D.S Chapter.3  投稿者:GOMIMUSI


   act.2


 バルハラより北東、国境の外側を囲むように広がる、なだらかな尾根が続く山脈がある。
 ここを境として、この地方の気候は大きく変化する。雨が多く湿潤な気候の北部に対し、砂漠化した場所も点在する乾燥した南部。風や海流などの影響もあって、その変化は過酷なほど大きかった。
 貿易都市スバルを抱くように広がる連合国、ナユタは北部にあり、周囲には豊かな田園などの光景も広がっていた。こうした生物に適した土壌は、すなわち魔獣にとっても好適であり、人間が手にできる面積は悲しいほどに狭い。故に、大半の国ではやせた土地を苦労して開き、なんとか食料を手に入れようとしているのだが、ここはごく少ない例外のひとつだった。
「だからって、農地を占拠するのが目当て…なんてことはないわよね」
 ルウはスープを口に運びながら、首を傾げるようにしてつぶやいた。
「まあ、まずそれはないなあ。あそこは国がでかすぎる…ナユタをぶんどったくらいで得られる農地はたかが知れているし、なによりあの国力なら立派に自給自足が可能だからな」
 マスターはグラスを磨きながら、のんびりと答えた。
「じゃあ、何が目的なのかしらね?」
「そのへんは、おまえさんにも見当がついているんじゃないか? だから、こんなところまで来たんだと思っていたが」
「…まあね」
 わずかに苦笑を浮かべて、ルウはマスターのほうを見る。
 マスターは、木箱を積み上げ、板を渡してカウンターのようにした向こうに立っていた。ここはスバルからかなり離れた山上に設営された、キャンプの中である。仮設テントの中を、マスターはこうしてわざわざ黒竜亭の中のように作ったのだった。本人はこのほうが落ち着くから、と言っていたが、ルウにしてみれば道楽の延長としか思えない。
「炎舞羅が、バルハラにあったということは…シュンも知っているはずだしね」
 かちゃ、と皿の上に置いたスプーンが音をたてる。
「あいつが何を考えているかは知らないけど、やっぱり、この一件にもかんでるんだろうな…」
「おまえさんの兄さんが、バルハラをけしかけた、ということかね」
「どうやってかは知らないけど。でも、氷禍魅があれば十分可能だと思う。なんていっても、現物があれば説得力が違う…そうでもないと、スバルに氷禍魅を持っている男がいるらしい、そんな情報だけで一国が動くはずないもの」
 ずっと、ルウは耐えていた。自分の中からわき上がってくる、焦燥感に。一刻も早く、シュンと再会して決着をつけなければならない、それだけを願って。
「もう、時間がない…」
「なんだ?」
「う、ううん。なんでも」
 急いで首を振るルウ。そんなルウの様子を見て、マスターは首を傾げたが、何も聞かなかった。
「に、してもコウは何をやってるの?」
「ああ、その辺を偵察に行くとか言っていたから…そろそろ戻るだろ」
 マスターが言ったちょうどそのとき、テントの垂れ幕を押しのけてコウが入ってきた。
「おお、戻ったか」
「ただいま。…なにやってんだよ、またこんなもの作って…」
 テントの中を見るなり、コウは呆れたような顔をした。
「まあそう言うな。一杯やるか?」
「んー、遠慮しとく。って、戦場に酒なんて持ち込んでいいのかよ」
「馬鹿を言え。殺し合いなんぞ素面でやっていられるようなら、そっちのほうが問題だ。で、様子はどうだったんだ」
「どうもこうもないよ。連中、すぐにも押し寄せてきそうな感じだ。こりゃ、明日にも本格的にぶつかり合いになるな」
「そうか…布陣は決まったのか?」
「布陣も何もないだろ、絶対数が違うんだから…俺がでる」
「なに? いきなり第一陣におまえさんがでるのか?」
 マスターは珍しく、びっくりした顔になった。コウは苦い顔で笑う。
「人数も時間も足りないんじゃ、そうするしかないだろ」
「…全力でいくつもりだな」
「ああ、そうする。今回は手加減抜きだ。っても、俺一人でどうにかできるほど甘いとは思ってないが…時間稼ぎくらいにはなる」
「あたしはすることないの?」
 勢い込んで訊ねたルウを振り返り、コウは真顔で言った。
「ルウは、後方で待機してくれ。できるだけ全体を見渡せる場所で」
「ええっ? でも、あたし見物のつもりでここまで来たんじゃ…」
「どこでどんな動きがあるか分からない。俺達がまとまりを崩されなければ、この人数でも持ちこたえる自信はある…問題は、魔剣を持ったのがいないか、だ」
「あ…」
 ルウは息をのむ。コウも、当然のごとく気づいていたのだ。バルハラ侵攻の裏に、シュンが関係している可能性に。
「ま、今回はほとんど望みはないと思うがな。あいつが炎舞羅を狙っているなら、こんな前線のほうではなく、むしろヴァーミリオン…今はスバルにいる、アリザが鍵だ。戦線がスバルのほうに移動したら、真っ先にでてくるだろう。だが今回は、そこまで悠長にやっていられるほどの時間がない」
「…退屈な役目になりそうね」
 不承不承、という顔でルウは命令を受諾した。
「ああ、マスター」
 ふと思い出したように、コウはマスターに向き直る。
「ジュールの奴は? まだバルハラを探らせているのか?」
「ん? あー、あれか。やっぱり、おまえには気になるか」
「そりゃ…人間が消えた、なんていうのはな」
「消えた? なに、どういうことよ?」
 振り返ったコウの目に、ルウは一瞬、迷いの色を見て取った。だが、すぐに平然と話し出す。
「バルハラの第一王子の話だ。今は第二王子であるミグってのが王位継承権を持っているんだが、だったら第一王子はどうしているのか…それがマスターの関心の的でな。なにしろ、影も形も、うわさ話さえないからな」
「なに、それ。マスター、王族のゴシップなんか好きなの?」
「んあ? いや、そうじゃなくてだな…」
 なにか、しっくりしない顔でマスターはルウを見ていた。ルウの言っていることが理解できない、そんな顔。
「?」
「いや、なんでもないんだ。それより、もうそろそろ休んだ方がいいんじゃないか? 女性陣はもうみんな準備にかかってるぞ、手伝ってこいよ」
「あ、うん。じゃあ行って来る」
 ごちそうさま、とマスターに言い残して、ルウは本部テントを出た。
「………コウ。話していないのか」
 マスターが、難しい顔で言った。コウは憮然とした顔で答える。
「どうやって話せばいいんだよ。俺が納得できてないことを…」
「そういう問題ではなかろう。妹のことも、獣魔のことも話しておいて、あれだけ話さないというのは…おかしくないか?」
「話したって信じるかどうか。まあ、聞かれたらマスターからでも話してくれよ。…それにしても、マスターもかなり変な人だな。あんな奇天烈な話を、平気で受け止めるんだからさ」
「そりゃ、おまえとは人生経験が違うからな。おまえの言ったことが嘘でも夢でも妄想でもないということは、わしにもわかる」
 マスターの言葉に、コウは唇の端をゆがめて笑った。
「夢だとしたら、とんでもない悪夢だな、これは」


 夜明けとともに、バルハラは進軍を始めた。その進路をコウ達ギルドのハンターと、ナユタ全体から有志で募った連合軍がふさぐ。その数、バルハラ五千に対し、二千…数の上でナユタ側に勝機はなかった。
 さらに、その内訳は騎兵千五百、歩兵二千五百、弓兵千。前面に立つ騎兵の威容は、遠くからでも十分に見て取れる。機動力を旨とする騎兵は、戦争経験がほとんどないナユタ側にとって脅威だった。
 しかも、バルハラの軍はこれですべてではない。山の反対側には国境外の空白地帯に建設された砦があり、そこにはさらに多数の軍が詰めているという。
「どうするの? コウ」
 弓を手にした少女が、やや不安げな顔で集団の先頭に立っていたコウに声をかける。コウは、簡潔に答えた。
「頭を、つぶす」
「頭、って…指揮官?」
「そうだ。それが一番被害を少なくできる。正面から突破して、奴らの中心にいる指揮官を殺してくる。今回はそれで終わりだ」
「簡単に言うけど…できるの?」
「やるしかないだろ。サリィ達には、援護を頼む。俺が仕事を終わらせるまで、連中が前に出られないように足止めしてくれ。さて…」
 前を向いて、コウは表情を変える。
「行くか」


 第一撃はギルド・ナユタ連合側から始まった。一本の火に包まれた矢が地面に突き刺さり、爆発したのだ。
 敵の主力は騎兵隊、馬は十分に訓練されていたが、眼前で起きた閃光と轟音に浮き足立った。矢は続けて、何本も撃ち込まれた。未熟な兵が何人か落馬し、友軍の蹄に踏み砕かれて絶叫をあげた。
 兵の一人が、高い位置から矢を射かけてくる少女を発見した。そちらへ向かって弓兵が矢を放つ。高低差がある上、的が岩の陰に隠れているので当たらない。しかし、一時的に攻撃がゆるんだ。
 その隙に軍全体が前進しようとする。と、その前に素手で現れた人影があった。
 当然バルハラ軍はそれを不審に思った。完全武装の一個団体を前にしながら、人影は臆することもなくまっすぐに歩いてくる。一人の兵が馬上から槍を突きつけようとしたとき、初めて彼は動いた。
 一瞬で槍をつかむと、そのまま槍の持ち主である兵ごと横に振るい、投げ捨てたのだ。
 唖然とする兵達を尻目に跳躍する。馬の背中に飛び乗った。だが、馬を使うためではなかった、そのまま馬を踏み台にして、軍の上を渡り始めた。
「な、なんだこいつは!!」
 驚愕した兵が剣を抜いて、斬りかかろうとする。男は眉ひとつ動かさずにそれを片手で受け止め、ひねった。
 ぱきん、と音がして、剣は簡単に折れた。そのまま顔面に拳を突き込まれ、その兵は絶命して馬から落ちた。さらに、その馬の上に飛び移って男は前進を続ける。
 外見はまだ若い、青年だった。特に筋骨隆々としているわけでもない。そんな男が、一人で軍隊という戦うための集団に挑みかかってきたのだ。
 取り押さえようとして、それがあっけなく蹴散らされる。その繰り返しが重なるうち、次第に恐慌状態が広がっていった。その混乱に、岩陰から再び放たれる炎の矢が拍車をかける。
 矢の爆発力も単に火薬などを使っているからとは思えない節があった。次第に、彼らの頭に異能者の存在が浸透していった…人ならざるものが、彼らを屠るために現れたのだ。本能からくる恐怖心が彼らを支配する。そこへ、鬨の声とともにナユタ側の軍が襲いかかってきた。
 もはや指揮系統は役に立たなかった。軍隊は、統率されてこそ真価を発揮する。今の彼らは、数の上で優位に立ちながらそれを生かすこともできない。
 ここにほぼ、勝敗は決した。


「とんでもないわね、ほんとに…」
 ルウは高台からその光景を見下ろしながら、低くつぶやいていた。
「うまく自分の外見を活用したんだな、コウは。わざわざ派手に見えるやり方で、相手の恐怖をあおった…心理戦の勝ちだな、これは」
 隣に立っていたマスターが、あごをなでながら言った。
 騎兵およそ千五百、歩兵を主体とするこちらが、それに対抗するのは至難の業である。それを、コウは一人でやってのけた。
 彼らの後ろには弓兵、歩兵も控えている。しかし、決め手である騎兵がこうまであっけなくつぶされては、動揺しないはずがない。結果的に、コウはほとんど一人で五千の軍を手玉に取ったことになる。
「ただいま戻りました」
 声に振り返ると、弓を手にした少女が斜面を登ってきたところだった。ギルドで何度か顔を合わせたことがある、アクアと特に仲の良かった少女…サリィと呼ばれていた。本名、サリエル・フランベルクといったか。
「ご苦労さん。もう上がりか」
「いやだ、マスター。店の手伝いなんかと一緒にしないでくださいよ」
 そう言って彼女は笑った。いつも通り、礼儀正しくまっすぐな…しかし堅さのない笑顔。コウの力を目の当たりにしても、それを気にとめる様子はない。
「あなたも、コウのあの力、知ってたの?」
「ええ、まあ…アクアから話は聞いてました。つきあい長いんですよ、あの二人とは」
「ふうん…ところで、あんたのその弓…」
「ああ、普通の弓矢です。ちょっと矢を丈夫に作ってありますが」
 矢筒から一本抜き取ってルウに渡す。確かに、他の矢と比べて変わったところはない。あの爆発を起こす原因になったものがなんなのか、ルウは首を傾げて訊ねた。
「エンチャンター(魔力付与者)なんです、私」
「エンチャンターって、普通剣を使うんじゃない? 弓矢なんて、珍しいわね」
「ええ、よく言われます。もともとうちが貧乏なこともありまして、魔力付与に耐えられるだけの業物が手に入らなかったんですよね。それで、矢に力を込めてみたら、うまくいったので味をしめました」
 屈託のない笑顔でサリィは自分のことを話していた。
 エンチャンターというのは、いわゆる魔法剣士である。剣と魔法の両方に適正を持った者が使うやり方で、剣に魔力を込めることで大幅に攻撃力を上げることができる。
 しかし、どんな剣でもそれが可能というわけではない。いい加減な鍛え方をしたなまくらでは力に耐えきれず、簡単に剣が駄目になってしまう。それ故、エンチャンターが力を発揮できるか否かは、武器に大きく左右される。
 サリィの場合、おそらく剣が手に入らなかった、というのはそれほど大きな魔力を込めることができたからだろう。並のエンチャンターが同じことをしたところで、弓矢であそこまで威力を引き出すことができるとは思えない。やはり、彼女もギルドの一員だった。
「お、どうやら終わりだな」
 マスターがぽつりと言った。視線を戻すと、コウがひときわ豪華な装飾を施された甲冑の、指揮官らしい兵に向かって行くところだった。周りを固める兵がそれを阻もうとするが、足止めにさえならず、あっけなく突破される。
 コウは素手で指揮官の兜をはねとばし、顔面をわしづかみにして、馬からたたき落とした。ぐしゃり、と頭がつぶれる…実際に音がとどくはずもないが、目のいいルウにはその様子がはっきり分かった。
「ルウさん?」
 サリィが、背中を向けてテントに戻ろうとするルウに不審そうな顔をした。
「今日は、あたしは出番なしだったわね…」
 疲れた声で、ルウはつぶやくように言った。
 人殺しを嫌悪するコウ。アクアには決して手を汚させないというコウ。勝負を決するあの瞬間、彼はどんな顔をしていただろう。
 この日、ギルドはほとんど自軍に被害を出さないまま、バルハラの兵を潰走させた。


「聞きしに勝るな、例の男は」
 日が落ちて、篝火を焚く砦の中、卓を囲むように数人の男達が言葉を交わしていた。
「獣魔の狂戦士、か…正直なところ、それほど信じてはいなかったが、今日の事実を見れば考えないわけにはいかぬ」
「それを捕らえることなど、本当にできるのか?」
 口々に、おそらく古参の兵だろう、いかめしい風貌の男達がまだ若い貴族風の男に問いかけていた。
「情報が確かなら、それほど困難ではありません。すでにそのための準備は整えてありますれば」
「そのためにこちらの被害があまり大きいようでは、意味はないぞ。あれ一人が相手というわけではない、我らはスバルを落とさねばならんのだ」
「心配は無用にございます。今回の一件にて分かりました。奴は、それほど人の血を好む質ではない…もし奴がその気になれば、戦いの場となったあの谷は血に染まっていたでしょう。しかし、指揮官を倒して勝負を決したあと、あの者はむしろ戦いを避けるように動いた。甘い男です、網にかけるのはたやすいでしょう」
「そうか、なれば…しかし、奴を捕らえてなんとする? その場で殺した方がよいのでは?」
 意見を挟んだ初老の男に、彼は首を振って見せた。
「いえ。少し気にかかることがありまして…一度言葉を交わしてみたいと、かねてより思っておりましたので」
「ふん、酔狂なことだ。趣味でこの砦を失ったりするようなことにならねばいいのだがな…」
 非難するような視線に、男は柔和な笑みで応じた。

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――初めまして、GOMIMUSIです。
美沙「…こら」
――あはは、いや、それくらい覚えている人いないだろうと。
美沙「まあ、2ヶ月もあけばね。何やっていたのよ、一体…」
――ゲームを、平行して5本か6本くらいやっていたような気がする…
美沙「お馬鹿」
――ま、でも長いの書くと、間に結構置く時期があってね。こんなに長く続くのを書いたことはなかったけど。
美沙「先はまだ長いんでしょ? 終わるの?」
――終わらせる、つもるだけどね。意地でも。
美沙「がんばりなさい」
――はあい。

>MIO−X様
こういうの、好き。笑っちゃいました。ちなみに教祖は嫌いだけどね。
なんか、ハリセンにしばかれてのびたすずを想像すると…うぷぷ。

>犬二号様
彼らは、今まで一体なにと戦っていたのでしょう…MOONの世界だから、そら神経消耗するでしょうが。というか、花畑の香りに神経ガスみたいな作用があったとか(笑)

>北一色様
…なんとなく、こうなる気はしていた。けど、だよもんウィルスなら、語尾にだよ、もんがやたらつくだけで、まだコミュニケーションがとれるかなあ…

>PELSONA様
ええ、分かります。あの絵本読みましたね。うん…でも、あのお金は本物だったぞ。それにしっぽ9本はまずい…殺生石になってしまう…ええと、ま、いいか。

なんか最近、平和すぎて気力が失せているみたいです。言い訳にもなりませんが…次回はもう少し早くお届けできるよう努力します。戦争シーンがこんなに面倒なんて思わなかったんだい。
コウという人間の内面、過去、そしてアクアの中に眠るもの。それらがどう出るか、ちょっと不安です。次回、きっとコウが何を失ったのかその一端が分かるでしょう。それは、この物語の鍵です。今までとは、また違った雰囲気になるはずです。
確かな約束はできませんが、次が書けたらまたお会いしましょう。ではでは。
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/4203/