「夢の世界から来たんだよ」 「………は?」 「だからね、ある男の子の見た夢から来たの。わたしは」 もちろん、こんなこと言われて最初から本気にするやつなんていない。と、言うか、こんな言葉を真顔で言っちまえる存在自体が俺には信じられなかった。 雨の日、公園で、傘もささずにブランコに揺られているのを見たのがそもそもの始まり。真っ白な薄手の服といい、裸足につっかけたサンダルといい、これから冬に向かう時期のモードとしては、かなりヤバイんじゃないかと思われた。 どうすれば良かったろう? 選択としては、まず見なかったふりをする。それとも、警察なりなんなり、しかるべきところに申し出て保護してもらう。…どう見ても未成年だったし。 けれど、ふと顔を上げたその女の子と目があっちまったとき、俺は強引にその手をつかんで部屋に連れ帰り、シャワーに放り込んだのである。 大学を出てから、小さな運送会社に勤めつつ一人暮らしをしている俺には、彼女がいるわけでもなく、したがって女の子向けの服などあるはずがない。間に合わせのトレーナーを着てもらい、乾燥機に放り込んだ彼女の服が乾くのを待つまでの間、俺はどこから来たのかと質問した。そこで、冒頭のセリフになるわけである。 大きなマグカップを両手で持ちながら、ココアを飲んでいるその顔を俺はしばし見つめた。…ややつり目がちの、かなりかわいい部類にはいる顔。年齢としては高校生くらい…おい、ちょっと待て。こういうシチュエーション、どこかで見たぞ。 ゲームか? 小説? マンガ? それとも○Vかも…ああぁぁぁっ!! なに考えてんだ俺!! しかし…と、俺は首をひねった。 どこかで見たことがある、と言うわけではない。だが、公園で出会った瞬間から感じていたことだったが、彼女にはなにか『懐かしい』と感じられる雰囲気がある。家族とか、幼なじみとか、そういうものに共通する温かな気配。それを感じたから、俺はあの時彼女を放っておくことができなかったのだ。 「で、いい加減教えてくれないかな。…家はどこなの?」 俺ができるだけ優しい声で訊ねると、女の子は首を傾げつつ言った。 「だから、夢の中。男の子が目を覚ましちゃったから、もう戻れないよ」 俺は盛大にため息をついた。なにがあったか知らないが、どうあっても帰るつもりはないらしい。 「分かった…今晩だけ泊めてやる。だけど、今晩だけだからな。で、俺は都築誠一ってんだけど、あんたは?」 「…ねこ」 それが本名かどうかはともかく、この家での彼女の名はねこと言うことになった。 それから一週間。ねこは、いまだに俺の部屋にいた。 日の射す窓の前。俺は床にじかに座ってテレビを眺めていた。背中が温かいのは、ねこがもたれかかっているから。 一日、なにをするでもなくぼーっとしていることが多い。時々、気が向いたように台所に立って、ベーコンエッグやサラダの簡単な食事を作る。それが、驚くほどうまい。しかし後かたづけに難があり、本人もそれを自覚しているようで毎日というわけには行かなかった。 ねこは、本当の猫のように俺によくなついていた。いや、なついた、というのは適当ではない。猫は非常にマイペースで、飼い主のことなど無視した生活を送っている動物だが、本当にそんな感じなのだ。ひどく無関心で、無警戒で、無邪気。 一度など、知らない間に俺が眠っている布団に知らない間に潜り込んでいることがあった。それも間違っても、そんな気があったわけではない。気温が低い日のことで、一人だと寒かったらしい。 「おまえにベッドあけてやってるんだろうが! 贅沢言わないでそっちで寝ろ!」 真っ赤になって怒鳴ると、ねこは首を傾げて一言。 「どうして怒ってるの?」 …性意識は幼児並のようだ。 それでも、俺は何となくこの妙な同居人に慣れてしまっていた。今こうして、背中合わせに座っていてもそれが苦痛ではない。むしろ、自分が日溜まりにいる猫になったように居心地がいい。 女の子、という意識はほとんど働かなかった。それは、相手のことを、妹のような存在として見ているからか…それとも、本当に人間ではないからか。違う世界から来た、違う存在だからその対象として見ることができないのか。 ふあ、とねこがあくびをした。俺の背中に深くもたれなおし、首をかくんと前に倒す…そのままうとうとしだした。驚くほどの早技である。口を挟むいとまもない。 「………はあ」 俺は肩越しにその寝顔を見ながら、何となくため息をついた。このままでいいのだろうか、と悩む。 しかし、どうなるわけでもない。とりあえず、まだ続いているテレビ番組に没頭することにした。 目を覚ますなり、どアップのねこの顔があった。 「…なにしてるんだ、おまえ」 問いかけにねこは、神妙な顔で答えていわく、 「おもしろい顔だな、と思って」 俺は黙って、ねこの額を指で押す。ねこは、押されるままにころんと床の上に転がった。 朝食が終わると(ねこが作った。つまり俺が台所の掃除担当だった)、唐突にねこは俺の手を引っ張りながら言った。 「外に行こう」 珍しいこともあったものだ。時々ふらりと出かけはするが、いつも一人だったのに。 手を引かれるままに、俺はねこと二人、町に出かけていった。散歩…と言うわけでもないのだろうか。目的があるような、しっかりした足取りで歩く。ふと途中で、顔を上げたのは共学の高校前。 ひょっとしてここの生徒だったのか? と考えたのもつかの間、ねこは大股でその前を通りすぎる。俺の手を引っ張りながら。 …そういや、傍目に俺達の様子はどう映っているのだろう? 恋人、というのは無理があるし、兄妹と言うほど顔は似ていない。なにより歳の差が…やべえ。知り合いに見つかったらロリコン扱いされるんじゃないのか、この状況は? 今まで全然気にしてもいなかった、その危険性に気づいたとき、俺は足がすくんでしまった。 「どうしたの?」 ねこが振り返って、怪訝そうに俺を見る。 「いや、なんでも…それにしてもどこまで行くんだ?」 「ん、もうちょっと」 それだけ言って、ねこはまた歩き出す。商店街にさしかかると、歩調をゆるめてどこか楽しそうに、建ち並ぶ店を眺めだした。 「来たことあるのか、ここ」 訊ねると、微妙な表情で俺を見返す。 「直接来たのは、初めて…かな」 引っかかる言い方だが、それを詮索しようとする前に、ねこは何かを見つけて目を輝かせた。 「ね、あれ買って」 指さしたのは、クレープの専門店。かなりの人気らしく行列になっている。 「…並べって言うのか?」 「うん」 大きくうなずく。俺はすでに、癖になってしまっている深いため息をつきつつ、行列の最後尾に並んだ。 チョコレートバナナと、ブルーベリークリームのふたつを買って、また手を引かれていく。今度は、公園に来た。 「へえ、ここにつながっていたのか」 俺は感心してつぶやいた。なんと、そこはねこを拾ったあの公園。長い階段を登った先、ちょうど、俺達が暮らしているのとは反対側にあったようだ。車での移動がほとんどである俺は、その地理がよく分からなかったのだ。「あの森を抜けたら、さっきの高校だよ」 クレープをかじりながら、ねこが指さす。まるで獣道のような、ちょっと気づきにくいような抜け道が指さした先にあった。 「なんだ、やっぱり来たことあったのか?」 俺が言うと、ねこは首を振った。 「ううん。でも、知ってるの」 笑顔でねこは答える。どういうことだろう、と考えていると、素早くクレープを胃に収めたねこが、また俺の手を取る。 「じゃ、行こ」 そして、また登ってきた石段を下りていく。なんのためにここまで来たんだ、といぶかりながら、俺は鎖につながれたワン公のようにねこについていった。 公園を抜けて、少ししてからのことだった。突然ねこが立ち止まる。 「どうした?」 顔をのぞき込むと、その目は一点を見つめたまま。視線の方向をたどる…車線を挟んで向かい側の遊歩道、そこには一組のカップルがあった。 二人ともまだ若い。俺よりひとつかふたつ、上というところか。片方は調子のよさそうな、明るい顔をした男。もう片方は…その顔を見て、俺は眉をひそめる。 似ていたのだ。ねこに。そう、姉妹と言っても通用するほど…というか、ねこが大きくなったら、そうなるのではないかという顔。 その二人連れは、仲がよさそうに街路樹の下を歩いていた。ぼんやりとその様子を見つめていると、ちいさなつぶやきが聞こえた。 「こう…へい」 ねこの声だ。ねこは、ひどく優しい…母親のような顔で、向かいの道を歩く恋人二人を見つめているのだった。 「ねこ?」 呼びかけると、ねこの顔がこちらを向く。 「今の人達、知り合いなのか?」 訊ねても、ねこは答えなかった。にこっ、とはぐらかすように笑って、俺の手を引っ張ってまた歩き出す。 なんとなく、確信が持てた。今の二人の様子を見るために、ねこはわざわざこんなところまで来たのだ。 「あのね、」 少し歩いて、ねこは俺を見上げるようにして言った。 「あの女の人、もうすぐ赤ちゃんが産まれるんだよ」 ********** …これ、実は「追想迷宮」というタイトルで書いた連作の、外伝のようなものだったりします。 いきなり思いつきで書きました。しかもほとんど見直していません。ついでにいうと、意味不明です。こんなところに載せていいものやら(^^; なんで彼女が「ねこ」なのかは、追想迷宮読んでいただければ分かります。←宣伝 読んだ人は、最初「なぜONESSコーナーにこんなものが?」と首を傾げたことでしょう。それも狙いだったりします。 テーマとしては、「自然な関係」。誠一とねこの関係が、どうやったら自然に見えるのか、というのは疑問の余地ありですが…ま、いいか。 …すいません、今煮詰まってるんです。今日のところは、これで勘弁してください。 >から丸&からす様 雑疑団、って…わざとでしょうか? 怪しさ大爆発ですが。ところで、長森も酒がはいってたのね。それじゃ、ブレーキかける人がいなくなってしまうんでは…。 >WTTS様 あう、懐かしすぎて一部思い出せないシャリバン…しかし、「いいじゃないか いいじゃないか」のあたりは何となく分かった。なぜかEDはちゃんと歌えたり… >そりっど猫様 え、続かないの? そりゃないでしょ。ここまで来て続けないなんて…こういう、ONEそのものの雰囲気って好きなんです。自分が書くとONEとは別物になるから(爆) >変身動物ポン太様 いや、なんか懐かしいビームを拝見しました(笑)。瀕死の住井にたたき込むには、いささか酷かとも思われますが…で、茜と詩子を無難にすませる気はないでしょうね、きっと(^^; >狂税炉様 まずは…詩子さんの生徒になった全ての方々に、哀悼の意を表しまして…。しかし、これも学歴社会のゆがみか?(笑) 蛇足ながら、僕もWTTSさんの意見に賛成。一行でも、自分の作品に感想がついたときの喜びはなにものにも代え難いものがあります。そりっど猫さんの次の作品、お待ちしております。…別に感想の催促じゃないですから気にしないでね(^^; ではでは。 http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/4203/