投稿者: GOMIMUSI
 今日は天気が良かった。だから、散歩をした。
 帰ってから、今日が雨だったらいいと思った。嫌なことがあったんじゃない。花が、そのほうが嬉しいかな、と思っただけ。
 だって、あんなほこりっぽいところで風にさらされていたら、花がかわいそう。
 花だって生きているのに。枯れたら、死ぬのに。人間って、とっても勝手。


「みゅっ」
 いつものように、浩平の部屋に勝手に入っていく。すると、浩平は振り返って笑ってくれる。
「おう、繭」
 勉強、してたみたい。畳の上にテーブルを置いて、その前でいろいろ広げていた。わたしには大学のレポートとかは手伝えない。
「浩平、いい?」
「ああ…なんだ?」
「シャボン玉しよ」
「はあ? シャボン玉ぁ?」
 ぽかんとした浩平の顔を見ながら、笑って両手に持ったビンを見せる。石鹸水が中に入っている。
「うん。シャボン玉」
「繭…おまえ、もう高校生だろ?」
「うん」
「んなガキみたいなこと…」
「ガキでもいいもぅん」
「…急に、なんでまた」
 あきれた顔の浩平に、ちょっとだけまじめな顔になって言う。
「お葬式のかわり」


 交差点の信号機、その下にあった花束。白い紙に包まれた百合の花だった。
 そこで、交通事故で死んだ人がいるのだそうだ。家族か知り合いの人が、お花を持ってきてお供えしたのだろう。
 もう時間が経っているらしく、花は端っこが茶色になりかけていた。
「枯れちゃうんだよ、花」
 ストローをビンの口に差し込んで、それを口にくわえて、軽く息を吹き込む。虹色の透明なシャボン玉が生まれて、風にさらわれて飛んでいく。
「すぐに枯れちゃうの。なんで、そんなのを死んだ人に供えるんだろうね」
 浩平はストローから口をはなして、じっとわたしの顔を見た。
「なあ、繭。おまえさ…」
「別にね、花をお供えするのが無駄とか、そんなことじゃなくて」
 どう言ったらいいんだろう。飛んでいくシャボン玉を目で追いかけながら、考える。
「ただ、死んだ人がかわいそうだな、と思う人がいても。花がかわいそうだな、と思う人なんて、そんなにいないだろうな。…そう思ったの。それだけ」
 そう、それだけ。どうしてか引っかかる、それだけのこと。
 どうしてか引っかかるから、花にお葬式をするかわりにこうしてシャボン玉を吹いている。とてもきれい、だけど、すぐに消えてしまうシャボン玉。
「死んだ人のこと知らない人には、あの枯れていく花はなんの意味もないんだろうなって、そう思うの。わたしには…難しい事なんて分からないけど。どうして、そのうちなくなってしまうものを…枯れてしまうものを、死んだ人の思い出になんてするのかなあ」
 言い終わっても、浩平は何も答えてくれない。ただ、二人でしばらくシャボン玉を吹き続けた。
 そうしているうちに、浩平が言った。
「俺の妹の話、したっけ?」
「…うん」
 みさおさん。その人のことを話す浩平は、いつも悲しそうで。浩平がそんな顔をするのが嫌で、あまり聞かなかったけど。
「病気で死んだんだよね」
「ああ。…やけにちっちゃく見えるあいつが、たくさんの花の中に埋もれるみたいにしていてさ。それで、その花と一緒に火に焼かれて…でてきたときには小さなつぼに収まっていた」
「………」
「そうだなあ…どうして花なんて、死者への手向けにするんだろうな」
 ベランダの手すりにつかまって、空を見上げながら浩平が、どこか遠くを見ている。
 思わずその手をつかんだわたしに、浩平は驚いたように振り返って。そして、ふっと笑ってみせる。
「消えないよ」
「…本当?」
「ああ。もう大丈夫だよ…忘れられたわけじゃないけど」
 浩平は、背中からわたしを抱きしめる。平均よりだいぶ背の低いわたしは、こうして抱きしめられると胸の中にすっぽり収まってしまって。なんだか、カンガルーの赤ちゃんみたいに安心できる。
「ああ、そういうことなのかなあ」
 突然、浩平が言った。わたしは首をめぐらせて、浩平を見上げる。
「なに?」
「いや、さっきの話。花は枯れてしまうのに、どうして死んだ人に送るのかって…いつまでも覚えていると、つらいからかもな」
 そう言って、浩平はほほえむ。
「忘れようってことじゃなくてさ。こう、大切な思い出になってしまうまで…つらくなくなって、落ち着いて思い出せるようになるまで心の中に沈めておこうって、そういうことなのかなあって」
「…浩平、今はつらくない?」
「ああ。繭がいるしな。繭も、みゅーとかおまえの前の母さんとか…どうだ?」
「うん…よくわかんない。だけど、もう思い出しても泣いたりしないよ」
「だけど、それでも大好きなんだよな?」
「うん」
「きっと、みんなそうなんだよなあ。大切な人と出会って、いつかどうしても別れなければいけないときがあって…」
 浩平の腕の中で、わたしはまたシャボン玉を吹いた。きらきら光りながら飛んでいったシャボン玉は、屋根にぶつかるか、とおもったらするりとすりぬけて、その向こうへ消えていった。
 しばらくして、浩平が言った。
「ハンバーガー、食いにいくか」
「うんっ」
 いつもと同じ。でも、少しだけ違う一日だった。

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なんだかよく分からない…久しぶりに普通のSSを書いたら、繭の話になりました。
ええ、繭です。ちょっと成長して使える漢字とか増えてるけど(笑)、でも繭なんです。
この子はヒロイン達の中で、一番身近に『死』というものを感じていた気がします。みゅーはともかくとして、繭の前のお母さんが死んでいるというのは自分がかってに決めてしまったことですが…。交通事故で亡くなっている、ということにしてあります。
どうも理屈っぽい話になってしまいましたが…お気に召したなら幸いです。

>北一色様
シュンが不気味です。何を考えているのか…。しかし、華穂さんが「戦神」とは。母は強し、ですか。最強? やっぱりみさおちゃんでしょう(笑)

>神楽有閑様
初めまして。みさき先輩の、事故の話…。いくらでも泣いていいから、最後にはちゃんと笑ってほしい。どっかで聞いたような、こんな言葉が浮かんできました。

>YOSHI様
痛い…苦しい。とにかく、すさまじい展開になっていますが…。浩平母とみさおが怖い。いや、本当に。しかし、みんなどんどん死んじゃって…。

>PELSONA様
浩平? それとも幼なじみ? よく分からないですが、「本当に人違いだったみたいだ」っていうのが…哀しいです。

>狂税炉様
ううっ、こうくるか…そりゃ、自分より好きな人の近くにいる存在は、実の妹だとしてもじゃまなのかも知れない。けど…消えたら消えたで、「いなくなってしまえばいい」とか考えたことを後悔するんだろうな、瑞佳なら。

D.Sのほうは引っかかりっぱなしです。テンションだけ上がって、脳内空焚き状態…なんだかよくわからん。
これから不幸一直線な話になりますので、読んでくれる人たちがどこまでついてきてくれるか、かなり不安です。でも、がんばって書きますので。最後には笑顔でいたいですし。
またお会いしましょう。ではでは。

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