ONE of the Daydreamers 投稿者: GOMIMUSI
 いつか…きっと。
 たくさんの間違いが、修正されることを信じて。悲しみが、終わることを信じて。
 ずっと、ここで待ってた。でも、誰もここへは来なかった。
 誰のせいでもない。ただ、あまりに悲しいことが重なっただけ。大切な人がいなくなって、心が泣かない人なんて、いないから。
 だけど。
 こんなの、間違ってる。それだけは、確か。だって、こんなところで、宙に浮いたまま消えることを待つだけなんて…悲しすぎる。
 忘れられたまま、悲しい時間を止めていなければならないなんて、悲しすぎる。
 この人は、そんな人じゃないのに。
 どうか。どうか、思い出して。
 あなた達の、大切な人の名を…。


 茜は、ひたすら圧倒されていた。
 学食の向かいの席には、みさきがすわっている。あとは…どうなっているか、言うまでもない。
「…よく食べますね」
「そう?」
 平気な顔をして、みさきは次のカレーの皿に着手した。すでに、その横にはカレー皿が山になっている。何杯目なのか、もう数える気にもなれない。
「…そんなに、おなかが空いていたのですか?」
「それだけじゃないけどね」
 みさきはいかにも幸せそうに、スプーンを口に運びながら答える。
「戦闘準備、かな。これから、何があるか分からないし。体力、つけておかないとね」
「………」
「それに、少し怒ってるし」
 さらりとつなげた言葉に、茜は反応が遅れた。
 自然に、うつむいてしまう。きつねうどんのどんぶりは、しばらく前に空になったままだった。
 茜は声を絞り出した。
「…軽蔑、しますか? わたしを」
「どうして?」
 問い返されて、反射的に顔を上げる。こちらを向いているみさきの瞳は、光を映さないのにとてもやさしかった。
「だって…」
「茜ちゃんの言ったことは、間違ってないよ」
 食べる手をとめて、みさきは言った。
「みんな、自分が生きることだけで手一杯なんだから。誰だって、傷を負ったままでも生きていかなくちゃいけないんだから。だから、間違ってなんかいないよ」
「違うんです!」
 思わず、茜は叫んでいた。
「そんなことじゃないんです。わたしが、わたしがあんなことを言ったのは…だって、わたし…」
「うん」
 みさきはうなずく。それだけで、茜の肩からすっと力が抜けた。
 この人なら、何も言わなくても分かってくれる。そんな気がしてしまう。
 そんなのは甘えなのかもしれないけれど。ただの、気のせいなのかもしれないけれど。でも、この人の暖かさは、紛れもない本物だった。
「わたしが怒ってるのはね」
 みさきは、怒っていると言いながらも穏やかな顔で言った。
「人の事情も考えず、忘れたくないものを忘れさせられる、この世界ってものにだよ」
「…忘れたほうが、楽になることもありますよ」
 試すようにして茜が言うと、みさきは首を振った。
「楽にはなれるよ。でも、その苦しさだって、自分の一部であることには違いがないんだよ。…忘れちゃったら、それを埋めるものは、もうないんだよ?」
「………」
「消えたその人にしてもね。妹さんが死んで、悲しいのは仕方ないけど、そのために自分を見失っちゃいけないよね」
 そこまで言って、みさきはぺろりと舌を出した。
「って、こんなこと偉そうに言えるほど、わたしも人間ができてるわけじゃないけどね。死のうと思ったことだって、あるし」
「…先輩が?」
 茜は目を見張った。
「うん。目が見えなくなったときにね」
「………」
「でもね。今まで生きてきて分かったんだけどね。どんな辛いことでも、一度乗り越えてしまえば、思い出になっちゃうんだよ。たとえば誰か、大切な人と会えなくなっても…きっと、そのうちに笑って話すことができるようになるんだ」
「…そうで、しょうか?」
 自信なげな声で、茜はつぶやいた。
「本当は、よく分からないけどね。でも、今のわたしは、死のうと思っていた自分を、笑うことができるから」
「…それは、先輩が強いからです」
「そうじゃないよ。人間っていうのが、そういうものなんだと思う。わたしが強いというなら、それは人間が強いってことなんだよ」
 ふと、その表情が引き締まった。
「だけど、忘れちゃったら、悲しむこともできないんだよ?」
「………」
「そんなの、ずるいよね。だから、このまま放っておけない。わたし達には、いなくなった人のことを悲しむ権利だって、あるはずなんだから」
「…だけど…!」
 茜は、大声で言った。
「それで、いつまで待てば平気になるのですか? 忘れられないのに、苦しくなくなることがあるんですか?」
 学食のざわめきが、一瞬静まり返った。みさきは静かに茜に顔をむけていた。
「茜ちゃん、ひょっとして…」
 茜ははっとして、うつむいた。
「…幼なじみが、いたんです。大好きな、幼なじみが。でも、その人は、ある日、消えました…」
「そうか。二度目だったんだ、茜ちゃんは」
 みさきはうなずきながら、言った。
「忘れられないくらい、好きだったんだね」
「…はい」
「辛かったね」
「………はい」
「いっぱい、泣いたんだね」
「…は………い…」
「うん。でもね、その人、茜ちゃんの今の姿を、喜んでくれないと思う」
 みさきはゆっくりと言った。
「茜ちゃんが幸福になることを望んでいると思う。こんなこと、わたしに言う権利はないかもしれないけど。でも、自分のことで好きな人が悲しんでいたら、その人だって嬉しくないよ。きっとね」
 そして、みさきは食事を再開した。
 しばらく黙ったまま、時が流れた。
「…先輩」
 茜が、問いかける顔で言った。
「何?」
「怖く、ないですか?」
「向こう側へ行くことが?」
「はい」
「怖いよ」
 口調に変化はない。食べるスピードにも。
「………はい」
 また、しばらく黙ったままになる。
「あの…帰ります」
 茜は席を立った。
「うん。じゃあ、元気でね」
 これが最後かもしれない、というのに、みさきは明るく言った。茜は、相手に見えないと分かっていて、深々と頭を下げた。
 茜が立ち去って二十秒ほどたち、みさきはしまった、と思った。
「茜ちゃんに、このお皿の片づけ、手伝ってもらえばよかった。失敗した…」

 電車で揺られて、三十分ほど。さらに、駅から徒歩二十分。その家の前で、茜は立ちどまった。
 ドアベルのボタンを押す。ドア越しに聞こえる騒がしい足音は…たぶん、彼女だろう。
「はいはいはい…って、茜!」
 ドアを開けるなり、詩子は大きく目を見開いた。茜は少し困ったような顔で言った。
「おじゃまですか?」
「ううん。そんなことない。びっくりしたよお。茜が、家に来るなんて久しぶりじゃない? あ、あがってよ」
「いえ、ここで…すぐ、帰らないといけないものですから」
「あ、そうなんだ、残念。何か、用があったんじゃないの?」
「いえ…詩子の顔が、見たくなっただけです」
 微笑んで言う茜に、詩子は少し首をかしげる。
「ねえ、茜」
「はい」
「何があったの? なんだか…いつもと雰囲気が違うね」
「そうですか?」
「あ、そういえば、この間の電話、あれなんだったの? クリスマスの話とか」
「…あれは、忘れてください。なんでもないですから」
 それを聞いて、少しだけ難しい顔になった詩子だが、それ以上の詮索はしなかった。
「詩子」
「何?」
「わたしは、詩子のなかでは何番目くらいですか?」
「………え?」
 唐突な問いかけに驚く詩子。しかし、茜の顔は真剣だ。
「何番目って…そうね、二番目くらいかな」
「一番は?」
「お父さん!」
 力いっぱい言う詩子に、茜はふっと口許をほころばせる。二番目…なら、自分が消えても、少し引っかかるくらいには覚えていてくれるだろうか。
「でも、どうして?」
「いえ。なんでも…。それから、詩子」
「何?」
「詩子がわたしを忘れたら…どうなるでしょうね」
 ぽかんとした顔で、詩子は茜をじっと見ていた。
「茜、あんた…からかってる?」
「いいえ。たとえばの話です。記憶を失うとか…」
「よく分からないけど、それ、趣味が悪いよ」
 少し怒った声で、詩子は言う。
「茜のことなんて忘れるわけないでしょ」
「それでも忘れたら?」
「…分からないけど。でも、わたしのなかで、茜のことを覚えていたっていう部分は、空っぽのまま残るんじゃない?」
 残ってしまう。それくらいには、『彼』のことは茜のなかで、重要だったということか…。
「ごめんなさい。変なことを訊いて…じゃあ、帰ります」
 背中をむける茜を、詩子は呼び止めた。
「待った! 茜」
「はい」
「わたしが、茜の何番目かまだ聞いてないよ」
 茜は考えるように少しの間黙り、それから言った。
「今度、会ったときにでも教えます」
「なによぉ、それ」
「約束です」
「うーっ、分かった。忘れないでよ、忘れたらひどいよ!」
「はい」
 軽く一礼して、遠ざかっていく茜を、詩子は一抹の不安を覚えながら見えなくなるまで見送っていた。

 日が落ちて、人通りの少なくなった町。
「考えてみれば、非常識な話よね。この時間に、女の子ばかり五人もでしょ」
 七瀬はやれやれ、という顔をした。
「しかも、かわいい子ばかりね」
「みさき先輩、見えないんでしょ」
「分かるよ。性格がかわいいから」
「…そうですか」
 すると、澪がスケッチブックを差し出した。街灯の光でそれを読んだ七瀬が、みさきに通訳する。
「先輩、澪ちゃん、みさき先輩はかわいいじゃなくて美人だって」
「うわ、嬉しいこと言ってくれるね」
 みさきは無邪気に喜んでいた。
 その時、繭が七瀬の手にしているものにじゃれつこうとしたので、七瀬はそれを高く頭上にあげて繭を防いだ。
「こら、繭。さわっちゃ駄目よ。これは、お姉ちゃんの大事なものだからね」
「みゅ〜」
「何?」
 みさきが訊ねる。
「木刀です。中学の頃に使っていた」
「凄いな、そんなもの持ってきたの?」
「何があるか分からないですからね。といっても、もう三年以上握ってないから、役に立つかどうか…って、ぎゃーーーっ!!」
 …予測可能な事態ではあった。
「こらこら、繭」
 瑞佳が慌てて、七瀬のおさげにぶら下がった繭を引き剥がす。
「もうっ、久しぶりだから油断してたわ…」
 涙目で、七瀬は不覚を悔やんだ。
 瑞佳は暗い町並みを気にしながら、時計を見ていた。もう時間だ。
「来なかったね」
 七瀬がつぶやいた。
「でも、まだ…」
「言ったでしょ。これは義務じゃなくて、権利なんだって。…異世界に行って、そのまま帰れないかもしれない危険を冒す権利だけどね」
 七瀬は肩をすくめると、閉まっている校門を乗り越えた。
 一人ずつ順番に校内に入り、みさきが門を越えるのを手伝った瑞佳が、最後に入る。
 暗い廊下を、みんなで固まって歩いていった。澪はびくびくと、七瀬にしがみつきながら歩いている。七瀬を選んだのは、それだけ頼もしく見えるということか。
「…あんまり嬉しくないよ、それ」
「でも、やっぱり気味が悪いよ〜」
 瑞佳も落ち着かない。繭は怯えていると言うより、むしろ興奮気味だ。みさきだけ、いつもと変わりがなかった。
「ここだね」
 立ちどまった教室の前で、瑞佳は深呼吸する。そして、扉を開けた。
 教室内は、電灯がついていた。そして、そこにはシュンと、もう一人。
「里村さん!」
「茜!」
 瑞佳と七瀬が、同時に叫んだ。振り返った茜は、やや表情をこわばらせながら立ち上がった。
「あの、みなさん、やっぱりわたし…」
「なんだ、先に来てたんだ」
 七瀬が拍子抜けした顔で、つぶやく。
「遅刻なら、おごらせようと思ってたのに」
「………は?」
 意表をつかれた様子の茜に、澪が駆け寄って腕にぶら下がる。とても嬉しそうに。
「みゅーっ」
 それを見た繭もまねをして、反対の腕にぶら下がった。
「じゃあ、これで全員そろったね!」
 瑞佳が嬉しそうに言った。
「………あの」
 茜は、戸惑っていた。来ないと言っておきながら、こんなところにいる。なのに、彼女たちはあっさり茜を受け入れてしまったのだ。最初から、来ることを知っていたようだった。
「里村さん」
 みさきが近づいてきて、近くへ来るように合図をした。
「シュン君に訊いていたの? 『彼』以外の人に、会うことがあるかどうか」
「…『彼』が作った世界のなかでは、その可能性はないそうです」
「そう…」
 茜は微笑んだ。
「複雑です。がっかりしたような、ほっとしたような…」
 みさきは黙って、茜の肩をぽんと叩いた。そして顔を上げる。
「それじゃ、シュン君。お願いできるかな?」
 その声を合図に、全員が黙ってシュンの周囲に集まった。シュンは咳払いして、ぐるりと周囲を見渡す。
「ええと、まずは、集まってくれてありがとう。正直、来てくれるかどうか不安だったんだ。でも、こうして六人全員が来てくれた。そのことに、感謝します」
 言葉を切って、頭を下げてみせる。
「その上で、あなた達に話しておかなければならないことがある。…僕は、あなた達とはいっしょに行くことができない。こちらとあちらをつないだら、あとはあなた達のお手伝いはできないんだ。僕には、こちらでやることがあるから」
「それはないんじゃない!?」
 七瀬が叫んだ。
「あの世まで行って、案内なし? ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫だと思う。君たちには、多かれ少なかれ『彼』とのつながりがある…それが、道しるべになるはずだ」
「危険、ということは分かっていたけどね」
 みさきはやや厳しい顔をしていた。
「それで、他に危険は?」
「敵がいるかもしれない。『彼』を、あの世界に留めておこうとするものが。できれば、そいつらとは戦わないほうがいい。飲み込まれたら、取り返しがつかない」
「…なんだか行きたくなくなってきた」
 七瀬は嫌そうに顔をゆがめた。
「やめるかい?」
「やめない」
 シュンの言葉を挑発と受け取ったのか、七瀬は即答する。
「じゃあ、お願いするよ。あとは…あなた達にすべて任せる。『彼』を、頼みます」
 そう言って、シュンは彼女を離れて教室の前へ歩いていった。
 扉に手をかけ、引き開ける。すると、そこには暗い廊下ではなく、白い光の満ちた空間が広がっていた。
「さあ」
 瑞佳が気合いをこめて、大きな声で言った。
「行こう!」
 そして、彼女たちは扉をくぐって、知らない世界へと入っていった。

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さあ、この先どうしよう。はっきり言って、なんにも考えてない(爆)
ところで、誰がヒロインかという話ですが、誰とも絆を深めないままのバッドエンドというのが前提にあるので、全員立場は均等です。主人公からの距離は同じままというわけ。だったらどうして先輩への年賀状とか、茜とのクリスマスパーティーとかが出て来るんだ、と訊きたい人もいるでしょうが、それは訊いちゃいけないんですってば(汗)。
あ、そういえば、一番の見せ場をさらうのは誰か、ということなら決まってます。意外なキャラが、意外な役目を果たす予定。

>KOH様
いいですね。先輩の弱点は犬…なんか、はまってる。追っかけられた犬がマルチーズというのも、なんだか似合いすぎだし。

>11番目の猫様
澪とみさお、ですか…やられた。いいけど。一字違いだし。
繰り返しが、効果的ですね。とてもやさしくて、あたたかい文です。

>ここにあるよ?様
ひょっとして、茜ちゃんスペシャルって、拷問用のアイテムだったりしません?(笑)

>火消しの風様
そりゃやばいって。本当に、カ○ル君になっちゃったらどうするの。

>もうちゃん@様
ミズエモンが着ているのって、あの茜がほしがっていた例の…でしょうか?
みさき先輩、がら悪くなったね…。

>よもすえ様
七瀬が、凄く魅力的になってます。「一発、ぶん殴ってやらないと気がすまない」と笑った顔が、浮かんでくる。すごくいい顔だとわかります。

>スライム様
頑張って、復活してください。

>しーどりーふ&偽善者Z様
住井に起こされるのは…嫌だな、絶対。葉子さんはいいです。たとえ、本体が茜でも。
みさき先輩Week? やった! もっと目立たせよう。

>だよだよ星人様
茜を驚かそうとするほうが、無理だと思う…そういう問題でもないか。
みさき先輩のおばあさまが、いい味だしてますね。

>HMR−28様
浩平、無事大学生になれたんですね(爆)
一言でいうと、とてもかっこいい話です。

出来不出来はともかく、最後まで書いたほうがいいでしょうね、やっぱり…。
何とか先が見えてきたので、頑張ります。ではでは。