茜の実験室 投稿者: GOMIMUSI
 昼休みの教室は、開放感にあふれていた。ざわめく生徒たちの間を縫って、詩子は目的の机までまっすぐに歩いていった。
「あーかねっ」
 声をかけたが、茜はちらとそちらを見ると、すぐにまた机の上に広げた本に視線を戻す。なにやら分厚い、かなり豪華な装丁の古そうな本だった。
「あれ、なに読んでるの?」
 詩子が訊ねると、茜はぼそりと答えた。
「唯心論的見地から考察するアストラル体の諸現象について」
「………そ、そう」
 詩子はちょっと引きつった顔で相づちを打った。そんな詩子にまったく頓着する様子もなく、茜は熱心に本を読み続ける。気がついてみると、窓際から詩子を手招きしているものがある。彼女はそちらへ向かった。
「なに? 折原君」
 浩平はしきりに茜のほうを気にしながら、抑えた声で問いかけた。
「あいつ、最近何かあったのか? この間から、ああやって本ばっかり読んでんだが」
「…さあ。でも元々、茜って本が好きだし」
「そうなのか?」
 全くの初耳だった。
「うん。変な本ばっかりね。グルジェフとか、クロウリーとか…」
「何だよ、それは…」
「黒魔術の類、だったかな」
 しれっとした顔で詩子は言った。
「はあ…?」
「わたしもよく分からないけど、人間が消える現象を調べているとか…」
「おまえ、幼なじみがそんな妙な世界に手を染めても見過ごしているのか?」
「そりゃ…茜の自由だし」
「だがな…」
「詩子」
 こそこそと会話を続ける後ろから突然呼びかけられ、二人は飛び上がりそうに驚いた。
「な、なに? 茜」
 あわてて振り返った詩子が見たのは…異様に目を輝かせた茜だった。
「手を、出してください」
「手?」
「はい。右手を」
 茜の声には有無を言わせないものがある。詩子は思わず、右手を差し出した。その手を茜は、左手で握る。
「な、なに?」
「………違うようです」
 落胆したように言って手を離し、茜はその場を離れていく。
「なんだ、ありゃ…」
 ぽかんとして見送る浩平に、詩子は、さあ、と肩をすくめた。
 見守っていると、茜はどうやら片っ端から女子の手を握って何か確認しているようだ。右手を左手で握っても握手は成り立たないぞ、などと思いながらぼうっと見ていると、やがて茜は長森のところへ行った。同じように右手を出させ、左手で握る。すると、茜の様子が一変した。
「見つけたみたいね」
「なにを」
「知らないわよ、そんなこと」
 さらに観察を続ける二人。茜は長森と何か押し問答をしたあげく、どうやら浩平たちのほうへ長森を引っ張っていこうとしているようだ。
「おい、なにやってんだ茜」
 浩平がそちらへ近づいていくと、茜は浩平を振り返ってにっこりと笑った。…機嫌よさそうに笑う茜が、これほど怖く見えたこともなかった。
「ちょうどいいところに来てくれました。実験につきあってください」
「…黒魔術のか?」
「いいえ。そんな面倒なものではありません」
 茜はそう言って、胸に抱いた本を示す。
「これに書いてあることによれば、私は陰性の電圧を持っているそうです」
「電圧…? 静電気か?」
「少し違いますが、似たようなものです。そして、先ほど長森さんに陽性の電圧があることを確認しました。つまり長森さんを陽極、私を陰極にして回路を形成することができます」
 そう言って、茜は長森の右手を左手でつかむ。長森は呆気にとられた顔でいる。なにをさせられようとしているのか、分かっていないのだ。
「ねえ、里村さん、なにをするの?」
 不安そうな長森の問いかけは、茜の笑顔で封じられた。
「この状態で発生した電圧は、人間のアストラル場に作用する働きがあります。詳しく説明しようとすると、感情エネルギーの原理にまで言及しなければなりませんので省きますが…それでは、浩平は長森さんの左手をとってください。それから、私の右手を握って回路を閉じれば、電圧差でアストラル体が放電します」
 よく分からないまま、浩平は長森の手を握り、次に茜の手を取ろうとする。その前に、ふと訊ねた。
「具体的になにが起きるんだ?」
「浩平が消えます」
 あっさりと答えた茜に、あ、そう、とうなずく。と、その意味に気づいて目をむいた。
「なんだと!?」
 あわてて茜から左手を遠ざけようとする。一瞬遅く、電光のようにのびた茜の右手が浩平の手をつかんだ。
 ばしゅん、と空気の抜けたような音がした。
「………」
「………」
 長森と詩子は、その空間をぽかんと見ていた。茜は満足そうにうなずく。
「成功です」
「…………!! ちょっと、里村さん! 成功です、じゃないよっ!!」
 顔を真っ赤にした長森が、茜にくってかかる。
「どうするのよ、消えちゃったよ? 消えちゃったんだよ!?」
「誰が、ですか?」
 茜は真顔で長森に訊ねた。長森はえ? という顔で固まった。
「だ、誰がって…ええと、さっきまでここにいた…あれ?」
 首をひねっている。完全に記憶から消えているようだ。
「思い出せないなら、大したことではないのでしょう」
 茜はさらっと言って、席に戻っていく。
「あれ…え? ええと…ねえ、柚木さん、そこに誰かいなかった?」
「さ、さあ…」
 詩子は蒼白になりながら、そそくさと立ち去った。長森は、釈然としない顔でその場に立ちつくしていた。
 ある平和な昼下がりのことである。


「お兄ちゃん、また来たの?」
「………」
「………大変だねえ」
「………ぐっすん」

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珍しく、ギャグネタです。前回重すぎるものを書いたので、その反動というか、責任をとって。さらっと読み流してください。
発想は、だよだよ星人さんの書いたSSから。「しつこい幼なじみを、自分の手で消したのかも」というあれです。りーふ図書館にあるから読んでみましょう。ということで、このSSはだよだよ星人さんに捧げます。返品、交換は不可(笑)。

>雫様
みさき先輩なにしてるんだろう…。茜がパワフル…。そういえば、まだ事件の全容が明らかになってないんじゃありませんか。どうなるんだろう、いったい。

>まてつや様
青春やってるな〜。最後にシャボン玉。決めてくれますね。
あえてアルバムを空白にしてある気持ち、何となく伝わります。

>ここにあるよ?様
いきなり澪と会ってしまうんですか。そういえば、誰も入学式の話なんて書いたことないし、新しい挑戦ですね。

>WTTS様
Part 1は、4番の歌詞が…。どこぞのシ者じゃないんだから(爆)
Part 2 こ、これは…。やけに楽しそうですね(笑)。

>偽善者Z様
番外編、やっぱり詩子が出るとこうなりますか。こうでないと。
茜はこんな時にも被害なしだし…。詩子と七瀬の勝負はどうなりました?
遠い蛍火、最後に浩平は、なにを願おうとしたんでしょう。瑞佳は…?

>いちごう様
せっかくリングネーム変えたのに、これでおしまい? もう少し続けてほしいのですが…。てっきり、茜が不可視の力使うのかと思いましたよ。しかし、繭ママの過去って…(汗)

>かっぺえ様
保健室から出たら、いきなり『浩平の家』(笑)。この世界は学校のなかだけなんでしょうか。終わらなければ、ずっと学校から出られないとか。浩平、悟ってますね。

>吉田 樹様
ガラスの靴、ちょっと寂しい、でも七瀬らしい終わり方ですね。一番大事なものが白馬の王子様、っていうのが、ああ、七瀬だなあ、と。
日溜まりの中へ、人当たりのいい茜がかわいいじゃないですか。みんな微妙に違うのに、それが凄く自然です。

>よもすえ様
そうか、まなみってこんな性格だったのか…。これはかわいいです。まさきもまなみも、瑞佳が背負っているものを感じて。でも深入りはしない。これ、凄いことだと思います。

>ばやん様
うーん、南が迫害されてばかりでも何だから、擁護派に回っていいですか? そのうちSS書くかも。でも、茜とはくっつけられないけどねっ(爆)

>KOH様
お待ちしてました。しかも詩子シナリオ。もう…嬉しすぎますっ。このなにげなくて、ほのぼのとした感じがたまりません。深山先輩も希望!

>加龍魔様
そういえば、僕の書いているのも最近は、ONEの時間から後のものが多くなってましたが…どういう展開なんでしょう? 楽しみです。

>将木我流様
みさきさんからなにが送られてきたのか、気になっちゃいました。…振り返ると、確かに暴挙ではあるな。うん。

>ももも様
笑える。これは笑える。ずるっ、のあとの間が…。この七瀬、最高。

>雫様
諸悪の根元は高槻でしたか。こんな凄い裏があるとは思っても見なかった。名前にだまされていましたよ(笑)。

>秀さん(敬称略)
災難でしたね。七瀬にアシしてもらいたくなかった理由でもあるんですか?

>スライム様
おおおっ、ふあんたじい。実は、一番好きなジャンルだったりする。悠久っぽいところもあるし。そういえば、澪は呪文唱えられるの?

新しい人も、前からいる人もどんどん書かれているので嬉しい限り。読んでいて飽きません。これだけで一日つぶれてしまいます(^^;
どうもネタ切れなので、今度はなにを書くか…。封じてあるネタに手を出す日も、そう遠くないかもしれない。とりあえず、終わります。ではでは。