥り危険だから。というのが理由だ。
「…仕方ないわね。他にお客さんもいないし、あんまり派手に騒がなきゃいいわ」こんな、座って肩までしかないお風呂なら溺れることもないでしょ。それに私だっているんだし。「でもこっちに来ないでよ」
「雪ちゃん冷たいよ」
「あんたの犬掻きで頭っからお湯を被りたくないだけよ」
「うん、分かったよ」
みさきはちょっと離れて再び犬掻きを始める。
ぱしゃぱしゃぱしゃ…。
んー、いいお湯。
ぱしゃぱしゃぱしゃ…。
生き返るわぁ。
ぱしゃぱしゃぱしゃ…。
…よく、飽きないわね。
ぱしゃぱしゃぱしゃ…。
……ちょっと楽しそうかも。
ぱしゃぱしゃぱしゃ…。
……ぱしゃぱしゃ。
ぱしゃぱしゃぱしゃ…。
ぱしゃぱしゃぱしゃ…。
「あれ?」
ぱしゃぱしゃぱしゃ…。
「雪ちゃん?」
ぱしゃ…。
は、しまった。一緒になって泳いでしまった…。
「な、何?みさき」
「へっへっへ〜」
う、ばれてる…。
「何よ」
「楽しいね」
そう言ったみさきは、本当に楽しくて、嬉しそうな笑顔だった。
なんか、久しぶりに見たなぁ、みさきのここまで嬉しそうな笑顔って。
子供の頃、一緒に走り回っていたのを思い出しちゃったじゃない。
ふっと肩から力が抜ける。
うん。
「そうね。とっても楽しいわね…さ、次は露天風呂、それから打たせ湯に行ってみよ」
「うん!」
そして、私はみさきと手をつないだ。
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KOHです。
と、いうわけで今回は深山先輩視点。みさき&詩子さんのお話しです。
えーと、当初予定なかったんですがここん所毎回付けているのでサブタイトル。
『温泉に浮かんだ二人の美少女・盲目の少女はその心で何を見た!』
次回は多分七瀬の視点で進みます。
(※注)人間は膝まで深さがあれば健康な大人でも容易に溺れます。従って、今回の深山先輩の判断は本当は間違いです。ただし、深山先輩がきちんと見ていたならOKだったと思われます…見てなかったけど。
さて、以下は感想です。
T.Kame
The Third Child
南君…不憫です。しかし茜は嘘言ってないしなぁ。行く、とは言ったけど、誰といつ。は言及しなかったし。見事だ。
なんで南君、澪に嫌われちゃったんでしょう?
ところで、辛いんですか?
でわ