ども、KOHです。
このお話は「犬」の続きになってたりします。
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夕方。私が市立図書館で借りてきた点字の本を読んでいたら電話が鳴った。
ひょっとしたら浩平君かな?と、思って受話器を取る。
『もし…』
「あ、雪ちゃんだ」
雪ちゃんの余所行きの声。電話って面白いね。なんでみんな声を作るんだろう?
『もう、最後まで言わせてくれてもいいじゃない』
あ、普通の声に戻った。
「ごめん。今日はどうしたの?」
『あ、うん。昨日珍しいものを公園で見かけたから…』
昨日、公園?それとこの意味ありげな話し方。昨日…浩平君とデートした帰り道、公園に寄ったっけ。
「私?」
『うん、ひょっとして犬、触ってなかった?』
「…犬じゃないよ、マコだよ。可愛かったよ」
『はいはい、マコっていう犬ね?どうしたの、無類の犬嫌い。オバQとまで言われたみさきが』
あう、お願いだからその名前で呼ばないで。
「う〜、浩平君に騙されたんだよ」
私は昨日の事の顛末を雪ちゃんに説明した。
『ふうん。でも、折原君も酷い事するわね…手探りで牙を持つ生き物に触るのはやっぱり怖いでしょう?』
「…うん、でも浩平君は悪くないよ。マコはとてもいい犬だって分かってたから…」
『はいはい、あ。所であの公園はまだだけど、みさきの家のそばの公園の桜、そろそろ満開みたいよ』
「本当?そっか、じゃあお花見が出来るんだね」
『あんたの場合、花より団子でしょうが』
「そんな事ないよ。私だって花を愛でる女の子だからね」
そっか、もう桜も咲くんだ。
そう言えば昨日は菜の花も咲いていたし、春なんだね。
私はふと良いことを思いつき、浩平君に電話をかけた。
***
その日、バイトを終えて家に帰ると、留守番電話にみさき先輩から
『早く帰ったら電話下さい』
とメッセージが入っていた。
「あ、折…」
『うん、私だよ、浩平君』
先輩が電話を取るといつもこうだ。最後まできちんと名乗れたのは最初の一回だけじゃないかな?と、それはさておき。
「留守電、入ってたんだけど、どうしたの?」
『今日はお天気だったよね』
「ああ、昨日も良い天気だったな」
いきなり天気の話。なんとなく読めたような気がする。
『明日もお天気みたいだよ』
やはりそうきたか。
とは言っても先輩とのデート用に開拓したコースはもう残ってないんだよな。
みさき先輩が行きたいって所があれば良いけど、ない場合は仕方ないから無制限一本勝負。公園の芝生で昼寝デスマッチ。って事にしよう。
「ひょっとして明日、どこかに行きたいのかな?」
『ブー。外れだよ』
「あれ?」
勘が鈍ったかな?
『今日これから、公園に行きたいと思って。駄目かな?』
俺は時計で時間を確認する。既に夜八時を回っている。今の時期の公園というと…。
「…ひょっとして夜桜見物?」
「うん、そうだよ」
「でも、昨日はまだ咲きかけだったけど…」
昨日のデートの帰りに寄ったときはまだ五分咲きって所だった。
「うん、でも学校のそばの公園の桜はもう咲いているよ」
「あ、あの児童公園か。あっちだと屋台出ないけど、いいの?」
そうなると目の見えない先輩にとっては、花見の楽しみの大半は失われるのでは?
桜なんて特に香りがあるわけでもないし…。
「浩平君」
いつにないまじめな声音。
「はい?」
「私は浩平君と一緒にお花見がしたいんだよ」
「ああ、夜桜見物だよな」
「だから屋台はない方が良いんだよ」
良く分からなかったが、俺が先輩の誘いを断れるはずもなく、九時に迎えに行く。という事で話はまとまった。
公園に着いた俺たちは、みさき先輩の一番のお薦めである公園南側の桜の下にレジャーシートを広げた。
そのシートはみさき先輩の家で、みさき先輩のお母さんが渡してくれた大きなトートバッグに入っていた物だ。
しかし、一体何がどれだけ入っているんだか、結構かさばる。
「ねえ、桜、きれい?」
先輩が聞いてくる。が…この位置は公園内の灯りからも、道路の街路灯からも離れているため、桜は黒い夜空に白い泡のようにしか見えない。
「…うーん」
「何点くらいかな」
見た目だけで判断するなら30点。赤点ぎりぎりって所だ。
仕方ない。正直に答えるか。
「…実はさ、暗くて良く見えないんだ」
がっかりするかと思ったのだが、みさき先輩の返事は意表をつくものだった。
「それでいいんだよ」
「え?」
「私が夜桜の見方を教えてあげるよ」
先輩はそういうと、レジャーシートの上にころん。と横になった。
春。桜も咲いているが夜ともなるとまだまだ冷える。
「先輩、風邪ひくぜ」
「大丈夫。いっぱい着てるから。それより、浩平君も横になって」
「ああ」俺は先輩に寄り添うように横になる。地面の冷たさと、ごつごつした感じがどうも落着かない。「横になったよ。次はどうするんだ?」
「目を閉じて、ゆっくり息をするの」
みさき先輩の言う通りにしてみる。
「なんか、眠っちゃいそうだな」
「…どう?」
体の熱が地面に逃げていく。
「寒い」
「仕方ないね。私が暖めてあげるよ」
「え?それって先輩」
「毛布だよ。きっと寒いだろうと思ってバッグに入れておいたんだよ」ごそごそとトートバッグから毛布を引っ張り出した先輩は、俺と一緒にそれにくるまった。「さ、続きだよ」
目を閉じて全身の力を抜きりラックスする。
ともすればすぐ隣のみさき先輩に向かいがちな神経を周囲に向ける。
「あれ?」
じっとしていると静寂がただの無音ではないと気付いた。
地面に触れている背中から何かを感じる…これは音?。
そして微かな香り。
知らなかった。桜って薫るんだ。
「気がついた?」
「この地面から伝わってくる音…それとこれは桜の香り?」
「そうだよ。桜の木の音と、桜の木と花の香り。でもそれだけじゃないよ」
再びあたりに意識を向ける。
音…。
草のゆれる音…。
香り…。
土と草の匂い…良い匂いだ…。
「不思議な匂いがするな」
桜の木と花の微かな香りにまぎれて、見落としてしまいそうだが、土や草の匂いが混じっている。
草の匂いは一度それに気付くと、とても清々しい香りだ。
「春の香りだよ。色んな草や木や土の匂いが混じった匂い」
「ああ、でも、こんな風に桜を感じることが出来るなんて知らなかった。なんて言うか、とても楽しいよ」
みさき先輩は嬉しそうに笑った。
「気に入ってくれて嬉しいよ。あのね、今日のこのお花見は、浩平君へのお礼のつもりなんだ」
「お礼?俺、先輩に何かしたっけ?」
「いつも私を気にかけてくれているお礼。私のために音や香りのデートコースを見つけてくれているでしょう?」
映画、博物館、美術館、動物園、遊園地もひょっとしたら。他にもまだまだ沢山。これは全部みさき先輩とのデートに向かない場所だったりする。
『普通』のデートコースがほぼ壊滅状態である。
でも、だからこそ、俺は先輩を外に連れ出して、みさき先輩の喜ぶ顔が見たいと思う。
「それは俺だって楽しいんだ。先輩に色々なものを感じてほしいから」
そしてみさき先輩の笑顔をもっと見たいから。
「それ、とっても嬉しいよ。だから今日は、私が、私の知っている世界を浩平君に感じてほしかったんだ」
そうか、これがみさき先輩の世界。
目が見えない先輩が、見つけた世界。
先輩は今、そこに俺を招待してくれたんだ。
そう思うと、俺はどうしようもなくみさき先輩を愛しく感じた。
「先輩」
俺は毛布の中でみさき先輩の手をそっと握った。
「何かな?」
そう言いながらもみさき先輩は俺の手を握りかえしてくれる。
「また、来年もここに来よう。再来年もその次も、ずっと、桜が咲く限り」
「うん。約束したよ」
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ども、KOHです。
今回は浩平ベースで書いてみました。
えーと、補足しておきます。
言うまでもない事とは思いますが、先輩は犬が苦手。はKOHが勝手に作った設定です。
さて、感想です。
@HMR−28さん
One the Next
うん、こういう浩平も格好良くていいですね。
あの少年の今後もちょっと気になるんですが、続きます?
@GOMIMUSIさん
ONE of the Daydreamers
いよいよ。ってところですね。目が離せません。
所で誰が活躍するんだろう?
@雫さん
髭の憂鬱
そーかー、髭のほしかったものはそれか!
茜も他力本願はやめなさいって(^^)
@よもすえさん
ありえないよ。の茜空(1)
これ、なんか凄いですね。うまいなぁ。これからがとても楽しみです。
ありえないよ。の茜空(2)
七瀬が生き生きしてますね。繭もとても強く、優しい娘に育っている。いーなぁ。ほんとに。七瀬のぶん殴るって台詞。思わず感動しちゃいました。
@しーどさん&偽善者Zさん
カプチーノな朝 特別編!
広瀬ってのも怖いかもしれない。
目がさめたら部屋中画鋲だらけ。とか
@だよだよ星人さん
タクティクス名作劇場その1
配役が絶妙ですね。まゆのユキちゃんですか。それにクララにロッテンマイヤ。
いきなりの「帰れ」は笑いました。
@11番目の猫さん
エピローグ「笑顔」
澪の優しさ、純粋さがみさおを救ったんですかね。とても透明感のある話ですね。読んだ後、気持ち良かった。
@火消しの風さん
涙をこえて NO.1
うーん。そっちネタはちょっと…ってそのまま行くわけじゃないですよね。穴掘り少女も出たことだし(^^;
@もうちゃん@さん
ミズエモン(キャラ紹介)
みさき・ジャイアンが予想外に可愛いですね。茜・ジャイアンも見てみたいよーな気がします。
「私のワッフルが食べられないと言うのですか?」とか…
ミズエモン「怖いの暗いのお化け屋敷なの」
なぜにチェーンソー。七瀬のお面被ってやったらもっと怖いかも(^^;
@いけだものさん
彼女の運動会
100mの直進ってのは考えるよりもずっと大変な事ですから、本当に一生懸命走ったんでしょうね。
しかし20人前…そっちの方がある意味、伝説になりそうですね(^^)
@偽善者Zさん
浩平犯科帳 第一部 第四話
江戸の町ってのは男女比率が滅茶苦茶で男が余りまくっていたってのに、浩平ばかりがなぜもてる(?)
でも、奥の部屋にいたのがお七で良かった(いや、他のお客にとって。です)
楽しみにしてますので、これからも頑張ってくださいね。実は時代小説って結構好きです。