D.S chapter.1 投稿者: GOMIMUSI
  act.7


 玄関をでると、ひんやりとした夜気が肌をなでていった。
 家の裏手、すぐ近くにある森へコウは歩いていく。明かりは星明かりのみ、しかし、コウにはなんの不自由もない。いつも通りの、静かな夜。
 と、その足が止まる。何かいぶかしげに周囲を見渡し、コウは眉をひそめる。
 いつも通り、ではなかった。
「なんだ…この静かさは」
 背筋をはい上がる不安。何かにせき立てられるように、コウは駆けだしていた。ルウは、この奥にいるはず。
「ルウ!」
 思わず、大声で名を呼んでいた。返事はない。それほどかからず、少し開けた空間にたどり着く。そこにルウはいた。
「ルウっ!!」
 うつぶせに倒れているルウ。長い髪が、地面に乱れている。駆け寄ったコウは、その身体を抱き起こした。
「ルウ、どうした!」
 コウの腕の中で、ルウはゆっくりと目を開き、苦しげにうめいた。
「………だい、じょうぶ。けど、ちょっと…あばらをやられたかな…」
「あばらって…相手は誰だよ!」
 コウの声が思わず大きくなる。ルウの腕を、彼はよく知っていた。
「シュン…」
「シュン?」
 額に脂汗を浮かべながら、ルウは目を開く。異様にぎらぎらとした、黒い瞳。
「あたしの、義理の兄…ついでに、あたしの家族と、あたしの生まれ故郷を奪った…仇」


 治療を終えると、マイオは静かにルウのそばを離れた。ルウは軽く肩を回して、完全に治っていることを確かめる。
「ありがとうね」
「悪いな、こんな時間に起こして」
 ルウとコウの感謝に、マイオは無邪気な笑顔で応じた。黒竜亭のマスターにもらった石板に、蝋のようなチョークで文字を書く。
『お役にたてて、嬉しいの』
 基本的に、マイオは誰かのために行動することが喜びらしい。自分のことは二の次、という感じだ。その生命力と寿命の長さ故に、自分のことには無頓着になっているのだろうか。
 地族って、こんないい子ばっかりだったのかな…ぼんやりとルウは考えた。実際にはマイオのほうが遥かに年上なのだから、『いい子』というのは何か違うのだが。しかし、コウの隣でちょこんと椅子に納まっている様子は、歳の離れた妹にしか見えない。
「で、話してくれるのか?」
 コウの問いかけに、ルウはためらわずにうなずいた。コウに先に話させておいて、自分は黙ったまま、というのはフェアではない。
「シュンっていうのは…さっきも言ったけど、あたしの兄。うちの父さんが母さんと別れて再婚したんだけど、そのときの相手の連れ子だったの。…ちなみに、その義理の母さんはこの大陸出身だったらしいわ」
 言外に、異能者である可能性を示唆していた。コウは黙ってうなずく。唇をなめて湿らせ、ルウはまた話し出した。
「それからしばらく、あたし達は本当の兄妹みたいに、ううん、それ以上に仲良く暮らしていた。一人っ子だったから兄弟にあこがれみたいなものがあったし…シュンも、とっても優しくしてくれた。でも、ある日義母さんが…シュンにとっての本当の母さん、が死んだときから、シュンは少しずつ変わっていった」
 笑わなくなり、どこか遠くを見ているような目をすることが多くなった。話しかけても返事をしないことも多かった。そして、ルウの家系のことに異様に興味を持ち始めた。
「ルウの?」
 首を傾げたコウに、ルウは説明を加える。
「あたしの家も、何代かさかのぼるとサイファ出身なのよ。そして、ある剣を守る家でもあったの」
「………氷禍魅?」
 おずおずと言ったアクアに、ルウは首を縦に振る。
「そう。炎舞羅の片割れである魔剣、氷禍魅。あたしの先祖はサイファから氷禍魅を持ち出して、封印した人だったの。その関係で、あたしん家は剣術道場になったらしいんだけどね…それはともかく、シュンは間違いなく氷禍魅に興味を持ちだしていたわ。けど、剣の所在はあたしも知らなかったし、おじいちゃんあたりに聞いても絶対教えてくれなかった。家族にも秘密にするほど、氷禍魅は厳重に守られていたの」
「無理もないな。そんな危険なものが間違った人間の手に渡れば、それこそ破滅だ」
 コウはうなずきながら言った。するとルウは、小さく身震いした。
「ええ…その通りだった」
「なに?」
「あたしの故郷は、シュンの手で消え去ったのよ…たまたまあたしは隣の町まで出稽古に行っていたから助かったけど、ね。家族も友人も、あの町にいた人は…あの日に全部消滅したわ」
 穏やかではない表現に、コウも表情が硬くなる。
「消滅した、って…」
「実際に見なければ信じられないかも知れないけど…遠くから、光の柱が天に向かって上っていくのが見えた。いえ、柱と言うより巨大な蛇みたいに見えたわ…うねりながら、雲をなぎ払いながらどこまでも空を上っていくの。夜の空が昼みたいに明るくなって…急いで戻ってみたら、町が丸ごとないのよ。ただ、途方もなく巨大なクレーターがあるだけ…青く輝くクレーターがね」
 近づいてみて、分かった。クレーターの内面は、微細な氷の結晶で覆われていたのだ。空気中の水分が凝結し、氷となって付着していたのである。
 しばらくして、隣の町から様子を見に来た人々は、クレーターの中央で呆然と座り込んでいるルウを発見し、保護した。そのとき、ルウは座り込んだまま根が生えたように動かなかった…凍った岩盤に素足で座り込んでいたため、皮膚が岩に張り付いて、はがれなかったのである。その後、彼女の足が完全に元に戻るまで、長い時間がかかった。
 その間に、彼女は決意したのだ。シュンを探し出し、自分の手で倒す、と。


 黒竜亭のドアを開けると、中にいた全員が一斉に振り返った。
 もう深夜を回って、夜明けに近い時間である。ジュールが寝不足の、不機嫌そうな顔でドアを開けた人物をとがめる。
「遅い…遅すぎるぞ、コウ。今までなにやってたんだ」
 コウは黙って軽く頭を下げた。軽口さえたたかない。そのいつもと違う様子に、ジュールの眉が寄る。
「おい…コウ?」
「ほら、入れよ」
 コウは背後に向かって呼びかけた。すると、その背後から一人の少女が現れた。ジュールも知っている人物…ルウである。
「ちょ、ちょっと待てよコウ!」
 ジュールは血相を変え、立ち上がってコウ達に詰め寄っていった。
「なんのつもりだ! ギルドの集会のときに部外者を入れるなんて…」
 自分の襟首をつかむジュールの手をふりほどいて、コウは短く訊ねた。
「議題はなんだ?」
「言えるか!」
 吐き捨てるようなジュールの声。そばで聞いている者がいるのに…。
「魔剣氷禍魅、及びその所持者に関すること…そんなところじゃないか?」
 乾いたコウの声に、ジュールは目を見開く。
「どこでそんなこと…それより、それを彼女の前で言ったりしたら」
「心配ないわよ、ジュール君」
 ルウが口を開いた。二人とも、様子がおかしかった。事情が分からないジュールは、ますます混乱した顔でルウを見る。
「心配ない、って…」
「氷禍魅を持った男なら、ちょっと前に会ったわ。ついでに言うと、あたしの知り合い」
 ざわっ、と黒竜亭のなかの空気が動いた。その大半はコウ達と同じような年頃の男女だった。一気に騒々しくなった店内に、ばん、と大きな音が響く。
 マスターが、帳簿でカウンターをひっぱたいた音だった。あっという間に静寂が戻る。
「ん〜、まあ、二人とも入って座りな」
 マスターは穏やかな声を、入り口で立っているコウ達に向けた。ジュールもそれ以上はなにも言わず、席に戻る。カウンターのあいている席に二人は並んで腰掛けた。
「さて」
 マスターは一拍おいて、ため息をつくように言った。
「ルウっていったかな? あんたは。まずは、詳しい話を聞こう」
「はい」
 ルウはうなずいて、ここに来る前にコウ達に話したのと同じ内容を繰り返した。


 その後の集会は、混乱を極めた。一部からは、シュンの身内であるルウの身柄を拘束しよう、という強硬な意見も出た。しかしその案は、マスターによって却下された。
 ルウが新しく仕入れた情報によると、炎舞羅と氷禍魅の件はギルドでも禁忌にふれる事柄らしい。それはジュールの態度から推測がついていたが…問題は、ジュール達に回ってくる仕事で、炎舞羅に関するものは扱いが違う、ということだった。
 炎舞羅を探し出してほしい、というような依頼が回ってきたとする。そうすると、ギルドでも特殊な位置にいる者が動き出す。依頼者が炎舞羅を欲する理由、その影響を調べ上げ、依頼自体をなかったことにしてしまう…つまり、依頼者本人を『抹殺』してしまうのだ。
 実際に命を絶つだけではなく、社会的な立場を失わせるなど、かなり汚いことも含めてのやっかいな仕事になる。そうまでして彼らは、今まで炎舞羅に関するいっさいを排除してきた。しかし、今回炎舞羅の片割れである氷禍魅を手にした男が現れ、あまつさえ明確に敵対する構えだ、という事態になって、彼らは具体的な対策を打ち出すことができなかった。
 氷禍魅に対抗しうる唯一の武器は、当然魔剣炎舞羅、それ以外にありえない。
「じゃあ、炎舞羅はいったいどこにあるの?」
 ルウの問いに、ジュールはこれ以上ない苦い顔で答えた。
「まったく不明だ。ヴァーミリオンって通り名の魔女が、その行方を握っているらしいってこと以外は。もっとも、今まで氷禍魅が大陸の外に持ち出されて守られていた、ということを知っていた人間もほとんどいないんだが…妙な因縁だな、あんたの家が、よりによってそうだったとは」
「あたしも驚いてるわよ。氷禍魅がまさかそんな物騒なものだったなんて、あの時まで知らなかったもの」
 自分の故郷が地上から消えるまで…ルウは目を閉じて、こみ上げてくるものをおさえつけた。
「ちなみに、シュンって男の腕は?」
 手を挙げてルウに問いかけた声があった。
「とんでもなく強いわ。あの時、シュンは剣を抜きもしなかったのに、まるで歯が立たなかった…」
「ということはだ…俺が正面から、全力で向かっていっても勝てるかどうかってことだ」
 コウが低い声で補足する。黒竜亭に張りつめた空気が満ちた。事態の深刻さを、全員が悟ったようだった。
 ルウは改めて、隣に座っている男の横顔をしげしげと見つめた。この男の力を、この場にいる全員が認めている。そして、彼はルウの腕をかなり高く買っているようだ。
 そうでなくては困る。シュンに勝つためだけに、ルウは血を吐くような思いで修行してきたのだ。サイファの魔物に出会っても、そうひけは取らないだろうというほどに。
(でも、シュンはもっと強くなってた…このままじゃ、勝てない。絶対に…)
 暗い考えに引き込まれかけたとき、マスターが場をまとめに入った。
「つまり、これからは炎舞羅の探索が最重要課題だということだ。シュンって男の目的も次の行動も、まだはっきりしていない。極力無駄な刺激をしないで、対抗手段を確保しておくこと。現在打てる手はそんなとこだな…異議なしか? じゃあ、解散だ」


 店を出ると、すでに東の空に太陽が顔を出していた。ずいぶん長い間かかったものである。…当然だろう。前代未聞の大陸の危機、誰かがそう言っていた。
「あのマスター、ギルドの頭なの?」
 歩きながら、ルウは訊ねた。
「ああ。あの髭のマスターは、黒竜亭ができる前からマスターだ。実質、この町を掌握していると言っていい。別に支配しているってわけじゃないが、この町でマスターを敵に回すとどうなるか、誰だって知ってる」
「ふうん…あの人も強いの?」
「いや。マスターは普通の人間だ。ちょっと常識はずれなところはあるがな…」
 それだけ言って黙ってしまったので、その話題はそれで終わってしまった。またしばらく、黙ったまま歩く。
「あいつ…なにをするつもりだろう」
 ルウはぽつりとつぶやいた。
「氷禍魅を手にして、わざわざこのサイファまで来たなら…目的はひとつよね」
 コウはルウの横顔を見ながら、小さく吐息をついた。
「炎舞羅、か」
 炎舞羅と氷禍魅、どちらか一方でも大変な脅威だ。その二振りの剣がそろったとき…いったいなにが起こるだろう?
「うん。あいつが炎舞羅まで手に入れたら、とんでもないことになる…本当に、この世界を壊したいのかな、あいつ…」
 だが、なんのために? それが分からない。
「ねえ、あなた」
 熟考に入ってしまった二人に、妙に脳天気な声がかけられた。視線をそちらに向けると、一人の少女がにこにこしながらこちらを見ていた。
 全体として、身軽な剣士風の格好。飾り気のない服装だが、生き生きとした表情が目をひく。
「ちょっと聞きたいんだけど。いいかな?」
「聞きたいこと…?」
 コウは億劫そうに答えた。一晩中議論に熱中して、当然ながら疲労は極限に近い。
「人を捜してるのよ」
「人捜し…?」
「うん。こう、長い金色の髪を三つ編みにしていて、背丈は…これくらいかな、あんまり高くないの。で、お人形さんみたいな子」
「知らん」
 一言。そしてコウは歩き出す。
「どこへ行くのよ」
「帰って寝る。一晩中騒いだから眠い」
「ちょっと、コウ」
 ルウは思わず口を挟んでいた。
「冷たいじゃない、そんな言い方。もうちょっと話を聞いてあげたら?」
「おまえは眠くないのか?」
「別に」
「…体力あるな。だが俺は駄目だ。睡眠時間が足りないと」
「肌が荒れる?」
 おもしろそうに、見知らぬ少女が口を挟んだ。
「違うっ。頭がぼーっとするんだ」
 コウは少女に向かっていらだたしげに問いかけた。
「で、あんたはなんでこんなところで聞き込みなんてしてるんだ」
「知ってそうな人、いないかと思って」
「知ってそうな人って、どうやって見分けるんだよ」
「変なこと言うね」
「気にしないでよ、いつものことだから」
 訳知り顔でうなずくルウに、コウは「俺がおかしいのかっ!?」とくってかかっていた。どうやら睡眠不足で不機嫌になっているようだ。
「あ、役に立てなくてごめんね」
 ルウが頭を下げると、少女は笑って首を振った。肩まであるさらさらの髪がその動きにあわせて揺れる。
「気にしないでよ。じゃ、お疲れのところ悪かったね」
「うん。じゃあ、また」
「またね」
 まるで気心の知れた友人のように、彼らはそこで別れた。
 スバルの朝は早い。彼らが後にした黒竜亭は、もう開店準備を終え、客を飲み込み始めていた。


 ぐ〜〜〜、きゅるるる………
 情けない音は、シールドマントの下から響いていた。はあ、と彼女はため息をつく。
「困りました…」
 スバルまで送ってくれた隊商の頭に、全財産を渡してしまったので金がない。家では、食事に困ることなどなかったのだが。
「本当に、自分を甘やかしすぎましたね…」
 しかし問題は深刻だった。直射日光を避けるように作られているシールドマントは、その構造上通気性は悪い。乾燥した砂漠地帯ならともかく、こんな湿度の高い場所には向かないのだ。かなりの汗をかいて、よけいに体力を消耗してしまう。
 人混みに流されるように歩き続け、その少女はやがて高台にある一軒の店の前に立っていた。
『黒竜亭』
 やたら頑丈そうな、一枚板の看板にはそう大書されている。かなりのにぎわいのようだ。忙しくて手が足りないのなら、臨時で雇ってくれるかも知れない。この際、皿洗いだろうとなんだろうと贅沢は言わない。食い扶持を稼がなくては。
 意を決して、大きな木のドアを押し開ける。店内に一歩入ると、喧噪と様々なにおいが押し寄せてきて、感覚をかき乱した。苦手だが、贅沢は言っていられない。
「あの、すいません」
 カウンターの奥でのんびりとグラスを磨いていた、髭面の男に声をかける。
「んあ?」
「あの…お金はないんですが、ここで働かせてはもらえないでしょうか」
 おずおずと話しかけた少女の顔を、男はしばらくしげしげと眺めていた。やがてなにを思いついたのか、ぽんと手を打つ。
「フードを取ってみな、お嬢ちゃん」
「は…はい」
 顔を隠したままでは礼儀に反する。そのことにようやく気づいて、彼女はマントのフードをおろした。長い金色の髪が、そこからあふれ出る。
「ふうむ…」
 マスターはしばらく、少女の顔を眺めていた。それから、ちょいちょいと指で招く。
「…なんですか?」
 不安を感じながら彼女はマスターの隣へ歩いていった。すると、マスターはなにを考えたか、その両肩に手をおいてカウンターとは反対方向、つまり客達が飲み食いしている方を向かせたのだ。
 少女はぽかんとして、店内を見渡した。さっきから店が静かだと思ったら…今や、店にいるほとんどの顔が彼女のほうを向いている。そして、明らかに何か期待しているように目を輝かせていたのだ。…少なくとも、悪意のあるものではない。
「このお嬢ちゃんにおごってやるって男気のある奴、手をあげろ!」
 マスターが、太い声で怒鳴るように言った。とたんに、はい、はい、はいといくつもの手が上がる。何人かはテーブルの上に上がって、自分をアピールしようとさえしている。
「え、え、え…」
 少女は困惑して、辺りをきょろきょろと見回していた。いったい何の騒ぎだ、これは。
「この店は物好きな奴ばかり来るところでな。おごらせても別に危険はないから、気に入ったのを選びな」
 にやにや笑いながら耳打ちするマスター。しかし少女は、それどころではない。すっかり騒然となってしまった店内を、途方に暮れて見ているだけだった。
「しょうがないな…じゃ、そこに座れ」
 マスターはそんな彼女の背中を押して、カウンターの一席に座らせる。
「ま、この子も野郎よりか同性のほうがいいだろうしな。ミスティ、頼んでいいか?」
「うん、いいよ」
 マスターににっこりと笑ってうなずいたのは、黒い髪、黒い瞳の少女だった。その隣で、同年代ぐらいの女が苦い顔をしていた。
「ミスティ…自分の立場、分かってるの?」
「シアちゃん、不満なの?」
「という以前の問題じゃない。なんで、私たちは、こんなところにいるの?」
 少しきつい感じを与える、ウエーブのかかった髪の少女は、黒い髪の少女に詰め寄っていた。
「だって黙ってここに来たから、シアちゃん怒ってたんでしょ? 一緒なら問題ないよね」
「十分問題よ! だいたい、あんたこの子におごる前に全部食べちゃうじゃない」
「シアちゃん、凄くひどいこと言ってない?」
「あの…ご迷惑でしたら、出ていきますけど」
 席を押しつけられた形の少女は、言い争う二人におそるおそる声をかけた。
「いい、いて。一人くらい常識の通じる相手がいないと、やってられないわよ」
 ウエーブの髪の少女は、ふてくされたような声で言った。かなり疲れているようだ。身を乗り出すようにして、黒い髪の少女が声をかけてくる。
「こんにちは。私は、ミスティ・アークケープ。それでこっちがシンシア・スノウフレイク。私はシアちゃんって呼ぶけど。。あなたは?」
「…アリザ。アリザ・リヴィスです」
 まあ、かまわないだろう。ここには、彼女の名前を知る者などいないだろうし。内心で、自分にそう言い訳する。
 しかし、この空になった食器の数…全部二人が片づけたのだろうか?
「この子が全部食べたの」
 まるでその考えを読んだように、ウエーブの髪の少女、シアがやけにきっぱりと言った。「信じられないわよ、食費のために予算を増額しなくちゃならないなんて…」
「…予算?」
 疑問の表情を浮かべたアリザに、シアはなにも聞くな、というように手を振った。
「なんでもないの。ところで、出ているものはすぐ食べないとミスティに取られるわよ」
「シアちゃん、私そこまで意地汚くないよ…だいたい、そんな離れたところのお皿は食べられないよ」
「当然でしょ、そのために離してあるんだから」
「?」
 会話についていけないアリザ。手が届かないほど離れているわけではないが…。
「この子、目が見えないのよ」
 疑問は、シアの一言で氷解した。
「そうなんですか?」
 とても信じられない。目が見えない、というのはとてもつらいはずだ。自分が同じ立場だったら、こうまで明るく振る舞えるだろうか?
 くすっ、とミスティが笑う。
「最初から持っていないものを、失うなんてできないんだよ」
 突然、空気が変わる。
 店内の喧噪が、遠ざかる。暗い光を映さない目が…アリザをとらえる。
「私より、君のほうがずっとつらい。今までも、これからも…君は失うものしか持ってないから」
「ミスティ」
 シアが、たしなめるように声を発した。けれど、ミスティは聞かない。
「ここに来たのは、どうして? 君には関係ないはず。ここでなにが起ころうと、たとえここで起きたことが世界の破滅につながろうと…君は興味がないはず」
 がたん。音に我に返ると、アリザはいすから立ち上がっていた。
「あなたは、いったい…」
「アリザちゃん」
 初めて、ミスティは彼女の名を呼んだ。
「君が選んでいい。結局、私は部外者だから。君が、この世界をどうするか…選んでいい。そのときまで、私は探すから」
 静かに言葉を紡ぐ。その目がひどく優しく、悲しいことにアリザは気づいた。
「君がいなくても、何とかなる方法を」
 なにを言っているのかは、分かっていない。相手がなにを求めているのかも。けれど、はっきりと分かること…この人は、自分を知っている。かなり深く、あるいは全部。
 この人は…危険だ。
「…失礼します」
 結局、食べ物にほとんど手をつけないままでアリザは黒竜亭を出た。
「………ミスティ」
 シアがためらいがちに声をかける。すると、ミスティは黙って顔を上げた。
「なに?」
「ミスティ…だんだん、私から遠くなっていくみたい」
 その言葉に、ミスティはふっと微笑する。
「目の錯覚だよ」


 その日から、平和な日常は終わりを告げる。
 大きな危険に向けて、すべてが動き出していた。

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美沙「まずは作者の謝罪からどうぞ」
 ええと、間があいてしまいまして、楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんでした。それから、act.6の冒頭でいきなり大ボケをかましてしまいました。
美沙「かなりくだらないミスを犯してしまったので前後のつながりが悪くなってしまいました。どうミスしたのか分からない、という方は考えないでくださいとのことです」
 ところで、ここまでで一応chapter.1を終了します。っていっても章構成のことなんて考えずに書き出してしまいましたが…。
美沙「一応ここまでの正式タイトルは、『D.S chapter.1 Danger Sign――危険信号』となっております。作者が面倒くさがってタイトルにつけずにここまで来てしまいました」
 次回からは『chapter.2 Destiny Sword――運命の剣』になります。
美沙「相変わらず先行き不安ですが、おつきあいいただけたら幸いです」

>うとんた様
…あの、先輩…実行なさったんですかあ?(汗)
うとんたさん初めまして。この路線で茜とか瑞佳とか七瀬とか…詩子も!(馬鹿)

>ひさ様
由起子さんと浩平の団欒風景…こういうのいいなあ。由起子さんの描写ってゲーム中はほとんどないけど。もっと登場させてほしいです。

>雀バル雀様
救いがないですね…考えてしまいます。幽霊というのがいたら、生者のことをどう思っているのか。だって、死ぬときは苦しいでしょうし…でも、澪が『復讐するの』ってのは嫌。

>いけだもの様
メインになっているヒロインが出てこないSS。台詞もなし。うん…新しいですけど、茜ちゃんすねてませんか?(笑)

>ブラック火消しの風様
ちゃんと話の流れが把握し切れてないのですが…こういう力のある人に、疑心なんてもってほしくないです。心が弱いっていうのでしょうか。

 このシリーズ、一応息の続く限りは続けたいと思っていますが、この先の展開をまったく考えてないのでどうなるか…。とりあえずアクションシーンの強化、今まで目立たなかったキャラの活躍を増やすなど考えてます。
 描きたいシーンが多すぎて、章ごとにどう分配するかが最大の問題。マイオが一人になった理由、アクアに隠されているもう一つの顔、そして魔剣炎舞羅の行方。全部詰め込めるんでしょうか、こんなペースで…(^^;
 できれば、次の章でお会いしましょう。ではでは。

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/4203/