茜様御乱心(後篇) 投稿者:nabe

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 茜様御乱心(後篇)

 茜SSの後編です。あまりに茜を崩してしまったので、ファンの怒りが
恐いです。私自身、茜が一番好きなんですよ。いやホント…信じて。

2分割してありますが、それでもかなり長いです。文章が回りくどいもので…
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 しかし、校内をいくら捜しても、茜の姿は見つけられ無かった。いや、正確に
はたまに見かけるのだが、巧妙に俺を避けて逃げて行ってしまうのだ。
「これは、餌を用意した方が良さそうだな…」
 俺は作戦を立て直すと、あるモノを入手すべく街に出ていった。
それを入手して戻ってくる頃には、昼休みも終了間際になっていた。
そしてひたすら、茜を捜し続ける。
屋上に出た時、俺はようやく茜の姿を発見した。
「茜…やっと見つけた」
 茜は、みさき先輩に抱きついていた。それにしても、なんで性格反転した茜は
誰かれ構わず抱きつくのだろうか?
「あ、こ〜へだ。私をいじめたこ〜へだ」
 俺の姿を見た茜は、みさき先輩の背後にサッと隠れる。
「浩平君、茜ちゃんいじめたの?」
 よしよし、と茜の頭を撫でてやりながら、先輩が言う。
「いじめて無いって。茜が俺にもそうやって抱きついてきたからひき剥がしたら、
嘘泣きしながら逃げてったんだ」
 俺はみさき先輩に事情を説明しようとしたが、茜は先輩に抱きついて、耳元で
小声で「こ〜へがいじめたこ〜へいじめたこ〜へがいじめた」と囁き続けていた。
こ、こいつは…
今の性悪な茜を見ていると、普段の茜は良い奴なんだなあ、としみじみ思う。
「ほら、やっぱり茜ちゃんは浩平君にいじめられたみたいだよ」
「俺じゃないってば〜」
 茜のやつ、催眠術作戦でみさき先輩をすっかり懐柔している。
「先輩、茜はセイカクハンテンダケってキノコを食って、普段と性格が反転しち
まってるんだ。だから、その茜は茜であって茜じゃないんだ」
「なんだかよくわからないよ」
 先輩があう〜という顔をする。
「だから、その茜は本当の茜じゃないんだってば。元の茜に戻さなきゃ」
「そうなの?」
「そうなの!」
 先輩は、しばらく考え込んで茜の頭を撫で続けていた。茜はごろごろとおとな
しくされるがままになっている。
「でも、こっちの茜ちゃんも可愛いから、べつにこのままでも良いと思うな」
…そういう問題じゃないって、先輩…
 俺は、すっかり茜に懐柔されてしまっている先輩を説得するのをあきらめた。
さっき入手してきた秘密兵器の袋を取り出す。
「ほら、茜、山葉堂のワッフルだぞ。一緒に食おうぜ」
 ぴくん、と茜が震えた。喜色満面でこっちを向く。
「こ〜へ気が効くね〜、えらいえらい」
 茜は、みさき先輩からあっさり離れてこっちに駆け出した。現金なやつだ。
「え、山葉堂のワッフル? わたしも食べたいよ〜」
 ワッフルと聞いて、先輩も同時に駆け出した。さすが先輩、食い物に対する
反応が早い。
二人とも、全力でこっちに走ってくる。あ、このままだと…
ごっちん。
 まったく同時に俺の所に到達した二人が衝突した。すごい音がして、二人とも
ひっくり返る。
「ふえ〜、痛いよ〜。何が起きたの?」
 さすがはみさき先輩、ダメージが小さいらしい。座り込んだまま額を押さえて
うるうるしているが、たいした怪我は無さそうだ。
 茜の方は、と見ると…見事に気を失っている。
「ワッフルにつられて走ってきて、茜とぶつかったんだよ。二人とも、食べ物の
事になると回りが見えないんだから…」
 あきれながら、俺は先輩に状況を説明した。
「茜、大丈夫か?」
 とりあえず、倒れている茜を抱き起こしてみた。
「う〜ん…」
 後頭部にたんこぶを作った茜は、すぐに気付いて目を開けた。
「…私、いったいなにを…?」
「先輩とぶつかったんだよ。憶えてないのか?」
「…なんとなく…」
 衝突のショックか、少しぼーっとしていた茜だが、だんだん記憶がよみがえっ
てきたらしい。
「…私、夢を見ていました」
 あ、元の茜に戻ってる。とりあえず、俺は安堵した。
「…茜、それは夢じゃないぞ」
「………嘘です」
 性格反転している間の事は、はっきり憶えてないらしい。
「認めたくないだろうが…お前は、憶えている通りの事を実際にやったんだ」
「………」
 茜は、下を向いてしまった。耳の付け根まで真っ赤になっている。
茜は、しばらくそのまま俯き続けていた。いい加減心配になって、声をかけよう
とした時だった。
「…浩平」
 やがて顔を上げた茜は、真剣な瞳で俺を見つめた。
「?」
「忘れて下さい」
「いや、忘れて下さいって言われても…俺健忘症じゃないし」
「忘れて下さい」
「でもなあ…」
「忘れて、下さい」
 茜は、今までになく気合いのこもった視線で俺を見つめる。思い詰めたような
表情が恐い。
「…わかった、忘れるよ。約束する」
「ありがとうございます」
 茜は、ようやく微笑を浮かべた。
俺もホッと安堵の溜息をついた。今の茜に逆らうのは危険だ。生命の危機を感じ
る。
「で、浩平君、山葉堂のワッフルは〜?」
 今まで話に入るきっかけを待っていたらしいみさき先輩が、俺に手を出して
言った。
「わかったよ、先輩…ほら、ワッフル」
「ありがと〜」
 ワッフルを手渡すと、先輩はとっくに額の痛みなど忘れて嬉しそうな表情で
食べ始める。
「…私の分もありますか?」
「ああ、もちろんだ。ほら」
 茜にしか食えない特製ワッフルを渡すと、茜はとても満足そうな顔をした。
 俺も自分の分のワッフルを袋から取り出す。俺のはもちろん特製じゃない、
普通のやつだ。
とっくに午後の授業が始まっている時刻に、屋上でのんびりと3人でワッフルを
かじるのは、なぜかとても安らかで楽しい時間だった。

 結局1時間授業をサボって教室に戻った俺と茜に、長森が寄ってきた。
「里村さん、もう大丈夫なの?」
「…」
「もうキノコの効果は切れているから、元の茜だよ」
 言いにくそうな茜に代わって俺が説明してやると、茜が恨めしそうな視線を俺
の方に向けた。
「…ひどいです、浩平」
「な、なにが?」
「…浩平、忘れるって言いました…」
 そんな事言われてもなあ…
「茜、関係者は仕方無いだろう。他人には言わないよ」
「大丈夫だよ。私、誰にも言わないから。安心してよ、里村さん」
「…ありがとうございます」
 茜は安心した顔をした。よほど嫌な思い出らしい。まあ無理も無いか。
そんな茜に、長森が問いかける。
「ところで里村さん、私に言った事、憶えてる?」
「…?」
 茜は疑問の顔をした。
「忘れちゃったのかな? 明日から浩平を起こしに行くって」
「……憶えてますけど…いいんですか?」
「もちろんだよ。きっと浩平も喜ぶよ」
「おい長森、俺は…」
 勝手に話をすすめる二人に、俺は抗議しようとした。
でも、嬉しそうな、幸せそうな笑みを浮かべる茜の顔を見たら、そんな気になら
なくなってしまった。
「…浩平、明日からよろしくお願いします」
「あ、ああ、頼むぜ茜」
 押し切られてしまった。いいんだろうか…

 翌朝。
「…浩平、起きて下さい」
 ベッドの中で、心地良い世界をさまよっていた俺は、いつもと違う声で起こさ
れた。
…長森? にしては、ちょっと違うような気がしたが、まあいいや。もうひと
眠り…
「…浩平、遅刻します」
 困ったような声が聞こえる。
「…あと5分で起きるよ〜」
 俺は、いつものように手だけベッドから出して振った。
と、その手が誰かに掴まれる。
「…??」
 柔らかくて暖かい手に握られている。
俺はその感触に何かを思い出しそうになったが、睡魔には勝てず、結局更にベッド
の奥深くへと潜り込もうとした。
俺が、頭を布団の中に入れようとしたその時。
不意に、唇に触れてくる柔らかな感触を感じた。
「………?????」
 マシュマロよりも柔らかなふわふわした、それでいてチェリーのような弾力に
富んだ、瑞々しいすべやかな感触。甘い香り。
俺があわてて目を開けた時、視界に入ったのは瞼を閉じた茜の顔だった。
俺が起きたのに気付くと、茜もゆっくり目を開け、そしてそっと俺から離れて
いった。
「あ、茜、今……」
「…目が、醒めましたか?」
 右手の人さし指と中指でそっと自分の唇を押さえながら、茜が言った。心なし
か、頬が赤い。
「ああ、起きた、ばっちり起きた、完璧に起きた」
「じゃ、学校に行きましょう。遅刻します」
「あ、ああ」
 俺はカクカクと首を縦に振るしかなかった。

 階下に降りて登校の準備をしながら、茜に聞いてみた。
「なあ、どうしてあんな…?」
「…嫌でしたか?」
 茜の顔が、少し不安そうな表情に曇る。
「いや…その…とっても良かった…」
「そうですか」
 茜が微笑む。
「…約束してくれた、お礼です」
「約束?」
「忘れるって」
「ああ、そうか」
 俺は納得した。茜らしい。律儀な奴だ。
「じゃあ、明日からはもうお礼無しか?」
「……」
 俺がちょっと意地悪な質問をすると、茜は困ったような顔をした。
「毎日お礼をもらわないと、思い出しちまうかもな」
「…浩平、ずるいです」
 でも、言葉とは裏腹に、茜はうれしそうな笑顔を見せていた。
「じゃあ、明日の朝も来ます」
「ああ、そうしてくれ。一日でも忘れたら、俺は思い出すぞ」
「…はい」
 茜の表情は、本当に幸せそうだった。
…結局、妄想と大差ない起こし方だったような気もするな。でも、悪くない。
明日からの朝を思って、俺も幸せな気分になった。


<終わり>


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 これをプロトタイプに書いたSSは、私のページに置いてあります。
結局全然違う話になってしまっているけど…
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http://www.na.rim.or.jp/~wnabe/game/g_one/g_one_ss1_1.html/