投稿者: KAZU
雪見「ほらっ!急いで!また乗り遅れるわよ!」
みさき「あ〜ん そんなに急がないでよ〜」
雪見「あんたが朝から食パン10枚も食べるからでしょ!」
みさき「だって・・・」
雪見「だってもへちまもない!ほら!早く!」
みさき「あ〜ん・・・」

−朝の喧騒の中を雪ちゃんに手を引かれバス停まで走ってゆく。
  今、私は雪ちゃんと同じ大学に通っている。
  あの日からもう1年も立った  −そう、1年も−

雪見「はあ、はあ・・・ な、何とか間に合ったわね・・・」
みさき「ひどいよ〜 雪ちゃん・・・」
雪見「誰のせいだと思ってんのっ!」
みさき「わ〜ん・・・ そんなに怒らないでよ〜」
雪見「もう!」

−あの人に出会うまでは私が社会に出るなんて思いもしなかった。
  周りからは、ハンデなど物ともしない強い人と言われていたが、その実、
  閉ざされた世界でしか生きられなかった臆病な私
  自分の中に理想の世界をいつのまにか作り上げていた。
  そんな私に羽ばたく翼ときっかけを与えてくれたのはあの人だった・・・

雪見「ねえ、みさき」
みさき「・・・」
雪見「ねえってば・・・」
みさき「・・・」
雪見「こらっ!川名みさきっ!」
みさき「わっ!どうしたの? いきなり大きな声だして・・・」
雪見「いきなりじゃないわよ・・・ さっきから呼んでるのに・・・」
みさき「ごめんね。ちょっと考え事してたの・・・ で、なに?」
雪見「ほら・・・ ここの公園・・・ 今年も桜が満開だよ・・・
      風に乗って良い匂いがするでしょ・・・」
みさき「・・・うん。 そうだね・・・」

「冗談・・・だよね・・・?」
初めての、そして最後のデートだった。あの日はずっとベンチの前で待っていた。
「冗談だよ。びっくりしたか?先輩。」
って笑顔で言ってくれるのを待っていた。
アイスが溶けても、周りからざわめきが消えても、風が出てきてもずっと待っていた。
ひょっとして遊ばれてたのかな、とも思った。

でも、それならそれで良い。
だって、一番好きな人 −浩平君− を苦しめなくてすむのだから・・・
私みたいな盲目の人が彼女じゃ今は良くてもいつか浩平君を苦しませてしまう・・・
だから、それでも構わない、と思った。

でも、最後に一度だけ声が聞きたい・・・
たとえ遊ばれていたのでも良い・・・
私がはじめて好きになった人の声をもう一度聞きたかった。
そしたら、私はあなたの事を忘れるから・・・

でも、何かがおかしい・・・
何処で尋ねても「浩平なんて知らない」って・・・
もしかしたら暮らすか学年を間違えたのかな、と思い先生にも尋ねたが
「折原浩平なんて生徒はうちにはいません」・・・
訳が分からなかった。
言葉が頭の中でリフレインする・・・
浩平なんて知らない?
折原浩平なんてうちにはいません?
どういうこと?あれは夢?あの肌の温もりも夢?クリスマスも、教室での事も全てが夢なの?
涙が出てきた。悲しかった。もう会えないかもしれないと思うと、涙が溢れてきた。

それから暫くは、何もできなかった。
部屋に閉じこもって泣いてばかりいた。
遊ばれていたほうがどれだけ気が楽だったろう・・・
信じられないが、浩平君はこの世から消えてしまった。その事ばかりが頭を過ぎる。

でも、浩平君はこんな私をみてなんて言うのかな?
きっと、怒るんだろうな・・・ 「いつもの先輩らしくない」って・・・
このままじゃ良くない・・・ 浩平君を安心させなきゃ!
浩平君との思い出は、私の心の中にある。
絆はそう簡単に消えないよ、そうだよね、浩平君?

雪見「そういえば、明日は何の日か覚えてる?」
みさき「私たちの高校の卒業式でしょ? 覚えてるよ。」
雪見「おーっ!記憶力の弱いあんたにしてはよく覚えてたわね!
     わかった!どうせ紅白まんじゅうでも貰おうって魂胆でしょ!  
     もう・・・ そんなだから彼氏の一人もできないのよ・・・
     せっかく可愛いのにもったいない・・・」
みさき「ひどいよ〜 私だってそんなにいつも食べ物の事ばかり考えてないよ〜
       ただね・・・」
雪見「ただ?」
みさき「卒業のお祝いをしてあげたい人がいるんだ。
       私が一番大好きな人・・・」
雪見「へーっ。まさかあんたが年下好みとはねェ。で、私が知ってる人?」
みさき「知ってるけど、知らない人だよ、きっと・・・」
雪見「はあ?何よそれ・・・」

そう、みんな知ってるけど、知らない人。
私以外誰からも卒業のお祝いをしてもらえない可哀相な人。
そして、この世で何よりも大切な人・・・
彼は、私に翼を与えてくれた。そして、無限の可能性を教えてくれた。
だからそのお返しにいつも私は笑っていよう。
彼が好きだと言ってくれたこの笑顔で笑っていよう。
彼が帰ってきたらとびきりの笑顔で「お帰り」と言えるように・・・